秋の盾をあなたに   作:江芹ケイ

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投稿まで2ヶ月以上を要してしまい、申し訳ございませんでした。

ノートPC買い換えに伴いキーボードが変わったため、誤字脱字や誤変換が前話までより多いかもしれません。こちらでも確認はしておりますが、もし見つけましたら誤字報告をお願いいたします。


第44話:初めての聖蹄祭

 歳月人を待たずとはよく言ったもので、とうとう聖蹄祭の校内公開日を迎えた。2週間の準備期間はあっという間に過ぎ去り、直前まで皆それぞれの仕事に追われる羽目になってしまったが、その分良いものができたはずだ。

 

 ファン感謝祭としては明日の一般公開日こそが本番なのだが、既に校内全体に浮かれたような雰囲気が漂っている。

 

 なにせ、校内公開日には在校生の保護者やOG、進学検討中の児童とその保護者が入場してくるのだ。上京してきてなかなか地元に帰れない子たちにとっては、久しぶりに親に会える日だろう。先輩たちにとっては、卒業した更に上の先輩、あるいは転校した同級生や後輩と旧交を温める日になるだろう。人によっては、地元のレースクラブで面倒を見ていた子が来ることもあるだろう。

 

 中でも、初めての聖蹄祭となる私たち1年生の教室が集まった階は、のぼせていると言ってもいい有様だった。なぜなら1年生は大半がデビュー前なので、名家出身でもない限りファンなんてほぼついていないのである。故に、久しぶりに家族や知人に会える今日こそが本番という気持ちなのだ。

 

 私自身、8月の頭以来もう1ヶ月半ほど家族に顔を見せていないこともあり、年甲斐もなくそわそわとした気分である。どうにも落ち着かず今日のために用意した腕時計を見ると、まだ開場時間の3分前だ。先ほど確認したときから1分と経っていなかった。

 

「ノヴァちゃん、着付けどう?」

 

 教室から出てきた受付担当のクラスメイトが、声をかけてきた。彼女は頭に巨大な釘が刺さったように見える仮装をしている。

 

 私を含めた呼び込み担当ももちろん仮装している。私のそれは、皿屋敷のお菊――いわゆるお皿を数える亡霊だ。仮装と言っても、着物を着て紙のお皿を17枚(・・・)持っているだけなのだが。私としてはもっと本格的なものの方が良いと思ったのだけれど、「ノヴァちゃんは可愛くした方がお客さん呼べそうだから」と言う意見が多くてこうなってしまった。

 

「大丈夫です。流石のお手前で」

「お祖母ちゃんには負けるんだけどね。苦しくなったらいつでも言ってね」

 

 呉服屋の娘である彼女は持ち場へ戻っていく。

 

 クラスメイトが戻っていった教室の中は、すっかり本格的なお化け屋敷と化している。昨日のうちに写真を撮ってきて貰って内装を確認したのだが、寝不足になりながら生首を頑張って量産しただけの甲斐はあったと言えるほど、非常におどろおどろしい雰囲気だった。準備前のただの教室だった段階で四隅への盛り塩を強行していなければ、今後精神的な忌避感で入れなくなっていたかもしれない。

 

 呼び込み担当の仮装はなんだかんだ可愛い路線が多いので、詐欺的ですらある。

 

「あだっ」

「あっ、ごめん」

 

 危なくないようにスポンジで出来ている釘が他の子に当たったようで、謝る声が聞こえた。

 

 地に足がつかない心持ちで教室前の廊下をうろうろと歩き回る。しばらくして、ようやく開場時間になったことを知らせるアナウンスが流れてきた。

 

 1年生の階は上の方にあるから、最初に来るのは基本的に保護者だろう。入場口である正門に近い方の階段を注視し、耳をそばだてる。数分ほど経って、階段へ繋がる角から人が現れた。

 

「聖蹄祭へようこそ! 1年B組のお化け屋敷を見ていきませんか?」

 

 接客用の笑顔とともに来場者へ声をかける。本番の始まりだ。

 

 

 

 ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ 

 

 

 

 校内公開日といえども、全校生徒の保護者、入学志望者とその保護者、卒業したOGが来るとなれば相当の人数になる。それに加えて初めての聖蹄祭ということもあって少々気合いが入りすぎていたのか、最初の休憩時間を前にして、今シフト担当の呼び込み係は少しの疲れを見せ始めてきていた。

