URAファイナルズ優勝を成し遂げ、"1番"を勝ち取ったアタシたち。優勝してから数週間後、ようやく世間の熱気が落ち着き日常が戻ってきた。そんな中、トレーナー室でくつろいでいたアタシに、まさに寝耳に水のようなことが飛び込んできた。
「おっ、お見合い!?アンタそれは本当なのっ!?」
アタシのあまりの驚きぶりに、トレーナーはスマホの画面を眺めるのをやめて、こっちを見る。
「おいおい、そんなに驚くことか?俺だってもういい歳だからな、そろそろ身を固めようと思った訳よ」
こっちの気を知らずか、トレーナーは嬉しそうに話を続ける。
「それにお相手の写真を送ってもらったんだけどさ、これが中々のべっぴんさんでな、ほら見てくれよ!」
そう言うが早いか、アタシはトレーナーのスマホをひったくる。
そこに写っていたのは 確かに、長い黒髪の似合う美人だった。儚げな印象で、庇護欲が掻き立てられるような、そんな人だった。·····胸はアタシの方が勝ってるけど。
「·····アンタは、アンタはこの人と結婚したいと思ってるわけ?」
「え?まあ、まだ会ったこともないし、話したことこともないから分からんな。でも、顔は俺のタイプだ」
「·····そう。日程はいつなの?」
「今週の日曜日だ。いやー、今から会うのが楽しみだ!」
これからに期待を寄せて上機嫌なトレーナーとは対照的に、明らかに気を落とした様子のアタシを見て、彼は慌てて弁明した。
「えっと·····、もしかして俺が結婚したら担当が変わると思ってるのか?安心してくれ、スカーレットの卒業までは担当を続けるつもりだぞ。これからも2人で頑張ろうな!」
歯を見せて笑うトレーナーに腹が立った。 的外れな答えに、腹が立った。そんなのはアタシが今求めてるものじゃない。アンタにとって、アタシは1番じゃなかったの·····?
苛立ちと悲しみが、頭の中をぐるぐる回っておかしくなりそうだった。
「ーーシじゃ駄目なの?」
「·····スカーレット?」
「ッ!?、何でもないわ!悪いけど、今日はもう帰るわ!!」
そう言って、彼の返事を待たずに部屋を飛び出した。
それから数日間、体調不良を理由に学校もトレーニングも休んだ。スマホには、何度かトレーナーから着信があったけど、それも無視した。
ベッドに座ってぼーっとしていると、それまで何もせず、話しかけてこなかったウオッカが、アタシの前に立っていた。
「お前、何かあったのか?」
「·····別に」
「別にって態度じゃないだろ·····」
「アンタには関係ないでしょ、ほっといてよ!」
感情の昂りのままに叫んだ。だけど、アイツはどかなかった。
「トレーナーのことだろ?」
ずばり言い当てられて、思わず顔をあげる。
「目元、赤いぞ」
そう言って、ウオッカは濡れたタオルを差し出した。
アタシはそれを黙って受け取った。
落ち着いたことを確認すると、ウオッカがアタシの隣に腰掛ける。
「·····お前の所のトレーナー、昨日も一昨日も、その前の日もお前のことを待ってたぞ」
「え?」
「時間ぎりぎりまで、道具を整備しながら待ってたぞ」
「·····アタシのこと何か言ってた?」
「それを俺に聞くのかよ!?まあ言ってたけどーー」
「何て言ってたの!?」
思わずウオッカの肩を掴む。食い気味に反応したアタシにウオッカは引いていた。
「ちょっ、力がつえーって!今言ってやるから焦んなよ!」
「あっその、ごめん·····」
「お、おう·····」
ウオッカはアタシの謝罪に驚いてた。失礼な。
「それで、アイツは何て言ってたの?」
「『スカーレットを信じている』、『彼女はきっと戻ってくる』だってさ。·····お前、信頼されてんだな」
「!、そっか、そうなんだ·····」
さっきまで失意のどん底にいたのに、今はその言葉に心が躍っている。何て単純なんだろう。
「そうだよ。だからお前もさ、誠意を見せてやるべきなんじゃねーの?」
「誠意·····、そうね。あたし、ちょっと行ってくる!」
それからのアタシの行動は早かった。今日は日曜日の夕方、トレーナーのお見合いの当日。それでも、今すぐに彼の元へ駆けつけたかった。
身支度を終えて寮を出ようとしたとき、ウオッカに声をかけられた。
「スカーレット!」
「なに?」
「俺さ、あんまり色恋沙汰のことなんてわかんねーけど、お前のこと応援してるよ」
1番のライバルからのエールを受けてアタシは、
「ありがと。アタシも、アンタとアンタのトレーナーさんとのこと応援してるわ」
「バッ、バカ!俺と相棒はそんな仲じゃねえよ!!」
「ふふ、それはどうかしら」
「だから違っ、ブッー!!」
ウオッカが鼻血を吹き出したのをよそに、アタシは彼の元に向かった。
アパートの2階、彼の部屋の入口の前で待つこと数時間。鉄骨の階段を登る音が近づいてくる。
「スカーレット?どうしてここに·····。もう門限を過ぎているだろ」
「外出許可はもらってきたわ。それよりもトレーナー、謝りたいことがあるの」
突き出された用紙とアタシを見つめたトレーナーは、一言「そうか」と言うと、黙りこんでしまった。
トレーナーは急かさず、アタシが言い出すタイミングを待ってくれた。
「まずは、練習サボってごめん」
「そんなことか。俺はスカーレットが必ず戻ってくると信じてたよ」
「信じてくれてありがとう。ウオッカから聞いたの、アンタが待っててくれてたって」
「なに、トレーナーとして当然のことだ。1日や2日ぐらい大したことじゃない」
「そう。それとトレーナー、お見合いは·····」
「その事か。その事については、きっぱりお断りしてきた」
「えっ、何でよ!?アンタ、あの写真を見て結構やる気だったじゃない」
「そうだったな。いや途中までは良かったんだけどな、いざお見合いって時に、相手方の両親から婿養子になってくれと頼まれてな。何でも、実家が旅館を経営してるから跡取りが欲しいんだと。そのためには、今の仕事をやめないといけないと言われると、首を縦に振れなかったよ。俺はまだ、スカーレットのトレーナーを続けたいから。だから、お断りしてきた」
「そう·····、そうなのね!」
「何か嬉しそうだな。そんなに俺のお見合いがご破談になったことが嬉しいのか·····?」
露骨に落ち込むトレーナーを見て、アタシは笑った。
「違うわよ。ただ、まだチャンスがあるって思っただけよ」
「チャンス?」
「そう、チャンスよ。いい?1度しか言わないから良く聞きなさい。·····アタシはアンタの1番になりたいの。好きよ、トレーナー。愛しているわ」
アタシに抱きしめられて、呆気にとられたトレーナーの顔は中々に滑稽だった。
レースでも恋愛でも、アタシが1番なんだから!