未来のことを言うと鬼が笑うらしい。

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未来からきた結婚相手が名乗らずに未来に帰っていった

 俺が思うに平凡な日常とは。

 

 午前は大学に行って講義を受け。

 午後はバイトに行って生活費を稼ぎ。

 夜は一人で夕食を食べる。

 

 その繰り返し。だから……

 

「……」

「……」

 

 バイトから帰ってきたら、見知らぬ綺麗なお姉さんが勝手に冷蔵庫を開けて青椒肉絲(チンジャオロース)を作っていたのは平凡な日常ではない。

 

「強盗だぁぁっ!! 誰か!!」

「違う違う違う!! 話を聞いてお願いだから!!」

 

 

 ***

 

 

「――てな感じでタイムマシンで飛んできた訳」

「不審者じゃん。……もしもし警察ですか?」

「待って」

 

 警察を呼ぼうと携帯に110番したら、携帯を奪われ組み伏せられた。

 

「んぎぃぃいい……!! 離せよ……!!」

……可愛い……ん゛ん!! いやホントに信じて欲しいの。未来から来たって話」

「いや無理だろ現実的に考えて」 

「えー……でもこの状況説明付かなくない?」

 

 勝手に家に上がり込んでるという状況……一つ思いつくのが。

 

「俺のストーカー説」

「ほう。説明を」

「あんたは何故か家で俺の好物であるチンジャオロースを作って待っていた。しかも調味料や材料の場所も的確に把握していた。まるで自分の家かのように」

 

 

「そりゃそうだよ。私は君のお嫁さんだもん」

 

 

「は?」

「ほら合鍵」

 

 床で這いつくばっている俺の目の前に、可愛らしいキーホルダーが付いた鍵が垂れ下がる。「ほれほれ」と見せつけるようにぷらぷらと揺れる。

 

「……俺誰にも合鍵渡した覚え無いんだけど。もしかしてガチのヤバイ人?」

「チガウヨー。正真正銘、未来の君から渡して貰ったんだよ」

 

 そうはいっても信じられない。勝手にスペアキーを作ったのかもしれない。

 

「むー。その顔は信じて無いなー。他に証明できそうなものは……あ!! エロ漫画の購入履歴とか?」

「は⁉」

「えっと。君って結構年上モノ好きだったよね。本のタイトル覚えてるだけ言ってあげよっか? まず『先輩風紀委員とあま♡あま♡身体チェック♡』。『ドSOL、夜のOJT』。『先輩一発お願いします!!』」

「わかった!! 信じるから読み上げるのやめろ!!」

「こうしてみると年上モノと女性優位モノが君の性癖だったんだね」

「やめて!!」

 

 

 ***

 

 

「ガチだった……」

 

 口では信じると言ったものの、謎の女性は俺が何を言っても信じないと思ったのか、直接タイムマシンを見せられた。家の押し入れに入っていた()()は某猫型ロボットが使うような機械ではなく、両手に持てるサイズの箱にボタンが数個付いてるだけのものだった。

 

「これで信じて貰えた?」

「……一応信じますよ」

「あれ? 敬語?」

「一応年上らしいんで」

 

 一旦落ち着いて話をしようとの事で、テーブルを挟んで椅子に座った。

 

「敬語かぁ……なんか新鮮でいいね」

「で? 何で未来からこっちに来たんですか?」

「それを話すと長くなる……から作った青椒肉絲食べながら話そう。私食事する前にこっち来ちゃったんだよねー」

 

 と言いながら意気揚々と席を立ち、鼻歌を歌いながらチンジャオロースをよそっていく。家主だから何もしないわけにはいかないので炊飯器を開き保温していたご飯を茶碗に盛り付け……あの人どのくらい食べ「大盛でいいよー!!」……なんて図々しい。

 

 二人分のご飯をよそうと、すでにテーブルには青椒肉絲がよそい終わっていて、謎の女性はいただきますの合図を待っていた。

 

「あーお腹減った!!」

「あの」

「なに?」

「何で俺の青椒肉絲だけピーマン多いんすか?」

「……気のせいじゃない?」

 

