10・花畑の女王
すでにかなりの時間が経過してしてしまい日はすっかり傾いて一面の夕焼け空である。空一面美しくオレンジ色に染まった光景を見てやっと、友希は別の世界へと来たことを実感したのだった。
本当に濃密すぎる一日だった。
腹部に走った激痛から始まり、血に染まった赤い川、命綱なしのバンジー、ドロドロになってなくなった自身の腕、それから怒涛の吸血鬼との殺し合いと心を読める妖怪との喧嘩。
「いやあ、濃すぎるっ!」
感慨深すぎてついに声に出して漏らしてしまう友希。
「何、一日が? 大変だったみたいだね~」
相変わらずずっと優しい笑顔を向けながら友希の方をのぞき込む金髪の女子。ちなみに魔理沙ではない。
先ほど地霊殿でクモを口に含み大胆に登場した彼女である。名を黒谷ヤマメと名乗る、金髪を茶色の大きなリボンで後ろにまとめ、同じく茶色の上下一体となった大きなスカートをはいたこの子はなんと友希が追いかけられたあのクモの大群をまとめる親玉で、先ほどはほんの出来心で驚かせたのだとか。
そんなこんなで今現在、もう時間が遅いことに気を使ったお燐は、夕闇の中を人間一人では危ないということでこのヤマメを付き添いによこしたのだ。
幸い彼女はとても友好的で友希の付き添いにも嫌な顔一つせず首を縦に振ってくれた。
「・・・・・」
「もしかしてだけど、まだ怒ってるのかな? ごめんなさい、つい出来心でやっただけなんだけど、まさかあんなに驚かれるとは思っていなくて・・・」
感傷に浸っていただけなのだが、妙に口数の少ない友希を心配してか、申し訳なさそうに弁解するヤマメ。
「いや別にもういいけど、驚かれたり恐れられたりするのは地底にいる人なら慣れてるんじゃないかとも思うんだけど?」
「それにしても君は驚きすぎよ。あと人じゃなくて妖怪ね」
もしかすると、妖怪と友達になりたいだとかわざわざ地底に乗り込んできたとか、そのおかげで友希を若干特別な(おかしな)人間だと思われているかもしれないがそれは違う。
友希はいたって普通の人間である。嫌いなものは昆虫や海洋生物を含む甲殻類と怒られることと電話すること。
友達になりたいとは思っているが、知らない人と話すのは苦手な人見知りの気があり、結構勇気を振り絞ってもいる。
能力におびえていないのは、友希自身がこういった能力系の物語が好きと言うこともあり、憧れと言う名のドーピングにより少しだけ嬉しさが勝っているだけに過ぎないのだ。
それにしたって戦闘の経験はおろか武術の知識も皆無で、痛いことは嫌いな至極普通の若い人間の男なのである。何も特別なことはない。
「ここまでくればもう大丈夫かな」
「うわぁ~、すっげぇ・・・」
森林を抜けちょっとした丘の合間を縫うようにして進んできたのだが、そこを抜けた先に広がっていたのは終わりが見えないほど広大に広がるひまわり畑だった。
それだけではなく真っ赤な夕日に照らされ一帯がまばゆく黄金色に輝くその光景は圧巻の一言である。
「すごいでしょ? 私も何回見ても飽きないなあ、この景色」
分かる。凄くよく分かる。これからもこの光景が見れると思うとそれだけでぜいたくな気分だ。
「ヤマメはもう帰るの?」
「いいえ、帰ろうと思っていたけどやめたわ。友達を一人紹介してあげる。うまくいけばいいけどね」
「ここにいるのか? ありがとう!」
これまた願ってもない提案で嬉しい反面、完全に油断していた友希の身体から緊張の冷や汗も染み出してきた。
実のところここでヤマメが帰ったとしても花畑の奥にはすでに小さく紅魔館が見えているので問題はなかった。
だが今となっては友希には後がない。再び自覚し、奮い立たせ、その歩を進める。すべては平穏な幻想郷ライフのため!
