俺の愛バは凶暴にしてゴルシの親父 その名前は『永遠なる黄金の輝き』 作:wisterina
ステイゴールドがいつになくトレーニングに励んでいた。
二百Kgのリフト、レッグポプレス、レッグカールとウマ娘専用トレーニングルームにあるマシンを一日で制覇する勢いで重りがぶつかる音を絶えず鳴らしていた。
「何か鬼気迫る感じ……あの子の気迫に似ている感じが……します」
ドバイ遠征が近いから気合が入っているのだろうが、ちょっとやりすぎな気が。
目を離すと、ステイゴールドは休憩を入れず次のマシンで鍛えようとしていたので
「おい、ゴールド。いったん休憩入れないと体が持たないぞ」
「離せトレーナー。急いで鍛えねえと、セイウンスカイが。春天で引退なんてさせねえ」
「どういうことだ?」
ステイゴールドが昨日練習コースで起きたことを一通り話した。
「ウンスを止めるには俺が勝つしかねえ。必ず勝ってやる」
自分勝手、わがままでお調子者のステイゴールドがいつになくギラギラと燃え滾った目つきをしている。
サイレンススズカの時もそうだった。自分と戦った相手を心の底からリスペクトしている。誰かのために人一倍このウマ娘は真剣になれるのだ。
ステイゴールドの意地に答えてやらなければならない池浦だったが、懸念があった。
「今のメニューをこなしても一着を取れるか難しいぞ。日本の芝は高速芝で海外とは違う。海外芝を模倣したレース場があれば効果的な練習ができるのだが。あいにく天下のトレセン学園でも海外芝を再現したコースは」
「ふっふっふ。じゃあこれをつけて見るとどうだろうか。安心したまえ、特に光ったり爆発など百パーセントないことを保証しよう」
タキオンが取り出したのはやや厚底のシューズだった。タキオンのことだからまた怪しい類ものではないかと警戒はするが一応安全である言葉を信じて、ステイゴールドにそのシューズを履かせて芝のコースを走らせてみた。
「うお、なんだこれ。いつも走っているコースなのに、バ場の感触が違うぞ」
「ドバイの場合は日本で使われているバミューダグラスでバ場としては近いものがあるが、それでも海外芝は多湿の日本のと比較すると、水分量による質量が異なる。その差をシューズに搭載されている水量で再現・調整してわざわざ設営しなくても海外の芝を再現できるシューズを作ってみたんだ。ちょっと手慰みにつくったものだから再現度は低いものだが」
「すごいよタキオン。海外での練習に最適だよ。こんな研究もしていたなんて」
「いやいや、モルモットいや実験体もとい遊びに作ったものが役に立てられて、これでいいデータが取れ――研究者冥利に尽きるというものだよ。」
「はっはっはこいつめ、うまくごまかしきれてないぞ」
しかしいきなり本番に臨むよりも、疑似的ではあるが海外での芝に早くも慣れる練習を組むことができるのは大きい。
しかしマンハッタンカフェは不安げな表情をまだしていた。
「あの……ステイ先輩は勝てるのでしょうか」
「そればかりはわからん。向こうのレースに出場する選手をまだ聞かされてないのもあって対策が難しいし、それに今から鍛えても劇的に身体能力が向上するわけでも」
運命のレースまであと二週間と迫っている。そこに飛行機でのフライトと現地での手続きを含めると練習できる時間は減ってくる。日本出身のウマ娘にとって不慣れな海外芝に、善戦ウマ娘であるステイゴールドが入賞できる確率も低いのだ。
「はいはい質問。海外遠征トレーナーさんが行くこと前提で話してるけど、その間あたしたちの練習はどうするの?」
「デジタルが代理だ」
「え?」
「もちろん本当にするわけじゃない。遠征は数日だけだがその間練習しないわけにもいかないから、俺が不在の間はたづなさんが基本的に見るけど、デジタルならみんなの練習を色んな意味で細かく見ているから、たづなさんのサブトレーナーの形でサポートしてほしい」
「あたしが、トレーナー」と上の空で呟くと、デジタルの口からでろりと涎が垂れ流し始めた。
「ふっふへへへ。ついにウマ娘ちゃんたちのハーレムに。どの娘から指導しましょうか。タキオンさんの実験に付き合う。それともカフェさんとトレーニング後の夕日に照らされながらコーヒーブレイクと。想像するだけでもエモい。デジタン決められません」
「タキオン、あんな風になったら困るから薬の一つでもぶっかけておいてくれ」
「私の薬を気付け薬のように言わないでくれたまえ」
***
試合開始の一週間前、池浦たちはステイゴールドの海外遠征のため羽田空港のターミナルにいた。日本のウマ娘が海外のレースで戦うことはトレセン学園だけでなく日本としても一大イベントであるため、ファンの応援団や取材人が大挙してくるのだが、ステイゴールドを応援に来る人はトゥザヴィクトリーと比べるとごくわずか。
以前の手抜き疑惑で群がってきたマスコミも来てなく、いる記者は数年前からステイゴールドを追い続けているウマ娘雑誌の乙名史記者しかいなかった。
「ステイ、気を付けていけよ」
「入着できても立派だからな」
ファンの応援も勝利というより、無事に帰ってくることを願いばかりだ。
海外遠征と聞けば立派に聞こえるが、エルコンドルパサーやタイキシャトルなど海外に住み慣れているウマ娘に比べ、日本出身のウマ娘が日本と海外との環境の違いに慣れず不調を起こしたまま惨敗することなどよくあることである。かのシンボリルドルフ会長でさえ、海外のレースの最中で骨折という事態に陥った。とにかく五体満足で帰ってまた走ってくれることを祈っていたのだ。
