東方友戦録   作:彗星のシアン

16 / 28
妊婦を救うため目指したはずの永遠亭に辿り着くやいなや、なぜだか丁重に奥の間へと通された友希。そしてそこにはいるはずのない河城にとりまで…。顔色が良くない彼女のことを横目にいったい何が行われるのか。不安な気持ちを抑えきれない友希はその後、幻想郷の現実の一端を聞かされることになるのだった。


第16話 治める奴ら、狙われる貴方

日陰の冷たい空気に肌を撫でられる。

竹林の間を抜ける風の音に風情を感じる。

永遠亭の一角、厳かな空気の漂う和室でにとりと共に何者かを待つ友希。

長方形の木製の机の上には二人分のお茶と茶請けが置かれているが、どちらもまだ手は付けれれていない。

友希は始めて来る場所と言い知れぬ緊張感で音を立てることすらはばかっていたのだが、どういう訳かにとりまで先ほどから全く動かないばかりか変に顔色までおかしい。

 そんな折、ついに張り詰めた糸を切るように座敷の障子がスーッと開かれた。

「待たせてしまって申し訳ないわ」

 そう言って中に入って来たのは、どうやらこの永遠亭唯一の正規の医者であるという銀髪の長髪を結った女性、八意永琳。

 さらにその後を追うように鈴仙も顔を出し、廊下に誰もいないことを確認したうえでそっと障子を閉めるのだった。

「あなたたちが連れてきた妊婦の彼女だけど、様態は安定しているわ。生まれた子も特に異常はなかったわ」

 ゆっくりと腰を下ろしながら淡々と会話を始めてゆく。しかし友希たちは未だ黙ったままだ。

「緊張しているのかしら? 何もしないから安心していいわよ」

「・・・でも、俺に話すことって」

 あまりに慎重な面持ちだったので何か悪いことをしてしまったと思っていた。

 実際のところ鈴仙が怒っていたように大分と外で騒がしくしてしまったのでその件かとも思っていたのだがどうやら関係がないらしい。

「ええ、そのことなのだけど。まずはその前に・・・」

「・・あ、私?」

 永琳の目線の先はにとりに向かっていた。

「まだ話の途中だったでしょ。そしてその話の内容には、少なからずあなたが関わっているの」

 そう言って永琳は横目で友希を見ながら懐から謎の紙を取り出した。

「・・これは?」

「この河童が開発していた錠剤の成分データおよびその不確実性についてまとめた書類よ」

「錠剤?」

 にとりが何かしらの錠剤を開発していたなんてのは友希には初耳だった。

ましてやにとりは医者ではなく科学者である。それも工学系の。

それなのになぜ専門的な知識もないにとりが薬の開発に着手していたというのだろうか。

「にとり・・お前薬も作れたのか?」

「いやぁ・・そのぉ・・・」

「いいえ、作れないわ」

 歯切れの悪いにとりの返答にいら立ちを隠しきれない永琳が割って答えた。

「薬に対する知識が十分にないにもかかわらず薬の大量製造をしようとしていたのよ。それもあろうことか、ろくな検証もなしに他人に投与しようとしていた。そしてその対象こそが何を隠そうあなたなのよ」

