田中先生は授業の時以外は8104棟の職員室にいます。先生や添削された文章から半径9m16m25mの範囲(以下、範囲)には、どんな文章も近づけないで下さい。田中先生添削事件のようなことを防ぐために、添削された文章は早めに再提出して下さい。

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いじめは必ずしも生徒間だけのものでは無い。
そして、いじめの標的もまた、生徒だけとは限らない。
抵抗する力の無い物よりも、抵抗することが出来ない相手がいじめの標的になった時、それは被害者に想像することが出来ない程の傷を与えるのだ。



あなたの眼鏡にかなう日は。

「以上で、今日の授業を終わります。」

 

今日も1日全ての授業が終わった。

非常に疲れた一日だった。まぁ、問題なく終わってよかったが。

職員室に戻って資料の整理を始めると、隣の机の同期が声をかけてきた。

「今日もお疲れ様」

「あぁ、お疲れ様」

「それにしても真面目だよねぇ?その眼鏡も、真面目な性格に似合ってるよ」

「そう?…まぁ、あまり目が悪いわけじゃないんだけどね」

「じゃあなんで?」

「…そうだな…運転の支障になる可能性もあるし、生徒の顔をよく見たいって言うのもあるし…」

「そういうところが、真面目なんだよねぇ…私のクラスの生徒なんて…」

「けれど、君も頑張っているじゃないか。困ったことがあったら、僕も相談に乗るからさ」

「うん、ありがと」

こんな、当たり障りのない会話。彼女のクラスには、ちょっとした問題児がいる。

新任から2年目の彼女のクラスにそんな子を配置するのはどうかと思うが、校長曰く

「彼女は教師としての能力が高い。だから、このクラスを任せてみようと思う。大丈夫、何かあったら直ぐに言ってきて欲しい。その時は、私も教頭も学年主任も力になるから」

ということだ。実際、学校全体のサポートのおかげで彼女のクラスは今のところ特に大きな問題は起きていない。問題児とされていた生徒も、やややんちゃはするようではあるが、以前のような問題行動はなりを潜めている。

……あの時も、学校側がこうやってサポートをしていれば、あのクラスはあぁならなかったのだろうか。

 

 

 

「田中先生が亡くなりました」

あの日、先生と一緒に入ってきた教頭先生が自分たちに告げたのは、その一言だった。

その先生は国語と英語の先生で、文章の添削が得意だった。一人一人の文章に目を通し、褒めるべき点は褒め、間違いは赤ペンで添削した。笑顔が明るい先生だったと、自分の中の記憶にある。

…けれど、僕達は知っていた。田中先生のクラスは荒れに荒れ、生徒たちは先生を無視し、いじめ、そしてほかの教師は、それを見て見ぬふりをした。先生は僕の教室での授業も行っていたが、その時も変わらず、笑顔で授業をしていた。

先生が亡くなった。当時は病気か何かだと思っていたが、後々それが自殺だと知った。生徒からのいじめによる精神的ストレス、そして、味方のはずのほかの教師から見放されたことによるストレス。その果てに、彼女はこの世界に見切りを付けたのだ。もはやこの世界は添削のしようがない。自分の生徒は添削のしようがない、と。

 

 

僕は知っている。あの日、お別れ会の日の事を。副担任の先生が、放課後に田中先生の教室でお別れ会をすると言っていた。

僕は知っている。あの日、お別れ会の日、ほかの教室の皆が帰ったあと、あの教室から響いていた笑い声と、何かが割れる音を。

僕は知っている。あの日、お別れ会の日、あの教室の副担任の先生が、開け放った教室の前で泣き叫んでいた事を。

 

僕は知っている。あの日、お別れ会の日、教卓の上から滴っていた、あの真っ赤な…血のような、インクのことを。

 

後に僕達の学校は、このお別れ会の日のことがどこからか外部に漏れ、対応におわれた。教師へのいじめを苦に教師が自殺し、それをほかの教員は放置し、あまつさえ容認した教師がいることも。そして、お別れ会のあの日の教室の写真も、全て。

学校は大バッシングを浴び、あの教室の生徒は皆、世間から非難の目を浴びた。彼ら彼女らは責任のなすりつけあいをし、教師さえもが、あのお別れ会の惨状を作り出したのは学級委員にあると言い出した。

あの教室に、誰一人として生徒が残っていなかったこと、それが、全てを物語っていた。学級委員さえもが、恐怖からか、それとも田中先生を嫌っていたからか、あの惨状を容認していたのだ。

だがもちろんそんな言い訳が通用するはずもなく、そして、子供だから仕方ないという道理も通らず、教師生徒問わず非難を受けた。唯一非難を受けなかったのは他のクラスの生徒だけ。元々崩壊していたクラスはこれを機に完全崩壊し、教師も大規模な解雇を受けたという。あのクラスの生徒はマスコミの餌食となり、皆転校したり引きこもりになった。田中先生の親は学校を非難し、持っていたクラスの集合写真を、

