ゴミでカスなクズトレーナーは今日も今日とてウマ娘を虐待する。 作:カチュー
あの稲光りを彷彿とさせる走法……!
アイツ、力技で超高難易度走法の”ライトニングステップ”をしやがった! アレはトウカイテイオーのような足首の柔らかさと天性のセンスが必要になる。
いくら以前より体が柔らかくなっているとはいえ、ライスシャワーには向いていない走法だから一度も教えていなかった。だが、勝つためにライスシャワーは教わっていないステップを自らの頭と足で生み出しやがった!
とうとうライスシャワーに勝利への執着が芽生えた。これは褒めても褒めたりねえ大収穫だ! さすが、オレの愛する虐待ウマ娘だぜ!
ただ、足を酷使する無茶な走りをしたことは許せねえ。が……この前はキレ過ぎたようで虐待の効率が悪くなってしまったみたいだから、今回は飴を与えてやることにする。
サポーターが犠牲になってくれたおかげでライスシャワーにダメージは行っていないようだしな。
「いい走りだったぞ、ライス」
「ありがとう、お兄さま! ライス、ようやく自信がついたよ!」
興奮しているライスシャワーの頭をオレはポンと撫でる。
「ライス、タキオンと併走をしてみてどう感じた?」
「……今までライスはレースに勝ってきた。でも、頭を全然使ってこなかったのがわかったよ。レース中に考えることってこんなに難しくて、疲れて、辛いことだったんだね」
「だろう? そりゃ、考えずに勝てるのが一番楽で効率がいいさ。だからオレは、おまえの専属トレーナーになってからずっと徹底して体の基礎改造を施した。同世代はもちろん、古バ相手にも圧倒できる強い肉体をな。でも、それだけじゃ……いつか思いもよらない相手に躓くことがあるかもしれない。常勝の道から、一回でも躓いたら二度と立てなくなるかもしれない」
それでは虐待が出来なくなりオレが困る。
そして、コイツ自身の夢も叶わなくなる。虐待者と被虐待者のお互いが敗北者になる結末なぞ、オレは絶対に許さん。
「だから立ち直れる今のうちに、ライスに完膚なきまでに負けてもらうことにした。負けに負けまくって、後でとことん反省会を開く予定だったんだが」
何度も抜けないシーンを巻き戻し、自分自身で走ってもいねえのにネチネチと上から目線のうっぜえダメ出しをぶつけて、ライスシャワーの曇った顔を今日の肴にしようとしていたのに……残念だぜ。
「……今日おまえがタキオンから1本取れるとは考えていなかったよ。この調子でオレの想定をどんどん上回っていけ」
「……う、うん! ありがとうお兄さま!」
汗だくのライスシャワーの頭をくしゃくしゃと撫でる。ライスシャワーはオレの虐待に目を閉じ、にこやかに笑った。
それにしてもライスシャワーが自発的に考え、オレの教えに無い行動をしたことにオレの口元もどんどん上ずってしまうな!
まったく、ライスシャワーは最高だぜッ!
「また走ろう、ライスくん。願わくば、次は大舞台のレースでね」
「は、はい! つ、次走る時もライスは負けません!」
「そうかい。楽しみにしているよ」
今後の虐待の捗りが期待でき、ニヤニヤ顔を抑えきれないままお互いの健闘を讃え合っている二人を見る。
そして、何でも無さそうに薄ら笑いを保っているタキオンの左足に目を向ける。その、微かに震えている足を。
(……おい。どうしてだ? なんで……いや、なんでじゃねえだろうが!)