畑とは言えどしっかりと木柵で隔てられ、ひまわりの中を突っ切るように道が慣らされている。
その大群は友希たちの身長をゆうに上回り、見下ろされるような感覚を覚えた。
しかしながら、ひまわりは外の世界にもあったにもかかわらず成長における何の障壁もない状態で育ったものがこんなにも大きく生命力に満ちたものだとは知らなかった。
友希の住んでいた地域はとても都会とは言えないが、それでも田畑と自然だけでなく商業施設や公共施設もちらほら見られる町であった。にしてもこうやってひまわりと肩を並べて立つことなどなかったので、軽く感激である。
「にとりから聞いてたけど、ほんとに幻想郷って自然が多いよな。心なしか空気もおいしいような気がするし」
「ん~、外の世界がどんなところかは私にはわからないけど、確かにのどかでいいところだとは思うよ。河童たちはよく技術革新だ何だってよく言っているけど、作ったものはほとんど出回っていないから、ここ数十年は特に変わってないよ」
「河童ってにとりのことだよな? 技術革新を掲げてるなんて、やっぱすごいんだなぁ」
そんな他愛もない会話をしながら、ひまわりで浮かび上がった畑道を着々と歩き続けていると。
「あ、いたいた・・・けど、あれって」
「・・・?」
ヤマメの見つめる方向に何者かが立っていた・・・二人。
たしかヤマメが言うには友達は一人だったはずだが。
一人は頭に赤いリボンをつけ、黒い服と赤いスカートを身に着けた、またもや金髪の女の子。
もう一人は遠目から見てもわかる高身長の凛とした女性。大きめのピンクの日傘をさし、上着とスカートを赤いチェックでそろえた服装に緑色の短めの髪。どことなく只者ではない雰囲気が漂っている。
「お~い! メディスン~!」
友希はてっきり大人びた長身の女性の方を紹介してくれるのかと思っていたのだが、予想に反して真っ先にこちらにふり返ったのは可愛らしい少女の方だった。
こちらからもヤマメの後を追うように駆け寄る。
「ああ! ヤマメ、久しぶりー!」
見た目は完全に小学生。だからこそか上下関係を感じさせない、めちゃくちゃフランクな物言いで駆けよ・・・浮かび寄る少女。
(羽ないのに飛んでる⁉ どゆこと⁉)
フランのように羽があって飛ぶのはそれはそうかもだが、このメディスンという名の少女はそういったようなものが全く見受けられないにもかかわらずフワフワと浮遊していた。
妖怪だとか吸血鬼だとか非現実的なものとすでに触れあっているくせに「いまさら何言ってんだ」と思うかもしれないが、目に見える怪異ならまだしも不可視の物理法無視の現象はさすがに友希も目を丸くした。
「何よ人間、じろじろ見て。何かおかしいことでもある?」
「え・・ああ、ごめん。何で浮いてんのかなって」
つい気を取られて初対面にもかかわらずまじまじと見てしまっていたようだ。
「知らないわよそんなの。ていうか幻想郷では空を飛ぶことなんて珍しくもなんともないじゃない」
そういえばこいしも浮いていたような。完全に幻想に麻痺してきている。
「あなた、別の世界の人間ね」
ここでやっと、特に何かリアクションをするでもなくただ静かにたたずんでいた緑髪の女性の声を聴くことができた。透き通った綺麗な声だ。
「あ、はい。外の世界と呼ばれているところから、今日幻想入りしてきました。一夜友希って言います」
「どうりで見慣れない変な格好をしているはずね」
不思議なことにこの緑髪の女性は友希が外の世界の人間だと知っても動揺するどころか表情筋の一つも動かさなかった。
今までは友希の素性を明かすと、面白がる者、驚いて興味深そうにする者、皆何らかのアクションを起こしていたのだが。溢れ出る余裕とその鋭い目、それでいてレミリアやさとりなど一組織の当主クラスとも違う。何か、明らかに別格な何かがある。そう友希の第六感が彼女に対して告げていたのだ。
