俺の愛バは凶暴にしてゴルシの親父 その名前は『永遠なる黄金の輝き』   作:wisterina

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R14 才能と限界 セイウンスカイの場合

 ドバイシーマクラシックの勝利から数日後に帰国したステイゴールドの腕の中には銀色の優勝トロフィーを握り締めていたが、ステイゴールドは浮かない表情であった。

 

「あーまた飛行機に乗る羽目になった。帰りぐらい船で帰らせてくれよ。列車でもいいから」

「それだと一月以上もかかるぞ。デジタルとたづなさんが臨時でトレーナーしているというのに、そんなに時間はかけられない」

「だってさ~せっかく勝ったのにGⅡじゃな~箔がつかないし、ウンスも野郎が「え~あんな死にそうな顔してGⅡ?」とか笑われるだろ」

 

 セイウンスカイはそんな台詞言わないだろうにと二人分のキャリーバッグを引きながらエスカレーターを降りていく。

 

「で、次のレースだけど春天いけるかな」

「無理に決まっているだろ」

「でも一月も空いているし、GⅠリベンジを兼ねて」

「ダメなものはダメ。まずは減った体重を増やして、体調を整えてから。最低でも宝塚までは休養だ」

「ちぇ」

 

 ほぼ死にかけの状態で走ったというのにまだ走ろうとするというのか。この勢いならシニア五年目以降も走るかもしれない。と呆れる一方で池浦は来年以降もGⅠを走れる可能性を見出していた。格付け的にはGⅡだがあのファンタスティックライト以下をまとめて差し切った実力をこの年齢で出し切れていた。おそらく今年にはGⅠをもと感じていた。

 そして空港の到着口の扉が開いた瞬間、一斉にまばゆい光を二人は包み込まれた。

 

「ステイゴールド選手。今回のドバイシーマクラシックについて一言」

「セイウンスカイさんのために奮起したというのは本当ですか」

「レースではずっとファンタスティックライトをマークしていたように見えましたが、あれは作戦だったのですか」

「次の春の天皇賞には出場するおつもりですか?」

「ぎゃー! な、なんだこれはよ。おい」

 

 帰ってきて急に取材陣のフラッシュの光の波に二人は驚き、慄いた。

 

「すみません。取材はあとでお願いって、ちょっと多くないかこれ?」

 

 道を開けようと池浦が取材陣を押しのけようとするが、先に出ていたドバイワールドカップ二着のトゥザヴィクトリーよりも三倍以上の人数にはさすがに敵わず押し戻されてしまった。

 

「ステイゴールド選手今回のドバイシーマクラシックお見事です。私出立前に取材した乙名史です。取材よろしいでしょうか」

「な、なんだこの取材陣。レースの格で言えばドバイカップで二着のトゥザヴィクトリーの方がでかいだろ」

「なんと勝っても謙虚な姿勢。私感服しました! 格は確かにそうですが。日本出身のウマ娘が久々に海外の重賞制覇を成し遂げたのは、日本のトゥインクルシリーズの歴史に残る大きな一歩です。それも世界最強のファンタスティックライトら世界の一流のウマ娘が結集した中での勝利は格など関係ありません。トレーナーである池浦さんと共にちぎっては投げて、叩いて弾き返し。血反吐を吐いての死闘の末の勝利を手にしたのですよ。まさに世界のステイゴールド選手です」

 

 メモ帳片手に恍惚とした顔を浮かべて乙名史記者がべた褒めすると、ステイゴールドはどこか夢見心地になっていた。今まで善戦ウマ娘としてライブではサイドが固定としか見られていなかったのが『世界の』という最上に響きのよい冠名に手が震えていた。

 しかし評価されるのは良いのだが早く脱出した池浦に、わずかなすき間から猫のような細い手がグーパーと手をつかんでと合図するように手招きしていた。流されるままその手を取ると、グンっと体がステイゴールドと共に引っ張られて空港の中をかけずりまわされ、空港内の隅っこにまで連れまわされると、手を引いたその人物はサングラスと大きめのキャスケット帽を取り外す。

 

「ハロハロお帰り先輩。あとトレーナーさん」

「セイウンスカイ。君だったのか」

「ふふん。セイちゃんは逃げが得意ですからね。見事なドロン術でしょ」

 

 物陰から見ると、猫に化かされたように忽然と消えた池浦たちを取材陣たちはあてずっぽうに追いかけていた。そしてステイゴールドがずいっと池浦を押しのけると、腕に抱えたドバイシーマクラシック優勝トロフィーをセイウンスカイの前に突き出した。

