俺の愛バは凶暴にしてゴルシの親父 その名前は『永遠なる黄金の輝き』 作:wisterina
なぜアグネスデジタルが池浦のサポートにと話を聞くところによると、日課のウマ娘の観察で潜入していたところたまたま理事長に発見されて、秘蔵のアルバムを見られてしまったことで「推薦ッ!!」の二文字で情報収集能力と偏見を持たない博愛精神を見抜いたらしい。しかしその情報はステイゴールドがいつもどの時間で部室に入り、昼寝をしているかなど不要なぐらいなまでに事細かく一日の様子をまくしたてながら興奮気味に語ったとき、池浦の背筋がぞっとした。
博愛というよりオタク的な偏愛の間違いではないだろうか。しかしあの問題児を相手するのに池浦一人では手に余るため彼女をサポーターとして受け入れたのである。
そしてアグネスデジタルを引き連れて部室の中に入る。部室は前のトレーナーから譲り受けたばかりでまだ池浦の荷物は来ておらず、中は前のトレーナーの時とほとんど変わっていない。するとアグネスデジタルの眼がギラギラと輝かせて掛かり出し始めた。
「ふあぁああ。ウマ娘ちゃんが入り浸る生トレーナー部屋! はぁはぁ、ステイゴールド様のブランケット。お肉好きだから肉の形をした肉布団! 安直すぎて逆にギャップ萌えっ! だめよアグネスデジタル、自重だ。くんかくんかしたい欲求を抑えろ」
目の前に人がいるにもかかわらず本音が駄々洩れしている時点で自重も何もないのだが。
トレーナーには専属のウマ娘を付けるのだが、トレセン学園では担当ウマ娘をチームか個人で担当している。ステイゴールドの場合は本人の気性難もあって、個人での担当をしていた。なのでこの部屋は今授業に出ているステイゴールドしか使っていない……はずなのだがなぜか先客がいた。
「おや? 珍しいお客人がいるようだ」
「……なんでアグネスタキオンがいるんだ。ここはステイゴールドしか使わないはずだが」
「ふぅむ。話は長くなるのだが、前に私が実験室代わりに使っていた部屋を爆発させて出入り禁止になってしまってね。研究の速度低下が危ぶまれたときに、ここの部室がしばらく空き部屋になったことを聞きつけたのだよ。風のうわさというのは不正確な情報が多分に含まれていて信頼に値しなかったのだが、物は試しという言葉の通りに来てみたのだよ。案の定誰もというのは不正確だった。学園の不良児ステイゴールド君がいたわけだ。だがステイゴールド君にここで私が追い求めている速度の研究を追い求める有利性と事象の観測をしたいと包み隠さず懇々と熱意を込めて研究の内容を話したら、勝手にしろと言質を得たから使わせてもらっているのだよ」
つまり勝手に上がり込んでいるということだな。
「おやおや。足を怪我しているようだね。この薬を塗ってごらん。私の見込みではすぐに治るはずだ」
「あっ、どうも」
人工甘味料でも使っているかと思うぐらいに真っ青な液体が染み込んだ湿布を手にタキオンが池浦の足に貼り付ける。だが池浦はタキオンの眼が善意ではなく好機の眼で見ていたことに気づかなかった。
「おおっ、すごい痛みが急速に引いて--いく代わりになんか七色に光っているんだけど!!」
「はっはっは。思った通りの研究成果だ。ふぅむ、やはり副作用が起きてしまったが、まあほんの数日足がネオンサインのように目立つぐらいの些細なことだ。数日したら元に戻る。いやぁいいモルモットが見つかってよかった」
「なんて薬を使ったんだ!」
「ひょえ~~うらやま。あの人を実験動物にしか見ない視線、あたしもタキオンのお薬の実験体になって見つめられ……だめよ。オタクの鉄則三ヵ条ねだらない・凸らない・でしゃばらないに反してしまう。でもあたし一度くらいタキオンさんのモルモットにされたいいいい」
ひとり怪しく悶え悩むデジタル。しかしデジタルはタキオンと同室なのに、なぜ志願する彼女ではなく目の前の他人を堂々と実験体にするのか頭を抱えた。足の調子が虹色に光る代わりによくなったことでやっと本題に入れた。
「さて、ステイゴールドの次の試合のことなんだが、やはり福島ウマ娘ステークスに出バさせようと思う」
「えええ。次の春の天皇賞に出さないってこと!? 次の天皇賞ステイゴールド様の三回目の出馬となるのにぃ」
「本人も出バする意気込みはあるのだが、そろそろ一着を取らないとGⅠ出バできるか怪しい」
