俺の愛バは凶暴にしてゴルシの親父 その名前は『永遠なる黄金の輝き』   作:wisterina

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R11 砂の地への岐路

 日経新春杯を終えて、三月を迎えた中山レース場では弥生賞が開催されていた。弥生賞は次のクラシック挑戦の登竜門とも言われている試合でデビューしたばかりのウマ娘たちを見に来るのだが、今年のレースには一人のウマ娘の走りに視線が注がれていた。

 

『外に持ち出してアグネスタキオン。先頭に早くも立った。タキオン先頭! タキオン先頭!』

 

 先行三番手で走っていたアグネスタキオンが最後の中山の直線で一気に突き放しにかかった。二百を越えたところで完全に後続を突き放してしまった。それはまさに超音速の微粒子のごとく見るものの眼を見せつける走りだ。

 

『アグネスタキオン楽勝! 栗毛の光の戦士三戦三勝』

「きゃータキオンさん。涼しげな顔してるけど、顔の下ではあぁ今日の脚の調子はどうだったかなと反省するお姿。実にいいっ!」

 

 学園の問題児との評判であるタキオンではあるが、前回のホープフルステークスで今年のクラシック戦線の有力ウマ娘であるクロフネやジャングルポケットを突き放した走りに今年の三冠ウマ娘はタキオンで決まるのではないかとの噂で持ちきりだった。

 

「……勝てなかった」

 

 一方で同じレースを走っていたマンハッタンカフェは四位入着。実力不足というよりも、タキオンの速さについてこれなかったのが敗因であった。

 

「やあ、カフェお疲れ。どうだい私特性の疲労回復効果があるドリンクでも」

「またそうやって薬を試すのですか」

「いやいや、これは純粋な善意だと」

「嘘ですよね」

「う~んだめかぁ~」

 

 またあいつは薬を盛ろうとしている。なんでそこまで薬にこだわるんだ。ドーピング検査には引っ掛からないように注意しているようだが、力入れる所はそっちじゃないだろうに。

 

「はぁ~燃えた。萌えたよぉ。タキオンさんとカフェさんの白と黒のコントラスト。そして薬を盛ろうとして見抜かれてうなだれるタキオンさん尊いなぁ~」

「タキオンの奴順調に連勝重ねてるな。しかしトライアルの弥生賞まで無敗とかうちのチームで二番目に強くね?」

「一番は……ゴールドってことか」

「当たり前だろ。うんじゃ、レースも終わったことだしチームポラリスで弥生賞勝利を祝って、肉食いに行こうぜ肉。さっきトレーナーのおごりで焼き肉屋予約しておいたから」

「勝手に予約するな」

 

 勝手に四人分も焼肉をおごらされてしまったものの、この間ゴールドが勝った日経新春杯の賞金が入ったことで懐はそこまで痛くなかった。のだが池浦には一つ懸念があった。

 先月のバレンタインデーにステイゴールドから贈り物一つされていないのだ。

 

 二月十四日のバレンタインデー。トレーナーを除けば女子で構成されているトレセン学園でも友人同士あるいはトレーナーにチョコを渡す習慣もある。

 池浦もそれに漏れず、カフェからはダークなコーヒーチョコレートの詰め合わせをを。デジタルからは今日の戦利品であるバレンタインデーでのウマ娘たちのエモい表情集を。タキオンは怪しい薬が混入したチョコレートを。(後で丁重に危険物として処理するようにした)と色々おかしなお菓子を受け取っていたのだが、チームポラリスのメンバーの中で唯一ステイゴールドだけバレンタインデーのチョコを貰っていないのだ。

 

 日経新春杯では池浦のことを信頼していると答えたのだが、プライドの高いステイゴールドが自分からバレンタインデーのチョコを送るなんて女の子らしいことはしないのだろう。そもそも言動すら女の子のらしさの欠片もないゴールドにそんなことを期待する方があやしいというものだ。

 

「トレーナー、なにボーっとしてんだ。肉全部俺が食っちまうぞ」

 

 肉の焼けた匂いと炭火の白煙がロースターから吹き出しながら、ゴールドが次々と焼けたロースやハラミをタレで浸した皿に入れてはパクリ、入れてはパクリと注文した肉があっという間に消えて、甘辛い漬けタレの残り汁がついた皿が積み上がっていく。

 

「むふぁあ。推しと焼肉デート。感謝カンゲキ雨嵐。デジたんもうお腹いっぱいです」

「ふむ。焼肉か、自分で焼いて焼き加減を調整する料理なのだが、自分で焼くというのは効率的に悪いのではないかね」

「なーに言ってやがる。この肉の焼ける匂いと自分で育てた肉を食うのが醍醐味だろうが。第一タキオンお前、肉と言えば蒸した鶏むね肉しか食ってねーだろ。肉を食うのはいいが、もっと色んなの食わねえと体痩せ細っちまうぞ」

「では反論するが、焼肉というのは栄養バランスがひじょーに悪い。摂取ものがビタミンB1とタンパク質脂質と栄養が偏りすぎる。おまけにおかわり自由なのがご飯のみ。これではサプリメントを服用しなければならない手間ができるではないか」