 

「おいウンス、GⅠじゃねーけど優勝してきたぞ。だから引退するなんて」

「えー、セイちゃんそんなこと言ったかな?」

「は??」

「次の春天とは言ったけど。今年のなんて一言も言ってないよ。来年の春天と勘違いしたんじゃないのかな。あはは」

「こ、こんにゃろ。人が苦手な飛行機を片道一日もかけてまで勝ったというのに。知らん!」

 

 切れてトロフィーを池浦に投げ渡すと一人空港から出て行く。その後を追いかけようとした池浦にセイウンスカイが先ほどののほほんとしたものから一変、張りつめた表情で返した。

 

「トレーナーさん、私勝ちに行くから。私の方が発破かけたのに、逆にかけられて不甲斐ない結果になるのなんて厭だからね」

 

***

 

 四月の後半、春の天皇賞の舞台京都レース場のターフにセイウンスカイがいた。三年前に菊花賞で同期のスペシャルウィークらを出し抜き、次の年の京都大賞典ではステイゴールドらシニア級たちを計算づくで逃げ去った思い出の舞台。だが観客たちの視線は黄金世代の一人に誰も目を向いていなかった。

 

『”さあ一番人気は相変わらずのテイエムオペラオー。前走で連勝記録が途絶えてしまったが、GⅠでの不敗神話、史上初の天皇賞三連覇そしてシンボリルドルフ以来のGⅠ七勝へと栄光の宴は続くのか”』

「さあ宴を始めよう。僕とドトウそしてトップロードとの三人の競演だ」

「勝手に加えないでよ。私こそがオペラオーのライバルなのに」

 

 人気のワンツースリーはいづれもテイエムオペラオーらの世代で独占している。セイウンスカイは六番人気。しかしその人気もかつての栄光で辛うじて保っているものでしかない。

 ふと観客席に傾ければ、スペシャルウィークやキングヘイローらかつてこのターフを湧かせた黄金世代たちがセイウンスカイの応援に来ていた。

 

「セイちゃんけっぱれー!」

「このキングが応援に来ているのよ。キングにふさわしいレースをしないと承知しません事よ。おーほっほっほ」

「はいはい。応援ありがとね。まっゆる~く勝っちゃいますよ」

 

 他の同期たちもセイウンスカイの復帰戦の応援に来ていたが、ステイゴールドの姿は観客席にいなかった。

 先輩は来ていないか。まあそうだよね、あの人怒りっぽいし。…………でも入着いや勝たないと顔向けできないよ。

 

 曇天の雲行きからぽつりと滴が降り落ちていく。晴れ渡る意味のセイウンスカイとは真逆の天候だがそんなこと気にしていられなかった。

 怪我を治すために走れるようになるまでリハビリを頑張り嫌いだったゲートも今日のために我慢して入るようにした。今日の天候や芝の状態、そして最大の障壁であるオペラオーを退ける策を考えてきた。足りないものは知能と策でカバーする、クラシックの時から才能がないと言われたセイウンスカイがGⅠをいくつも勝ち取ってきた。

 

 勝つためには、今までやってきた私の戦法しかない。

 

 ガシャコン! ゲートが開いたと同時にセイウンスカイが先頭に立つ。クラシック二冠を達成した時もシニアたちをなぎ倒した時と同じ逃げの戦術。スタートは上々、全盛期の走りとまではいかないが上々の逃げ出しだった。

 序盤から突き放さすぎず、適度な距離をキープしつつ再加速するタイミングを見計らう。競り合うと抜き勝とうとするオペラオーに対しては十分有効な走りであった。

 

 だが最初の直線を過ぎてコーナーに入ったときだった。

 

『”タガジョーノーブルがセイウンスカイを躱して先頭に躍り出た”』

 

 奇しくもステイゴールドと同期のウマ娘に先頭を許してしまった。作戦ではない、脚がもう悲鳴を上げていた。二番手、三番手と徐々に後退していく。最終コーナーに差し掛かる前にオペラオー以下のウマ娘に抜き去られてしまっていく。

 

 まだ、まだ走れる。走って、走ってよ。走ってくれよ!

