東方友戦録   作:彗星のシアン

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永遠亭の医者『八意永琳』が伝えた助言によって、言葉にならない不安が友希の心を支配しだす。自らの仕事にも身が入らなくなってしまい、挙句の果てに地霊殿へのお使い(と言う名の厄介払い)を言い渡された。ショックを受ける中またしてもこいしのかくれんぼに駆り出されて、いよいよ滅入ってしまう状況。しかし、さらにそこに追い打ちをかけるように、地底に潜む脅威が襲来する!


第17話 地底に輝く一等星

 ライダーとして戦う意味とは何か。

 つい前日永遠亭の医者であり幻想郷の重鎮の一人である八意永琳に諭された友希はそのことについて以来ずっと考え続けていた。

 何をするにしても執事業に身が入っていなようでしっかりしようとすればするほど未熟な自分に腹が立つ。挙句の果てにはメイド長である咲夜に迷惑をかけてしまい、ここ地霊殿にお使いに行ってほしいと厄介払いされてしまった。(咲夜にそんな気がないことを祈りたいが)

 昔から親にもっと簡単に考えろと注意されてきたが、どうしたってそんな抽象的なことを言われただけでは納得がいかなくて反発していたのをふと思い出す。そもそも友希本人に難しく考えている自覚がないのが痛いところである。

「んん~? なんだか本調子じゃないみたいだね、お兄さん。あたいが何か手を貸してあげようか?」

「え・・ああ、ごめん。別に大丈夫」

「そうかい? かれこれ二十分くらいこいし様探してるけど・・・。まぁ、普通は見つけようとしても見つけられるようなものでもないんだけどさっ」

 草むらの前で四つん這いになりながら硬直していた友希に対し、後ろからひょうきんな声で話しかけるお燐。

 また考え事に夢中でフリーズしてしまっていたようだ。

 時間をかけて地底まで歩いて来た友希はさっさと用事を済ませて帰ろうとしたのだが、気付かぬうちにこいしにつかまっていた挙句以前約束したかくれんぼの続きを早くしようと強制されていたのだった。

 しかも駄々をこねているこいしを見て姉のさとりは助けてくれるのかと思いきやまさかの承諾。

 こいしには手を焼いている様子ではあったので遊び相手として友希がいるのは助かるのだろうか。しかし心を読めるさとりのことなので、おそらくは人間嫌いの延長線上でわざと友希を帰らせないようにして困らせたとも考えられる。

 外の世界であれば咲夜にスマホから遅れる旨を伝えればそれで済むのだが、幻想郷にはそんなものはない。にとりなら似たツールを持っているような気がしなくもないが、今は友希ただ一人。水になれるとはいえただの人間の友希にはテレパシーや魔法通信なんかももちろん使えないのでどうしようもない。

 もし無断で門限を過ぎるような真似をすれば・・・咲夜に嫌われてしまう!

 だとしても、特に打開策ももなくひどく落胆する友希。

「はぁ・・見つからん。・・・休憩しよ」

 いつぞやのように玄関扉前の小階段に腰掛ける。

「ていうか、お燐は何やってんの?」

「あたいはいつもどうり死体集めさ。今日は景気が悪くて出直しを食らっちまったよ~」

 以前聞いて驚いたがこの化け猫。何と仕事(趣味)が死体を集めることだというのだ。

 聞けば地底に彷徨う霊魂の管理をする傍ら死体をあさっている死体マニアなのだと。

 そんなものどうするのかと問えば牙を見せ不敵に笑みを返すただそれだけで何も教えてくれはしなかったのだ。

 誰かに害を与えるようなことはしていないとは言うものの、死体が欲しいなんて言うやつのことは信用ならないのであった。だって人間だもの。

 最悪自らで死体を量産しているのではないかとすら思えてしまう。

「お空は?」

「仕事。なんやかんやでいっつも中途半端だから、今日はずっと出てこれないだろうよ」

 頭が弱い、通称鳥頭だと思われるお空は何かあるごとに気がそっちに向いてしまい、気が付けば自らの仕事場を離れ誰かと遊んでいることが多いようだ。

 今回もその例にもれず、友希の気配を感じたお空は会いに行こうとしたのだが、お空にとっては運悪く館内を歩いていたさとりに見つかってしまい強制的に戻されていたのであった。