 今度ははっきりと友希の方に顔を向けてより強い口調で訴えた永琳。

「つまりあなたはあと少しでこの薄汚い妖怪の実験台になる所だったのよ」

「ちょっとちょっと、薄汚いはひどいよ! それに実験台って、まるで私が盟友を手にかけるような言い方じゃないか⁉」

「あら、違ったのかしら?」

「まぁまぁ」

 永琳的にはにとりが行おうとしていた所業はとても許しがたいものらしく、それによって口から出た叱責がにとりにも怒りが伝染してしまったよう。

 これは看過できないと咄嗟に友希が間に割って入ったのだ。

 友希の感じた通り永琳は良識のある人物のようで、ゆっくりと深呼吸で気持ちを抑え手元のお茶を少量口に流し込んだ。

「えっと、それでどういうことなんだ? にとり」

「う、うん・・・」

 にとりも手元のお茶を一気に流し込み、大きくため息を吐いた。

「私はただ盟友の、友希のためになるならと思って作ってただけなんだ。まぁ、もちろん知的好奇心がなかっと言えばうそになるけど・・・」

「何が『もちろん』よ。人体に投与するものをそう簡単に使うことは許されることではないの。だから、せめて私に協力を仰ぐべきだったと叱責しているのよ」

「はあ・・・」

 とりあえずは両者落ち着いたようだったのだが、肝心の友希には突拍子もない話ばかりなのでいまいちピンときていなかった。

「でも何で急にそんなことを? 俺も何も話聞いてないんだけど」

「それは・・・」

「それは・・?」

 気づけば隣の障子には複数体の人型の影が差していた。つまり外の妖怪ウサギたちが聞き耳を立てていた。

 それを阻止するかの如く鈴仙らしき影が追いかけまわすのが見えた。

 影だけでそんなやり取りが見て取れたが、部屋の中ではそんなことは気づいていないかのごとき静けさが支配している。

「それは、仮面ライダーを自分で作ってみたくて・・・」

「仮面ライダーを・・作る⁉ にとりが⁉」

「あ・・いや、発想の発端はってことね! 今はもう考え直しているし、この錠剤を使っただけじゃ完全な変身はできない・・・予定」

 あまりにも予想だにしない解答にあっけにとられてしまう友希。

 隣で聞いている永琳はいまいち何のことだかさっぱりの様子だが、それでもなお眉間に寄ったしわは消えてはいない。

「簡単に言うとね、この錠剤は別の二人がお互いに飲むことでその双方を融合させる効果を持つ薬なんだ。」

「二人の人間が・・・融合ぉ・・⁉」

「幻想郷ではそういったことも場合によっては可能かもしれない。実際魔法使いの扱う魔法や強力な妖怪の能力なら考えられる。けれども、技術を用いて強引に行おうというのならなおさらしっかりとした検証が必要なはずよ。それをものの一カ月程度の科学的思考で片づけてしまうなんて・・・」

「うう・・、いけると思ったんだけどなぁ・・・」

 にとりはその類まれなる才能を武器に今までかなりの成果を上げてきたようだ。しかしそれが今はあだとなり、明らかに過信ともとれる発言が二人の耳に飛び込んできた。

 その瞬間合わせたわけでもなく友希と永琳で二人顔を合わせた。一人は呆れ、一人は困惑である。

「いいかしら? あなたが作ろうとしているものはこの世の理に反するものよ。幻想郷内でそんなことを指摘するのは今更なような気もするけれど、少なくとも人工的に作り上げた人知を超えたものにリスクの伴わないものはない。代償の大きい小さいに関わらずね。」

 永琳は続けてこうも言った。

「私の腕と知識を見込んでかたまにいるのよ、都合のいい無理難題な薬を作ってほしいと言われることが。もちろん作る前からできないと断言はできないし一応制作に取り掛かることもあるわ。でもね、私は決して自惚れたりしない。さらに言えばどんなに簡単な薬でも必ず検証を行っているわ。薬とは人体に投与し影響を与えるもの。だからこそ生半可な気持ちと覚悟で世に出すものではないのよ。」

 話を聞いているだけでも永琳の医者という職業に対するあふれんばかりの思いがひしひしと伝わってくる。

 その熱き説得の言葉ににとりはもちろんのこと友希までもが息をのんだ。

「あなたはそれを薬ではなく発明品だというかもしれないけれど、体の中に入れて効果を発揮するのだからそれはれっきとした薬よ。というか、見た目がそのままカプセルじゃない」