なにせ最後に勝ったのが二年も前のこと。しかもそれが代名詞である阿寒湖特別記念。彼女の名誉のためにここは確実に勝てるであろうGⅢで重賞を勝ち取らなければならない。
「部外者からの忠告でも申し訳ないが、やめておいた方がいいよ。彼女「次は天皇賞だ」と自分のチャンネルで喧伝していたよ。彼女の中ではもう天皇賞は決定路線のようだ」
「チャンネル?」
「世界最強ステゴチャンネルですね。ステイゴールド様がUmaTubeで開設しているチャンネルですぅ。あたしはもう開設されたときから、というか全ウマ娘ちゃんたちのチャンネルは全部登録しているので欠かさず巡回しております」
「すごい……行動力だ」
引いてしまうほどに。
「まあ、ステイゴールド君の上げている動画のほとんどはレースの対戦相手への宣戦布告ばかりだ。過激な言動と視聴者を挑発するのは動画投稿サイトという特性上非常に相性がいい。本人がそれを意識しているかどうかは不明だが」
「あの、なんか不穏なことが出たんだけど。炎上って言ったか?」
「はい、コメント欄が前のと比べても二.五倍ぐらい増えてます」
学園内でも問題児と言われているステイゴールドがインターネット内でも問題行動を起こしていたとはと頭を抱えた。しかも正式に申請が出る前に天皇賞に出馬なんて……もう動画は万単位の再生数になっている。この時点で天皇賞撤回となると余計に大揉めになってしまう。
するとタキオンがその様子を面白がるように手を口元に添えて微笑を浮かべる。
「何を笑っている」
「いやぁ。事実の一部分のみを観察してファクトであると思い違いをしているんだね。君に必要なのは観測だ。実験も教育もまずは経過観察から始めることが重要だ。心配なら一度彼と彼のファンを見てもらった方がいい」
何やら言葉に含んだものがあるように告げるとタキオンはまた実験に戻った。そして池浦が絶賛炎上中の担当ウマ娘のどんどん増えていく再生数に次のレースを見に行っても大丈夫かと不安で胃が痛くなってきた。
「今作ったばかりの胃薬はいるかね」
丁重にお断りした。
『さあ今年もやってまいりました春の天皇賞。今日の一番人気はテイエムオペラオー。京都記念と阪神大賞典を連勝。世紀末覇王の名にふさわしい走りを魅せつけるか』
四月の末。タキオンの進言に従い、ステイゴールドを春の天皇賞に出場させた。パドックに次々と出場してくるウマ娘たちは整然と勝負服をはためかせながら今日の調子を観客にアピールする。その中でひときわ、いや他のウマ娘たちを飲み込んでしまう輝きを放つのが次世代のけん引役である世紀末覇王テイエムオペラオー。一人歌劇団と思わせる黄金の煌めきをこれでもかと魅せつける。
「あ、今日の僕は美しい。こんなに輝いてしまうとみんながレースに集中できなくなってしまう。美しい僕が恨めしい」
…………やっぱりウマ娘というのは何かしらぶっ飛んでいる性格を持っているのだろうか。
『さて今年で四回目の天皇賞出場、夢のGⅠ勝利を果たせるのか。四番人気のステイゴールドの入場です』
ステイゴールドの名前が呼ばれパドックに入るや否や、美少女の声とは思えないドスの利いた声で観客席に向かって張り上げた。
「はっはっはっ! 待たせたなお前ら、この史上最強のステイゴールド様が世紀末覇王となんざ勝手に名乗っているやつをぶっ潰しに来たぜ!!」
「はーはっは。ついに、僕に敵役が登場したか。京都に阪神と連勝中の主人公の前には必ず敵が現れる。どんなお話でも敵役がいないとレースは盛り上がらない。たった一つの星では夜空はつまらなくなる」
「ほぉ。わかってんじゃねえか。でもな俺は敵役じゃねえ、夜空を輝く金星様だ。キンキラキンだぞ」
「もちろんわかっている。君という金星があることで僕という太陽が輝くことができるのだから」
「添え物扱いするんじゃねえ! その金星が太陽の代わりに輝かせるからな」
「いいだろう。このサン・テイエムオペラオーのまぶしさにみんなの眼を眩ませてあげよう」
今勢いが乗っている一番人気に対して四番人気が挑発と寸劇の可笑しな合戦が繰り広げられている光景に会場は笑いと歓喜に包まれた。
「なんかレースやウィニングライブよりも盛り上がっているな」
