8月31日、どこの世界でも憂鬱であろうこの日。

俺たちは学校に行くと、友達から冷ややかな声で告げられた。

「お前達、まだ夏休みだよな?」

どうやら、この世界で俺達だけ夏休みに取り残されていたのだ!

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純粋で綺麗なお話です!

ピュアっピュアなので是非!


終わらない夏休みを二人きりで!

 うだる夏の日。駅のホームで電車を待っていた。

 

 手に持ったのは大きなキャリーバック。田舎なこの街を出ていくにも足りるであろう荷物だ。

 

 滴る汗を袖で拭って、空を見上げる。雲一つないどこまでも深い青空だ。

 

 空の眩しさに視線を向かいのホームに向かわせると、黒髪で麦わら帽子の少女がいた。こちらもまた白いワンピースのせいで眩しい。

 

 見知らぬ少女だった。しかし、込み上げてくる想いがある。昔の彼女と似た容姿だったからだ。

 

 思い出されるのは、あの「夏休み」。きっと、これからも「夏休み」が来る度に思い出してしまうのだろう。

 

 河原の大きな石に座った彼女の姿。

 

 虫取りに出た涼しい山の匂い。

 

 紅葉の舞うあの道。

 

 焼き芋を分け合った時の笑顔。

 

 そのどれもが美しい思い出だ。俺と彼女の「夏休み」は冬にまで及び、しかし別れを覚悟するにはあまりに短すぎた。

 

 例え世間がどんな目で見ようとも。他の誰も覚えていなくても。

 

 二人だけの世界は確かにあった。それだけは確かだ。

 

 後悔も未練も無いただただ美しい思い出。そう言えば、あの「夏休み」のきっかけはなんだったんだろうか。

 

 電車を待ちながら思い出すのは、三年前の夏だ……。

 

 

 

 八月二十日。

 

 田舎なこの街の学校の夏休みが終わり、冬休みまでの長すぎるスクールライフが始まってしまうのだ。

 

 まぁ、経験するのは十回目。苦じゃないと言ったら嘘になるが、そんなに落ち込んでもいない。

 

 始業式を控えた俺は、とっちらかったリビングで学校の準備をしている。

 

「ほら、ちゃんとしてよ。ボーッとしてちゃ遅刻するよ?」

 

 だが、一人で、ではない。

 

 声の主は女性だ。

 

 名前は小角 凜子。

 

 艶やかな腰の辺りまで伸ばした黒髪と整った、可愛いよりも美しいが似合うような顔立ちのおかげで俺より幾つか年上に見える。

 

「わーってるよ。てか、着替えるから出ていってくれ。」

 

「えぇ?何を今更言うの?つい最近まで着替えだって一緒だったじゃん。僕がいたら嫌?」

 

 久しぶりに会う親戚のおばちゃんみたいな事を言い始めた凜子だが、ちゃんと虫かごやら水鉄砲やら夏休みの残骸を避けながら退室してくれる。

 

 その際に見せた笑顔は年相応の可愛らしい笑顔だった。

 

 その相応な歳ってのは俺と同じ高校一年生だ。幼馴染の凜子とは物心ついた時からの知り合いである。

 

 元々は俺の真似をしてオレを一人称にしてたのだが、両親に止められ、折衷案として僕が採用されたらしい。

 

「ったく……。随分と変わったよな。」

 

 昔は俺と同じガキだったはずなのだが、雰囲気はいつの間にか大人びてきている。

 

 あの無邪気な笑顔を見なければ大人でも突き通せそうだ。

 

 ……なんて考え込んでる場合じゃない。初日から遅刻なんてのは言語道断だ。

 

 急いで着替えなければ。

 

 

 

 真っ黒な制服のズボンに半袖のワイシャツでカバンを持ち家を出ると、凜子もまた白を基調とした半袖の制服に真っ黒なスカート姿で俺を待っていた。

 

「んじゃ、行こっか。」

 

 二人並んでぼんやりと歩き出す。

 

 山に囲まれたこの一願町は、一言で表すなら田舎だ。もっと言うと、ドがつく田舎だ。

 

 流石にテレビもラジオもあるが、車はそれほど走っていない。

 

 俺の家は築二十年程だが、この街では最も新しい。

 

