俺の愛バは凶暴にしてゴルシの親父 その名前は『永遠なる黄金の輝き』   作:wisterina

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R13 ドバイシーマクラシック

「試合放棄だと? ざけんな」

 

 ステイゴールドは意地でも引かない構えだが、本人が思うより事態は深刻である。あばら骨が薄皮の上から見えるほど体重が減退するほど絶不調の状態過去にドバイへ長距離遠征に行ったウマ娘も環境の変化に慣れず試合で大事故になったこともある。

 

「この体だと走って無事にいられるかすら怪しい。いや最悪本当に怪我どころか、死んでしまうことだってありえる。相手はファンタスティックライトら海外の強豪ウマ娘だ。海外GⅠいや凱旋門賞クラスの相手に戦って無事に完走できるかすら」

「ここまできて、引き返せるかよ。ここで試合にでなけりゃ今までのトレーニングもなんにもならねえ」

「死んだら元も子もないんだぞ!」

 

 なんとか説得して辞退をするように進言するが、彼女は全く引かない。

 

「てめえが引き下がらないと、咬みちぎっても出るからな」

 

 ギラリをステイゴールドの歯が犬歯をむき出しにして睨みつけられて、池浦は後ろに退いてしまった。ダメだ、このままだと本気で俺を殺してでも出場しかねない。再びトレーニングに戻るステイゴールドの痩せ細った背中を見て、池浦は部屋を出ると近くの店に駆け込んだ。

 

 戻ってきた池浦の手には、近所の店で売られていたヨーグルトと潰したバナナを混ぜたものを器に入れて持ってきていた。

 

「ゴールド、バナナ入りヨーグルトだ。これを少しずつゆっくり噛んで食べろ」

「おう」

 

 だがステイゴールドは池浦の言葉に反して、器を持ち上げて一気に飲み込もうとしていた。

 

「ゆっくりだって言ったろ。ほら、口開けて。俺が食べさせるから」

「うん」

 

 池浦の指示に従いその場に座ると、池浦が果肉と一緒にヨーグルトをスプーンですくい、ステイゴールドの口に少しずつ入れて運ぶ。

 体重が急激に減った場合は胃に負担を書けないヨーグルトとバナナを食べればいいと教本で書かれていた。試合まで時間がある。これで少しでも体重を増やして、コンディションを整えなければ。

 

***

 

 試合当日、ナド・アルシバレース場は 花火が盛大に打ちあがっていた。コンディションは最悪の域は脱せたもののとてもレースで勝てるような状態ではなかった。傍目から見ても黒鹿毛の髪がぼさぼさで黒の勝負服も体にフィットしていない。現にステイゴールドの人気は十番と見向きもされてない。

 

 最終調整をしている中、チームゴドルフィンのオーナーである王族が池浦に接触してきた。

 

「やあ、あなたが日本代表ウマ娘の担当ですか。む、オペラオーでもドトウでもないですね」

「ええ、私はステイゴールドの担当で。二人は国内でのレースに専念したいとのことで」

「ステイゴールド。ああ、あの善戦ウマ娘。ジャパンカップは残念でしたが、今日が私にとって一番残念ですよ。ファンタスティックライトをご覧ください、あんな涼し気な顔をしている。今日は敵なしといった感じで。日本にいる弟も今日の試合にオペラオーがいないと残念がるでしょう」

 

 嫌味を言われたが言い返す根拠も、気力もなかった。池浦の中ではただ無事にステイゴールドが一周回ってくれることだけを願っていた。

 

「ゴールド。無事に走ってくれたらそれで」

「トレーナー。俺のスマホだ、今ウンスにつないでる。俺の雄姿をあいつに見せてくれ」

 

 投げ渡されたステイゴールドのスマホを受け取ると池浦は「無事に帰ってこいよ」と言葉を残して検量室から出て行く。

 

 そして池浦が出て行くのと入れ替わりに、今日の一番人気であるファンタスティックライトが入ってきた。

 

「あなたはたしか、ステイゴールドでしたね。ジャパンカップ以来だわ。オペラオーとドトウは元気かしら」

「…………殺す!」

「ひっ、こ、殺す勢いで戦うってことね。楽しみにしているわ」

 

 いきなり物騒な言葉を放ち怯んだファンタスティックライトは逃げるようにゲートに入っていく。だがステイゴールドは周りの英語やらフランス語やら混じった歓声をシャットダウンしてただまっすぐに獲物の特徴であるゴドルフィンブルーに焦点を当てていた。