「なぁにとり。ここは先生の言う通りもっとしっかり作りこむべきじゃないか? それでにとりが目の敵にされるのは俺も嫌だから」

「う~ん、そうだなあ・・」

 その後しばらく何の反応も示さずに黙りこくってしまったにとりだったが、誰も返答を催促することはなかった。

 ごく一般の人物からすればこんなことはなんて事のない今すぐ永琳先生の言うとおりにするほかない事案だと思うであろうが、にとりは生粋の技術者でありそれで生計を立てているし永琳先生もプロの医者である。なのでにとりはにとりなりにかなり思案を巡らせているであろうし、永琳先生もそれを重々理解したうえで決断を迫っているのだろう。

 そんな二人の会話に、友希の入り込める余地など全くなかった。

「ゆ、友希が言うなら。友希が言うなら、仕方ない・・かな・・・」

「うん。・・・うん?」

 にとりの解答を聞いて一瞬納得したのだが、どうもうまく口実に使われたような気がして後で首をかしげる友希。

 しかし沈黙が友希に伝えたようにこれはにとりの熟考した結果の言葉である。無論友希も、永琳も、これ以上口答えしようなどとは思わなかった。

 何よりこれはもとから望んでいた返答なのでひとまずはこれでいいのだ。

「それでなんだけど・・」

 口をすぼめていかんせん納得がいかない様子のにとりを申し訳なさそうに眺める友希に対して、永琳はカチッとスイッチを切り替えたように何の余韻もなく友希に話題を振ってきた。

「はいっ!」

「次に本題に入ろうと思うわ」

 友希がここに呼ばれた理由。最初先送りにされてしまった友希に関する話題がここで息を吹き返す。

「さっきの話でもそうであったように、あなたはにとりにすでに作ってもらっているものがあるんじゃないかしら? この幻想郷に本来はあるはずのない力を」

「あっ、それって」

 横に置いてある袋の中から先ほどまで使っていた蛍光色が目立つ物体を取り出す。

「このベルトのことですか・・」

 永琳先生の「さっきの話でもそうであったように」という前置きから友希は変に勘ぐってしまい、自分も怒られるのではないかと体を硬直させてしまう。

「そう、確か・・ライダー?」

「はい、仮面ライダーのベルト。これはエグゼイド系のライダーが使うゲーマドライバーというものです」

「ええ、そのライダーのシステムのことでいつかは面と向かって話す必要があると思っていたのよ」

 やはり怒られそうな雰囲気に少しばかり臆してしまうが、それよりもすでに仮面ライダーのこと、それを使う友希のことが幻想郷中に早くも伝わっていることに驚きとも恥ずかしさとも言い切れない感情を抱き、少し口角が緩む友希。

「まずはあなたに問いたいの。この力を幻想郷で使うこと、このシステムをにとりに作らせていることをあなたはいったいどう思っているのかしら?」

「ちょっと! 作らせているって・・・」

 咄嗟に口を挟もうとするにとりだったが、永琳の目から放たれる強烈に鋭い視線により言葉なくして抑圧されてしまった。

「あ、あの。作らせているというのは違って、僕が好きな仮面ライダーの話をしたら厚意で作ってくれることになっただけなんです」

「言葉の綾があったことは謝るけれど、本題はそこじゃないわ」

 友希の弁解には大して目もくれず、あくまで前述の問答への返答が重要なよう。

本意がどうかは未だ友希には分かりかねるが、張り付いた空気間とおよそ血色のない永琳の語りが友希の委縮に拍車をかけていた。

「その・・、どう思っているとは、具体的にはどういった・・・?」

「何も難しいことはないわ。ただ率直に、どういう気持ちで、それを使って戦っているのかしら?」

 何を思って、戦っている?