「で? ヤマメが直接私のところに来るなんて珍しいよね? 何か用?」
どうもこのメディスンという少女、友希とヤマメで少しばかり態度が違うように見える。
時間にしてつい少し前の出来事を思い出し嫌な予感を感じ取る友希だったが。
「うん。友希は幻想郷に来たばかりで何もわからない状態だけど、その状況を打破するべく友達を作りながらいろんなところを見て回っている途中らしくて」
何が言いたいのかという感じでじっと見つめる二人。
「さっき地底に来てくれたんだけど、この際だから二人も紹介しようと思って。(まあ、幽香さんは偶然だけど)」
ヤマメは親切にも友希の代わりに要約して説明してくれたのだが、どうやら反応はかなり良くないようだった。
「それって友達になれってこと⁉ 私と⁉ 人間が⁉」
「ああ、そういうことね。よかったじゃないメディスン、友達ができて」
少し嘲笑気味に、からかうように提案されているところが余計に友希の心にダメージを与えた。そんなに友達という響きが滑稽なものに聞こえたのだろうか。
どういうわけか腹が立ったようで、友希にさらに追い打ちをかけるようにメディスンが発言に噛みつく。
「冗談じゃないわ! 私に何のメリットがあって人間なんかと友達にならないといけないわけ⁉ ああ、憎たらしい!」
メリットがないだけではなくて、憎らしくもあるのか⁉ さとりでもそこまではっきりとは言わなかったというのに!(思っていたかどうかは別だが)
「やっぱりそう簡単にはいかないかぁ・・」
「そうよ! 無理よ!」
「ごめんなさいね、気を悪くしたわよね? あんな言い方されたら」
なおも少し面白そうに笑みを浮かべながら、友希の後ろに回り込みフォロー?をいれる緑髪の女性。
「彼女はね、人間をものすごく恨んでいてねぇ。近いうちにでも人間を皆殺しにする作戦を決行しようとしていたとっても恐ろしい妖怪なのよ~」
その発言の感じといかにもメディスンに向けて遊んでいるかのようなそぶりから冗談だということは見て取れたが、そんなことよりあからさまな超絶拒否を受けたことによるショックを見た目に出ないようにすることが今の友希の頭の中を埋め尽くしていた。
「ええ、いつか絶対っ・・・」
いや、マジなのかよ⁉
「でもさ、前に閻魔様から釘を刺されたんでしょ? 忘れてないよね?」
「い・・いやぁ、それはそうだけど・・・」
「閻魔様って、もしかして四季っていう名前の人?」
「もう会ったことあるの⁉」
話を聞いてみると、何でも以前ちょっとした騒動があったときに人間に対して攻撃的な思想をもっていることが閻魔である四季映姫に知られてしまい、いとも簡単に世間知らずだと一蹴されてしまったそう。
それからはずっとひっそりと人間を知るために活動をしていたようなのだが、その考えだけはどうしても変わらないでいるようだ。
「ていうか、そもそも何で人間がそんなに嫌いなんだ? 今度はどんなひどいことが・・・?」
不意にさとりたち姉妹のことが頭をよぎる。
外の世界にいるときから、友希には人間がいささか進化という事象を口実にしてやりたいようにやっているように感じることがしばしばあったのだ。森林伐採だとか、地球温暖化だとか、どれだけ環境を守ろうと声をあげる人がいたところで結局は止まらないのだから・・・。挙句の果てには人工知能などと言う自らよりより高次な存在を生み出しこき使おうと考え出した。自惚れが過ぎるのでは、そう思った。
この分なら、幻想郷で注がれる人間への目の原因も、人間に対する憎悪の根源も、どちらも人間自身で間違いはないだろう。メディスンの件はどうか・・・。
「ひどいなんてものじゃないわよ⁉ 人間どもは私たち人形のことなんてこれっぽっちも気にかけず。遊んでいれば無理に引っ張ったり汚したり、飽きれば何の未練もなくすぐゴミにするじゃない! ほんっと最低!」
