俺の愛バは凶暴にしてゴルシの親父 その名前は『永遠なる黄金の輝き』 作:wisterina
いつの間にか日が沈んで、秋の虫が鳴いていた。草の汁が冷たい土手に二人が座ると最初にステイゴールドが口を開いた。
「トレーナー。いつから付けてた」
「偶然だよ。ケガをしたセイウンスカイを運んでいたらたまたま」
「チッ。見られたくなかったな」
いつもより不機嫌な顔で、練習用のジャージのチャックを少し開いてあぐらをかく。
「…………ゴールド。お前が保健室に通ったのは天皇賞秋、スズカが潰れた時からなんだよな。保健室の先生も言っていたが、お前の脚は何も問題ないそうだ。いやトレーナーの俺でさえ脚に何か異常があったらすぐに気づけるぐらいの知識も対処法も知っている。お前は、何を怖がっているんだ」
「……怖がってねえ」
そう言うが、ステイゴールドの言葉は明らかに強がりによるもので、顔もこちらを向かず夜の闇に埋もれた黒鹿毛しか見せてこない。
「ゴールド話してくれ。どんな理由でも俺は、受け止める」
「…………マチカネフクキタル。あいつは、変なウマ娘だった。いつも教室で水晶やらおみくじで占いして、レース前にまで変な呪文唱えながら勝てる占いが出るまでやるんだよ。そんであの末脚で菊花賞取っているんだぜ。だけどあいつは一度脚を故障をしたことに怖がって、今年の宝塚で辞めやがった」
ステイゴールドの口から開かれたのは、同期のウマ娘の昔語りだった。
いつもの勝気で低く唸るような声からは想像もできないような、ぽつりぽつりとか細く年頃の少女のような声色だった。
「グラスワンダーも有馬記念とかで戦ったけど全く追いつけなかったのに、同じく宝塚でレース中の骨折で俺の後ろにいきやがって引退。セイウンスカイも屈腱炎、本当に俺に勝った奴らってだいたいケガして輝きも何もかも先に消えていきやがって」
ステイゴールドよりも先に華々しいデビューや輝きを持ったウマ娘たち、だがそのウマ娘たちは皆最後は枯れた花のように萎れた最後を迎えたことばかりだ。その栄光と衰退を彼女は間直で見て、覚えていた。
「そしてスズカもだ。あいつは俺と同期で、クラシックの時はてんでダメだったのに香港から帰った後なんかメキメキ成績上げやがって。これはおもしれえと宝塚のレースで挑んだんだ。結果は四分の三バ身と負けたけど。俺がスズカに近づけた時な、あいつすっげー悔しい顔していてさ。学園でスズカに次戦うときは「次は俺が勝つ」って、思ってたのに」
さっきよりもトーンが落ちていき、声も弱々しくなっていた。その先を自分の口から話したくないように、だがステイゴールドは必死に絞り出してサイレンススズカの話を続けた。
「天皇賞秋。スズカはあっという間にもう先が見えないぐらいに突き放されて大逃げかまして。負けると思ったよ。でも勝ちたいって走った。それで大ケヤキのコーナーを曲がったところで、スズカの……脚が。ぐにゃって。……進むしかなかった。まだレース中だからな。そんで前を見たら俺のほかに前にもう一人だけ。確実に一位になれたんだ。天皇賞でやっと俺もGⅠ取れる絶好の機会だったよ。けど、けど。俺はスズカに勝ちたかったのに、そのスズカが急にいなくなって。それで俺が一番になって、それで俺はいいのかって」
もうそこからは言わなくても理解してしまった。ゴールドがあの天皇賞秋の直線で手を抜いてしまった走りをしてしまったことが。だがステイゴールドはまだその先を答えようとしていた。
「だから、俺は」
「もういい。もう話さなくても」
池浦は止めようとした。するとゴールドは唇を噛みしめて赤い液体を滲み出すと、急に立ち上がって喚き散らした。
「ああ、そうだよ! 俺はあの日、手を抜いたんだ! こんな勝ち方でGⅠ取りたくなくて! あの記者の言う通り、わざと勝ちたくなくて手抜きしたんだ!! そうしたくなかったんだよ!! あんなことになるならスズカに負けた方が!! クソがクソがクソが!!」
傍にあったケヤキの幹がゴールドの蹴りでミシミシと、今にも折れてしまいかねないほどに鈍い音を立ててやりきれない憤悶を当たり散らす。池浦に泣いていた自分の姿を見られなくないのを必死で隠すように。
けど誰がゴールドを責められるだろう。ライバルに勝ちたいために練習をして鍛えた。それが挑んだ本番で、そのライバルが試合中に選手としての一生を絶えるアクシデントに見舞われて。それで勝って意味があるのだろうかとゴールドは突っぱねた。あんな形での勝利に意味がないと。ステイゴールドのプライドが許さなかったのだ。