「なんやかんやでみんなしっかり定職についているのな~」

「何をもっての感想だい? お兄さんも吸血鬼の館で働いているんだろう?」

「ただのバイトだよ。やってることも咲夜さんより簡単なことばっかりだし。なんか、これでいいのかな~って変に思って・・・」

「大変なんだねぇ」

 ここにきてやっとお燐は友希の隣に腰掛けた。疲れを感じさせるため息を交じえて思いを漏らす。

「さっさとこいし探して、咲夜さんの手伝いに戻った方がいいかな」

 と言いつつも上の空で地底の天井を見つめ続ける友希。

 何も言わず耳を傾けるお燐。

 二人の無言によって音の無い空間がその場を支配するが、すぐに異変に気が付いたのは化け猫ならではの聴力を持つお燐だった。

「・・・地震? またお空が何かおいたをしでかしたのかな?」

「ん~? 確かに言われてみれば・・・」

 お燐の気づきに友希も耳を澄ませてみると、確かに微かな地鳴りのような音が聞こえていたのだ。

 しかしまだお燐は違和感を拭い去れないでいる。

「いやでも、地中からじゃない・・。向こう⁉」

 地面に耳を当て震源を探るとすぐにお燐は驚いた表情で地霊殿の正門外側の方に目をやった。

「・・・」

 友希もただならぬ予感がしてゆっくりと同じ方向に目を向ける。

 すると奥の方、正門から伸びる地底の大通りの先に何やら煙のようなものが巻き上がっているのが確認できた。

「あれは・・・!」

「えぇ?」

 友希がお燐の意味深な反応に反応し返したとき、それと同時に数十メートル先の発煙から何かが上空に飛び出すのがお燐には確認できた。

 とっさにお燐の腕が友希に伸びたのだが、飛び出てきた何かはものすごい勢いで友希たちをめがけて落下してくる。それゆえに何が何だかわからない友希は反応が遅れて行動が鈍ってしまったのだった。

 友希は見た。飛来してきた物体には人間のような胴体があり、豪快になびく長い金髪が輝きを放っていた。そしてその者の額には大きくそびえる赤き・・・角!

「えいっ! どーーーん‼」

 友希は飛んでくる物体を凝視していたせいで逃げることを忘れていた。がしかし、横から友希めがけて激突してきたこいしによって大きく体がもたれ、お燐と共に弾き飛ばされてしまった。

 そして轟音と共にその物体が地霊殿に到達したのはまさにほぼ同時。

 瞬間にしてあたり一面は巻き上げられた土煙によって埋め尽くされ、地面には大きく亀裂が一気に走る。

「おわあああああー‼」

「にゃあああああー‼」

「あははははははー‼」

 加えて猛烈な爆風が起こり友希たちをなぶるように駆けてゆく。

 土煙と共に小石や土の塊もが飛び交い、視覚、聴覚、痛覚に恐怖が押し寄せる。

「いったい何事っ・・きゃあ!」

 さすがにこれほどの震動が地底を揺らしていればさとりも気づかないわけがない。

 異変を感じたさとりは咄嗟に玄関から飛び出してきたのだが、未だ漂う土煙に困惑の色を隠しきれない様子だ。

 うずくまり事態が落ち着くことを待つ友希たち。

 さとりは口周りを手で覆い必死に何が起きたのか確認しようとする。

 次第に爆風は落ち着きあたりの景色も鮮明になってくる。

「あぁ・・、やっぱり・・・」

 一番に口を開いたのは真っ先に謎の物体の正体に気づいたであろうお燐。周りの様子もあってか青ざめた表情で言葉を漏らす。

 次第に明らかになってゆくその姿。

 先ほど遠目から確認できたことは間違いではなく、人間のように四肢のある体に黄金の長髪、服装は上半身は白の半そでで下半身は軽く透けた素材に赤いストライプの入った丈長の奇妙なスカート。そして最も目を見張ったのがその額から敢然と伸び立った大きな赤い一本角。その角には前面に目立った黄色い星のマークが刻まれていた。