「そりゃもう。このパフォーマンスを見たいがために一時間待ちしている人だっているんだから」
一緒についてきたデジタルはリュックから取り出した『ステイゴールド』と書かれた勝負服をイメージした黄色の縦じまタオルを掲げている。
「応援に行くときはいつもそれ持ってきているのか」
「もちろん。応援グッズはオタクの必需品だから。でも古参の人はメイクデビューの時からのファンや阿寒湖特別記念勝利時ちょうどにつくられたステイゴールド人形を持っているぐらいで。あたしなんて古参の前では完全にニワカですぅ」
そのタオルを毎回持って行くぐらいで十分だと思うのだが筋金入りのオタクの心理は理解できない。その一方で、応援席の奥では同じくステイゴールドファンが大弾幕が広げていた。そこには『がんばれ』とウマ娘を応援する純粋な言葉ではなく『目指せ阿寒湖脱出!!』と唯一の勝鞍が書かれていた。
「誰が阿寒湖じゃああ!! その幕、俺が勝ったら引きずり降ろしやるからな! 覚悟しやがれ!」
パドックから客席にいる自分のファンに向けて怒声が競技場に響き渡り、嫌な汗が噴き出した。だが横にいるデジタルは歓喜の涙を流していた。
「今日もでたぁステイゴールド様のキレ芸!」
「あれ芸なのか? 本気で怒っているように見えたけど、あんなことして顰蹙買われないのか」
「おそらく無意識でやったのだろう。試合前のマイクパフォーマンスは観客のパトスを大いに揺さぶるのに効果的だ。自己愛が強いウマ娘なら人々から送られるエネルギーを浴びればより強くなる研究論文もある。もっとも彼女はそこまでしたたかな思考力は持ち合わせていないだろうが」
いつの間にか隣に陣取っていたタキオンが、なにやら解説者風に難しい用語を織り交ぜて語り始める。
そしてレースが始まるとステイゴールドは得意の差しでレースを進めていく。そして最終コーナーを回ったところでオペラオーと他二人で競り合う大接戦を繰り広げていた。内側から攻めるステイゴールドが途中でオペラオーを差し切る。
「うりゃりゃりゃ」
「ここで僕は華麗に。ヴィットリーアに捧げよう!」
最終百メートル手前でオペラオーが再加速し一気にステイゴールドら二人を引き放つ。再び差し返そうとするステイゴールド。だが徐々に彼女の脚が左に寄れているどころか完全に左に斜行を始めた。彼女の弱点である斜行癖がまたも出てしまい最後の伸びが出ない。
『だがテイエムだテイエムだ。やったテイエムオペラオー』
オペラオーに遅れてステイゴールドは最後のもつれから二馬身遅れて四位と入着まであと一歩及ばずの結果になった。入着とはいえ三位以上に上がらないとステージに上がれずバックダンサー止まり。一位と二位の差というのはよく聞く残酷な現実ではあるが、三位と四位はそれよりも格段に差が出てしまう。
「トレーナー君はどう感じたかね?」
「もうちょっとだったのに。あの斜行癖が原因なのかな。最後の伸びさえあればオペラオーに競り勝っていたかも」
「うむ。君のウマ娘に対する観察はよくできている。だがゴールド君から感じるのは試合の内容だけかね」
タキオンの生気のない目が後ろの観客席に振り向くと、ステイゴールドのファンたちが残念そうな声を上げながら今日の試合を語り合っていた。
「惜しかったなぁ」
「まあいつも通りだろステイゴールドは。ウイニングライブ見てステイゴールドの応援グッズ買って、欲しいものリストから何か送るか」
「昨日上がった宣戦布告動画に低評価二回押そっと。俺来年から就職なんだから、そろそろ勝って欲しいなぁ」
応援に来ていたファンたちはかいつも通りという感じで別の意味で訓練されていた。思えばあの怒声に驚きや反感を買うどころかマイクパフォーマンス程度にしか反応しないと考えれば、ステイゴールドの人気の根強さがうかがえる。ネットの炎上もファンからすればいつものことであろう。でなければ四位入賞でも最後まで残ろうというファンはいないだろう。
「愛されているんだなステイゴールドって」
「はい。どんなに負けてもくじけないストイックなところがセクシーで、ステイゴールド様は愛さずにはいられないウマ娘ちゃんなんですぅ」
愛されている。この光景を見ただけで池浦は感じ取れた。だがきっとファンたちは、ステイゴールドが久しぶりに勝利することを望んでいる。やはり早めに重賞を勝ち取らなければ。