「けど俺はまだGⅠ取るの諦めてねえーぞ。どんな場所でも、GⅠを取るって、そのために俺は決めているんだ毎月走る。絶対に壊れねえ。先公にやめろと言われても走ってやる。なんならトレーナーがいなくたって、俺は走ってやるんだ。五年でも十年でも、強いやつに勝って手に入れた証を勝ち取るまでな」
この子は独り戦っていた。同期のほとんどがターフを去った後も、ケガで輝きを失ったライバルたちを目の当たりにして。不意に訪れる怪我という不幸と戦い、ただの勝利ではなく強者と戦った証としてのGⅠの称号を手にするために。彼女にしかわからない苦しみと悲しみを、凶暴という影に隠して。
だからGⅠやGⅡにこだわり、毎月走るという鬼のような試合ローテを自ら望み、足しげく保健室に通っていた。絶対にケガをせず、強者と戦った証である勝利を得るために。
池浦は泣きそうになった。
こんな狂気に満ちたウマ娘を愛さずにはいられなかったのだ。
「ゴールド。レースは独りじゃ走れない」
「走れる。走ってやる。俺様は」
「次のジャパンカップ、いつものように走っても上位との戦いに入り込めない。それでもいいのか。お前はGⅠを勝ち取りたいんだろ」
やっとステイゴールドが池浦に振り向いた。それもいつものように緑色の眼がギラつきながら威嚇する目つきで。
「強いやつがいるGⅠでだ。つかなんでそこまで俺に突っかかんだよ。俺のような劣等生の金の前でステイするようなやつに」
「愛おしいからだよ」
「うぐぁ。こ、こんな時に変な告白すんな。け、蹴るぞ」
池浦が愛の告白のように出てしまった言葉の奇襲にステイゴールドは一驚して、顔を赤らめてそっぽをむいた。まるで年頃の女の子のように。すると池浦は自分が言ったことを急に思い直して、慌てて訂正した。
「恋愛とかの意味じゃなくて、その。ゴールドを追って応援しに来るファンみたいな。一人のファンとしての愛だよ」
「ややこしいなおい。つかこんな変なやつに愛おしいとか、イカレてるぞ」
「そうかもな。俺もイカレてるかもな。こんな凶暴で手のかかるウマ娘に愛おしいなんて」
「ははは、後で噛むぞこのやろう。で、どうやってやる」
「これは一回限りだ。だけどやる価値はあると思う」
***
『さあ今年もやってきましたジャパンカップ。府中に世界の強豪ウマ娘集いました。昨年は世界最強のブロワイエ相手に日本総大将スペシャルウィークが勝ち取りました。今年は現世界最強ファンタスティックライトとここまで年間無敗一番人気のテイエムオペラオーとの一騎打ち。そして準二冠ウマ娘エアシャカールらクラシック組も参戦。果たして日本勢は勝利できるのか』
ついに迎えた十一月の週末に開催されるジャパンカップ。昨年のブロワイエに引き続き、またも世界最強が日本に来日してきたこともあり、会場は最高潮に達していた。
「どうしよう。推しがいっぱいで選べない。ここはいっそ箱推しで。キャーオペラオーさん、ドトウさん、エアシャカールさん、ステイゴールド様!!!!」
「デジタルさん、欲張りです」
デジタルの放電も絶好調である。
さて我らポラリスのステイゴールドは十三番人気と今年の戦績のせいか下から数えた方が早いほど人気がない。池浦が伝えた戦術は出だしが肝心、これが決まらなければすべて台無しになる。
「オペラオー。日本のバ場不利だとしても、私は勝つよ」
「僕もだ。そしてこの戦いは僕自身との戦いでもある。世紀末覇王としてのね」
ファンタスティックライトとオペラオーが火花を散らしてそれぞれのゲートに入っていく中、一人体の小さなウマ娘が「スタートが肝心。スタートが肝心」とひどく集中してゲートインする。
試合開始のファンファーレが鳴り終わると、すべてのゲートが一斉に開いた――
『さあ各バ一斉にゲートからスタートしました。っとおおっ、これは。大外からステイゴールド先頭! ステイゴールドがハナを進む意外な展開になりました』
普段は差しでの後方待機しかしないステイゴールドが初めて見せる逃げ戦術に観客席からどよめきと歓喜が湧きたった。
「ステゴ。お前逃げるのかよ」
「最終コーナーで垂れるなよ」
数日前にステイゴールドに伝えた作戦は逃げ。オペラオーもファンタスティックライトも先行で進む傾向が強い。他のウマ娘たちもそれにつられて行こうとする。するとどうなるだろう。バ群ができて先に進めない。差しのゴールドにとってそれは避けたい展開だ。それを避けて逃げの選択を考案した。
