俺の愛バは凶暴にしてゴルシの親父 その名前は『永遠なる黄金の輝き』   作:wisterina

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R16 四回目の宝塚記念

 阪神レース場の芝からは最後の梅雨の残り香のようなしっとりした湿り気が夏至の熱を涼やかにする。だが観客席は梅雨の恩恵を消し去るほどの熱気をパドックに送っていた。

 

『”さてやってまいりました宝塚記念。さっそく一番人気から参りましょう今年のGⅠ戦線はやはりこのウマ娘の独壇場か。テイエムオペラオー! 続けて二番人気にその右腕メイショウドトウもやはり参戦だ”』

 

 黄色い声援が観客席からオペラオーとドトウのいるパドックになだれ込む。

 春の天皇賞でついにシンボリルドルフに並ぶ七冠を達成し、前人未到の八冠に王手をかけていた。しかもメイショウドトウと同伴している試合では必ずオペラオー一着、ドトウ二着で固定されていた。今日のレースで大記録達成は間違いないとオペラオーファンは期待で膨らんでいた。

 しかし他のウマ娘たちとしてはまったく面白くない。昨年一年を通じてシニア王道GⅠがすべてオペラオーの総取り、ここで一泡吹かせようと他のウマ娘が静かな火花をオペラオーに一点集中砲火を放っていた。

 オペラオーに向けられた導火線を遮るように黒と金の勝負服を纏ったウマ娘が胸を張ってパドックに入場すると実況がその名前を告げた。

 

『”そして、四番人気にあのレースから三ヶ月と長い休養を経て、あのウマ娘が勲章片手に帰ってきたぞ! 史上初宝塚記念四回連続出場のステイゴールドだ!! 春の天皇賞に敗れ、雪辱に燃えるセイウンスカイも共に入場だ!”』

 

 パドックにステイゴールドが姿を現すと場内は一斉に大歓声の地響きが起きた。「ステゴ!」「あとはGⅠ獲るだけだ」「久しぶり、ステイゴールド」と久々に日本で走るということもあり、オペラオーの入場にも引けをとらない歓声がステイゴールドのファンが一斉に出迎えた。

 

「うーん。私って先輩のおまけ? てか、三ヶ月の休養で「長い」を使うのゴールド先輩しかいないんだけど」

「俺様が走っていない月は夏以外はないからな。俺様がいないとトゥインクルシリーズは盛り上がらないってこったよ」

「いや~春天はオペラオーの七冠達成で結構盛り上がっていましたけどね」

「うんだと? 俺様がいないトゥインクルシリーズなんざ肉の入ってない焼肉定食だろうが」

「それただの野菜炒め定食じゃないの?」

 

 セイウンスカイとステイゴールドの漫談でどっと笑いが出たが、実際この宝塚記念は注目されていた。オペラオーの八冠はもちろんのことであるが、ステイゴールドがファンタスティックライトを打ち破ったことで、宝塚の地に世界最強を勝ったウマ娘が三人も集っていることになっていた。

 覇王テイエムオペラオーか右腕のメイショウドトウか世界のステイゴールドか。はたまたリベンジに燃えるセイウンスカイかエアシャカールか。

 

「もちろん。勝つのは僕だよ。だって僕が一番輝いているからね。ハーッハハハ!」

「チッ、かっこつけが。ぜってーお前に一着はやんねーからな」

 

 オペラオーが高らかにゲートに入りながら高笑いするのを見て、舌打ちをするステイゴールド。だが表だってないだけで、その執念は他のウマ娘たちも同様であった。一人を除いて。

 

「えーっと、じゃあ私も。ハーッハハ私こそが覇王の右腕、メイショウドト。ごつん。ああっ。ふびゃ。ふぇ、救いはないのですか~」

 

 オペラオーのまねをして高らかに宣言をしようとしたメイショウがゲートに頭をぶつけると、パチンコの玉のように尻もちをつき、ぐるんと後回りにひっくり返ってしまった。幸いにもけがはないのだが不運のメイショウドトウここにありである。

 