「えっ・・誰?」

 友希は小さな声で何か知ってるであろうお燐に対して問いかけたつもりだったのだが、なぜか反応したのは降ってきた女性の方でギロリと友希に向かって目力の入った視線を送ってくる。

 さらにこちらに向かってゆっくりと近づいてくるのでどうすればいいかと再びお燐を頼ろうとする。しかし怯えと言うより遠慮のような顔でうつむき硬直していたので、これは頼りにならないと思い諦めて女性の方を見直す友希であった。

 なんという緊張感だろうか。見つめられるだけで息がしづらくなるような気がして苦しい。

 角だけで判断するならば、彼女は鬼だろうか。体格も華奢ではなくがっしりとしていていかにも強そうだ。

「お前が、最近外の世界から入って来たっていう人間か?」

「は・・はいぃ・・・」

 緊張のせいでマンガみたいな言葉詰まりが起き、声も若干かすれ気味になってしまった。

 いくら存在が知れ渡っているとはいえ何か絡まれるようなことをした覚えは友希にはない。

「勇儀さん久しぶりー!」

 能力のせいですっかり存在を忘れていたこいしが友希の背中から大きな声で飛び出してきた。

「おー古明地妹。また随分と長い間見なかったが、今度はどこほっつき歩いてたんだ? あんまり姉ちゃんを心配させるなよ?」

「うん! 分かったー!」

 慣れているということなのかこの女性の存在だけでなく先ほどの強烈な登場の仕方にすら全くと言っていいほど動じている様子を見せないこいしに、少し感心を覚える友希。

「いったい何をしに来たのですか? なぜ静かに来ようと思わないのですか?」

 遠目からでもわかった。さとりは今とても不機嫌だ。

 それもそのはず、勇儀と言う名の女性が着地した時にその衝撃で地面がめくれ上がり玄関前は大荒れの状態。さらには引き起こされた爆風によって辺りや地霊殿の外壁部分に土ぼこりが付着し一気に汚れがついてしまったのだ。