「ついでだから仕方ないけど。ちょっと想定していたよりも少ないな」
「ファンとかマスコミとかどうでもいいだろ。俺は勝ちに行くんだ……で、このでかい鉄の塊途中で落ちないよな」
「道路で交通事故に遭うよりか安全だから安心しろ。というか昔阿寒湖特別で走ったときにも乗ったんだろ」
「いや、あんときは船で札幌に行ったから。だって飛行機って番組とかニュースでよく落ちているし。「なんてことだ……もう助からないぞ」とか辞世の句言われるし」
「『メーデー!』の見すぎだ」
そんな調子で飛行機に搭乗した後もステイゴールドはびくびくしながら、隣の席に座っている池浦に怖々と飛行機が落ちないか尋ねていた。
「なあ、この飛行機えらく揺れてないか。まさか機体が分解する前触れとか」
「ちょっと離陸寸前なんだから揺らすな。話しかけるな」
まさかゴールドが飛行機恐怖症とは。知れば知るほど意外なところで弱さがある娘なんだな。
と思っていた池浦だが、池浦本人が飛行機の怖さを味わったのは香港に到着した時であった。
「飛行機の離陸時間まだかかりますか」
「すみません。機材の故障で時間がかかりまして」
本来の予定なら経由地として香港の空港に一時間程度トランジットしてドバイに行く予定だったが、まさかの機材の故障という不幸に見舞われ、まだ飛行機が発着しないまま狭いエコノミーシートに三時間も縛り付けられてしまっていた。
二時間程度座るならともかく、何時間も座り。しかもまったく進まない状態となるとさすがの池浦も疲労が溜まってしまった。
「はぁ、まさか飛行機の中で立ち往生されるとは。ゴールド、大丈夫か」
「平気」
口では言いつつも、日本に離陸する前まであった元気がまったくない。飛行機に参っていつもの暴れウマ娘が鳴りを潜めているのは池浦の精神的にいいのだが、必勝を込めている以上レースまでに体調をしっかり整えなければならない。
「ご飯や飲みもの頼んでいいからな。ほら、機内食が先に来たぞ。ゴールドの好きな肉が入っているやつにしからしっかり食べるんだぞ」
ビーフコースの機内食をステイゴールドの前に置き、同じく注文した機内食を口に運びながら試合会場であるナド・アルシバレース場のコースを復習する。
「熱心だなトレーナー」
「ステイゴールドの意地がかかっているからな。俺がしっかりバ場と地形を確認しないと」
「トレーナー。俺勝つからな」
「ああ、だからしっかり食え」
肉を前にしてもまだステイゴールドの声は弱々しい。本当に飛行機はダメなようだ。
しかし、この機内食けっこう量多いな。
***
日本から飛び立ち、ドバイに着いたのはまる一日かかってのことだった。長いことエコノミーシートに座りっぱなしで池浦の体は座り続けた疲労感でへろへろであった。これではゴールドの飛行機恐怖症のことを言えないな。
ドバイの時差は日本時間とマイナス五時間で、昼の午後二時に出発してしていた池浦たちが着いたときにはドバイは朝になっていた。中東のイメージに違わず迎えの車でホテルにまで行く道中、砂と焼き付ける日光にさらされた。だがホテルに着くと寒すぎるほどのクーラーがガンガンに効いた柔らかいベッドがある部屋に案内されてやっと一息ついた。
やっと着いた。けど問題はここからだ。さっきゴールドは練習に行ったが、エコノミー症候群や長時間の移動で疲労が溜まっている。その疲れを早く抜かせて本物のドバイの芝に慣れさせないと。
ドンドンと部屋のドアがノックされた。ドアを開けるとクーフィーヤ*1にスーツの出で立ちのドバイURA職員が立っており、「ミスターイケウラ。シーマクラシックの出場メンバーだ」とリストが渡された。
出場するメンバーがわかればそれぞれの対策が取れるはずとリストに目を移すと、紙のリストが一瞬ガラスに変わったかのような音がした。
「噓だろ。ドイツのシルヴァノに、イギリスの国際GⅠ二勝ウマ娘のダリアプールと香港のインディジェナス。それにファンタスティックライトも。こ、この面子相手にゴールドが」
先に挙げた面子だけでも凱旋門賞に出場してもおかしくないほどの豪華すぎる選手がシーマクラシックに勢ぞろいしていた。しかもファンタスティックライトは去年の覇者にしてドバイをホームにしているため勝手も知っている。
この面子では一着を取るのが非常に厳しいと言わざるを得ない。前回ジャパンカップのような奇襲の逃げもファンタスティックライトがいる状態では無意味だ。急いでゴールドに対戦相手のことを伝えるため用意されたトレーニングルームに入った。
「おい、ゴールド。ドバイでの対戦相手なんだが……ゴールドその体っ!」
練習をしている最中でジャージの上を脱いだステイゴールドに、池浦は驚愕した。傍目から見てもわかるぐらいステイゴールドの体から肋骨が浮き上がっていた。
「ゴールド! なんでそんなにあばらが。食事はちゃんと取っていただろ」
「水ならちゃんと飲んでらあ」
「もしかして、水だけしか飲んでいなかったのか。まさか機内食の量が多かったのはゴールドの食事を入れたからか」
急いでステイゴールドの体重を測ると、ますます池浦の顔が焦りの色を濃くした。
体重がいつもより大幅に下がっている。これでは、レースに勝つどころじゃない。最悪死ぬぞ。