 おいこっち見て言え。俺の皿に盛り付けられた青椒肉絲は見るからに色の割合が緑に偏っている。

 

「まさかピーマン嫌いなんですか? その年になって? 子供じゃあるまいし」

「大人でも嫌いなものは嫌いなんですぅー」

「じゃあ何で青椒肉絲作ったんですか」

「君の好物だから」

 

 謎の女性は、「いただきます」と手を合わせると子供の様に目を光らせながらほぼ肉しか盛り付けれていない青椒肉絲を平らげていく。

 

 それとは対称的に俺は、食欲が湧かずに持った箸を置いてしまった。

 

「食べないの?」

「この状況で食欲湧くと思います?」

「まぁそうだよね。何か聞きたいことある?」

「まず、何でウチ来たんですか?」

「ああ、それか……」

 

 謎の女性が少し沈んだ声で返答すると、箸を置いて重く湿った空気を醸し出す。

 

「そんな……ヤバめな事情なんですか?」

「うん……ヤバめ」

 

 もしかして未来の日本は科学技術が発展しすぎて逆にヤバイ状況なのかもしれない。

 

 秩序は?

 法律は?

 日本は?

 

 もしかすると混沌と化した未来から来た可能性が高い。

 さらにもしかすると飛んできた瞬間は危機的状況だったのかもしれない。

 この人はそれを伝えに俺のところに飛んできて、それを回避するために俺は謎の勢力との争いに巻き込まれ――‼

 

「未来の君と喧嘩した」

「実家に帰らせていただきますってノリで過去に来たんですか⁉」

 

 ちょっとだけ期待しまった俺を殴りたい。話すと長くなるって何?

 

「ホントに実家に帰っても良かったんだけど、未来の君を嫉妬させたくて」

「うわ。面倒臭い性格してますね」

「もうちょっと歯に衣着せて言ってよ‼」

「着せぬ着せぬ。そもそもなんで喧嘩したんですか」

 

 謎の女性は遠い目をして言う。

 

「大人には、色々事情があってね」

「出た。大人特有の誤魔化し方」

「これ、未来の君の受け売りだからね?」

 

 ろくでもねぇな未来の俺。お前のせいで何にも分かんねぇぞ反省しろ。

 

「どうしたら帰ってくれます?」

「直球だね。満足したら帰るよ」

「何ですかそれ。なにしたら満足してくれます?」

「それはねぇ……」

 

 目の前の謎の女性は突然席を立ち、こちらにじりじりと詰め寄ってきた。謎の女性は俺より少し背が高く、席に座っている俺を見下ろす形になると、威圧感を感じて少し怖い。

 

「な、何ですか?」

「シよ♡」

「え? ……は?」

「拒否権はないよ♡」

「……っ‼」

 

 身の危険を感じ、すかさず席を立って逃げようとするが、

 

「逃がすか」

 

 すぐに回り込まれてしまって羽交い絞めにされる。

 

「は、離してください‼」

「そんな嫌がらなくても。未来じゃ君が私のことをベッドで組み伏せてるんだから」

「それはそれでしょう⁉ 俺は好きな人としかそういうことしたくないんです‼」

「未来で好きになるんだよ‼」

「未来は未来‼ 今は今‼ あ、ちょっとまって胸押し付けないで‼」

 

 羽交い絞めされている背中に柔らかい感触を感じてドギマギしてしまう。

 

「ほらほらこういうのが好きなんでしょ?」

 

 俺の反応を面白がるようにぐいぐいと背中に胸を押し付け、背中に柔らかい二つのものの形が変わる感触と女性らしい匂いが襲う。

 

「あーダメですダメです‼ ほんと逆らえなくなるから‼」

「いいじゃん別に。誰も怒んないよ。本人同士だから不倫でもないし」

「誠実じゃないです‼」

「誰に対して?」

「今の時代に住んでるあなたに対してです‼」

 

 そう言うと女性は拘束を緩める。

 

「そっか……そういう考え方か」

「な、納得しました?」

「うん。確かに今の時代の私が知ったら死ぬほど怒って後に、脱水症状起こすレベルで泣き喚きそうだ」

「そんなですか……ていうか名前は?」

「あぁそういえばそうだね。私の名前は…………………………」

 