「ほら手貸せ」

「すみませんステイゴールドさん。私、いつもついていなくて」

「ゲート入る前にぶつかつのも珍しいが、二着宣言とかどういう神経だよ」

「だって、私いつも運が良くないですし。走っても走っても前に立つことができなくて、せめて憧れのオペラオーさんの後ろにならと。ここの景色なら定位置で来れますし。オペラオーさんも褒めてくれますから

「アホか、二着三着を消極的な言い訳にするな。強い奴に相手取って勝ち取ったならまだしもな、勝てないからせめてなんざ救いの手も来ねえだろうが。今回もオペの野郎また包囲されるクソ試合になろうが、みんな勝ちたい信念があるんだよ。選りすぐりの強いやつに勝った証明がな。っつクソ重」

「ごめんなさい。ごめんなさい。お昼にカレーを三杯もおかわりして体重が重くなってごめんなさい」

 

 大柄のメイショウドトウを何とか片手で引っ張り上げると、自分の枠である九番ゲートに収まる。

 

「気概……よし、私も気概を。救いは私にもある」

 

 メイショウドトウも自分のゲートに収まると、ファンファーレと観客たちの手拍子が阪神レース場に鳴り響く。前人未到のG1八勝目か、他の十一人のウマ娘たちによる阻止か。ウマ娘たちの前半戦最後のG1レースが発走された。

 

 一斉に阪神の直線コースを進むと先行のオペラオーに鼻を取らせないよう、セイウンスカイを先頭に二重の陣を敷くように前を塞いだ。その横も後ろもオペラオーをマークするように位置につけて、オペラオーを六番手にまで下げさせた。

 

「前にも横にも進めない」

 

 やっぱり包囲されたな。しかも位置が差しの俺の少し前とくる。無理やり前にこじ開けようとすれば走行妨害で下手したら失格になる可能性もある。狙いうとしたら有馬記念と同じ最後のコーナーで包囲が崩れる所か。同じ轍は踏まないだろうけど。

 非常に姑息な包囲のレース展開を読み切ったステイゴールド、ではなくただセイウンスカイが予想していたのを盗み聞きのを思い出しているだけである。

 

 二コーナー、第三コーナーを前にしてもオペラオーの包囲は崩れないまま最後の直線に差し掛かっていた。勝負を仕掛ける直前重心を低くしていたステイゴールドが少し顔を上げるといつの間にか先頭にメイショウドトウが立っていた。

 

「こ、このまま前に。私だって、私だって」

 

 ドトウのやつ、急にやる気になりやがっている。けど今が絶好の機会なのは俺も変わんねえぜ。

 オペラオーは未だに包囲網のまま後ろに控えており、前に上がっていたステイゴールドは外から持ち出しても十分狙える好位置にいた。最終コーナーを抜けて先頭へスパートをかける。

 

 やべっ、脚が縺れて。

 ステイゴールドの脚がコーナーを曲がれず左に大きく寄れてしまった。体勢を戻そうと右に体を傾けるも再び左にふらつき始め、スパートの末脚をかけようにも制御不能に陥ってしまった。

 

「おいっ、ステゴ。俺の前で左右に寄れんな。妨害だろうが」

「うんだと! シャカール! わざとだって言いてえのかよ!」

 

 左に寄れて後方にいたエアシャカールとメンチを切ろうと後ろを振り向くと、栗毛のカールした髪が二人の横を駆けて行った。後ろで包囲されていたオペラオーが大外から抜け出していたのだ。しかしすでに先頭にはメイショウドトウが突き進んでいた。

 

「私だって、私だって、勝ちたいです~」

『”ドトウの執念がついに夢の一矢を報いるのか。ドトウかオペラオーか。ドトウか、ドトウだ!”』

 

 オペラオーが大外から追撃するも、メイショウドトウがゴール板を先に抜き去った。

 

『”ついに夢がかなったメイショウドトウ! 右腕という地位からオペラオーを下してしまった!”』

「や、やっと私。勝ちました。これで私にも救いは」

 

 だが観客席から聞こえたのは落胆の声であった。

「オペラオーの八冠を右腕が阻止するなんて」「なんでドトウが二着じゃないんだよ」「そんなオペドトウでオペ優位がジャスティスなのに」「ドトウオペもおいしいですよ」

 