 昭和を感じる良い意味でも悪い意味でも古い家が大半で、突風で吹き飛びそうな家もちらほら。

 

 コンビニは二軒しかないし、スーパーは一つだけ。

 

 レンタルビデオやゲーセンを求めると一山越えなければならない。

 

 その代わりに、自然は嫌ってほど豊かだ。

 

 家のすぐそこに水遊びに最適な河原があり、この街を囲う森には今どき滅多にお目にかかれないらしい虫がいたりして、遊び場には困らない環境でもある。

 

 そして、俺と凜子は自然の遊びに没頭しすぎた結果、高校生になった今でもゲーム<外遊びで生きている。

 

 部屋に転がっていた虫かごや水鉄砲はバリバリの現役だ。

 

 ちなみに、俺達の中ではWiiが最新のゲーム機器のままである。

 

「ねぇ、悠真。この夏何したっけ?」

 

 身長百七十程の俺より少し低い凜子が見上げるように聞いてくる。

 

 ちなみに悠真とは言うまでもなく俺の名前だ。

 

 苗字を村瀬というが、今はどうでもいいだろう。

 

「近所で魚釣って、森で虫探しつつかくれんぼして、山越え海行き海水浴。あとはゲームと課題だな。」

 

 なかなか充実していたと思う。

 

「やり残した事とか、無い?」

 

 いつもなら楽しそうに思い出話を始める所だが、今日は違った。

 

 少し浮かない顔だ。

 

 一緒に過す夏休みは十回目だが、初めて見る対応に少し戸惑ってしまう。

 

「んー?ねぇんじゃね?ま、思い出したらそん時にやろーぜ。」

 

 まだまだ夏はあるし、何より来年、再来年と夏休みは来るのだ。

 

 何も急ぐ事は無い。

 

 どうせ今日の午後だって凜子の思いつきで、

 

「ねぇねぇ悠真!スイカ割りを徒手でやろ!」

 

とか、

 

「閃いた!涼しい図書館で一番厚い本探ししよ!」

 

とか大人びた見た目にはそぐわない子供みたいなはしゃぎ方しながら誘いに来るだろうし。

 

「そうだよね。うん。また遊べるもんね。」

 

 しかし、凜子は何か気になる事であるのか、自分に言い聞かせるように呟くばかり。

 

「どうかしたのか?何かあるなら言えよ。」

 

 朝からテンションが低いのでは面白くない。

 

「ううん。何となくだよ。何でもない!」

 

 誤魔化すように笑った凜子は、俺の背後に回ると、

 

「いってぇ!やったな!」

 

 手に持っていたバックで俺の背中を思いっきり殴ってきた。

 

「あははは!追いついてみなよ!」

 

 そのまま走りにくいはずのローファーで逃げていく。

 

 俺と凜子の間に男女の壁など存在しない。

 

 凜子の背中にバックをぶつけてやろうと陸上部直伝のフォームで駆け出した。

 

 

 

 走ること十五分。

 

 俺のバックは無事凜子の背中を捉え、その報復で俺がまた殴られて、いつの間にか殴り合いに発展していた。だか、流石に校門に着いてからは大人しくしている。

 

「はぁ、はぁ……。制服も髪もぐちゃぐちゃだよ。僕の髪はセットが大変なんだよ?」

 

 肩で息をする凜子の真っ直ぐだった髪は、乱れて何本も飛び出ている。

 

 本人曰く長い髪は外遊びでは邪魔すぎるらしい。それでも伸ばしているのは、誰かの為なんだとか。

 

 そこは頑なに教えてくれないが、問い詰める事でもないだろう。

 

 凜子の表情は非常に清々しい。さっきまでの表情はどこへやら。すっかり笑顔だ。

 

「知らねぇよ。先制攻撃仕掛けたのはそっちだろ?」

 

 小綺麗な白を基調とした校舎の間、雑草一つない舗装された道を歩く俺も息が上がってきている。

 

「ねぇ、水筒大丈夫?僕のやつは新しいけど、悠真のやつ蓋ガバガバじゃん。」

 

 俺の真横に戻ってきた凜子が心配そうに俺のバックを眺める。

 