 思った以上に深い問いに思わずうつむいて考え込んでしまった。

 それに友希にとってこんな今まで見てきたヒーローにありそうな問いにスッと答えられないというのは地味に心にくる事例でもあったのだ。

「いいわ、もう」

「・・・え?」

 言い方がずっとクールなので本当に怒っているのか、それとも単にやんわりとした言い方が苦手なのかが分からないのだが、どちらにせよ友希はショックを受けた。突き放されたように感じた。この程度も答えられないのか、お前はだめだと自分を否定されたような気がした。

「回りくどい言い方をして悪かったわ。要はそのライダーの力、そしてそれを使いこなすあなたは、もうしばらくしないうちに完全に幻想郷の重鎮たちから要注意の監視対象になるだろうということよ」

「監視⁉」

 思いもよらない一言が永琳の口から飛び出した。

「ええ、先ほどの外での戦いを少し見ていたの。それで思ったのよ。この力は使い方を誤れば相当厄介な存在になりうる・・とね」

「・・・・」

 この指摘ににとりは反論せず受け入れるような寛容な表情を見せていた。

 と言うのも、この件に関してはにとりからも友希に向けて、また自分自身にも言い聞かせるように少し話していた。

 あまりぶっ飛んだものを作ってしまうと幻想郷のお偉方からきつい目で見られるのだと。

つまりそれが現実に起こりそうだということである。

「・・・もしかして、もう?」

「その可能性はあるわね。私自身、あなたのことを知ったのはもう三週間ほど前になるわ」

 三週間となると友希が幻想入りしてからわずかに二週間ほどたったころ。まだライダーがエグゼイドしか変身できなかったころになる。

 知れ渡るのがかなり早いように思えるかもだが、幻想入りしてきた外の人間が奇抜に姿を変え戦い、妖怪と仲良くやっているとなると注目を浴びるのも納得がいかなくはない。

「そしてさらに深刻なのは、最悪の場合あなたごとこの幻想郷から排除されてしまう可能性がある」

 何やら本格的に雲行きが怪しくなってきたがここで友希は唐突に頭に浮かんだ疑問をぶつけてみる。

「・・でも、確か幻想郷はすべてを?受け入れるとかなんとかって聞いたことあるんですけど・・・」

「ああ、それは間違ってはいないけれど、あくまで博麗大結界を通過してきたものは幻想郷から受け入れられたという抽象的な比喩表現なのであって、幻想郷内のその他の要因でどうにでもなってしまうわ」

 友希は再び曇った顔をする。

「でも別に俺悪いことなんてしてませんし、他の人から何か言われたこともありませんよ?」

「幻想郷の住民たちが驚異的に見なしていなかったとしても事態は簡単にはいかないものよ」

ここで永琳は体勢を整えさらに神妙な面持ちで改めて友希の方を見据える。

「幻想郷における支配関係や権力闘争は明確にどうとは分けずらいのだけれど、特に外せない勢力、重鎮と呼ばれる者は全部でだいたい五人いるの。妖怪にして賢者である八雲紫。白玉楼の幽霊姫 西行寺幽々子。守矢神社の主神にして山の神 八坂神奈子。命蓮寺の妖怪僧侶 聖白蓮。そしてこの私、永遠亭の医者 八意永琳。月の頭脳とも呼ばれているわ」

「えぇ⁉」

 とても厳かな雰囲気の人だとは思っていたがまさかそんなにも偉い人だとは思ってもいなかった。

今更ではあるが友希は少しばかり縮こまって頭を垂れた。

「あれ? 永遠亭には月のお姫様がいるけど、お医者様が代表なんだね」

 今まで特に口をはさんでこなかったにとりがここで申し訳なさ全開で指摘する。

「姫はあくまで月の民。居座らせていただいているとはいえ地上のあれこれに首を突っ込む意思はないようね。他力本願とも取れるけどこれは姫なりの配慮なのよ」

 お茶をはさみ一息ついたところで再び話を続ける永琳。

「さっき言った五人の中でも最も実行権が強く、実質的に幻想郷を統べるのは賢者 八雲紫よ」

「賢者・・・?」

「そう。もっとも、幻想郷における賢者とは幻想郷を創造した者たちのことを指す場合がほとんど。実際のところ賢者は紫を除いて皆幻想郷の内情には非積極的不干渉の態度をとっていて、陰でこの世界の行く末を見守っている感じに捉えられるわね」