 

 それは私も例外ではない。前世では、競走馬としての成績がパッとしなかった場合の保険として、積極的にファンサービスをしていた。故に、接客には手慣れているつもりだった。しかし、ウマ娘の体での呼び込みは、良い写真や動画が撮れるように振る舞うこととは勝手が違う。授業でボイストレーニングをしていなければ、とうに声は枯れていただろう。

 

 私の集中力にも少々の陰りが見え始めた、その時。

 

「久しぶりだなぁ、ノヴァ!」

 

 背後から両肩を捕まれた。どこかで聞いたような覚えのある声だが、突然のことだったので思い出せず――。

 

「うひゃあっ!?」

「あ、(いって)

 

 驚きのあまり暴れた尻尾が、私の背後をとった誰かにクリーンヒットした。お化け屋敷ということで、知らず知らずのうちに気が張り詰めていたかもしれない。痛がる声はやはり聞き覚えのあるもので、背後に立つその人が誰なのかを薄々察する。

 

 肩から手が離れたのでぐるりと背後を向き、その人の姿を目で捉えた。

 

「はぁ。びっくりさせないでください。スタークさん」

「いやぁ、すまん。ここまで驚くとは思ってなくてな」

 

 下手人は、今も地元でお世話になっているシアトルスタークさんだった。普段根岸公園で会うときは休日の趣味の時間ということもあって、ジャージ姿で少し気の抜けた感じであることが多い。しかし今日はスーツを着てピシッとした雰囲気であり、いかにも仕事のできそうな人という印象を与える。

 

「お久しぶりです。6月以来ですよね?」

 

 小首を傾げて確認をとる。7、8月は両親の元で練習をしていたので、スタークさんには会う機会がなかったのだ。

 

「あぁ、そうだな。それにしても……」

 

 スタークさんが私の頭の天辺から足先までを見た。クラスメイトのお墨付きが出ているので妙な衣装ではないはずだが、どうだろうか。

 

 一通り確認したらしいスタークさんがへらりと破顔する。

 

「おまえの身長変わらねぇな」

「変わりましたが? 去年より3ミリ伸びてますが?」

「伸び鈍ってんじゃねぇか」

 

 けらけらとスタークさんが笑う。いけない。反射的に反論してしまった。

 

「まぁ、今のはちょっとした冗談だよ」

 

 スタークさんの表情が、本気で褒めるときのそれに変わる。

 

「衣装、よく似合ってるな」

「……そう言ってもらえて、良かったです。同じクラスの子が選んで着付けてくれたものですから」

「良いセンスの子だな」

 

 いつもと比べて、スーツを着ている影響なのか格好良く見えることもあり、少しくらっと来た。私が転生していないただのウマ娘だったら、落とされていたかもしれない。トレセンにいた頃のスタークさんは、相当の生徒たちをその道に突き落としてしまったに違いない。そう確信させるほどだった。

 

 気の迷いを振り払うように口を開く。

 

「スタークさんは、スーツなんて珍しいですね?」

「あー、ノヴァからすればそうか。ま、恩師と古巣に顔見せる以外にも、うちの製品ひいきにしてくれてるトレーナーやウマ娘への挨拶回りも兼ねてるんでな」

「……それ、良いんですか?」

 

 スタークさんは、大手蹄鉄シューズメーカーの開発部に勤めている。OGとして来ているのに営業行為をするのは、アウトであるように思われた。

 

「OGなら、名刺渡さずに数分立ち話するくらいは学園も大目に見てくれるんだ。間接的に卒業なり中退なりしたやつの進路確保になるからな」

「へぇー」

 

 気の抜けた返事が出る。前々世の記憶は破損が激しくて、そのあたりの大人の世界の話は今世で知った分しか知らないのだ。履歴書にトレセン学園と書いてあると、少なくともウマ娘向けスポーツ用品のメーカー就職時に有利になる。そういうことなのだろう。

 

「ま、この話は置いといて、だ」

 

 スタークさんが話題を変える。

 