浮いていた体をわざわざ地におろしてまで地団駄を踏み、怒りを体全体であらわにするメディスン。
これも、もしかすると人間が悪い気もするのだが、友希にとってはあまりピンときていなかった。というか、メディスンがなぜそんなにも人形に対して感情移入するのかがまず分からない。
「どうせあなたも管理しきれない数の人形を手に入れてひどい扱いをしていたんでしょ⁉」
「いや、人形は俺の趣味じゃないなぁ」
そう、趣味じゃないのである。友希だけだはないだろう、男なら大半は。
「あまり見ないもんね、男の人で人形集めてる人」
時折ヤマメが客観的視点で中立を保ってくれるので、友希としては心強いことこの上なしだ。
「え・・・そうなの?」
「大体はそうね。あなた、いったいこの一年ほど、何を見てきたのかしら?」
そこに緑髪の女性までもが加わる。
「人形もないし、フィギュアとかも高くて買ったことは一度もないんだよね。どっちかって言うと携帯ゲーム機派」
「???」
別に人形好きの男子がいないとも人形好きが悪いというわけでもないのだが、この幻想郷でも同じように人形遊びは女子の嗜むものというのが一般的な認識のようだった。
「・・・・・」
常識を覆されたと驚いているのか自分の非を認めたくないのか、メディスンは軽くうつむいてもじもじと黙りこくってしまった。
その様子は少し不憫にも感じた、と言うよりもこのまま親密になれずに気まずい空間で終わりたくはなかったので、友希は一歩前へ踏み出して自分から行動してみることにした。
「人形のことはよくわからないけど、お前の考えが全部間違ってるわけじゃないと思う」
外の世界において人形とは、可愛いもの飾って趣を感じるものという側面のほかに、古来より魂を宿すもの呪いの媒介とするものなど霊的な側面も強い。それも人間の自分勝手な感情に動かされる、あくまで物言わぬ偶像として。
「人間ってあくまで自分たち中心で考えるから、命あるものと思って心からかわいがってくれる人間でさえどこかそういうおざなりな意識が頭の片隅にあると思う。でもよく考えてみてくれよ? 本当に要らないものなら最初から作る必要はないし、手に入れたいとも思わないだろ?」
「どういうことよ」
「つまり、人形は人間にとって必要なものってことだよ。どれだけ簡単に捨てられようと、必要のないものは作られすらしない。もちろん俺たちにも非は当然あるけど。恨んでた存在をすぐに好きになれってそれは無理だと思うけどさ、ちょっとずつ人間の良いところも探してみてくれよ」
「・・・・・」
毎度のことながら根本的な解決になっているのかどうか怪しい。思ったことをただ口にするだけの慰めだが、少しでも双方にとって何か救いになればと友希は心からそう思ったのだった。
「まあ、観察するのは女の子だけにしといたほうがいいかなぁ? 男はあんまり人形遊びとかしないだろうし、大人は色々と嫌な印象を与えてより嫌な気持ちになる可能性があるし・・・」
人間が勝手な生き物だっていうのは友希自身前から感じてはいたが、こうやって外の世界ではありえないような事象や存在について体感し考えさせられなければ人形の悩みなどには一生気づかなかなかっただろう。
不思議な幻想郷の抱える人間と妖怪の確執と言うのはこれからも付きまとっていくようなそんな気が友希にはしていた。果たして人間が悪いのか、それとも妖怪が固定概念を強く持っているのか。はたまたそれ以外の何か要因があるのかどうかはまだわからない。
と、そんなこんなで徐々に空の色が暗くなっていることにふと気づく。
「まあ、友達はそんなに無理強いするものでもないし、また今度ってことで」
「・・・いや、なるわ。友達」
「「えっ・・」」
仰天と言うほどではないが、いったいどんな気の変わりようだと友希はヤマメと二人して目を丸くする。