 オペラオーを負かしてほしいという観客もいた。だがそれ以上に八冠を楽しみにしていたファンもG1では未だに負けなしのオペラオーを予想していた人も多くいたのだ。そのヘイトが完全に勝者であるはずのメイショウドトウに向けられようとしていた。

 

「う。ううっ。やっぱりわたしがオペラオーさんに勝つなんて。救いはないのですか」

 

 せっかく勝ち取った勝利に、ドトウはほろりと泣きかけた。

 

「静まり給え!!」

 

 突如、凛とした声が観客席に響く。ずいとドトウの前に声の主が現れた。それは彼女に破れたオペラオーであった。

 

「ドトウやはり君だったか。私を倒そうとしたのは」

「へ?」

「僕は常々考えていた。僕が築いたテイエムオペラオー王朝を打ち倒すものがいつか現れると。その相手は常に僕の傍で、僕と共に歩んでいた者。ドトウこそが初めて僕を打ち倒す者だと信じていたよ」

「オペラオーさん」

「いやてめえ、四月の大阪杯でトウホウドリームに負けてんだろうが」

「しかも四着」

 

 ステイゴールドとセイウンスカイの指摘にまったく立て板に水。いや水を得た魚のようにオペラオー劇場はますます盛り上がる。

 

「予感はしていた。僕の年間不敗記録、そして前人未到の八冠達成を望まない者が現れると。覇王が築いた絶対王政に立ち向かうレジスタンスが出現する。王に立ち向かう勇気ある者たちだ。なのに君たちはその勝者を蔑むなんて情けないぞ」

 

 応援していたファンたちにオペラオーが一喝する。たとえファンであろうとも、戦ってきた相手を常にリスペクトを忘れない優しい王様であるオペラオーに、この侮辱は耐えがたいものであった。ましてやライバルにして親友であるドトウに。

 

「ドトウ、君は革命の狼煙を上げた。賛辞の拍手を送ろう」

「はわぁ~もしかして救いは」

「けど、僕も二度も負けられないね。次は必ず僕の背中を見ていただこう」

「ううっ、やっぱり救いはないのですか~」

 

 やはり覇王は覇王であった。

 そして覇王は次に挑む革命者たちに向けて、マントを翻し宣言した。

 

「さあ、新世代よ。古くから戦場を共にした者よ。未知の舞台から来る勇者よ。覇王は逃げも隠れもしない。テイエムオペラオーは二年連続秋シニア三冠と八冠達成のために王道路線へ舞い降りる。さあかかってくるがいい、テイエムオペラオー王朝の壁を越えてみせよ!」

 

 レース前とは比べ物にならないほどの万雷の歓声と喝采が阪神レース場に響き渡った。

 もはやウイニングライブならぬ、ウイニング劇場である。それも二着が主演の即興ものである。

 

「あんにゃろ、フォローしに行ったと思ったら勝手に舞台をつくりやがった」

「あれが計算なのか素なのかわからないけど、オペラオーがラスボスと化すことで去年の有マ記念のような陰湿な妨害とオペラオー以外の勝者が憎まれることを完全に防いじゃったね。まあセイちゃんはもう乗る気は置きませんけど」

「ウンスお前、リベンジしないのかよ」

「いやさすがにこの勢いの流れだと私下流にまで流されちゃいますよって。今回予想したレース展開ならオペラオーは勝てないと思ったんだけど。あれで二着に来られたらどうしようもないですよ。私も結局六着どまりだし」

 

 負けたとはいえ、完全に包囲された状態でハナ差二着にまでオペラオーは食い込んでいた。オペラオーは小手先の戦術では通用しないほど間違いなく強い相手であるとセイウンスカイは感じ取っていた。

 

「でも先輩なら泳いででも逆走できそうですけどね。じゃあ私は夏合宿はバカンスとしゃれこみますから先輩頑張ってG1取ってくださいよ」

 

 ショートの芦毛の髪をなびかせてセイウンスカイがターフから去る。

 四回目の出場となった波乱の宝塚記念が終わり、ステイゴールドはトレセン学園に在籍して五回目の夏合宿に入っていく。


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