 五人の重鎮に幻想郷の賢者。

 友希の頭の中には外の世界にもあるドロドロの社会カーストの三角ピラミッド図が思い浮かんだ。

 権力やお金、それによる醜い潰しあいに至るまで若いながらも外の世界で培ってきた現実の嫌な部分を想像していた。

 一見ファンタジーな世界に見える幻想郷も普通に生活するだけでも外の世界とは大違いで、妖怪に襲われて死ぬなんてこともざらにある非常に危険な一面を持ち合わせている。

 ゆえに勝手なイメージで友希は幻想郷が外の世界とは完全に離反したものだと思い、外の世界の嫌な部分が感じられることのない場所だと逆に美化していたのだ。

 だからこその失望感、もしくはなかったと思っていた締め切りが実はあって明日だった時のような焦燥感が胸の奥から込み上げてきていた。

 実際上下関係に縛られている様子は今のところ見受けられないので断言はできないが、どこの世界に行きつこうとも結局同じような道をたどることになるのかもしれないと友希はしみじみと思ったのだった。

「その、ちなみになんですけど・・・」

「私はあなたをもっと観察して経過を見るべきだと思うわ。結論を出すにはあまりにもあ早すぎる」

 さすがはトップ5に数えられることだけはある。

 友希がみなまで言わずとも言いたいことはお見通しと言った感じだ。

「ほかの皆もそう判断は急がないはず。5人以外の主要な人物からも特にあなたの話は聞いていないもの、今のところは大丈夫よ」

 主要な人物とはレミリアやさとりなど巨大な館を持っている者たちのことをいうのだろうか。明言はされなかったがその人物たちも把握しておくべきだろう。

「でも気を抜かないで。忠告したようにその力は幻想郷にとって脅威となりうる可能性を秘めた、いわばブラックボックス。事の進み次第、あなたの使い方次第でこちら側の判断はいとも容易く切り替わる」

「・・・・・」

 永琳には何か思うところがあるようだったが、友希にとってはこれまでもこれからも身に覚えのないであろう話だったので軽く眉をひそめる。

「特にさっきの・・・」

 その話だろうか。何かを言いかける永琳だったが急に口が止まった。

「いえ、忘れてちょうだい」

 明らかに何か言いたげだったが重要な情報が多かったので友希は集中して考え込んでいたために聞き流してしまっていた。

「これで話は終わりよ」

 友希とにとりが静かになって何やら思案しているうちに一言添えて永琳がその場に音もなく立ち上がる。

「悪いのだけど私はこれから患者の診察に行かなくてはいけないの。ウドンゲに任せっきりじゃあ心もとないのよ」

 ウドンゲとは鈴仙のことだろう。

 咄嗟に友希は座ったままで軽く一礼をし、その間に永琳は障子からそそくさと消えていった。

 医者という仕事柄忙しいのだろう。勢いや面を食らったなどということはないが、なぜだか嵐の後の静けさのような感覚を友希は感じていた。

「・・・にとり。疲れた・・」

「うん・・、そうだね・・・」

 がっつり怒られたにとりと不安をあおられた友希。両者はまるで放心状態のように天井を仰ぎながら覇気のない声色で共有しあうのであった。

 

 

 