 

 この中で一番強いやつ。狙いはあいつだ。あいつの背中に噛みついて、抜いて。勝つ。

 

***

 

『全国のトゥインクルシリーズファンの皆さん。今年もやってまいりましたドバイミーティング。実況はおなじみ赤坂美聡です。さて今日のドバイシーマクラシックでは日本のウマ娘はステイゴールドが参戦しております。この豪華メンバー相手にどこまで活躍できるのでしょうか』

 

 続々とウマ娘たちがゲートの中に入り、試合の時間が迫ってくる。ステイゴールドから渡されたスマホからセイウンスカイを呼びだしているが未だに出てこない。いやむしろ出ないでほしいと祈ってしまった。この試合勝つとかの問題ではない。ゴールドの命がかかっている。もしもそんな場面をセイウンスカイの前で映し出しでもしまったら。

 

 ガコン。ついにレースが始まった。

 日本では大井レース場ぐらいでしか見られないナイターレース。ターフを照らす巨大な照明とアスファルトの上で撮影用の車が走るというドバイ独自のレース中継の様子がヴィジョンに映し出されている。ステイゴールドは内側中段の九番手あたり。同じく中段で走っているファンタスティックライトの後ろを付ける形だ。

 直線から最終コーナーに差し掛かかろうとして未だに仕掛けもせず動かない。バ群に沈んでいるのかとも思ってしまった。

 

「ふわぁ、なんですか先輩。セイちゃんお昼寝の時間って先輩のトレーナーさんじゃないですか。あれ、もしかしてこれ生中継?」

 

 やっと応答に応じてくれたセイウンスカイだったが状況は一向に良くない。最終コーナーを抜け、直線に入ってもまだステイゴールドはバ群の中に隠れたまま姿が見えない。そのうちに、順位を上げて先行のポジションに立っていたファンタスティックライトがラストスパートに入った。

 

『ファンタスティックライトだ。ファンタスティックライトだ。ファンタスティックライトが抜け出してきた』

 

 中で控えていたファンタスティックライトがついに仕掛け先頭で逃げるウマ娘を抜け出すと、今日の勝者を迎える拍手がドバイのレース場に響き渡る。まさに王者の走りにふさわしい仕掛けどころのタイミングで誰も青の勝負服に差し迫れない。

 

「トレーナーさん。ゴールドは」

「まだたぶん後ろだ」

 

 自信なさげに池浦は答える。

 

「ゴールド先輩私に試合を見せて、もう一度走ってもらうように仕向けたんだよね。でも私ねどの道引退すること前提で考えてたんだよね」

「え?」

「怪我が完治してから何度走ってもスペちゃんたちと走ったあの時の走りが全然戻らなくて、もう私は終わりなんだってわかったから。だからゴールド先輩にちょっとハッパかけて、全力ダッシュして海外でも入賞ぐらいにまでしてくれたらなと思って。ごめんね」

 

 じゃあ、この試合どの道セイウンスカイの引退は変わらないってことじゃないか。それなのにゴールドは死ぬかもしれないコンディションで走って。その先に待っているのはどの道地獄だなんて…………

 神様。あなたは鬼ですか。

 

 だが実況が突如、驚愕の声を上げると競技場の空気が入れ替わり始めた。

 

『ステイゴールドが間を突いて上がってくる。ステイゴールド間を突いて上がってくる!?』

 

 その変化を告げる実況の警鐘に釣られ、ファンタスティックライトの後方を見るとレース場にいた人々が信じられないものを見る目に変わった。バ群に沈んだはずのステイゴールドがファンタスティックライトの抜け出した後を追いかけ、凄まじい末脚で迫っていたのだ。

 

『前に迫るぞステイゴールド! さあファンタスティックライトにステイゴールド、ステイゴールド!』

 

 ファンタスティックライトに追いつこうとドイツのシルヴァノも追いつこうとするが、突き放される。

 

「くそっ、どけちっこいの!」

「……っ! 雑魚は引っ込んでろ!!」

 

 ステイゴールドよりも一回り大きいシルヴァノのタックルをものともせず、逆に弾き返し標的のファンタスティックライトに再び狙いを定めて、健脚を強める。もはや一着の争いは、ファンタスティックライトの一人勝ちからステイゴールドが差し切るか否かの競り合いになった。

 

「ぬ、抜かれる!」

「青い服。捉えたぞ」

 