「そんなに偉そうに人間のこと言ってくるんだったら、あんたに付きまとっていろいろと聞き出してやるわ! そのほうが手間もかからないだろうし!」
「・・・付きまとうって、俺今から紅魔館に帰るんだけど?」
「えっ。あそこって怖い吸血鬼がいるところじゃ・・・?」
理由は何にせよ、知らない土地にまた知り合いができたことは友希にとって喜ばしいことである。
あとは呪い殺されるようなことがないようにだけ気を付けておくべきか。
「さっすがメディスン! 話が分かる!」
「友達はいいけど、付きまとうのは・・止めにしようかな・・・」
ヤマメとメディスンはとても仲がいいように見えるのだが、冷静に考えると地底とこの花畑にはそれなりに距離がある。にもかかわらずどのようにして知り合ったのか少し不思議でもある。
地底にいる妖怪はあまり外には好き好んで出てはこないと聞いたが、ヤマメに関してはそんなことはないのだろうか。それは様子を見て居れば大体わかった。
友希にとってはこれで完全に一件落着した気でいたのだが、何と事態はこれで終わりではなかった。
見知らぬ人との会話も、人間が故の軽蔑の目も、今はすべてが払拭され晴れ渡った気分で、友希はますます夕焼け空に染まった大空を呆然と眺める。
そんな折、後ろでヤマメと軽くじゃれあっていたメディスンがとある提案をしてきたのだ。それが、友希にとってまた新たな悩みの種を生むとは少しも思わず。
「あっ、そうだ!」
「ん? どうかしたの、メディスン」
気を抜いていた友希も、この時には何かよからぬことが始まりそうな予感がしてメディスンの方にチラッと目をやった。
「この際だから幽香とも友達になれば?」
「え・・・」
ヤマメが固まった。そしてその場の空気も一気にピリついた。
「えっと・・でも、それって・・・」
「・・・・・」
当の緑髪の女性、幽香はさっきからずっとそばの花壇に水をやって背を向けている。しかもさっきからの話が全て聞こえているであろうにもかかわらず、こちらのことなど意に介さないといった様子で黙々と作業を続けているのが余計に気まずい。
友希にはこのピリつきがいったい何を意味しているのかいまいちよくわかっていなかったが、なんとなく幽香という女性にとって友達という言葉は良くなかったのかと勝手に身構えてしまう。
この話題を持ち出されなくとも、その眼つきや雰囲気からあまり他人に興味がないのが容易に分かる。それくらい近づきがたいオーラを放っているのだ。外の世界にもここまであからさまな人はそういない。
「えっと、なんかまずいの?」
「いやあ、まずいというかなんというか・・・。彼女ははあまり他人とは関わろうとしないことで有名なんだ」
ヤマメのもとに近づき顔を寄せ、非常に小さな声で状況を確認しあう。
そして友希の予想は当たらずも遠からずという感じだった。
さらにおそらく、メディスンはその事実を知らなかった。有名だといっているのに全く知らないなんていったいどれだけ世間知らずなのかこの人形。もしくは空気が読めないのか。
「どういうこと⁉ そんなの初耳なんだけど⁉」
当の本人はなかなかいい反応だ。
しかし困った。どうにかしてこの気まずい空気を変えなければ。そう思う気持ちはここにいる三人とも同じであったが、いかんせん幽香の懐に入り込むのは恐縮だった。事実確認をしてしまってからではなおさらである。
とはいえこの状況はまるでよく知りもしない他人を噂だけで仲間外れにしているようで気分のいいものではない。
らちが明かないことを焦ったのかヤマメが果敢にも切り込んでいく。
「そ、そうだ・・」
「いらないわ」
「・・・・・。え?」
一瞬。
耐えかね何の考えもなしに発したヤマメの言葉は、内容が明かされることのないうちに真っ二つに両断された。