 それからしばらくして日が陰り、あたりが薄暗くなり始めたころ。

 一通り会話を終えた友希とにとりが妹紅の案内のもと永遠亭を後にするその後姿を鈴仙は心配な顔で見守っていた。

 つい先ほどあいさつを交わし見送った時にはやはりてゐと戦っていた時のような覇気は感じられず、顔には出ていなかったがどこか疲弊した様子だったのだ。

 ちなみにてゐは友希に痛い目にあわされた後、他の患者と同様に病室で寝込んでいた。

「あの子たちのこと、気になるかしら?」

 玄関口から見ていた鈴仙の背後から一日の診察を終えた永琳が声をかける。

「・・・随分疲れた様子でしたが、大丈夫でしょうか」

「今伝えなければいけないことはしっかりと伝えたわ。後はそれをどう受け止めるか。その結果次第でこの先の運命ははっきりと分かれるでしょう。特に一夜友希」

 残念ながら友希は永琳の期待する結論には未だたどり着いていない。

 以前までの彼のままなら容易に気づけたかもしれないが、今の友希は自分でも想像できていない何か、理想で塗り固められた何かに気づけていないのだ。

 完全なる盲目だった。

「私たちが言えたことではないけれど、ここ最近の幻想郷は騒がしいわ。何か嫌なことが起きそうな、そんな気がするのよ」

「・・・・・」

 鈴仙は永琳の考えることがおそらく異変以上の何かの発現を予見しているのではいかと考えた。

 近年立て続けに起きる異変。

 自らが加担したこともあったが被害者の側に立ってみると遠慮したい気持ちでいっぱいだ。

 幻想郷特有のものなのでよくあることで片づけることもできるのかもしれないが、幻想郷の守護者である博麗の巫女 博麗霊夢に言わせると約三年前のレミリア率いる紅魔館組が引き起こした紅霧異変以来定期的に短いスパンで異変が引き起こされているこの現状は非常に気持ちの悪いことだという。

 しかしここで鈴仙は自らの予想に疑問符を浮かべる。

「あの人間がそんなに重要なんでしょうか? 確かに変わっているとは思いますけど、そんな人幻想郷にはいっぱいいますよね? 特に異変を起こしそうってことですか?」

「そんなに深く考える必要はないわ。ただいち人間へのアドバイスとしてもっとよく考えて行動しなさいと言っただけよ」

 そう言い残して再び院内に消えてゆく永琳。

 すでに姿は見えなくなっていたが鈴仙はしばらくその方向から目を離さなかった。

 特に何かあったわけではないが、何かが引っかかっていたのだ。それが良いことにしろ悪いことにしろ自身のこういった感には我ながら的中の自身があったから。

「・・・・・」

 雰囲気というものは波長と似ている。

 大地の震動とか風のうなりとか、人の感情の起伏にだっていつもと違えばかすかな違和感を発しているもの。

 鈴仙の能力、『狂気を操る程度の能力』もとい『波長を操る程度の能力』によりその手のものには敏感なのだ。

 杞憂かもしれないにしろ友希の持つライダーの力はいままでの幻想郷にはなかったもの。幻想郷に何かしらの変化が起きるのはほぼ間違いがない。

 友希たちにとっても鈴仙や永琳にとっても含みの残る不穏な一日となったのだった。

 

 

第十六話 完

 




最後まで読んでいただきありがとうございました。作者のシアンです。

今回は変身することも弾幕勝負に発展するでもない、文面を見ただけでも大人しい印象の回でした。さらにはこの『東方友戦録』の世界観の一端が垣間見えたかと思います。(実際はそんなに深く世界観を作っているわけではありませんが・・・)
第16話で最終的に大事なことは、友希が非常に際どい道を歩んでいるということです。いくら幻想郷がすべてを受け入れると言っていても、その存在に害をなすものが現れた場合何らかの形で粛清或いは再形成が行われるのです。それは巫女の存在や他の異変の結末を見ても明らかでしょう。
いずれにせよ今後の友希の行動次第でこの物語も予定より早く終焉を迎えることになってしまうのです。(汗)

とはいえ今の時点ではなんとも言いえないのが正直なところ。私も皆さんも静かに見守っていただけると幸いです。

ここまでのご清見ありがとうございました!
次回、さらに心の揺らぎが増す友希の前に、圧倒的な存在が立ちはだかる⁉

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。