 徐々に差が詰められ焦るファンタスティックライトに、ステイゴールドが腹をすかせた肉食動物が獲物を狙い目つきで迫りくる。

 歓喜で迎えられるはずの王者に小さな漆黒の無名ウマ娘が猛追してくる異常事態に、ゴドルフィンのオーナーも、会場も一気に悲鳴と怒声に差し替わった。騒然とする中で、絶望から見えた希望に縋りつくように池浦とセイウンスカイが必死にステイゴールドを応援し始めた。

 

「ゴールド先輩! 差し切って!」

「ゴールド頭だ! 頭を下げろ!!」

 

 勝利などできないと思っていた二人が、もう勝つことにしか頭になかった。

 そして池浦の声が届いたのか、ステイゴールドは頭を低く下げてついにファンタスティックライトと横並びになるまで来た。しかしゴール板までもう一メートルを切った。

 

 焦り逃げるファンタスティックライト。

 脚の衰えがないステイゴールド。

 両者がぴったりと重なった瞬間、ゴールの声が響き渡った。

 

『ファンタスティックライトとステイゴールド二人並んでゴールイン!! さあどうか!! ファンタスティックライトとステイゴールド、最後はこの二人。差し切ったかステイゴールド! 内粘ったかファンタスティックライト! さあ、体勢はどうか』

 

 会場にいた人々も、画面向こうから観戦していた人も、走った本人たちもどちらが勝ったかわからなかった。全員写真判定による結果を待ち、掲示板に傾注しながら固唾を飲んで見守っていた。

 勝っていてくれ、差し切っていてくれ。どちらも譲れない祈りが息遣いが脈拍のように激しくなると、勝者を告げる掲示板に光が灯った。

 

 

     確定

14/ 

  \

     ハナ

5 /

  \

 

『十四番? ゴールド先輩の、番号だよね。かった、勝った?』

「ファンタスティックライト相手に、差し切り勝ち? それも海外で……」

 

 セイウンスカイも池浦も写真判定の結果に戸惑いを隠せなかった。世界の強豪がそろう舞台で、最悪のコンディションで、誰も勝てないと思っていた試合で、ステイゴールドが勝ってしまった。

 だが最も信じられない顔をしていたのはファンタスティックライトだった。ジャパンカップの時のような相手の健闘を称える余裕もなく、顔面蒼白で自分の敗北を告げる掲示板を見ながらうなだれていた。

 

『な、なんとステイゴールドです。ステイゴールドが日本のウマ娘として初のドバイ重賞制覇です。しかも世界最強のファンタスティックライト相手にハナ差の差し切り勝ちを収めてしまった! なんというジャイアントキリングだ』

 

 パドックに戻ってきたステイゴールドであったが、見るからにフラフラして体力の限界は目に見えていた。急ぎ池浦がパドックに入り、ステイゴールドを迎えるとそのまま池浦の体にもたれかかった。

 

「ゴールドしっかりしろ」

『先輩、こんなフラフラになってまで』

「ど、どうだセイウンスカイ。俺は勝ったぞ。超最悪のコンディションでもな。俺は、無駄に丈夫だから屈腱炎の痛さとかよくわかんねえけど、お前の辛さは俺様が感じているのよりも辛いんだよな。はぁ、はぁ、これは予定外じゃねえ。たぶん神様が与えたんだ。怪我で勝つことのできない苦しみはこんなものじゃないって、だけど俺は勝ったんだぞ」

 

 その時、池浦はゴールドの真意に気付き、慚愧に思った。

 コンディション最悪なのに出場にこだわったのはただの意地だからではない。この逆境の中で勝たなければセイウンスカイの痛みがわからない。怪我で全盛期の走りができそうにないセイウンスカイの苦しみを共有するために、あえて臨んだのだ。

 

「ゴールドお前」

『先輩』

「ふひひ。でも俺もこれでGⅠウマ娘だ。ウンス、お前も次の春天でGⅠを」

「あっ、ゴールドこれGⅡ」

「あ゛あ゛!? ジー、ツウ? おいトレーナー、海外のレースって全部GⅠじゃねーのかよ」

「いや普通にGⅡもGⅢもあるから。今回のレースもついでだからレースの指定もできなかったし」

「なんだよそれ。これじゃせっかく勝ってもウンスに示しつかねえじゃねえか、こんにゃろ!!」

「ぎゃー!! 噛みつくなぁ!?」

『はは、ははっ。相変わらずだなゴールド先輩は』

 

 悔しまぎれのステイゴールドの噛みつきにドバイの観客たちは、笑いと勝者の健闘を称える声であふれかえっていた。

 