 声を上げる。脚を上げる。それでも前との差は広がり、前に見えるのは彼女より先に行ったウマ娘が荒らした芝が広がる。一番の敵と想定していたオペラオーやドトウにも手が届かない。ここまで差を広げられてしまったら作戦も駆け引きもない。セイウンスカイの脚は試合のリングにすら上がれていなかった。

 

 一周をようやく回った時にはオペラオーはもう先頭との争いになっていた。最後方にいるセイウンスカイにはまったく目にもくれず。カメラも観客も実況もセイウンスカイには目を向けない。

 怪我さえなければと一瞬よぎった。いや違う、これが私の限界だ。

 

 走っても追いつけない、ウマ娘の体は人の体よりも何倍もの力と急速な体の成長があると引き換えに衰えも急速である。セイウンスカイの体は全盛期のオペラオーたちの世代に追いつけないほど衰えていた。

 

『”オペラオーが上がってくる。ナリタトップロードを抜き去って一着、そして二着がメイショウドトウ三着にトップロードとオペラオー世代がワンツースリーフィニッシュ! 強い今年も強いぞテイエムオペラオー!”』

 

 十秒以上も離れたゴール先でオペラオーの七冠達成の歓声が響き渡った。

 

『”最後にセイウンスカイがゴールイン。復帰戦は惨敗という結果になりました”』

 

 あえて着順を言わなかったのがせめての救いだろうか。水色の空模様の勝負服が跳ね返った泥で汚れていた。顔についた泥を腕で拭っても、汚れた跡は残っている。完全な最下位、かつてシニア一年目で出したタイムからは想像もできないほどの完全敗北であった。

 

 復活を望んでいたセイウンスカイのファンたちも同期たちも何と声をかけてやればいいのかわからないまま沈黙していた。華やかにオペラオーの凱歌が謳われる中で一人地下道へ降りていく。

 何も、できなかった。私が考えた策も何もできずに、終わるなんて。

 重い足をゆっくりと動かして、雨と土が混じった汁を勝負服から垂らしながら降りていく。勝ち続けることは難しいなんてわかっている。GⅠを七つも勝つのだって誰だってできないこと。何度も自分に言い聞かせて仕方がない、運がないと理屈や言い訳を自分の中で言い聞かせていた。

 そうでもしなければ、セイウンスカイの心が持たなかった。

 

「おうウンス。お疲れ」

 

 目の前にいたのはステイゴールドだった。

 どうしてこんな時に来るのだろう。さっきまで無の感情だったものが一気にどす黒いものであふれかえってくる。

 才能がない自分が必死に考えて走ってきた、友人達も目の前の先輩も追い越してたどり着いた世界。それが怪我と年数を跨いだだけでこの有様。自分が築き上げてきたものが全て朽ち果てていた。そして理不尽なことに目の前のかつて出し抜いたはずの彼女は才能があった。長い間走っても強敵と戦い合えるほどの怪我をしない強靭な脚が。おまけに世界最強を敵のお膝元で叩きのめすという名誉まで手にして。

 

 理不尽な感情だと自覚はしていた。勝つはずがないだろと春先に先輩を煽ったのは自分だ。だが、こんなに相手を憎いと妬ましいと感じたことはない。

 それでもそんなの自分らしくない。セイウンスカイはなんとか顔の筋肉を強張らせて、いつものようにふわふわとした顔にした。

 

「や、やはは。復帰戦失敗しちゃったよ。久々のレースで頭が寝ちゃっていたのかな」

 

 ガスッ!

 いきなり顔面にラリアットを喰らわせられた。怒るとかは想定していたがさすがのセイウンスカイもこれは想定外で「ぐえっ」と驚きのあまり潰れた声が出てしまった。

 

「キングたちが来る前に泣いておけ。よく帰ってきたな」

 

 ラリアットした腕がぐるりとセイウンスカイの空色の髪を優しくなでる。

 それがスイッチだったかのか、セイウンスカイの涙腺が決壊しステイゴールドの制服で声を抑えながら泣きはらした。

 

「……あっ、ごめん。私、届かなかった。先輩は勝ったのに……私」

「次でぶち倒せ。一個下なんだからまだ俺よりも走れるだろが」

 

 まだ走れる。そんなの才能がある人間の言葉、受け入れたくない。けど諦めたくない。才能・限界何度も聞かされたがそれを実力でひっくり返して出し抜いた。まだ私は負けていない。

 

「宝塚記念、それまでには間に合わせるから。先輩をまた風のように抜き去るから」

「やってみろ。俺は世界のステイゴールド様にジョブチェンジしているんだぜ」

「じゃあ世界のステイゴールド様に私が勝ったら、私は世界のセイウンスカイ様だね。宝塚記念楽しみだよ」

「調子に乗んなよ」

 

 くいっとあごを天につき上げて立ち去るステイゴールド、そして涙をふき終えたセイウンスカイは同じく泣いていた同期たち黄金世代らの下に走って行く。

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