「ん?大丈夫……じゃねぇ!」

 

 よく見れば、バックからは麦茶と思しき液体が滴っている。

 

「てことは!僕の制服も髪も濡れてるってこと!?」

 

 焦って自らの背面に手を回した凜子は、何かあったのか自らの手の臭いを嗅ぎ……。

 

「くっさ!麦茶臭い!ねぇ!めっちゃ臭い!制服も絶対茶色だ!」

 

 ハイテンションで臭いを連呼する凜子の姿は、とても華の女子高生思えない。

 

 なかなかどうしてこんな性格になってしまったのか。

 

 出会った頃は見た目の通りお淑やかで控えめだったのだが、遊ぶ環境と相手が悪かったのかもしれない。

 

 その相手とは言うまでもなく俺であり、環境を提供したのも俺なもんだから今更ダイレクトに注意は出来るはずもなく。

 

「俺がこれから飲むもんを臭い臭い言うなよ。」

 

 遠回しな言い方になる。

 

「でも臭い!ほら、乾いた唾は臭いじゃん?それでも口に入ってるのは嫌じゃないでしょ?そーゆーことだよ。」

 

「……最低限女子としてのラインは守ってくれ。せっかく見てくれは悪くないのに台無しだぞ。」

 

 流石に唾の話を膨らませるのは御免だ。やはり俺といるのは教育に悪かったのかもしれない。

 

「えぇ?こんな話悠真にしかしないって。僕にだって常識と品性はあるよ。」

 

 今まさに話していた話には常識、品性はおろか知性すらも感じなかったが、本人曰く切り替えが出来るから問題ないらしい。

 

「ならいいんだけど。」

 

 俺が撒いた種だ。本人が困ってないならそれで良いのだろう。

 

 俺がとやかく言える話では無いのだ。

 

 

 

 俺達一年生は三階に教室があり、日々太ももを痛めつけられている。

 

 帰宅部の俺達は一ヶ月ぶりの苦行にブチブチ文句を言いつつ階段を上り、着いたのは一の二の教室だ。

 

 濡れタオルで麦茶を拭き取った影響で背中がヒヤヒヤする凜子は大きな胸を少し張った姿勢で、俺は気だるさを前面に出した猫背で教室に入る。

 

 既に八割程の生徒が教室に揃っており、エアコンの無いこの部屋は蒸し器のような状態だ。

 

 俺と凜子の席は窓際の最後列の二席。人と席の間を抜けながら席に荷物を置き、一息つく。

 

「なぁ、なんかおかしくないか?」

 

 しかし、あまり落ち着けない。やけに周りから見られるのだ。

 

 俺と目が合うと逸らされるし、そのくせ視線はいつもの数倍感じる。

 

「それ。私も思った。なんだろ。」

 

 それは凜子も同じだったらしく、怪訝な表情をしている。

 

 しばらく戸惑っていると、

 

「お、悠真!凜子!おはよーさん!朝からなんでこんなとこにいんの?」

 

教室の入口から叫び声が聞こえてきた。

 

「おはよー。晶元気だねぇ。」

 

「おはよーさん。俺達もいたくている訳じゃないんだけどな。」

 

 ユラユラ手を振りながら近ずいて来るのは、ツンツン髪でツリ目のチビだ。

 

 真っ黒に焼けた肌を見ると夏休みを満喫してきたように見えるが、こいつは年中無休で真っ黒だ。

 

 本人曰く陸上部の影響らしい。多分体質だろうけど。

 

「いたくないなら帰ればいいじゃん。」

 

 なんとマジレス。

 

「欠席つけたかねぇよ。せっかく午前だけなんだし。」

 

「欠席なんてつかないだろ?」

 

 そんなまさか。

 

「一応始業式だって出欠席取られるんだぞ?」

 

「始業式?何言ってんだよ。」

 

 心底不思議そうな顔をしている。

 

 ……ダメだ。根本から話が噛み合わない。

 

 凜子もキョトンとしている。

 

 一体どこが狂ってるんだ?

