俺の愛バは凶暴にしてゴルシの親父 その名前は『永遠なる黄金の輝き』 作:wisterina
時はさかのぼり、三月。ステイゴールドがドバイシーマクラシックへ出場する日。タキオン・カフェそしてトレーナー代行のデジタルらが食堂のテレビの最前列で見守っていた。
海外のレースとならば人だかりができるのだが、このレースは本番であるドバイカップの前哨戦のしかもステイゴールドしか参戦してないと聞いて、他のウマ娘たちはいつも通りの着順だろうとテレビの前はまばらであった。
それでもタキオンの同室であるデジタルの推しへの気合の入れようは相変わらずで、金色と黒のストライプ状のステイゴールドのタオルを鉢巻を巻いて一人気を吐いていた。
「ゴールド様体調悪そう。まさか遠征疲れで。あぁおいたわしや」
「ほう、デジタル君の観察眼はさすがだ。画面越しでも体調がわかるとはね」
「もちろんですとも。ゴールド様のご尊顔は毎日欠かさず寝ているときもモブウマ娘としてお邪魔にならないように拝見しているので」
「……こっそり?」
カフェがいぶかしむ中、レースがスタートした。目的は異なるがデジタルと同様ステイゴールドのことをよく観察していると自負するタキオンの推察では、彼女の脚質と体質から判断してこのレースは良くて入着と考えていた。
だが。
「きゃー! ゴールド様が、ゴールド様が勝った!!」
最後の直線での末脚でファンタスティックライトとのもつれあいになり写真判定の結果が下され、ステイゴールドの勝利が伝えられるとデジタルが歓喜の声を上げた。
「嘘」「ステイゴールド? あのいつも二着か三着の?」「世界最強に?」デジタルの歓喜に周りが呼び寄せられてテレビの画面を見ると皆一堂に驚愕し、自分の目を疑っていた。その中に奇しくもアグネスタキオンも驚きの様子を隠せていなかった。
観察不足か? 私の見立てでは彼女の体質は頑丈であること。その一点のみと捉えていた。しかし画面を通じて見せられたのは、世界最強を打ち破った末脚とライバルのために奮起した闘争心。一年に渡って十分観察していたと自負していたが、大きく見当違いを起こしていたとは。
タキオンはうなだれるどころかむしろ笑壺に入っていた。 タキオンの頭の中にあの煌めきに似た末脚と闘争心を解明してみたいと。自分の大望のために。クラシック初戦の大事な一冠目である皐月賞本番前でも変わらなかった。
デビューを果たし、新世代の頂点を目指すための登竜門の皐月賞。パドックで最も注目されていたのはやはりここまで同期の強敵をねじ伏せ三戦三勝を果たしているタキオンであった。
短髪の髪をソフトモヒカンのように立たせている二番人気のジャングルポケットだった。ちなみに同じくホープフルステークスで倒されたクロフネはNHKマイルカップを挟んでダービーに挑む予定である。
「タキオン、ホープフルではクロフネ共々あんたに負けたが。ここからが本番だからな」
「私は常にレースは本番で挑んでいるつもりなのだが、あの時の走りは本番ではなかったというのかい?」
「むっ、本番の本番だ。次のダービーが本番中の本番の本番だから。これだから理系は嫌いなんだ。理屈っぽくて」
「訂正を願いたい。理系は必ずしも理屈っぽいという道理はない。エアシャカール君のような人間はいることは確かではあるが、それは一部を抽出しての解釈ではないか。それとも理系は理屈っぽいというパブリックイメージからくるものではないのか」
「そーいうとこ!」
もはや相手にしないと早々にゲートの中に入っていった。
「タキオンさん~」
「タキオン落ち着いて、練習通りやれよ」
「ズルズル。序盤下手こくなよ。モグモグ。最後に全力だしゃ、行けるから」
「行儀悪いぞゴールド」
やはりGⅠということもあってチームポラリス全員が応援に来ていた。その中でドバイで減った体重の増加のために舎弟手製の焼きそばを頬張って観戦しているステイゴールドにタキオンの生気のない目が向いていた。
最後に全力か、しかし私の体がそれを持ち堪えてくれるか。タキオンもゲートに入ると実況が発走前のアナウンスをする。
『”クラシック三冠を前に現れた光を越える素粒子と呼ばれるアグネスタキオン。大事な第一楽章。伝説の始まりを一瞬たりとも見逃すな”』
ゲートが開く。
全員が順調にコースを回っていく。足並みは皆快調だ。もちろんその中にはタキオンもいたが、彼女の内心は心穏やかではなかった。
脚は未だ問題なし、私の想定では最終コーナーを曲がって一気に抜け出すというのが最善手だ。この脚が持ちこたえさえすればだが。