 名前は。後の言葉は一向に喋らず、そのまま考え込むようにして黙ってしまう。黙ってる横顔が凛としていてカッコいい。顔立ちを見るに男性より女性にモテそうという印象を抱いた。

 

「ねぇ今日、何日の何曜日?」

 

 出た。未来からきた人特有の質問。

 

「12月20日の金曜日ですけど」

「フッ……フフッ……あははははは‼ そっかあの日か‼ あははははは‼ あーおっかし‼」

 

 謎の女性は堰を切ったかの様に笑い出し、美人だった横顔は鳴りを潜め、少女のような快活な笑い顔が脳裏に焼き付いた。

 

「ごめんだけど。名前は言えないや」

「えっあっはい………………え、なんで?」

 

 笑顔に見惚れていた俺は遅れて返答をした。

 

「大人には色々あるの。君だって最初から結婚相手知ってる恋愛とかしたくないでしょ?」

「それはそうかもしれないですけど」

「なら良いじゃん‼ 私まだしたいことあるし。ほら、この時代はスマブラまだあったでしょ? スマブラしよ」

「まぁいいですけど………………待ってください。『この時代スマブラ“まだあった”』って言いました? 未来じゃスマブラ無いんですか?」

「………………」

「え? マジなんですか?」

 

 あの神ゲーが未来じゃ存在しないってマジかよ……俺は何を頼りに生きていけばいいんだ。

 

「まぁ元気だしなよ」

 

 落ち込んでる俺を慰めるようにポンと肩に手を置かれる。

 

「今は今。未来は未来。なら今を楽しんだらいいんじゃん?」

「……その台詞、今言うやつじゃねぇんすよ」

 

 

 ***

 

 

『G A M E S E T』

 

「つっよ」

 

 1ストックも減らせずに倒された。

 

「ふふん。君の持ちキャラ、未来の君にボコボコにされてたから対策は練ってるんだよ」

「じゃあ他のキャラ使お」

 

 別のキャラを選んでGAMESTARTを押す。

 

「あの、聞きたいことあるんですけど」

「んー何?」

「未来の俺ってどんな感じですか?」

「そんな変わんないよー。はいバースト」

「……俺とあなたって何歳差ですか」

「えっとー5歳差だったっけ? あ、その復帰は悪手じゃよ。はい2タテ」

「………………ガチで俺はあなたと結婚するんですか?」

「うん。色々あったなぁ……」

「………………………………ちなみに俺の身長ってこれから伸びます?」

「伸びないよ」

 

 『G A M E S E T』

 

「な゛ぁんでだよぉおおおおおおおっ……‼」

「いいじゃん小さいの。可愛いよ」

「そう言ってもらえるの嬉しいんですけど、それはそれとして欲しいじゃないですか高さが」

「ンフッ……フフッ」

「なんすか」

 

 目の前の女性はコントローラーを置いてこちらを見つめてくる。

 

「な、なんですか」

「……………………」

 

 こちらも負けじと見つめ返すも、何故だか気恥ずかしくて目を逸らしてしまう。

 

「やっぱり」

 

 女性が伸ばしてきた手が頬に触れる。突如頬に温かい感触を感じ、驚きはしたものの、手を払いのけることなく受け入れてしまう。

 

「君は昔から恥ずかしがり屋だからすぐ目を逸らす……昔から変わらない君に安心したんだよ」

 

 頬を撫でていた手は頭の上に置かれる。

 

「君のありのままを好きになったんだよ。だから心配しなくていいよ。無理して変わらなくても私は君に何度でも恋をする。……もし君が変わったとしても私は何度でも惹かれる。そういう運命だから」

「俺は自分がそんな魅力的な人間だと思いません」

「未来の君は幸せそうに笑ってたよ」

「あなたを幸せに出来る自信がありません」

「私は幸福だよ」

 

 微笑みながらそう言った女性の綺麗な瞳が俺を捕らえた。俺はそれに見惚れてしまって気恥ずかしさを忘れて女性と見つめ合ってしまった。そのまま瞳に吸い込まれてしまいそうで目が離せなかった。

 

 そのまま顔が近づいていき……

 

