ゴミでカスなクズトレーナーは今日も今日とてウマ娘を虐待する。 作:カチュー
ウォーミングアップが済んで、いよいよタキオンさんとの合同トレーニングがはじまった。
「フフ、体は十分に暖まったかい?」
「は、はい」
タキオンさんがデビュー前なのもあって、距離は芝1200m。ライスにはちょっと短すぎる距離だ。
「ああ、それとね。今日は君の前を走らせてもらうが、抜けそうなら遠慮なくどんどん抜いてもらって構わないよ」
「わかりました……」
「――この私を抜けるものならね」
「……ッ!?」
挑発的な言葉を投げかけてきたタキオンさんが先にスタートして、少し遅れてライスがスタートする。
今、ライスは前を走るタキオンさんに追走している。
(タキオンさんのフォーム、とっても綺麗だ……)
その後ろ姿に思わず見惚れてしまう。タキオンさんの走る姿はとても美しく、洗練されていた。とてもデビュー前のウマ娘とは考えられないほどに。
やっぱりタキオンさんはすごい。お兄さまと出会わなかったライスだったら、一生かかっても勝てなかったかもしれない。
――けど、今のライスのほうが強い。
最初のコーナーで内ラチを通るタキオンさんを抜くべく、ライスは外に回って加速して直線で抜けるように仕掛ける。
タキオンさんには悪いけど、ライスだって負けられないんだ。
この時のライスはタキオンさんとのスピード差から簡単に抜けると思っていた。
(え……? なんで有利な内ラチからわざわざ膨らんで……!?)
だけどタキオンさんは大きく膨らんで、ちょうどライスの進路に重なるようにコーナリングしてきた。こ、これじゃここでは抜き切れない。だったら……次のコーナーは内をついて、一気に抜き去る!
そうしてやってきた次のコーナー。タキオンさんはやっぱりコーナーを曲がるときに膨らみかけている。
たぶん……まだコーナーリングの技術が足りていないのかな? なら、ここで! ライスは空いたスペースに体を潜り込ませるべく突っ込む。だけど……また。
「――甘いねえ」
(……ッ!? 今度はぴったりと内ラチギリギリを攻めてきた!?)
まるでライスの思考を先読みしたかのように、タキオンさんはブロックしてくる。
お兄さまと出会う前にも、トレセン学園に来る前にも模擬レースは何度もやった。
その中にはライスをブロックしようとしてくるウマ娘さんも当然いた。けど、このタキオンさんのライスへの対応はあまりにも完璧すぎて……心が見透かされているようで気味が悪い。
無理に抜こうとして加速が乗らないままのライスと、自然な形で十分に加速する時間を取れたタキオンさんとでは有利不利がはっきりしていた。
(あんな軽くしか踏み込んでいないのに、もうトップスピードに!? この直線の距離の短さじゃもう……!?)