「ああ、まぁそう怒るなって。いっつも引きこもってばかりでお前もたまには刺激が欲しいだろ?」

「それとこれとどう関係があるのですか⁉ 本当に、鬼と言うのはどうしてこうもいい加減で適当で人の迷惑を考えないのですか?」

「ん? いい加減と適当って一緒じゃ・・・」

「ギロリ・・・」

 やはりこの女性は鬼で間違いなかった。どうりでとてつもない雰囲気がしているわけである。

 そしてその大きな存在感をまるでもろともせず逆にその人を見下すような冷え切った目で面と向かって真っ向からメンチを切るさとりもすごい。

 まったくこいしのことといいなんて姉妹だと、まるで他人事のように友希はただ見つめる側にまわってしまっていた。

「いや、今はこんな言い合いをしに来たんじゃない。お前だ、人間!」

「いや、だからなんで⁉」

 本当に訳が分からない。なぜに友希は鬼に狙われるようなことになっているのか。

 分からなさ過ぎてつい声をあげてしまった。

「知らないのか? 地上じゃ姿を変えて妖怪を狩りまくってる人間がいるって一部の間じゃ有名人なんだぜ、お前」

「なんか変な情報が盛られてるんですけど・・・」

「そうなのか?」

 自分のことが知れ渡るのはまだいいが変な風に脚色されるのは誤解を招くのでごめんだ。

 これではまるで悪みたいな印象を持たれてしまっても仕方がないではないか。現にこの鬼はそんなうわさを聞きつけて友希のもとへやってきたようなのだから。

「友希に会いに来たのー? あ、もしかしてかくれんぼ? すごいんだよ! だって私のこと・・・」

「いや、そういう遊びをしに来たんじゃない」

 今度は今までの少し相手を逆なでするような言い方ではなく、何やら覚悟を秘めた強い口調でこいしの能天気な見解をバッサリと否定し、依然として友希に目線を合わせてくる。

「むしろ逆だ。この私と一対一の真剣勝負と行こうぜ、人間!」

「だから、何でそうなるんですか⁉」

 まさかの鬼から直々の決闘の申し込みときた。

 これにはさとりもお燐も目を丸くし大きく口を開けて驚きを隠せないようだった。

「ちょっとちょっと! お兄さんはただの人間なんだよ⁉ 勇儀さんと戦ったりなんかしたら命が危ぶまれるよ!」

「あぁ? だから、こいつはただの人間じゃないんだっての。姿を変えて、変な術も使うらしい。なあ人間」

「すごいすごーい! そんなこともできるの⁉」

「え、ああ、まぁ・・・」

 褒められるのは嬉しいがそれで自分の命が危なくなるのはシャレにならない。

「そういえばまだ名前を聞いていなかったな。とその前に、私の名は星熊勇儀! 全妖怪の中で最も強い鬼! の中でもさらにその頂点に立つ者、それが私、星熊勇儀だ!」

 あまりにも豪快かつ自信満々な自己紹介に友希は若干たじろぎ反応が遅れてしまったが、それに答えんとして堂々と勇儀の眼前で胸を張る。

「俺は一夜友希! えっと・・外の世界出身の人間! あとは・・仮面ライダーに変身できるし水にもなれます! それと、今は紅魔館でアルバイトしてます!」

「やっぱり変身できるのか。よろしくな!」

 この勇儀という鬼、女性とは思えないくらい男勝りな風格を放っている。

 威勢よく自己紹介を交わしたのはいいものの、依然として友希の命の危険は去ってなどいない。

 鬼の実力がどの程度のものなのかはよくわかっていないが、周囲の反応から妖怪界最強を名乗るだけのことはあるのだろう。

 しかし困ったことに、友希にも危険な予感は感じれていたはいたのだが、それでもかなり自らの力を過信していたのだ。

 ここにいる妖怪たちや地上にいる者全員がもし同じ状況に立たされたとするならばだれ一人としてこの申し出を受けるものなどいないだろう。力の差、圧倒的恐怖、そして末路。鬼とタイマンをはって無事で戻ってきた者など数えるほどしかいないのだから。

 たとえ戦いが手加減ありのお遊びだったとしても同じ。と言うより鬼に手加減などできっこないと、これも全員が知っていることだ。

 だが外から来た友希は知らない。それに先ほども言ったように自らの力(厳密にはライダーの力だが)を過信しうぬぼれているから余計に危険なのだ。

 言ってしまうが友希は完全に自らの手にした力に陶酔しきっている。

 憧れである仮面ライダーに変身できた喜び、そのカッコよさ、今まで戦いにおいて思いどうりに相手をねじ伏せてきた自分への自信。そのどれもが友希の注意を鈍らせているのだ。

「それにしても、あなたがこの人間に固執する意味が分かりませんよ・・・」

「どうせお遊び気分に決まっています」

 友希の身を案じてかまだ食い下がろうとしないお燐に対して、心を読むまでもないといった様子でさとりが冷静に返す。

「なぁに、萃香との賭けに負けちまったのさ。負けた方が巷で噂の人間に会いに行って勝負するってな。今回はあいつの運が勝ってた」

「・・・お兄さん、悪いことは言わないから断っておきなよ。お兄さんが何ができるかは知らないけどさ、鬼になんか勝てるわけがないんだから」

 おびえた表情で諭すお燐。しかしそれを聞いた勇儀も黙っていなかった。

「おいおい、鬼であり最強を謳うこの私が賭けに負けてその上何もできずに帰ってきました~なんて笑い話にもなりゃしない。何が何でも戦ってもらう! それともしょせん噂は噂、他の人間みたく怖くて逃げだすのか?」

「賭けに負けたのは自分のせいでしょうに」

 皮肉めいた言い方で重箱の隅をつつくさとり。

 しかしもうすでに友希には、そんなちょっとした言葉すらも聞こえていなかった。

 先ほども言ったとおり、今の友希は盛大にうぬぼれている。

 さらに断っておきたいのだが、少なくとも友希は幻想入りする以前ならこんな性格ではなかった。本来ならばむしろ逆で、慎重に物事を見定め必要な段取りをすべて行ったうえで行動を起こすような、石橋を叩いて渡る超堅実派な性格をしているのだ。それゆえに危険な行動は可能な限り避け周りになんと言われようと自分のペースを守ってきた。