「3ヶ月の間どうだったんだ? もうトレーナーはついたか?」

「まだ選抜レースにも出てませんよ。でも、まあ、最近タイムも伸びてきてますし、身体の調子も結構良い感じなので、前にスタークさんが言ったとおりに年末頃か、遅くても春には本格化しそうな気がします」

 

 前々世でよく遊んでいたアプリ版の設定とは異なり、今世ではウマ娘の本格化はある程度客観的な判断ができる。確証が持てない程度の精度なので、最終的には選抜レースで確かめる必要はあるのだが、本人の主観だけでしかわからないものではなくなっているのだ。

 

「お、そうか。じゃあ、なんとなく適性が見えてきた頃になったら連絡してくれよ。靴用意しとくからさ」

「あれ、デビューしたらって話だったと思いますけど?」

「そうだったか? まあ、早くなる分にはいいだろう」

「まあ、助かりますけど」

 

 話題が途切れて、一瞬沈黙が生まれる。それでようやく、私の本来の仕事を思い出した。

 

「あ、どうだ。スタークさん、うちのお化け屋敷見ていきませんか?」

「そうだな。せっかくだし見ていくわ。いやぁ、懐かしい。私もやったなぁ」

 

 そう言ってスタークさんはうちのクラスのお化け屋敷に消えていき――。

 

「うぉわー!」

 

 散々叫んだあげく、げっそりとした顔で出てきた。ウマ耳は萎れ、尻尾も先ほどより力なく垂れている。

 

「どうでしたか?」

「力、入れすぎだろ……。生首が飛んでくるなんて思わなねぇって」

「あっ、私の班の力作ですね」

「ノヴァが作ったのか? えっげつないもの作りやがって」

「でしょう? 私は絶対入りません」

「お前さぁ」

 

 思わずといった様子で笑うスタークさんにつられて、私も笑う。

 

「スタークさんたちのお化け屋敷と比べて、どうでした?」

「絶対こっちの方がやばい」

 

 彼女は、降参とでも言うように両手を挙げた。

 

「まあ、完全に私たちだけで作ったわけではないんですけどね。生徒会から、昔の聖蹄祭で出したお化け屋敷の図面を貰って研究したんです。多分、スタークさんたちのも参考になってますよ」

「言われてみれば、受付周りの工夫に見覚えがあるわ。なるほど、道理で」

 

 スタークさんが一瞬腕時計を見た。

 

「あっ、やっべ。もう少し話していたいところだけど、そろそろ次行くわ」

「はーい。また来週末」

「ん? ああ、そうか。また来週な」

 

 手を振ってスタークさんを見送る。

 

 その姿が丁度人混みの中へ消えた瞬間だ。背後の雑踏の中から、今のところは私だけに聞き分けられる音が近づいてきた。

 

 ……この足音は!

 

「お姉ちゃーん!」

 

 背後を向くと同時に聞こえてきたその声は、間違いなく我が家の大天使のものだ。人混みの隙間を縫って突撃してきた小さな影を受け止める。

 

「今日も元気だね、美月。久しぶり」

「うん、久しぶり!」

 

 美月と目線を交えて挨拶を交わす。いつも通りのやりとりのはずなのに、なぜか違和感を覚えた。先ほど身長を弄られて敏感になっているせいだろうか。1ヶ月半ぶりに会う美月の身長が、ずいぶんと伸びているように感じられる。

 

 ……現実逃避は、やめよう。つむじが見えなくなってきてない?

 

 数年前までは並んで立つと美月のつむじが見えていたくらいの身長差があったはずなのだ。

 

「ノヴァ、久しぶり」

「元気にしていたかい?」

「あ、うん。久しぶり」

 

 美月の後を追ってきた両親に、挨拶もそこそこに確認をとる。

 

「ねぇ、お父さん、お母さん」

「どうかした?」

「何かしら?」

 

 私の様子が少しおかしいと感じたのか、お父さんもお母さんも私の疑問に答えてくれる姿勢を見せた。

 

「もしかして、美月に身長追いつかれて来てる?」

「……来年中には、追い抜かれるんじゃないかしら」

「そうだね。でも、ウマ娘の身長はヒトよりばらつきが大きいから、気にしなくていいよ」

「……やっぱり?」

 

 実際には、数年前から差は縮み始めていたのだろう。きっと、庇護すべき妹というイメージが強すぎて、私が気がついていなかっただけなのだ。

 