その瞬間、オレの顔から笑みは消え去った。迂闊だった。
なんて無能なんだ。いつもなら一瞬で気づけるはずの違和感が歓喜の感情にかき消されていたとは。
「……んー、今日はちょっと疲労が溜まりすぎてしまったみたいだ。トレーナーくん、ラボまで背負っていってくれないかい?」
「……ああ、わかった。悪いがライス、クールダウンは一人で行ってくれるか。こういう時のコイツはテコでも動かないからさ」
「うん、わかった! タキオンさん、今日は本当にありがとうございましたっ」
オレは急いでタキオンを背負って、ラボへと向かう。
ラボにつくなり靴を脱がせ、あまり使われていないベッドに寝かせた上でタキオンのジャージをめくる。
すると日焼けしていないタキオンの白い左足が露となり――その足首の付け根が赤黒く腫れ上がっていた。
「……触るぞ。我慢してくれ」
「……くうっ!」
タキオンは大量の汗を額にため、苦しそうに呻く。
――足間接靭帯損傷。病名を診断したオレはほうっと息を吐き、肩を脱力させた。
若干重い捻挫止まりで済んでいたからだ。最悪の状況になっていないとは思っていたが、万が一ってことがある。
――もう二度とあんな状況に出くわしたくない。
「ハハ、少しばかり本気になってしまったようだ」
「ハハ、じゃねえ。無理をするなとあれだけ言ったのに……!」
「無理をする予定なんてなかったさ。しなくても勝つつもりだったからね」
クククとタキオンは含み笑いを続けていたが、やがて笑い声は脚部の痛みで呻き声に変わる。
コイツのどこまでも現実的で利己的な性格上、自分を壊す行動は間違ってもしないと考えていたのに。
……ダメだ。オレの考えがまだまだ甘いんだ。無理をしない前提なら、コイツはサポーターやテーピング等、万全のケガ対策を行って練習に参加していたはずだ。それをしていない以上……ああ、クソッ!
「……随分と、ふう、手慣れているね。トレーナーの研修課程で習うにしても、手際が、っ、良すぎるんじゃないかい?」
「……今は余計なことを考えなくていい」
「常に思考を巡らせないと、くっ、生きていけないのが、私の性でねえ」
軽口を叩くタキオンを無視して患部をテーピングで固定していく。その上からタオルで包んだ氷水で患部を冷やす。
やはりタキオンも相当辛いのか、軽口が減り……お互いの会話が無い沈黙の時間が訪れる。
「……証明するつもりだったんだ」
15分ほど経ち、一度アイシングをやめた時にベッドに仰向けになったままのタキオンはぼんやりと天井を見上げながら、話し出す。
「“アグネスタキオン”というウマ娘の才能を、価値を、潜在能力を、強さを。私と君と……とりわけ君の担当ウマ娘に対してね。だが、歪んだエゴに塗れた証明は、私に何の意味がある? 何のメリットがある? 解はゼロさ。何もないんだ。誰よりも、私が一番わかっているはずなんだが」
「それならどうして……」
「意味なんてない。価値なんてない。くだらないエゴだ。それでも、ライスくんだけには見せつけたかったんだろうね」
私というウマ娘の存在を、と天井に視線を固定したまま語る。
「……ああ、いけないなあ。痛みのせいでつい余計なことを話してしまう」
それとねとタキオンは言葉を付け足す。
「先の証明に対する解に対して、訂正しよう。解はゼロではなく、マイナスだ。なぜなら私が導き出した決して認めたくなかった仮定は、私自身の手によって見事に証明されてしまったのだから」
タキオンは天井から視線をずらし、ハイライトのある綺麗な目をして、オレを見つめてきた。
「……ライス君のライトニングステップ。あまりにも非論理的で原始的で暴力的で、とても美しかったよ。ああ、これが君のウマ娘なんだと理解させられた」
「それがどうした? おまえだってアレに似た走りはいくらでも……!」
「そうさ。私ならあのステップに似た走法は身につけられるだろう。より無駄なく、よりリスクの無い理想的な方法でね。けれども、あの走法の理から逸脱したステップは私では絶対に真似することはできないんだ」
「……そんな、ことは」
「いいや、私には出来ない。可能性はゼロ。不可能なんだ。世間受けの良い単語に変換するとしたら運命と言ってもいいのかもしれないね。とてもロマンティックで刺激的で実に素敵な単語だ」