 無理に友達を作りに行ったり話しかけたりも行わない男だったが、状況が状況なだけあり幻想郷ではにとりの援助を受けながらでも積極的に話せる友達を作っている。

 兎にも角にも友希は勇儀という鬼のわかりやすい挑発にまんまと乗ってしまった。無論本来の友希ならお燐の協力を無理やり得てでも断っていただろう。

「ライダーの力はそんなもんじゃないぜ! 俺は負けない!」

 あくまで仮面ライダーの力であり友希自身の力ではない。自らの水になれる能力のことでもない。

「よく言った! じゃあさっそく変身しな!」

「あああ、どうしましょうさとり様~」

「・・・別にいいんじゃないですか。好きなようにすれば」

「そんなぁ~」

 さとりにはすでに友希の慢心がお見通しなのであろう。

 それをあえて忠告も制止もしないところが、さとりの友希に対する感情の表れともいえるのだが。

『マイティアクションX!』

 例のごとく右手のブレスによって瞬時にアイテムとベルトを呼び出し慣れた手つきで操作する友希。

「おお! これは!」

 友希の背面にでかでかと出現したディスプレイに、鬼だけでなくその場の誰もが目を丸くした。

『ガシャット! ガッチャーン! レベルアップ!』

 頭に軽く血が上っている友希は、レベル1を通り越して即座にレベル2に移行した。

『マイティジャンプ! マイティキック! マイティマイティアクションX!』

 空中に飛び上がったかと思えば、次に着地してきたのは全身真っピンクなつんつん頭のエグゼイド。あまりにも奇抜な見た目にお燐は驚き、さとりは呆れ、勇儀に至っては高らかに大笑いをかます。そしてこいしはいつの間にやらいなくなっていた・・・。