「どしたの、お姉ちゃん?」

「んー? 美月は成長期だねって思っただけだよ。きっと将来は傾国の美女だね」

「けいこく?」

「凄い美人になるってこと」

「そうかな?」

「そうなの」

 

 抱きしめたまま美月の頭をうりうりと撫でていると、教室から交代の子が出てきた。丑の刻参りの衣装を、高下駄やろうそくなど危ない部分を安全になるよう改変したものだ。

 

「ノヴァちゃーん、交代の時間――あっ、妹ちゃん?」

「うん。宇宙一可愛いでしょう?」

「わーお。シスコンだぁ」

「シスコンじゃなくて。事実」

 

 世界の真理を語っているうちに、代わりの子が何かに気がついたように首を傾けた。

 

「……あれ、いつもの敬語じゃないね?」

 

 ……いけない、いけない。テンションが上がりすぎた。

 

「ちょっと美月、お父さんとお母さんの方行っててくれる?」

「うん。わかった」

 

 一旦美月を解放して、咳払いをした。

 

「……気のせいではありませんか?」

「それは、無理があると思うよ。ノヴァちゃん……」

 

 ほんのりと顔が熱を帯びている。何やらシャッター音がしたのでその方向を見ると、お母さんがカメラを構えていた。あえて無視をする。

 

「まあまあ、細かいことはいいじゃないですか。交代ですよね? 時間までお願いします。5分前までには戻りますから」

「はーい。いってらっしゃい」

 

 往来の邪魔にならないようどこから回るか作戦会議をするために、美月や両親と共に廊下の端に寄る。

 

「美月、何見に行きたい?」

 

 シフト上は3回ほど休憩時間はあるが、うち1回はラフィさんたちの所属であるチームアダラのミニライブを見に行くと決めている。故に家族で回れる時間はどうしても限られてくるので、一緒に回りたいところに目星をつけるために、美月とお父さんお母さんは先に聖蹄祭を見て回って来ているのだ。美月の心の内はもう決まっているだろう。

 

「あのね、絶対に一緒に行きたいところがあるんだけど、いい?」

「もちろん。どこ?」

「こっち!」

 

 ぐいぐいと私の手を引いて美月は歩いて行く。どことなく子犬の散歩を連想させる。私たちの後ろを、ビデオカメラを持ったお父さんと普通のカメラを持ったお母さんがついて来ていた。

 

 美月に手を引かれて階段を下りた先にあった模擬店、それは――。

 

「ネイル?」

「うん!」

 

 教室1室が丸々ネイルサロンの模擬店になっている。非常に陽の雰囲気を放つその空間の主は、どうやらトーセンジョーダンであるようだ。非常に生き生きとしているように見える。

 

 ……そうか。美月もお洒落に興味を持つお年頃か。

 

 美月はトゥインクル・シリーズの平場レースすら熱心に見ているくらいのウマ娘好きで、GI級競走の煌びやかな勝負服を幼い頃から見ている。そういうことに興味を持ち出すのは、むしろ遅かったくらいなのかもしれない。

 

 ただ、一つだけ心配事がある。

 

「ネイルって、かなり時間必要だって聞いたけど」

「そうなの?」

「私も友達に聞いただけだから、何とも」

 

 一応は女子中学生、勉強中の雑談にそういう話題が出ることもある。私は中身競走馬のまがい物なので、「へぇー」と気の抜けた返事しか返せないのだが。

 

 私の疑問には、お母さんが答えた。

 

「決まったデザインのネイルシールから選んでいるみたいだから、始めちゃえば30分かからないと思うわよ」

 

 模擬店内を覗いてみると、確かにネイリスト担当の生徒とお客さんでよく話し合ってデザインを選んでいる様子が見える。聖蹄祭(文化祭)でネイルサロンをやるための工夫なのだろう。

 

 ……多分、トレーナーと一緒に頑張ったのかなぁ。ウマ娘のトーセンジョーダンは、そういうところまで頭が回るタイプじゃなかった気がするし。

 

 そんなことを考えながら、模擬店の列に並ぶ。意外なことに、10分とかからず私たちの番が来た。

 