無論、秋川理事長に言われたことをすべてを話して。だがゴールドは憤激せず
「面白れぇじゃねえか。世界のウマ娘や先公どもをひっくり返してやるにはちょうどいいな」
***
『千六百を超えて、六十三秒台のペースで駆け抜けて行きます』
そしてレース展開は予想通りゴールドの後ろでバ群が固まっていく展開になった。加えてステイゴールドがスローペースで先頭に立つおかげで後方にいるウマ娘も足並みが整わない。
「なるほど、一見奇策に見える逃げの作戦だが心理的には合致している。ゴールド君が先頭に立つことでマストとなり、他のウマ娘は先頭の走りに合わせて速度を合わせてしまい体内時計が狂わせてしまい、集団的な協調を無意識にしてしまうわけだ」
「そういうこと」
タキオンの解説はほぼその通りではあるが、あくまで逃げの作戦も混乱も副次なことではある。
大ケヤキを越えて最終コーナーを曲がってもステイゴールドは未だにハナを進む展開だ。コーナーで垂れると思っていた観客もファンもゴールドの意外な粘りに応援に回り出す。
「いいぞゴールド。粘れ粘れ!」
『さあ第四コーナーを曲がって、さあステイゴールド先頭だ! ステイゴールドが先頭に立っている』
観客の声援を受けてかゴールドはコーナーを抜けても先頭を行く。だが他のウマ娘たちはそうは問屋が卸さなかった。ファンタスティックライトにメイショウドトウ、そしてバ群の中からテイエムオペラオーらが一気に仕掛け、ステイゴールドに並び立つ。
ゴールドはまだ粘るが、坂を上がったところで逃げで走ったツケが来てしまい減速が起きてしまった。
『外から十番ファンタスティックライト。そして先頭はテイエムオペラオーだ。テイエムオペラオー! やっぱり強かった』
勝者はまたしてもテイエムオペラオー。これで年間無敗の偉大な記録に王手がかかった。
一方で記憶に残る試合をしたのもファンたちはちゃんと見ていた。
「おもしれー試合したなステゴ」
「坂を越えたらファンタと競り合えたかもね」
「でももうやめとけよ。お前は差しでやった方が似合う」
「逃げだと体力なくなるから止めといた方がいいぞ」
「い、言われなくても、もうやめてやらぁ。逃げなんて、他の奴を出し抜くだけで、俺の性分じゃ、なかったからな。次は差し切って、勝つからな」
息を切らしながらゴールドがファンたちに向けて手を振る。
そう、この作戦の本当の目的はゴールドは勝つための作戦をちゃんと立てていたということだ。手抜き疑惑を持っているウマ娘が、賛否両論出るであろう戦いをするはずがないからだ。完全にとまではいかないが、これで手抜きの噂は払拭されるだろう。
まっすぐのストレートロングの鹿毛にチームゴドルフィンのチームカラーであるゴドルフィンブルーで彩られた勝負服が目立つウマ娘ファンタスティックライトが、ゆったりと勝者のオペラオーとまたも二着になったドトウに歩み寄って握手する。
「クレイジーストロング、オペラオー。そしてドトウ。ぜひ次対戦するときは私のホームグラウンドのドバイで決着を付けたい」
「素晴らしい提案だ。だけど僕は覇王としての務めを果たさなければならない。その時まで待っててくれ」
「はぁぅオペラオーさんかっこいい。わたしもオペラオーさんみたいに招待すらされないから」
「いやいや、ドトウも呼いたんだけど。聞いてないのかな」
日本だとこのぐらいの寸劇はまだ序の口なのだが、見慣れていないファンタスティックライトは少し汗を流して困惑していた。するとそれに感化されたのかステイゴールドもファンタスティックライトに近づき握手を求めた。
「へっ、俺の逃げ作戦を逃れるとはさすが世界のファンタスティックライト様だぜ」
「あっ。どうも、今日ははるばるドバイからこれてよかった。日本のウマ娘とやり合うのは凱旋門でエルコンドルパサーと戦った以来でね」
「なんだエルと戦ったのかよ。そりゃ強えあ。俺もエルとやり合ったんだぜ。そして去年は日本副大将も務めた」
「あっ、そうなんだ。経歴長いんだね」
ファンタスティックライトは完全にゴールドの話に形だけ合わせばかりで、眼中に入っていないようだ。
けどこれで、ステイゴールドが勝負に真剣に走っているアピールにはなれただろう。あとは勝ち星さえ上げれば、GⅠを勝ちさえすれば。
これで第一章、史実での2000年の競馬にあたることは終了です。
次章はいよいよ、2001年チームポラリスの面々が躍進する年となります。
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