「何笑ってんだよ!」

「あっはっはっはっ!」

 自らの大好きな仮面ライダーを馬鹿にされたと感じた友希は勢いに任せて怒りをあらわにする。

 しかし鬼の笑い声は収まることはなかった。

「すまんすまん。想像してたのの斜め上をいってたから、つい噴き出しちまったよ。ほら、かかってきな!」

「ああもう! むかつく!」

『ガシャコンブレイカー!』

 一気に合間を詰めて飛び掛かった友希は、即座に手元にハンマーを呼び出し勇儀めがけて振り下ろした。

 全く手加減したつもりはなかった。しかも直撃した瞬間痛々しいほどの打撲音が鳴り響いたのだが、ハンマーの向かった先は勇儀の手中ど真ん中で。

「はぁ⁉」

 いともたやすく受け止められてしまったこともそうだが、何よりもうブレイカーがピクリとも動かない。

 あまりにも動かないものだから、一瞬だけ友希が宙づりになってしまった。

「何だぁ? こんなもんか?」

 ハンマーを防いだ腕の奥で不敵に笑う勇儀の顔にすぐ気がついた。

 反撃を恐れて全力で引っ張るのだが、やっぱり動かない。

 次の瞬間友希の仮面の真横から強烈な力が加わってきた。

「ふんっ‼」

「があっ!」

 とんでもない勢いで吹き飛ばされていく友希。

 いくら変身して身体が強化されているとしても痛いものは痛いしダメージも体にかかってくる。

 友希は声にならない叫びをあげながら殴打された頭右側面に手を当てやりうずくまってしまう。

「ちょっと! 勇儀さん⁉」

「うるさいぞ! 一対一のサシに口出すんじゃねぇ!」

 容赦のない一撃を見たお燐は咄嗟に勇儀に対して注意を促そうとしたが、逆に喝を入れられてしまった。

 そんな勇儀の顔は依然変わりなく高揚の笑みを浮かべていた。

 脚部に力を籠め、地を蹴り一気に友希の方へと接近を仕掛ける勇儀。

「あああ~痛ってぇ!」

 だいたい50メートルは飛ばされただろうか。

 その先にあった家の積まれた樽の中に突っ込んでしまったようで、中の酒を思い切りかぶってしまっている。そのせいで妙に辺りが酒臭くなった。

 友希は戦闘中であることを思い出しハッとして立ち直った、がすでに勇儀はすぐそこまで迫っていた。

 瞬間に体から噴き出す冷や汗を感じながら手元のガシャコンブレイカーのBボタンを高速で五連打し負けじと接近してゆく。

「おらぁ!」

 今度は直撃の瞬間、勇儀はその場で立ち止まりピクリともせず仁王立ちでその一撃を受け止めた!

 ブレイカーの一撃は勇儀の胸ぐらにクリーンヒットし、さらにそこから今放った渾身の一撃と同じ威力が4連続で次々と襲い掛かる。

「・・・どうなってんだっ」

 全くであった。

 文字通り全く聞いている様子がない。

 相手は動いてすらいない。いなすことも威力を和らげることもできなかったはずだ。

 にもかかわらず勇儀はその場から一歩も退くことはなく、さらには呼吸も全く乱れていないではないか。

 勇儀の立っている場所は沈み込んでめくれていたことから威力はかなりあったはずなのに。

「今のは『少しだけ』効いたなぁ」

 何も防御されていなかったので今度は簡単に勇儀のそばを離れることができたのだが、この戦闘において友希はたった二度の接近で勇儀が他の妖怪とは全く格が違うことに今更ながら全身で感じていた。

「くぅっ・・・」

 しかしながら、一度乗ってしまった戦いゆえに自ら負けを認めるのは友希のプライドが許さなかった。

 今はただの人間とは違う。変身しているのだからうまいことすれば勝機はあるかもしれない。仮面ライダーはいつだってそうやって危機を乗り越えてきたのだから。

 友希は心の底からそう思った。

 少し勇儀との間隔をあけ、反対の家屋に立てかかった黄色いメダルを獲得しに動く。

『高速化!』

「ふん、なるほどな」

 次の瞬間二人は同時にその場から飛び上がり、次々と屋根の上を飛び回りながら拳を交えていく。

 高速化は元の走力の約三倍ほどの効果を付与するものであり、エグゼイド アクションゲーマーレベル2はデフォルトで100メートルを約3.2秒で走りきることができる。

 にもかかわらず、勇儀はこのスピードに食らいつけているではないか。

「早く動けば振り切れるとでも思ったか? 力の代償は動きの鈍さとでも? 残念! 私たち鬼はすべてにおいて、他生物をはるかに凌駕しているのさ!」

 友希は変身しているおかげでこのハイスピードの中でもしっかりと意識をもって戦えているが、駆け付けていたお燐とこいしにはわずかな時間にしか感じられていない。

 ゆえに息をのむ暇もないほどすぐに二人が地に落ちてきたように見えていた。

 無論、打ち負けた友希はまるで羽を射られた鳥のように無様に転げ落ちる。

 対して勇儀はまるで何も起きていなかったかのようにどっしりと地に足をつけ、その場で伸びまでして見せたのだ。

「なかなか面白い力だし、人間とここまでやりあえたのは久しぶりだから、今日来たのは案外ハズレじゃなかったな。けど当たりでもない」

「あぁ・・、マジかよ・・・」

 もはやこの鬼に勝利できるビジョンを見失いかけていた。

 現在顕現しているどのライダーのシステムでも勝機は、おそらくない。そんな考えが友希の心を支配し始めていた。

 しかし完全に希望がついえたわけではない。

 おそらく今日すでににとりが完成させているであろう新たな力。現在変身しているエグゼイドの新たなフォーム、ガシャット二本差しだ!

 うぬぼれたプライドが友希の身体を勇儀へと向かわせる。

 手元には見知らぬ赤いガシャットが握られていた。

『ゲキトツロボッツ!』

 ベルトのレバーを元に戻し二つ目のスロットに力任せに差し込む。

 右腕を高らかに上げ、ぐるっと三回ゆっくりとまわしながら叫んだ!