「……そうですか」

 

 俺を我に帰したのは、この人が見ているのは今の俺ではなく俺を通した()()を見ていることに気付いたからだった。

 

 そして、過去を憂うような態度と俺を見つめる慈愛の籠った瞳が引っ掛かった。

 

「……なーんかゲームする空気じゃなくなっちゃったね」

「……ですね」

 

 考えない事にした。これはきっとどうしようもないことだろうから。

 

「よし……風呂入ろっか」

「さっさと帰ってください。泊まんないでください」

 

 いつ帰んだよこの人。

 

 

 ***

 

 

「おあがりよ‼」

「湯冷めしない内に髪乾かしてくださいね」

 

 さっさと帰ってくれと止めたが、バスルームまで行って勝手に服を脱がれちゃもう止められなかった。俺が手や足の他に変なものを出さないようにさっさと着替えを用意してバスルームを後にした。

 

「ねぇ見て。このシャツ胸のとこきつくてパツパツ」

 

 もちろん一人暮らしをしている俺の家に女性ものの服があるはずもなく、仕方なく俺のシャツを着替えとして置いといたが、女性のサイズに合わなかったようで特に胸の部分の主張が激しく張り詰めていた。

 

「知りませんよ」

「知ってるよ。だって君が揉んで大きくしたんだもん」

 

 あれを⁉ あの二つの桃を⁉

 

「……妄想したでしょ? ふふっ、や~らし~」

「……あのですねぇ、そうやって青少年の健全な性欲煽って何したいんですか?」

「ふつーに君の慌てる姿が楽しい」

「この性悪が‼」

 

 本っ当に質が悪い。何が悪いって言ってる本人が俺のタイプだからだ。スラッと伸びた細い足。シャツに収まらない大きい胸。背中まで伸びてる茶髪は綺麗に手入れされている。

 

 そして何より年上。これ以上無いくらいに俺に刺さっている。こんな状況と出会い方じゃなかったら絶対好きになっていたと思う。

 

「あー……ちょっと見すぎ、かも」

「え⁉ あ、すいませ――そっちが見せつけて来たんでしょうが⁉」

 

 恥ずかしそうに手で体を隠し身をよじる姿もちょっと色っぽい……じゃなくて。

 

「……まぁいいや次俺が入るんで勝手に変な事しないで下さいよ」

「りょーかーい」

 

 

 ***

 

 

「変な事すんなって言いましたよね」

「……? え? なんの事」

 

 別に期待はしていなかったが背中を洗い流すみたいなラッキースケベなイベントは起きる事無かった。

 

 が、しかし風呂から上がったら謎の女性は俺のベッドに入って本を読んでいた。

 

「もうちょい貞操の危機を感じてください……ホントに頼むから……」

 

 健全青少年は性癖ドストライクな女性がベッドに入ってるだけでドキッとしてしまう。

 

「……なーんか複雑。昔はこういうムーブしても意にも介さなかったのに」

「昔は昔、今は今、未来は未来。あなたはあなた、俺は俺、今の俺は未来の俺じゃないし、今のあなたは未来のあなた?」

「こんがらがっちゃてるじゃん」

「……ともかく‼ 俺を挑発しないで温かくして寝てくださいね‼ 夜更かしは肌に悪いですからね‼」

「ベッドで寝る事は許してくれるんだね」

 

 そりゃそうでしょ一応客人なんだから。

 

「じゃあ俺はリビングで寝ますね。何かあったら呼んでください」

「……ねぇ。一緒に寝ない?」

「今言いましたよね? 俺は――『隙あり‼』ちょ――‼」

 

 無理矢理腕を掴まれベッドの中に引き込まれる。ベッドから抜け出そうともがくも体はがっちりと腕の中に捕らえられていて一向に離れない。

 

「わぁ、今の君ってこんなだったんだね」

「ホントっ……やめてくださいよっ……我慢できなくなるんでっ……」

「そんなこと言ってどうせ襲わないからいいじゃん。そこの信頼あるよ」

「その信頼を裏切るかもしれないから嫌なんですよ。あなたにそんな信頼してもらうような人間じゃないんですよ」

「もうちょっと自分に自信持っていいよ」

「……はぁ。もういいや好きにしてください」

 