「いらっしゃいませー」

「私と妹の2人、一緒にお願いできますか?」

「2人? 大丈夫ですよー。11番のテーブル行ってくださーい」

 

 少し軽いノリでテーブルに案内される。そのテーブルには担当のウマ娘が2人いた。友達グループ対応用のテーブルなのだろう。

 

「ようこそー」

「見本のシールから選んでほしいんだけど、どれがいい?」

「うわぁ、きれい……!」

 

 美月は色とりどりのサンプルを見て目を輝かせている。

 

「美月はどれがいい?」

「んーとね……」

 

 うーんうーんと可愛らしく悩んでいる。担当のウマ娘たちも美月の愛らしさに思わずといった様子で微笑んでいる。

 

「美月ちゃんはどんなのがいいの?」

「お姉ちゃんに似合うやつ!」

「えっ。私?」

「うん!」

 

 接客の子の呼びかけに、美月は予想外の答えを返した。

 

「えっと、美月の好きなの選んでいいんだよ?」

「お姉ちゃんの好きなのと一緒がいいの」

「なら、私が決めるけど……」

 

 少し、困ってしまう。美月が決めたらそれとお揃いにしようと思っていたので、「いろいろあるんだなぁ」くらいにしか見本を見ていなかったのだ。

 

 待たせてはいけないと急いでサンプルに目を通し、ほとんど勘でデザインを決める。それは、星空を連想させる黒ベースにラメ入りのものだった。

 

「じゃあ、わたしもそれでお願いします!」

「えっと、美月、本当にこれで良いの? もっと可愛いのが良かったりしない?」

「お姉ちゃんとお揃いの方がいい!」

 

 にこにこと満面の笑みで美月はそう言った。

 

 ……ん゛ん゛! 今日も妹が可愛い……!

 

 こんなこと言われたら、お姉ちゃん冥利に尽きてしまう。

 

「それじゃ、爪のケアから始めるねー」

「あっ、はい。お願いします」

「お願いします!」

「ふふっ。はい、お願いされます」

 

 それからはもうお任せだ。私自身、普段から爪の形をやすりで整えてこそいる。しかしそれは何となく削蹄のようで懐かしいからであり、お洒落のためではない。甘皮を処理するだとかまではしたことがなかったから、そんなことするんだと新鮮な体験だ。つけて貰うネイルシールは、硬化不要のジェルタイプと呼ばれるものらしい。施術中に「シールタイプより見た目が良くて、硬化するジェルタイプより爪に優しいんだよ」と、担当の子が楽しそうに語っていた。

 

 30分ほどで施術が終わり、美月と手を隣り合わせて見せ合いっこをする。

 

「お姉ちゃん、きれいだね!」

「そうだね、とてもきれい」

 

 両手の全ての爪が、夜空のような色合いになった。そうして初めて、どうしてこのデザインが目に留まったのかを理解する。

 

 ……あっ、そうか。前世の蹄の色そっくりなんだ。

 

 最初から、こうあるべきだったのではないか。そう感じてしまうほどに、ネイルを施した指がしっくりと来ていた。

 

 

 

 ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ ⏰ 

 

 

 

「あら、このベンチなんて良さそうね。2人とも座ってくれる?」

「はーい」

 

 ネイルを終えた後、そのまま近くの模擬店でクレープを買った私と美月は、記念写真を撮りたいお母さんの指示に従って屋外の空いていたベンチに腰掛ける。

 

 ネイルサロンの模擬店でも、両親はわざわざ許可を取ってサイレントシャッターで私たちを撮っていたらしく、私としてはそれで十分じゃないかと思わなくもない。だがしかし、お母さんは普段から「カメラを意識していない自然な写真と、カメラ相手にお澄ましした写真は別腹」と主張する人だ。私個人としては「そうかなぁ」とも思うが、撮らせてあげないなどと意地悪をする気にはならないので大人しくしている。子供の成長を目に収めたい、記録したいという親心に、恥ずかしいからと反発する必要はないだろう。

 

「ノヴァ、美月、もうちょっと肩寄せて」

 

 美月と肩を寄せ合い、せっかくなのでしな垂れ掛かるように首を美月の方へ傾ける。もちろん、実際には美月に重たい思いをさせないように、いい感じの場所で首を浮かせて止めている。結構きついのであまり長くはもたないだろう。