付け加えると、タキオンさんの踏み込みは異常なほど軽かった。なのに、簡単にトップスピードに乗れている。
この練習場の最終直線は短い。タキオンさんの鋭い末脚は追い込んでくるライスを完全にシャットアウトした。
――ライスは負けた。完膚なきまでに。
「おやおや、巷で“魔王”とも評されるライスくんに勝たせてもらってしまったよ。フフ、力の差が歴然でもハンディキャップ戦なら案外なんとかなるものだ。クク、まずは私の一勝。約束通り、トレーナーくんには私の制服と白衣のアイロンがけと洗濯をお願いするよ」
「仕方ないな」
「次は何を頼もうかなー。楽しみだなあ~」
勝者の笑みを浮かべるタキオンさんにライスは悔しさから歯を嚙み締めた。
だってこの勝負はライスが勝って当然の勝負なんだ。ライスと距離が合わないとか、少し出遅れてスタートしていることなんか言い訳にすらならない。
ライスのほうが練習しているし、お兄さまの力も借りている。
それにタキオンさんは――デビューすらしていない。
「タキオン、おまえなら言われなくてもわかっていると思うが……」
「大丈夫。全く問題ないよ。さあ、ライスくん。次の併走に行こうか」
「……次は負けません!」
「良い返事だね……私なりに君のことは高く買っているんだ。あまり失望させないでくれたまえ」
二度、三度……繰り返しでライスはタキオンさんと併走した。だけど、ライスは一度もタキオンさんを抜くことが出来なかった。タキオンさんはことごとくライスの動きを先読みして、ライスの行動に合わせた最善の動きを合わせてくる。
きっとタキオンさんは――自分の動きと相手の動き、状況をすべて計算しながら走っているんだ。
ようやくお兄さまが言いたかったことがわかった。タキオンさんはただの天才じゃない。タキオンさんは状況判断、状況把握、そして適応力の天才なんだ。
今までライスはお兄さまに教えられてきた個人での技術のみをレースで披露してきた。お兄さまはすごい。ライスのような取り柄のない平凡なウマ娘でも、お兄さまの教えを実践するだけで才能のあるウマ娘さんたちに勝つことが出来た。
でもこの先……それだけじゃどうにもならないことが訪れるかもしれない。その時、危機的状況から抜け出させてくれるのはお兄さまじゃない。レースで走っているライスなんだ。
ライスとお兄さまの夢を叶える為にはライス自身がもっと考えて動かないといけないんだ……!
「この後も研究の残りが待っているんだ。次がラストでいいかい?」
「ああ、わかった……すまない」
「謝らないでくれたまえ。これは私が望んでやっていることなんだ」
とうとう最後の併走練習が始まる。
今回の最初のコーナーもライスなりに揺さぶりをかけてみるが、タキオンさんには通じない。常に最善の手を打ち続けてくる。
もう少しライスがレースの勉強をしていれば、タキオンさんの裏を取る行動を取れたかもしれない。けど、今のライスのたどたどしい考え方ではきっと簡単に読まれちゃう。
なら、どうしたら抜ける? どうしたら、タキオンさんに勝てるの?
走りながらも考えに考える。いつものトレーニングより走っている距離が短いのに、何だかとても疲れる。頭がぼうっとするよ……。そうしてぼうっとした頭の中で、ふと浮かんだのが――。
『出来ないことはするな』
『他人のことを尊敬しても、他人の力に憧れるな』
『自分を信じろ。自分がやれることを、全力でやり切れ』
やっぱりお兄さまが話してくれたことだった。そうだ。ライスにはタキオンさんと読み合いをしたところで勝ち目はない。たぶんライスがたくさんレースの勉強をしても、生まれ持った差は埋まらない。才能が無いライスとは違い、タキオンさんは天才なんだ。
だったら、タキオンさんにどの部分なら勝てる? 間違いなく自分が勝っているって、心から信じられる?
そんなの、決まっている。
それはお兄さまに鍛えられた体――練習量だ。お兄さまと二人三脚で培ったことのすべては、誰にだって負けるはずがない! ううん、負けられないんだ!
――だから必ず、勝つ!
最終コーナー。まずライスは内を走っているタキオンさんの背後にぴったりとつける。その状態で僅かにスピードを緩めた。タキオンさんとの間隔が空く。
「……ハッ!」
その瞬間、外に重心を傾けるために大きく右足を踏み込んだ。
するとタキオンさんもライスが動くより前にコースをブロックしにくる。
わかってる。これぐらいじゃタキオンさんは抜けないってことぐらい!
右足に体重を乗せたまま、浮いた左足を逆方向へと向け……強く地を蹴る。間髪入れずに僅かな内側のスペースに体を潜り込ませようとする。
だけど、またしてもタキオンさんは対応してくる。でもさっきとは違い、ライスと同時……いや、ほんの少しだけライスより行動が遅れた。
(――ここしかないッ! その、逆ッ!)
さらにもう一度、強引に外側へと稲妻のように進行方向を変える。
正確にライスの動きが読めるからこそ生まれた細い隙。これならいくらタキオンさんが先を読めていても、対応できないはず!