『おっとステイゴールド選手、まさかこの試合がGⅠでないことを知らずに無念の噛みつき。これもご愛嬌です』

 

***

 

 ターフが世紀の大穴ウマ娘による大波乱で熱気が冷めやらぬ中、ハナ差で二着に敗れたファンタスティックライトは独り検量室へ入っていった。その間に聞こえいた観客たちの悲壮、そして失望の声が主役になるはずの彼女の耳にはっきりと聞こえていた。

 

「ファンタスティックライトが負けるなんて」

「それも重賞をまだ二つしか取ってないあんな小さい善戦ウマ娘に」

「けどあの小さいウマ娘、素晴らしい。友のためにあえて苦境に立ち勝利をもぎ取るとは、世界最強のGⅠ未勝利ウマ娘じゃないか」

「やっぱブロワイエと比べたら、ファンタスティックライトは弱いからな。ハナ差を差し切られるなんて根性ないな」

 

 検量室に戻り人々がファンタスティックライトの姿が見えなくなったタイミングで、同じチームメイトのエクラーが出迎えに来た。

 

「ファンタ。もう検量室ですか、予定よりも五分と三十三秒早いですが」

 

 ダゴッ!!

 ファンタスティックライトが言葉を遮るように、検量室の壁を凹ませるほどに拳を叩きつけた。

 ミシシッと壁が崩れる音の中で、栗毛の髪間から憤怒に満ちた表情が浮かび上がる。

 

「ステイゴールド。ただのビッグマウスの目立ちたがり屋が、たまたま勝ってそれを友人の引退回避のために勝利の花向けにだと。ふざけるな……ふざけるな。私はまだブロワイエ以下だというのか。たった数センチで、根性なしだとッ」

「ファンタ、血が出てます。目測でおよそ三㏄。今後のレースに支障をきたす恐れが」

「触るな。これは今日という屈辱を忘れないためにやった。この痛み、絶対に晴らしてやる」

 

 今日のメンバーはあいつを除いては当代きっての世界的名ウマ娘たちがそろっていた。ただ一つオペラオーもドトウもホームのドバイに来なかったのは、ここでリベンジができないことが口惜しいかった。

 ジャパンカップでは、不利な高速バ場であったのを引いてもオペラオーもドドウも強者であったのは事実だった。強者に敗北する。勝利を目指す者として恥ずべきことだが、負けてもよいと思った。その分リベンジに燃え、次に勝利するのは私というヴィジョンができるのだ。だから強者相手に敗北するのは恥ではない。

 

 だが、今回の相手はなんだ。

 GⅠを一回も勝ち取ったことがなく、重賞もまだ二回のみ。しかもこのところ入着すらできてないと聞いたその格下相手に敗れた。わずか数センチの微妙な差が、残酷にも一位と二位の差の雪辱を今までにないほど味わった。

 あのエルコンドルパサーの相手にすらできなかった凱旋門賞の時から、ブロワイエに敗北し、引退した日から。ファンタスティックライトは世界王者として君臨するために王者にふさわしく振舞い、戦いを演じた。だが今回は王者の戦いではない。私は勝利のための踏み台、

 

「ステイゴールド。次にお前が海外に来たときは必ず倒す。今度はハナ差ではなく圧倒的な大差で倒す」

「珍しいですね優等生のファンタが仮面を脱ぐなんて」

「ふっ、こんな屈辱にまみれたレースは初めてだからな」

 

 まだ壁に突き刺さっていたファンタスティックライトの拳をエクラーが引きはがすと、その手を絡めて血を拭うように両手で包み込む。

 

「なら、その屈辱私も共有します。今回のレース、他のゴドルフィンも彼女に破れてます。我々はチームです。喜びも屈辱も悲しみもチームが一緒に背負います」

「エクラー」

「私の計算では、ステイゴールドが再び海外のレースに来る確率は低いです。彼女は今回初の海外レースです。今後国内のレースに専念可能性があります。ですので、チーム総出でステイゴールドが出走するレースに遭遇しましたら、ファンタの敵をそこで討ちます。彼女に世界の強さを教えて差し上げましょう。だからファンタ、あなたはすべてのレースで勝ってください。ゴドルフィンの名声を高め、ステイゴールドへ総出でリベンジにかかります」

 

 外で勝者であるステイゴールドで盛り上がるターフの裏で、ゴドルフィンの二人はリベンジを果たすべく誓いの血判を互いの指に絡め合った。

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