不合理で非合理で凡庸で陳腐な言葉ともいえる、とタキオンは吐き捨てた。そして――。
「……私は、君の担当ウマ娘にはなれないんだね」
と、活力の無い声で呟く。
「……は?」
薄っすらと儚げに、綺麗に笑うタキオンは結論は最初から出ていたんだ、とかすれた声を喉から絞り出した。
「自分で自分の解を否定したかったんだ。だが結果は見ての通り、このザマさ。私は限界を超えようと藻掻き、足掻き、自滅した愚者だ。このようなザマになると自分自身で知っていたのだから、さらに救いようがないね」
「ふざけんなよ、勝手に現実を受け入れているんじゃねえ。……言っただろ? オレはおまえを必ず虐待してみせるって」
「……やめてくれたまえ。ありもしない希望を抱くのは、もう疲れたんだ。やっと今日、ライスくんのおかげで私の脳を蝕み続けている病巣を切除できそうなんだ」
「タキオン……」
「トレーナーくん……私との契約を履行しようとしているのなら破棄しても構わないよ。ああ、安心してくれ。ライス君への練習道具およびデータの提供は今まで通り行ってあげるからさ」
「タキオンッ! ッ……」
淡々とタキオンが語っている間に脳内でありきたりな説得の言葉が浮かんだ。
浮かんでは、口に出そうとして直前でやめた。
「……ああ、ったく! 仕方ねえな! 恥ずかしいから、一度しか言わねえぞ」
オレが伝えたいのはそんな取って付けたような詭弁じゃねえ。汚くて、みっともない自分勝手な想いなんだよ。
「……おまえに諦められるとオレが困るんだよ! つまんなくなるんだよ! なんも面白くねえ! 嫌なんだ! 夢を、可能性を諦めるおまえをオレが見たくないんだよ!」
「オレはな、おまえが光速の先へと行きつく瞬間を目の前で見たい! その為なら出来ることなら何だってやってやるよ!」
「トレーナーくん……
「現実? 運命? 希望を抱くのは疲れた? いちいちうっせえんだよ! そんなもんオレが知ったことか! おまえの走りに魅せられた厄介なモルモット一号なんだから! 気づいてねえのか!? 今日の最後の走り、短い距離だったが全力で走り切ったじゃないか! 今日、おまえははじめて全力が出せたんだ。全力を出せるほど、体が出来上がってきたんだ。無理をしたのは許せねえ。けど、おまえの実験と研究の成果はおまえ自身の足で証明されたんだ。決して無駄なんかじゃなかったんだよ!」
タキオンは目を見開き、息を呑む。本当に気づいていなかったようだ。コイツはバカだ。正真正銘の大バカ野郎だ。
「おまえがターフで自分の夢を叶えるのを信じている。おまえの無限の可能性を信じている。だから、頼むよ」
オレはガシリとタキオンの右手を掴んだ。
「――おまえの走りで光速の先の世界をオレに見せてくれ」
タキオンは呆然とした間抜けな顔で暑苦しさ満載のダサすぎるオレを見てきた。が、すぐに普通の少女がするような純粋で可愛らしい表情に変えて笑いかけてきた。
「今まで以上に君のことを拘束するかもしれないよ?」
「構わない。使えるものは存分に使うのがスタンスだろ」
「今よりももっと、ワガママが増えるかもしれないよ?」
「任せろ……と言いたいところだが勘弁してくれ。おまえのワガママを聞くと、生死に関わってくることもあるからな」
「おや、断るのかい?」
「断るとはいってない。勘弁してくれと言っている」
「……クク、“無理”だと言わない辺りが君らしいねえ。じゃあ、これが最後の問いだ」
「――私を、君のウマ娘にしてくれるのかい?」
「おまえが全力を出せるようになり、ライスの夢が叶った後ならオレの方から頼みにいくよ」
「そこは嘘でもいいから、条件無しで快諾する場面じゃないのかい? もうっ……これだから君は最低のクズなんだ」
此の期に及んで、明確な回答をしなかったオレに思いっきり嘆息したタキオンはオレに握りしめられていた手を自分から絡めてきた。
「仕方ないね。どこまでも自分のことしか考えていないダメ人間な君のために、私がもう少しだけ骨を折ってあげよう」
そう言ったタキオンは器用にウインクして、空いている左手でオレの額に指を軽く突き刺した。
「必ず特等席で見せてあげるよ――私が光速の先へと至る瞬間を」