アグネスタキオンの脚は爆弾を抱えていた。タキオン自身の評から、エンジンばかりが優秀でひどく脆いもの。タキオンの夢である超音速の速さの研究には脆さは敵であった。ではその敵にどう立ち向かうか三つのプランを立てていた。
研究を続け超音速の速度に挑み続けるプランA。
自身の夢を他の誰かに託すプランB。
そして最速の夢を諦め長く走り続けるプランCか。
デビューする前からレースでは優秀な成績をただき出すのとは裏腹に、懸念していた脚の爆弾がじわじわと爆発寸前まで来ている音がしていた。このままプランAへ進む自信がなかった。そこで最良の研究対象をまじかで研究し、プランCへ進むことを考えていた。しかしその研究対象自身が魅せた三月のあのレース以後、タキオンの考えが揺らいでいた。
この脆い
だがステイゴールド君があのドバイで見せたあの脚。彼女には頑強さしかないと思っていた。だがあの時見たあの爆発した末脚で認識を改めざる得なかった。私が最初から手にできなかったそれを彼女は両立できた。ならばその両立の仕組みを解き明かせばよいだけの話ではないか。
最終コーナーを曲がり中山の短い直線に差し掛かると、目下最大の障害であるジャングルポケットが勝負に出てタキオンの後方から強襲する。
「プランAかC。どちらが正しいか」
抜け出せる。しかし全開にまで使えば、この脚はどうなるか。
懸念が前に進ませなかった。仮にこのまま脚を保全するために余力を残せばタキオンの頭の中ではじき出した計算では入着までは可能だ。無敗の四連勝も、クラシック一冠も水泡に帰るがプランCにすれば長く走れはするだろう。だがそれでいいのか。
ステイゴールドが魅せた世界最強を打ち破った驚異の脚。最後まであきらめない意地、理論でも理屈でもない精神主義、科学的・合理的とは相いれないだろうその思想に。
「プランAだ」
タキオンの脚が乗った。
『”アグネスタキオンが抜け出した。後ろからジャングルポケットも追ってくる!”』
前方で逃げていたウマ娘を振り払い、脚を限界まで速度を上げて先頭に躍り出る。後方からジャングルポケットが徐々に差を詰めようとしているがタキオンの速さの前では届きそうにない。そしてゴール板の前を先にアグネスタキオンが横切った。
『”道をつなぎましたアグネスタキオン。まず一冠!”』
道をつないだ。果たしてその表現は正しいものだったろうか。観客席にいる池浦トレーナーに近づこうとした瞬間、タキオンの脚が急に動かなくなった。
「よくやったなタキオン。タキオン、どうした!?」
「くっ、やはり限界が来てしまったか」
診断は軽度の屈腱炎であった。タキオンの想定していた症状と比べ三十%程度のもので二度と復帰できないものではなかった。これも怪我を予防するために日々の研究を続けた成果ではあった。
しかしすぐにレースに出られないほどの故障でもなかった。いくら研究を続けたからとはいえ、二冠目・クラシックの頂点である日本ダービーに出られるほどにまでは抑えることはできなかった。
***
『”三冠有力ウマ娘であるアグネスタキオンが怪我で欠場している中、これまで彼女に敗れたウマ娘たちがこの東京府中に集っています』
日本ダービーは前回の皐月賞と異なり、やや盛り上がりに欠けていた。三冠確実と目されていたアグネスタキオンがいないダービー。他のウマ娘たちはいわばそのタキオンに勝つことができなかった集まりでもあった。だが敗北した者たちはタキオン不在のレースでも腐ってはいなかった。
『うっしゃー!! 見たかタキオン!! あたしがダービーウマ娘だ!!!!』
『Shut up. うるさいよ』
府中のターフでジャングルポケットがいななき、クロフネがそれに辟易していた。その光景をトレーナー室の一角でダービーの中継を見ながらタキオンは今日も変わらず実験を繰り返していた。脚に巻かれた包帯は未だ取れない。次の菊花賞に間に合うかどうかわからない。だがタキオンにはそんなこと関係なかった。
私が目指すものは、勲章でも名誉でもない。
超高速の微粒子のごとく駆ける速さのみ。
未知の速度の先のために、私のレースはまだ終わっていない。
プランAを完遂すると決めたからには。
お久しぶりです。ちょっとスランプで投稿が遅れて申し訳ございませんでした。
その間にステイゴールドが新世紀の名馬で35位、アイドルホースで10位と健在っぷりとネタを両方提供していました。こちらのSSも最後まで完走するように走り抜けていきますので応援よろしくお願いします。