「栄養はあるぞ豚肉牛肉ラム肉鶏肉。どれも体をつくる栄養素だろ。ホルモンなんて同じ部位を食べれば自分の体と同じ部分が強くなるって言うし。つかたまに食う飯が焼肉でも体はそんなすぐに栄養バランス崩れないっての。そんな考えだと、髪の毛が白い頭でっかちになるぞ」

 

 と力説しながら自分は米の一つも食わず、肉ばかり食べているじゃないか。まあ、ゴールドの言うことも一理ある。タキオンがトレーナー室の一部を実験室代わりにしているおかげで食事をしている光景を見ているのだが、おいしさや華やかさよりも科学的な栄養バランスに重き置いた茹でた鳥のむね肉に茹でたブロッコリー、麦飯と栄養学的には理にかなっているかもしれないが味気なさすぎる。

 そして大事に育てたバラ肉がちょうどよく鉄板の焼き目がついた所で自分のたれ皿に置いて、箸を口に運ぼうとした時、タキオンがじっと池浦の肉を見つめていた。

 

「……トレーナー君、その焼き立ての肉をこっちの皿に持ってきてくれないかい? トレーナー君が焼いたものを私は効率的に摂取できるというものだ」

「やだよ。自分の肉は自分で焼いてくれ」

「ええええ。火を使った料理はアルコールランプで紅茶を沸かしたことぐらいしかないんだよ。ねぇ早くおくれよぉ。ねぇ」

「うへへへへ。なんて眼福。デジたんREC起動オン! これは永久保存もの。うぇへっへっへ」

 

 タキオンが子供のように池浦の肉をだだをこねてねだるのを、取られまいと謎の攻防戦を繰り広げた。

 その一方でいっこうに箸が進まないカフェに、ステイゴールドが箸で指さした。

 

「カフェまだ落ち込んでいるのか。まだタキオンと戦える機会なんてあるんだからもっと食えよ。お前も体細っこいし、クラシック挑戦するなら体力と筋力は必須だぞ。菊花賞なんか長距離だし」

「私、そんなに細いですか」

「うん。細い。食前食中食後とコーヒーばっか飲んで飯のことになんざ眼中にない」

「食後のコーヒーは胃の消化を助ける働きがありますので」

「そりゃ十分な飯を食ってのことだろ。もっと注文しないとな、お姉さん追加でロースとバラとハラミ五人前づつな」

「そんなに食べられません」

「カフェ、今回はゴールドの言う通りだ。アスリートにとって体は大事だ。太りすぎはよくないが、細すぎてもスタミナもつかないし、筋肉もつかない。特にカフェは脚がステイヤー気質なんだからスタミナは重視しないと、タキオンにリベンジできないぞ。あっ、こらタキオン俺の肉!」

 

 するとそれが琴線に引っ掛かったのか、カフェがするりとタキオンがかっさらおうとした肉をするりと下から箸ですくい上げて奪い取ってしまった。

 

「トレーナーさん……厚かましいですが……私体重を増やしてレースに勝ちたいです。ホワイトデーのお返し、カロリーが多めのものでお願いしてもいいですか」

「そうか、なら普段の食事のメニューも栄養士の先生にも聞いて変更しないとな」

 

 レースで負けた悔しさは人を動かす原動力となる。カフェの懸念点である体重の軽さ、そしてステイヤー気質の脚の長所を活かせるようにしなければならない。しかし現在のトゥインクルシリーズは専ら中距離がメインだ。カフェが出られる階級で長距離のレースとなるとクラシック路線から少々外れてしまう。どこかで長距離を走れるレースはないだろうか。

 

「そういえばゴールドの勝鞍の阿寒湖特別が今年から二千六百の長距離になるんだったよな。ゴールド札幌レース場ってどんな感じだった」

「おいトレーナー。このロース脂身たっぷりで焼けてるから食え」

「え? ありがとう」

「ほら、このテッチャンなんか脂いっぱいだぞ」

「いやそんなこってりしたものばっかり食えないって」

「いいから食えっての。俺様の好意をもらえないってのかオラ! ほら、トレーナーのグラス寄こせ、飲みもん入れてくるから」

 

 口調は相変わらず粗暴だが、中身が変わったかのように細かいところに気が付くとはどういう風の吹きまわしかと後をつけた。

 

「ゴールドどうしたんだ急に、別に飲み物ぐらい自分で」

「……バレンタイン」

「へ?」

「バレンタインの存在忘れたんだからバツが悪いじゃんか。去年や一昨年の今頃は京都記念に向けて練習三昧で、クラシックは中半月で次のレースに出走することで頭いっぱいだったし」

「つまり忙しすぎて忘れていたと」

「そうだよ。それに舎弟たちもそんなピンクピンクしたこととは無縁つーかやる気がない奴らだし」

 

 まさか試合にかまけ過ぎて忘れていたことを反省していたとは。

 ただ、月刊ステイゴールドとも言われているほど毎月はレースに出場しているステイゴールドなのだが、今年は海外遠征を見込んで池浦が一ヶ月も間隔を開けて休ませているから急にバレンタインデーと言われてもピンとこなかったのだろう。