 

「だってさ……。お前ら、まだ夏休みじゃん。」

 

 さも当たり前かのように放たれたその言葉は、有り得ない言葉であった。

 

「はぁ……?」

 

「えっと……晶ってアホの子?」

 

 戸惑いのあまり凜子は失礼な言葉を呟いていた。

 

「いや、アホではあるが今じゃないだろ?ほら、ショートホームルーム始まるし帰った方が良いぞ?」

 

 心から心配してるって顔だ。嘘を吐いてる雰囲気は無い。こいつは馬鹿正直だから器用な事は出来ないはずだ。

 

「ちょっと待ってくれ。何で皆平日なのに俺達だけ夏休みなんだ?」

 

「なんでって。そーゆーもんだろ?」

 

 元から語彙力の無い奴ではあったが、ここまでじゃなかっただろう。

 

 一応ここは進学校。そこまでの馬鹿じゃ入れないし、何より入学当初からの付き合いだ。

 

「なぁ、悪い冗談はやめてくれよ。笑えないぞ?」

 

「はぁ?お前ら夏休みじゃん。それはそうなんだよ。」

 

 噛み合わない。

 

 何か、おかしい。

 

 おかしな夢でも見ているような、そんな気分。

 

 得体の知れない現実に表しようのない不安感が止まらない。

 

 冷や汗で服が肌に張り付き気持ち悪い。

 

 あまりに不自然でちぐはぐで矛盾した「今」に果てしない恐怖を感じる。

 

 もし今何かアクションを起こしたら、何かが崩れ去ってしまうようなそんな感覚。

 

 数秒か、数分か、数時間か、狂った時間感覚の中で状況を少しでも理解しようと頭を働かせようとして、しかし全く頭が回らず立ちすくむ。

 

 凜子か、晶か、誰かの声がするが、聞こえない。

 

 いや、聞こえてるが理解出来ない。

 

 一生このままなのかもしれない。そう思ったし、そうなるかもしれなかった。

 

 しかし、その無限にも一瞬にも思える思考は、突如体のバランスが崩れたことにより終わりを迎えた。

 

 ハッとして辺りを見回すと、クラスの晶、凜子、俺以外は席に着いてこちらを見ている。

 

 そして、例外の二人と担任で俺を囲んでいた。

 

 俺の肩を掴んでるのを見るに、思考を遮ったのは担任らしい。

 

「おい、村瀬。どうかしたのか?出来ればショートホームルーム始めたいから教室から出ていってもらえるか?」

 

 担任も当たり前のように俺を夏休みに置いてけぼりにしている。

 

 だが、逆らう気力など残っていなかった俺は、

 

「すんません。すぐ帰ります。」

 

担任に軽く会釈して、心配そうに見つめる晶に力なく手を振り、何やら後ろめたそうな凜子を連れて教室を抜け出した。

 

 

 

 その後、何を話してどうやって帰ったのか覚えていない。

 

 気がつくと朝準備をしていたリビングであぐらをかき正座した凜子と向き合っていた。

 

「なぁ、凜子。これどういうことだろーな。」

 

「さっぱりだね。僕にだって分からないよ。」

 

 こんな非常事態なのに、危機感の欠片も見られない。

 

「俺達夏に取り残されてんね。」

 

「でも、ポジティブにいこうよ!」

 

 笑顔で俺の手を取った凜子は、

 

「まだまだ遊べるってことだよ!課題はもう終わってるから完全フリーで!」

 

興奮気味にハンドシェイクしてくる。

 

「まぁ、そうだな。」

 

「そうだよ!さ、さ、早速遊び行こ!」

 

 やけに飲み込みの早い凜子は部屋に散らかった虫網と虫かごを集めて俺に押し付けてくる。

 

「とりあえず裏山行こうよ!ほら、着替えて!」

 

 悩もうが楽しもうがこの状況は変わらない。だったら楽しい方が良いか。

 

「わーったよ。でも、着替えるから出てけよ。」

 

「……僕いちゃダメ?」

 

「本気で言ってたのか、あれ。」

 

「冗談だよっ!日が暮れちゃうから急いでね!」

 

 楽しげに手を振って部屋を出ていった。

 

 

 

 ……確か、これが夏を跨ぐ長い夏休みの幕開けだったか。

 

 この時既にかなり心をやられていたが、後に知ることになる。

 

 もっと、もっと大きなショックが、悲しみが夏休みに含まれていることに……。




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