 抵抗しても無駄だと思い、そのままだらんと力を抜く。

 

「……で? 何が理由で喧嘩したんですか?」

「ん? んー……なんだったっけ? もう忘れちゃった」

「良かったじゃないですか。その程度の喧嘩で」

「うん。なんか吹っ切れたから明日の朝帰るね」

「……そうですか」

「うん」

「………………」

「………………」

「………………………………」

「………………………………」

 

「「あの」さ」

 

 何か言おうとしたら思いっきり被ってしまった。

 

「先言いますね」

「どうぞ」

「………………喧嘩したらまた来ていいですよ。次は色々準備しとくんで」

「ん、ありがと」

「次、どうぞ」

「………………忘れちゃった」

「そうですかおやすみなさい」

「気にならないのー? ……おやすみなさい」

 

 忘れるのだったら大したことではないんだろう。俺は抱き着かれたまま、そのまま意識を落とした。

 

 

 ***

 

 

「………………」

「起きたなら一言あってもいいと思うんですけど」

「おわぁっ‼ びっくりした‼」

 

 朝。思ったより快眠だった俺はベッドから起き上がり伸びをしていると、隣で寝ていた女性が居ないことに気付いた。

 

 目をこすりながら起きて女性を探すと、先に起きていた女性は家の襖の前に立っていた。

 

「うん。もう時間だから」

 

 女性は四角い箱の側面にあるボタンを決まった順番に押していく。箱を開くと中から虹色の光が溢れ出し思わず目を閉じた。眩く輝く光が収まったと思うとマーブル模様の扉がそこに出来上がっていた。

 

「すげー……」

 

 あまりの非現実的な現象に語彙力を失ってしまっていた。

 

「いつかこれが普通になる日が来るよ」

「慣れたくないなぁ」

 

 女性は扉に手を掛けてこちらに向き直る。

 

「じゃあ喧嘩したらまた来るね‼」

「……あの」

 

 

「未来の俺はあなたと共に過ごせてで幸せだったと思います」

「……‼」

「だから俺は今の時代にいるあなたを精一杯幸せにしますから安心してください」

「……そっか。じゃあこの時代にいる私は幸せ者だね。……ね、一つだけ質問」

「なんですか」

「本当は君に会いたかっただけって言ったら笑う?」

「笑いませんよ」

「そっか」

 

 そう言って謎の女性はサングラスを掛け、謎のボールペンを出す。

 

「……何すかそれ」

「未来じゃ結構カジュアルに時間旅行できるんだけど、一応決まりがあるんだよね。未来からきたことバラしちゃいけなかったりとか。これはそういう事しちゃったための道具。映画で見た事あるでしょ? M.I.B (メインインブラック)で。はいじゃあこの棒をよーく見て」

「え、それって、ニューラライザ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は昼過ぎ。家のチャイム音で目が覚めた。

 

「ん? あぁ……あれ? 俺何してんたんだっけ?」

 

 そのまま椅子に座って寝てしまったみたいだ。何をしてたか思い出そうとしても頭に靄が掛かったようで、上手く思い出せない。

 

 ……取り敢えず鳴り止まないチャイムを止めるために玄関へ向かった。

 

「はーいどちら様ですかー」

『ボクだよー‼ 開けてー‼』

「……どちら様でしょうか」

『ちょっとー‼ 開けてよー‼ 勉強教えてよー‼』

 

 インターホン越しに快活な少女の声が聞こえる。その元気に反比例するかの様に俺のテンションは冷めていった。迂闊に出るんじゃなかった。

 

「お前また来たの?」

『暇だったんだよねー』

「今日はもう閉店です。帰れ」

『……うぇ……ひっぐ……酷いよぉ……』

「泣き真似下手なんだよ帰れ」

『グスッ……うぅ……このままだとご近所に根も葉もない話を言いふらしながら帰る~~‼』

「ちょ」

『うわーーん‼ おに―さんがボクのことヤリ捨てた~~‼』

 

 扉を開けてとんでもないことを口走る馬鹿を勢いよく家の中へと引きいれる。

 