 

「ところで舎弟って?」

「俺と妙に気が合う奴らだ。俺と同じく問題児だが、あんたならうちの一癖ある舎弟たちを制御できるかもな。この俺様を本気で世界で戦わせるために動いてくれんだからな」

 

 ステイゴールドの舎弟……自分から問題児というのだから相当ヤバいやつらなのだろう。できれば関わりたくないのだが。と、池浦のポケットで電話鳴り、受けるといきなり理事長の大声量の二熟語が飛び出してきた。

 

『吉報ッ!! 池浦よ。先ほどトゥインクルシリーズ運営協会から連絡があり、トゥザヴィクトリーの練習相手として三月下旬のドバイ遠征に同行することになった。無論、練習相手とはいえ試合に参加できるぞ。試合はドバイシーマクラシックだ。精進するように』

「出られるのですか! ありがとうございます。ゴールド、海外遠征に出られるぞ」

「しゃああ! やっと俺様の実力を世界に見せてやれる日が来るとはな。サンキューなトレーナー! よっしゃ追加注文だ。店員さん、ロースとハラミとバラにホルモンでハツ、キモ、テッチャンに後塩タン。あっ尻尾と脚食ったらいいよな。ついでにテールスープと牛すじも」

「いやいや肉ばっかりじゃないか。ご飯とか野菜も頼めよ」

「お前な。ここをどこだと思ってやがる。焼肉屋だぞ、焼き野菜でもごはん屋でもねーんだぞ。ふざけんな、焼肉屋は肉しか頼んじゃいけないんだ。そんなの寿司屋でハンバーグ寿司頼むようなもんだぜ。俺が板前さんならそいつに酢をぶっかけて酢飯にしてやるからな」

「でもこの前回転寿司で魚のネタは取らずに、ハンバーグとかイベリコ豚とか肉のネタしか食べてなかったよな」

「回転寿司屋は。回転寿司だからいいんだよ! 回転しているもんは寿司じゃねえ、回転寿司になるんだよぉ」

 

 嬉しさで舞い上がっているのか、もはや無茶苦茶だ。

 しかしドバイとなるとあのチームゴドルフィンのお膝元、できればファンタスティックライトが出てくれないように祈りたい。

 

***

 

 暦の上では春となる三月であるが、六時になるとほぼ夜になりトレセン学園の練習コースは大井競馬場のように一斉に青白い照明が青々とした芝とダートを照らしてくる。この時間保健室から定期診断を終えたステイゴールドはこの光景が好きだった。日本のGⅠレースは常にデーレース開催で見られない、だが次のドバイではナイトレースと聞く。

 未知の地で、世界の強豪と戦える光景が照明を見ると今自分が先頭を進んでゴールする光景が思い浮ぶ。ちょっとコースを見て見ると、セイウンスカイがジャージを着こんでで走りこんでいた。

 

「ようウンス。お前も練習か」

「うんそうだよ。セイちゃん次の春天のために頑張っていますよ」

 

 相変わらず雲をつかむような言いかわしの一つ年下のセイウンスカイ。だがゴールドは違和感に気が付いた。前のセイウンスカイなら「ん~練習じゃないよ。お昼寝の場所を探していただけですよ」と自分は練習嫌いで何もしてないですよと言葉を濁していたはずだった。

 

「それよりドバイ遠征だってすごいねぇ。セイちゃん驚きだよ」

「おうよ。でも残念だぜ、春天に俺が参加できなくて。トレーナーにドバイの後に春天出場できるかって聞いたら無茶言うなって言われてよ。そんなわけだから次は宝塚で勝負になるな」

「ん~それは無理かも。私次の春天で引退だから」

「……え」

 

 あまりにも自然な会話の流れで突如爆弾が飛び込んできたことに、ステイゴールドの頭が引退の二文字についてこれなかった。

 

「何言ってんだよ。今年春天一回だけで終わりなんておかしいだろ。せめて秋天とかにも出場しろよ」

「いやいや私ももう寄る年波には勝てないってことですよ。脚の怪我も良くないし」

「意味わかんねえよ。復帰目指して今日まで練習してきたんだろお前のことだから」

 

 必死にゴールドが引き留めるように訴える。いつも昼行灯っぽく振舞いながら、内心は人一倍レースに勝てる算段を立てて練習をする計算高いライバルが、こうもあっさり引退するなどありえないと。だがセイウンスカイはじっと柔和な表情を崩さずゴールドの言葉に意に介さない。

 

「思ったより脚の状態が良くなかったというわけもあるよ。生来丈夫な脚を持っている先輩にはわからないかな。まあそうだね、ドバイで勝ったら私の引退撤回も考えていいかもね。一着になったらだけどね」

 

 すげなくセイウンスカイはステイゴールドの脇を抜き去り、レース場を去った。一人照明の下に残されたステイゴールドは、かつて自分を負かしたライバルのギリリと歯ぎしりを鳴らして腹のマグマが湧きだし始めていた。

 

「……お前も怪我で、消えるのかよ。ふざけんなよ。ふざけんなよ!」

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