「私の娘にこんな偽りの笑顔を無理やり作らせ、追い詰めた学校も、生徒も許さない」

と記者会見で語った。そして、それから年月が経ち、僕が卒業を迎えた時、あのクラスの生徒や田中先生に関わった教師は、誰一人として学校にはいなかった。

 

僕は田中先生が好きだった。元々文章を書くことと写真を撮ることが好きだった僕にとって、僕の文章と真摯に向き合ってくれる田中先生のことが好きだった。もちろん、子供の好きだから、恋愛的な意味ではない。だけどもし、大人になって田中先生に出会っていたら、恋に落ちていたのかもしれない。

あぁでも、写真を撮ることは、あの日以来無くなってしまったな。詰め寄ってきた大人の人に、あの日のお別れ会の教室の写真を見せて以来、写真は嫌いになってしまった。いつか、自分の撮った写真と自分の文章で本を出すんだ、と田中先生に語った夢は、あの日崩れ去った。

僕は教師を志した。田中先生のような教師になると。生徒と真摯に向き合える先生になると。そうして、僕は十数年の年月を経てこの学校に帰ってきた。一度改装が行われたのだろう。僕の記憶の中の学校よりも、綺麗になっていた。

僕が今年赴任したのは、何の因果があってか、あのクラスと同じ番号のクラスだった。けれど、生徒たちは皆良い子ばかりで、時たま喧嘩をしたり小さな問題は起こるが、平和な学校生活を送れている。…まぁ、生徒たちの元気がありすぎて、体育の苦手だった僕は振り回されっぱなしだが。

 

「………って、ねぇ、聞いてる?聞いてます?」

「ん、あぁ、考え事をしてた。すまない」

「変なの。まぁいいや、それより、今日学校が終わったら飲みに行かない?私の愚痴、聞いてよ」

「うーん…まぁ、たまには付き合うよ。さっき、いつでも愚痴を聞くって言っちゃったしね」

「お!いいねぇ!じゃあ今日は佐藤君の奢りで!」

「………さて、とっとと終わらせて、家で飲もうかな。」

「嘘!嘘!ちゃんと私も出すからぁ!」

 

彼女は田中先生とは正反対の性格だ。天真爛漫で、スポーツタイプ。国語や英語は生徒に教えるのが精一杯。だが、生徒と紳士に向き合い、時には親よりも真剣なんじゃないか、って剣幕で生徒を怒る。時には生徒の親も怒る。そして怒った後は、泣きながら生徒を抱締める。熱血漢な女教師だ。彼女は、この学校でかつて起きた惨劇を知らない。知っているのは僕と、一部の教師だけ。けれど、彼女になら話してもいいかもしれない。あの話は、全ての教師が知り、そして、教訓にしなければならない出来事だ、と、僕は思う。

 

日も落ちた頃、今日の仕事を済ませ、学校に残っている生徒を帰らせ、一通り見回りをし、荷物を片付けて校舎を出る。校門前には既に、彼女の姿があった。

「早く行くよ!満席になって待つなんて嫌だからね!」

いつか、彼女とも転勤になって別々の学校になってしまうのだろう。けれど、この学校にいる間は、仕方がないから彼女に付き合ってあげるとしよう。

 

「あぁ、今行くよ、田中さん」

あぁ、田中先生、あなたのお眼鏡にかなう日はもう来ないけれど、僕は絶対、あなたのような先生になります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(1)教師、教員、先生と、バラバラな呼び方になってしまうのはあまりよくありません。どれかに統一すると、読みやすい文章になりますよ^^b

(2)人間を添削する、という言い方はあまりよくありません。更生する、に変えましょう。

(3)所々、漢字を使っていない部分が見受けられますね。使える漢字はしっかりと使いましょう。もし難しい漢字を使う場合も、ふりがなを振ることで読み手にも伝わります。

 

総合評価

ありがとう。佐藤君。

君ならきっと、いい先生になれるよ。

私も、君のクラスの担任がしたかったです。

君の教師人生が良きものであることを祈っています。

ファイト(๑•̀o•́๑)۶ FIGHT☆ͦ

 

────先生より

 

追記

眼鏡にかなうとは目上の人に気に入られたり、実力を認めてもらう事を意味しますd('∀'*)

ですが、教師たるもの、目上の人ではなく目下の人、後輩教師や生徒にも認めてもらえる教師を目指しましょう!٩(ˊᗜˋ*)و




この小説はSCP財団のSCP-1045-JP(http://scp-jp.wikidot.com/scp-1045-jp)を中心としたSCP二次創作SSになります。
この作品は、SCP-1045-JP「お眼鏡にはかなわない」に対して独自の解釈が有ります。
このコンテンツは、クリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンス(http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/deed.ja)の元で利用可能です。


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