「……お前マジでさぁ」

「にししっ、作戦大成功‼」

 

 当の本人は茶髪のポニーテールを揺らし、満面の笑みで立っている。

 

「はぁ……(はる)の親御さんに連絡取らねば……」

「もう言って来たよ‼ (ふじ)兄のところに遊びに行くって。ついでに藤兄のお母さんとお父さんにも連絡してきた。『よろしくね』って言ってたよ」

「馬鹿親が……」

「いきなり来たの迷惑……だった?」

 

 太陽のように明るかった笑顔が、急にしおれたように俯き曇る。

 

「別に迷惑とかじゃないけどさ。お前まだ中学生だろ? 休日は同級生とかと遊べよ」

「なーんか同級生の子達と話合わないんだもん。俳優とかアイドルの話ばっかりで。……藤兄と話してる方が楽しいもん。勉強も教えてくれるから家庭教師代浮くってお母さん言ってたし………………ダメ?」

 

 真っ直ぐこちらを見る瞳に目を逸らしながら、分かったよ。と答えると、陽ははしゃぎながらリビングに入っていった。

 

「ねぇねぇ、ボクお昼食べて無いからお腹空いた‼」

「来る前に食って来いよ……昨日残ってた青椒肉絲あるからそれ食え」

 

 ……ん? でも作った覚えねぇな。

 

「えー、ボクピーマン嫌いだから食べたくない」

「頑張って食えよ。立派な大人になれないぞ」

「大人でも好き嫌いはあるし、食べれなくても立派な大人になれますぅー‼ 大人になっても意地でも食べないもん‼」

 

 なんて言って陽は棚の上に置いてあったカップ麺を勝手に開封し、お湯を沸かす。

 

「あ、そう言えば……おい陽。これ」

「わっとと、コレ……鍵?」

 

 陽にスペアキーを投げ渡す。

 

「お前この間ウチ来た時に、俺がバイトから帰ってくるまで外でずっと待ってただろ?」

「あー、あれ? 大して待ってないよ」

「4時間は大してじゃないっての。夜に子供一人は危ないんだよ」

「……子供じゃないもん」

「中学生は十分子供だっつーの。もし俺の帰りが遅くなりそうだったらそれ使って家に入ってろ」

 

 バイトから帰ってきたら、鼻の頭を赤くして、寒そうに震えながら扉の前で座っていた陽を見た時は肝が冷えたものだ。

 

 俺はまだ成人はしてないが、もう立派な大人だ。子供のときより責任は重くなるし、逆に子供は守っていかなきゃならない。

 

「鍵無くすなよ」

「分かった……えへへ

 

 そんな思いを知ってか知らずか陽は嬉しそうにはにかんで笑う。

 

「あ、コップコップ~」

 

 陽がコップを取る為に食器棚を開ける。しかしコップは高いところに置いてあるため陽じゃ取れない。仕方ないから俺が代わりに……

 

「よいしょ」

 

 俺が代わりに取ってあげようとしたが、そんな助けは必要無く陽は少し背伸びしただけでコップを取ってしまった。

 

「……なぁ。お前なんか背伸びた?」

 

 そういえば何となく大きくなった気がする。もちろん背が。

 

「藤兄が背縮んだんじゃない?」

「おいふざけんな張っ倒すぞ」

 

 将来的に身長が伸びないとか言われたから今の俺は凄く傷付きやすい……ってあれ。

 

「俺、誰にそんなこと言われたんだっけ?」

「ボク」

「そうだけどそうじゃないんだよ。……誰だったけな?」

「忘れちゃうんだったらその程度のことなんじゃない? そんなことよりなんかいい録画残ってる?」

 

 陽はテレビを点けて録画してる番組を漁り始める。が、結局録画に目ぼしいものは見当たらなかったらしく、テレビの画面は昼のニュース番組やドラマの再放送に切り替わっていく。

 

『NASAがブラックホールの構造を完全に解析、重力波との相関を利用しタイムマシ――』

『ゲームはこれから四次元の領域に⁉ ゲーム開発現場に最先端に潜入調査‼ どの――』

『実録‼ 都会に存在するブラックサンタの正体‼ 捕獲班に24時間密着取材‼ その正――』

『今は今。未来は未来。なら今を楽しんだらいいんじゃん? 来年のことを言えば鬼が――』

 