 

「ん゛ん!」

 

 お母さんから変な声が出た。

 

「流石ね、ノヴァ。わかっているじゃない……! せっかくだから、2人とも爪も見せてね」

「こう?」

 

 爪が見えるように手の甲側をカメラに向けた平手と、ついでにまだ口をつけていないクレープを顔の傍に持ってくる。シャッターの音が、前世でも聞いたことがないようなハイペースで響き始めた。

 

「そう! 大変よ、お父さん! ノヴァと美月が可愛すぎて、このままじゃカードの容量が足りなくなっちゃうわ!」

RAW(ロー)で撮ってもそうそう無くならないよ、お母さん」

 

 そういうお父さんは、私と美月だけではなくお母さんもビデオカメラの画角に入るような位置に立っている。

 

 ……今でも新婚みたいに仲がいいし、お父さんにとっては、お母さんはいつまでも可愛いお嫁さんなんだろうね。

 

 そんなことを考えながら、パクリとクレープにかぶりついた。リンゴクレープは非常に残念ながら無かったので、バナナクレープだ。好みとしては、ニンジンよりは好きかなといったところか。

 

 美月と一口ずつ分け合ったり、お父さんとお母さんにも一口あげたりしてクレープを食べ終わるころには、お母さんも流石に落ち着いてきた。そして、そこから家族で近況の話などしていると時間はあっという間に経ってしまうもので。

 

 スマートフォンのアラームが休憩時間の終わり5分前を知らせ、美月の笑顔に陰が差す。

 

「ねぇ、お姉ちゃん」

「なぁに?」

「次はいつ帰ってくるの?」

 

 美月が名残惜しむように、着物の袖を緩く掴んできた。以前よりも甘えん坊になっているような気がする。夏休みに2週間甘やかした反動だろうか。

 

「んー、10月の終わりくらいかなぁ」

「そっかー」

 

 入学当初ならともかく、今では勉強会の主催などすることもあり、これ以上実家に帰る機会を増やすことは難しい。故に仕方ないことではあるのだが、はっきりと美月が落ち込んでしまった。

 

 ……お姉ちゃんとして、一肌脱ぎますか。

 

 左隣に座っている美月を抱きしめる。

 

「10月は金曜日に帰るようにするから。ね? いつもより一緒にいられるよ?」

「……ずっと一緒がいい」

「ずっとはちょっと難しいけど、そうだね。冬休みはなるべく長くいられるようにするから。それじゃダメかな」

 

 美月はしばらく黙り込んだ後、顔を上げた。何かを堪えるような表情だが、瞳には強い意志が宿っている。

 

「お姉ちゃんが困っちゃうから、それでいい」

「……ありがとう。寂しくさせて、ごめんね」

「……うん」

 

 妹を抱きしめたまま、両親に話を振る。

 

「そういうわけで、来週は金曜に帰るから。よろしく」

「なら、ごちそうを用意して待っていないとね」

「お父さんもお母さんも、金曜日は忙しいでしょ? いいよ」

「月末頃なら川崎開催じゃないから、どちらか1人残っていれば大丈夫よ」

「そっか。じゃあ楽しみにしてるね」

 

 美月の頭を撫でた後で腕を解き、ベンチから立ち上がる。

 

「じゃあね、美月」

「うん」

「2人も、JDC頑張ってね」

「一番大変なのは私たちじゃないから」

不来方(こずかた)賞と同じパフォーマンスが出せたら、バーフニュカが勝つよ。まあ、なかなかそうはさせてもらえないのがレースだけどね」

「間違いないね」

 

 ちらりと時計を見る。廊下を走って階段を1段飛ばしに駆け上がれば、約束の交代5分前にぎりぎり間に合う――のだが、今日はOGや保護者の方々がいることを忘れていた。詫びの電話を入れながら戻らないといけないだろう。

 

「元気でね。お姉ちゃん」

「うん。美月も、お父さんもお母さんも、元気でね。それじゃあね」

「また来月、待ってるよ」

「何もなくても、電話していいからね」

「うん」

 

 ひらひらと家族に手を振り、雑踏の中に消える。まずするべきは、電話だ。




2024/5/1 22:55
最後の⏰以後の2000文字弱を加筆いたしました
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