「……なっ!?」
タキオンさんのびっくりした声を左隣でライスは聞いた。後ろからじゃなくて、隣で聞いた。
とうとう、ここではじめてライスはタキオンさんの隣で走ることが出来たんだ。
でもやっぱり無理な態勢だから、スピードが乗り切れていない。だけど、それは相手も同じッ!
「はあああああ!」
態勢を戻し、ターフを思いっきり踏みしめて姿勢を低くする。お兄さまと一緒に何度も繰り返し体に覚えさせてきた走りで、タキオンさんよりも前に出る。前に出て、突き抜ける。風の抵抗を最小限にして、弾丸のように空気を切り裂いた。
「……くっ、ぁあああああッ!」
――つもりだった。それでも、タキオンさんはライスの横から離れない。
そんなタキオンさんの鬼気迫る走りはライスに恐れや怯えを。
(……なら、全力を持って真っ向から叩き潰す!)
それ以上に滾りを与えてくれた。もう一段階姿勢を低くしたライスはさらに大地を抉るように踏みしめ、加速する。加速し、前に出て突き抜ける。
そして勢いそのまま、ライスはゴール地点を全速力で駆け抜けた。
これでようやくライスはタキオンさんにアタマ差で勝つことが出来たのだった。
(や、やった! やっとタキオンさんに勝てた! ……あっ!? でもお兄さまが教えてくれていること以外のことをまたしちゃった……)
また失望されちゃったのかな……と不安になり、レースをじっと見ていたお兄さまを見ると――お兄さまはライスに向かって右手の親指を上げて、満足気に笑っていた。
その瞬間、ライスの瞳から自然と涙がこぼれ落ちてきた。
だって、とっても嬉しかったんだ。お兄さまの教えをようやく自分自身で応用できたことが、すっごく嬉しい!
「ライスくんには驚かされたよ」
嬉し涙を拭っていると、後ろからゆっくりとタキオンさんが近づいてきてライスの横に立った。
汗を額に滲ませたタキオンさんの表情は普段の飄々とした不敵な笑みではなく、どこか愁いを帯びた表情だった。
「まさか、私の描いた方程式を力技で押しとおろうとするなんてね。全く、戦略が戦術に負けてはならないと言うのに」
「タキオンさん……あ、あの! 今日はとてもいいお勉強になりました!」
「いいや、私も気分転換兼、良い実験になった。被検体を私自身にしてみないと見えない世界は多々あるからねえ……おや?」
ここでタキオンさんの目線がライスの足元へ移る。ライスも釣られて、ジャージに隠されていた自分の足首を見た。
「また君に提供したサポーターが壊れてしまったようだね」
「あっ……ほんとだ!? ご、ごめんなさい!」
すると、着用していたサポーターが変形し壊れてしまっていた。こ、これ何度も壊しちゃっててお兄さまにもタキオンさんにも迷惑かけてるよね……!
「構わないさ……よっと。トライアンドエラーは物事を進める上で必須なんだ。ククク! 君が壊してくれたおかげで、アグネスタキオン特製サポーターは更なる進化を遂げそうだよ……!」
自信作を壊されて、いつもの薄ら笑いを浮かべるタキオンさんにライスは思わず半歩引いてしまった。
「ライスくんの存在はウマ娘には無限の可能性があることへの証明となる。面白い、実に面白いねえ」
「あ、ありがとうございます?」
「ウマ娘は想いの力で強くなる。非科学的でデータも無いが、多くの一流ウマ娘が経験則で語っているのは事実だ。最後に見せた君のお世辞にも綺麗とはいえない傲慢さは……必ず君自身の野望を叶える鍵となるだろう。それにしても……まったく、心の底から」
表情こそいつもの笑みだったけど……どこか感慨深げに、どこか感傷的にタキオンさんは口を動かした。
――心の底から君のことが羨ましいよ。
ターフに突風が吹く。強い風に巻き込まれ、タキオンさんの小さく呟いた声はかき消された。
緻密な戦略を杜撰な戦術で叩き潰すゴリライスちゃんでした。