 地上波の番組に切り替えてもチャンネルを変える手は止まらず、遂には陽の御眼鏡に適わなかったのかテレビを消した。

 

「……なんか最近世間がつまんない」

「13歳が言うセリフじゃねぇな」

「じゃあ藤兄は面白いと思ってる?」

「舐めんな。俺は人生の一度たりとも周りの世界が面白いと思ったことねぇよ」

「うわ卑屈」

「俺が一番面白いと思ってるから」

「自尊心が高いだけだった」

 

 そりゃそうだろ言えないことも言えないこんな世の中じゃあ、何が他人の地雷になるか分かんねぇから迂闊に発言できない。つまらないことこの上無い。心の中で好き勝手発言できる俺が超ホワイトテイル。

 

「そんなんだからモテないんだよ」

「お前子供だからって何でも言っていいわけじゃねぇんだぞ。言葉って結構傷つくんだぞ?」

「ごめん。でもクリスマスの予定無いでしょ?」

 

 無邪気というのは怖い。平気で言葉のナイフで刺してくる。その刃物のような質問は去年の俺なら致命傷だったが、今年の俺は一味違う。

 

「どうせクリスマス過ごす相手居ないんでしょ? ふふん。安心してよ。ボクが予定を作ってあげる。ボク見に行きたいイルミネーションが『いや今年は予定入ってる』あって…………え?」

 

 陽の顔を見ると驚愕で顔が固まっている。想像通りだ。

 

「あ、え、誰と、え、いつの間に」

「そこそこ暇だった高校時代と違って、俺だってもう大学生だぜ? 過ごす相手の一人や二人いるに決まってるだろ」

 

 ドヤ顔で言い放つと、陽は口をパクパク開けて放心している。そこまで驚かれるとちょっと傷つく。

 

「まぁ? 俺ってそこそこコミュ力あるし? って」

「そ、そっかぁ……そ、そうだよね藤兄って結構カッコいいから普通にモテるもんね、そ、そうだよねぇ……いっつも先いくんだもん

 

 陽がなぜか目いっぱいに涙を貯めている。

 

「そ、その人と、お、お幸……お幸せに……ってあれぇ? 何で泣いてるんだろ?」

 

 そして溢れ出して涙が頬を伝って床にカーペットに落ちた。

 

「そんなに行きたかったのかよイルミネーション」

「あ、いや違……ごめん。困らせるつもりなかったのに……ボク、一旦帰るね」

 

 そう言って零れている涙を隠しながら俺の横を走って通り過ぎていく。

 

「ちょ、待てよ」

 

 振り返ってすかさず陽の腕を掴む。だが陽はこっちを向こうとしない。

 

「悪かったって陽がそんな楽しみにしてると思ってなかったからさ」

「違うのボクが悪いの。だって藤兄はずっとボクと一緒にいてくれると思ってたから。そんなことあるはずないのに」

「ああずっとはいれない。だから9時までならどうだ?」

「だ、ダメだよそんな中途半端なことしちゃ……彼女さんに悪いよ」

「え、お前何言ってんの?」

「………………ふぇ?」

 

 泣き顔でぐしゃぐしゃな顔がこっち向いた。若干鼻水も垂れている。

 

「だ、だって、クリスマスは過ごす人いるって」

「だれが彼女って言ったよ。友達三人と朝まで飲み明かすんだよ。クリスマスのカップルを差し置いてな。二人一組のカップルより、三人の方が人数多いから絶対強いじゃんってことで」

「な、なぁにそれ」

「その飲み明かしが10時から。だからイルミネーションが見れる時間帯に出かけて、9時まで見て、陽の実家まで送れば10時には間に合うから」

 

 飲み明かすと言ってもノンアルコールだけど。バカ騒ぎの愚痴パーティーと言った方が正しい。

 

「は、はは、そっか。全部ボクの勘違いか……そっか藤兄がそこまでしてボクと行きたいなら行ってあげたくもないな~。あははは……はは」

 