「誘ってもらって悪いのだけど、友達なんてものには興味ないの。私」
興味がないとは、言葉の返しようがない。
無駄のない、そうですかとしか言いようがない無慈悲な返答である。
「なぜですか」と、「どうしてそんなこと言うのですか」と問うことも考えたが、ただでさえ委縮していたというのに希望のない言葉。友希の気持ちはすでに折れかけていた。
それにだ、友希は本心から幽香と友達になりたいとは思っていなかったのだ。
怖い、近づきがたい、どうすればいいかわからないから適当にメディスンの提案に乗っただけ。そんな男に反論の余地はもちろん権利すらない。
むしろ、ついでで事を済ませようなどと、あまりにも失礼なことを考えた当然の報いとして友希は自らを恥じた。
「・・・今日はもう遅いわ、早く帰りなさい」
「・・・・・」
この気まずい状況を誰も晴らすことができず、夕日に向かい、こちらに背を向けて花畑の奥に消えていく幽香をただ見つめることしかできなかった。最後の言葉に感じた優しさだけが唯一の救いだ。
今日という一日を友希は一生忘れることはないだろう。
無念、驚愕、恐怖、同情、悲しみ、後悔。数多の感情が渦巻き深く理解をすることに今までで一番苦労させられたからだ。何より死んでまた違う世界で生き返った、この経験こそがすべてであると感じざるを得ない。
その後、ヤマメの親切を断って一人で紅魔館の門をくぐった友希は、咲夜に促されるままに部屋に入り、大きなベッドに寝転がりながら思案を巡らせたのだった。
友達という存在についてこんなにもいろいろ思わされたのも友希にとっては今日が初めてであった。
やはりどこの世界でも現実とはうまくいかないもので、未だに多くの不安要素が残っている。と言うより、当初より多くなっているような気もする。
「入りますよ。友希さん、夕食の準備が整いました・・・が、さすがにお疲れのようですね」
ノックに対する返事がなく、彩りの良い豪勢な食事を持って入ってきた咲夜だったが、そこには着替えもせずに夢の中に落ちた友希の姿が。
答えの出ない問答を頭の中で繰り返すうち、疲れから夕飯も食さず眠りに落ちてしまったようだ。
「仕方がありませんね。よい夢を」
そう言い残すと、指をパチンと弾き、たちまち消えていなくなる咲夜。同時に友希の身体は掛け布団の中に綺麗に収納され、苦しくないようにカッターシャツのボタンも外されていた。
濃密な一日だったが、幻想郷での奇妙で不思議な、『平凡』な人間の物語はまだ始まったばかりである。
こうして友希の意図しないうちに運命の一日が幕を下ろすのだった。
そしてこの時、にとりは。
「・・・完成だ。私に、不可能はないっ!」
第十話 完
最後まで読んでいただいてありがとうございます、作者のシアンです。
依然としてどうにもやることが多いことに変わりはなく、執筆活動にあてられる時間が少ないので更新が遅くなってしまいました。おそらくあと何年かはこの状況が続くと思われます。
今の私の予定では別シーズンをまたいでこの作品を続けていくつもりなのですが、どうにも続けていくのが困難になった場合はこのfastシーズンだけで終わらせようと思っています。不本意ですが。
まぁまだ10話なのでこの話は早すぎましたね。何話分になるかは分かりませんが少なくとも各シーズンはキリのいい形で終わりますので。
さて、皆さんはお気づきでしょうか。今までの10話分がすべて一日の話だったということに。幻想入りしてからまだ一日目でこの濃さは書き出している私としてもびっくりです。
次回はついに仮面ライダーの登場回です! いったいどういう風に登場するのか。誰がどのように関わってくるのかなど乞うご期待です! 仮面ライダーのことを知らないという人でもその魅力を伝えられるように頑張って綴りますので、どうか暖かい目で見ていただけるとありがたいです。