 泣き止むのを止め、笑い始めた陽を見て少しほっとした。だが今度は笑顔が固まり、両手で顔を隠した。

 

絶対さっき恥ずかしいこと言った………………

「俺は嬉しかったけど? 俺に彼女が出来たらあんなに思ってくれるんだって」

「………………そうじゃないよ鈍感。……やっぱり今日は帰るね」

「いやゴメンってクリスマスそんな楽しみにしてるなんて思わなくてさ……」

「それじゃないし別に怒ってないよ。普通に用事終わったから帰るだけ」

 

 陽は俺の手を優しく振りほどき、そのまま玄関へと向かう。

 

「用事終わったって……勉強しに来たんだろ?」

「建前だよそんなの。本当はね、クリスマスの予定を聞きにきただけなの」

「スマホで連絡すりゃいいじゃん」

「……本当の本当はね」

 

 陽がこちらに振り向くと開いた玄関の扉から風が吹いた。

 

「……本当は会いたかっただけって言ったら笑う?」

 

 その言葉を言う陽が俺の知りもしない女性と被る奇妙な感覚を覚えた。

 

「笑う。じゃあな」

「ひどい‼ またね‼」

 

 陽は笑いながら走って帰って行った。

 

 俺は一つ溜息を吐いて、居間へと戻って行った。テーブルに置きっぱなしのカップヌードルにお湯を注ぎながらテレビを点けた。

 

 テレビに映っているのはロマンチックな雰囲気に包まれてる男女二人。

 

『あなたのありのままを好きになったんだよ。だから心配しなくていいよ。無理して変わらなくても私はあなたに何度でも恋をする。……もしあなたが変わったとしても私は何度でも惹かれる。そういう運命だから』

 

 テレビ画面に映っているのは少し前に流行った恋愛ドラマの再放送が流れていた。ちょうど告白するシーンだった。

 

『な、なぜどうしてそこまでして私のことを……』

 

 流してはいるものの内容はあまり頭に入ってこない。頭の中を反芻しているのは先程の陽の言葉。

 

『――あなたのことが好きだから』

 

「………………笑えねぇ」

 

 頬を触り、顔が熱くなっているのを自覚した。

 

 ***

 

 陽が帰ってしばらく時間が経った頃。もう一度家のチャイムが鳴った。今日は客が多い日だな。

 

「はーいどなた様ですかー………………え?」

「すみません警察ですが」

 

 無警戒で扉を開けたら制服をキッチリと着ている警察が立っていた。少し離れたところに顔だけは知っているお隣さんの姿が視界に入った。

 

「先程近隣住民から通報を受けまして、あなたの部屋から泣いて出てった女子中学生らしき姿を見たとか、しかも部屋に連れ込んでヤリ捨てたなどの発言が聞こえたらしく……取り敢えずご同行願えますか?」

「………………笑えねぇ」

 

 

 

<END>

 




登場人物

水月(みつき) (ふじ)
大学一年生。趣味はコンビニの新商品を買うこと。
陽とは家族ぐるみの付き合いで、小学生の頃家にやってきた陽をゲームでボコボコにしたのがきっかけ。その後からなんやかんやで仲良くなった。基本的に人間の好意に鈍感。他人から他人への好意にも鈍感であり、高校時代クラスで五つのカップルが成立していたが藤は一切気付くことが無かった。
最近の悩み事は陽が自身に依存気味なので自立して欲しい事。

(たちばな) (はる)
中学二年生。趣味は音楽聞きながらジョギングすること。
元々引っ込み思案な性格だったが藤と出会い、どんどん我が強い我儘な性格に変わっていく。幼い頃から藤と接してきたからかあまり同級生の男子を異性として意識していない。逆に男子の恋バナには気になる女子として挙げられたり、同性の中でもこっそり慕っている子も存在する。一人称の『ボク』は、幼い頃の藤の一人称が『僕』だったため影響された。藤が女の人と話すのを見たり、一緒に学生時代を過ごせないことが原因で、胸の奥の方がイガイガしたりムズムズしたりするらしい。恋とかはまだよく分からないらしい。
最近の悩み事は一人称を『ボク』から『私』に変えるタイミングを逃したこと。



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