「大・大・大変身!」

『ガッチャーン! レベルアップ!』

 友希の奇怪なポーズに目が行っていた勇儀だったが、それよりも驚いたのはいつものように友希背面に映し出されていたディスプレイから謎の生命体が飛び出してきたことだ。

 真っ赤な小型ロボットのような見た目で感情は読めないが意思はあるようで、そのまま勇儀に向かって突進していったのだが簡単にいなされたしまう。

『マイティジャンプ! マイティキック! マイティマイティアクションX!』

 いなされ弾き飛ばされてきたロボット、もとい『ロボットゲーマ』はそのままの軌道でエグゼイドのもとへ寄ってきたかと思うとあろうことか口を大きく開け、頭から一気にかぶりついた!

『アガッチャ! ぶっ飛ばせ! 突撃! ゲキトツパンチ! ゲキトツロボッツ!』

 赤い光を放ちながらロボットゲーマがエグゼイドの周りにまとわり武装されてゆく。

 その容姿はまるで巨大なグローブを構えたメカファイター。胸周りから肩にかけて赤を基調としたアーマーが装着され、左腕には巨大な強化アームを装備。頭部周りには額に目立つVマークのある真っ赤な保護プロテクターを装備している。

 悠然と立つその戦士は、多彩な技と容赦なき力を併せ持つパワフルプレイヤー! 戦場の剛腕者。 仮面ライダーエグゼイド ロボットアクションゲーマー レベル3!

「更に変身か・・・。面白いじゃないか」

 未だなおたくましい笑顔を忘れない勇儀。

「いくぞ!」

 アクションゲームの脚力はそのままに、体中に満ちるエネルギーによってこれまで以上の高さに飛び上がり、そこから全体重を乗せたアームパンチを重力に任せてふりおろす。

 接触の瞬間轟音が唸り、地底中に響き渡る。

 これには勇儀も堪えたのか少し眉をひそませたのだが、友希の進撃はまだ終わっていなかった。

「うおおおおおおっ!」

「・・・っ!」

全身に思い切り力を籠め力任せに勇儀ごと押し進んでいく友希。

 ガシャコンブレイカーでたたいた時にはピクリともしなかったのに対して、今の友希はまるで別物だ。地面をめくりあげながらも確実に勇儀が押し負けていることからもロボットアクションゲーマーのパワーが見て取れる。

「こいつは・・! ふんっ!」

 負けじと勇儀が力を込めたことにより力が拮抗したことで友希の進撃が止まった。

 しかもその気迫とぶつかり合うエネルギーが風を巻き上げ、オーラのようになって現れ始めたのだ。

 ぐぐぐと唸り声をあげながら押し込む友希。余裕の笑顔が消えかけている勇儀。

 殺伐とした雰囲気がその場を支配し、お燐はかたずを飲んだ。

 いつまで続くのかと不安にもなったのだが、ふとした隙に両者の力が抜け急に距離を取り構えなおしたのだった。

 すかさず友希はベルトに刺さったゲキトツロボッツガシャットを抜き、左腰のスロットに差し込みボタンを押し込む!

 勇儀も何かを察したのか、より一層腰を落とし腕に力を籠める!

『ガシャット! キメワザ!』

「はあああああ・・・」

「こ・・これはぁ・・・。離れた方が・・・、ってこいし様⁉ どこ⁉」

 今更こいしの不在に気づいたお燐だったが、まるでその声が合図になったかのように両者一斉に前へ出る!

『ゲキトツ クリティカルストライク!』

「くらえぇぇぇっ‼」

「はあぁぁぁぁっ‼」

 もう何度も拳と拳がぶつかり合っているが、この一撃ばかりは今日一番。冷え切った地面が、連立する家屋が、陰気な空気に包まれた地底全体が、耐えられないとばかりに震えた。

 友希と勇儀、二人を中心にして土煙が吹き荒れる。

 空の樽や木の板、お燐が風にまかれ飛ばされた。

「ふんんんぬぬぬぬ!」

 荒れ狂う砂嵐の中で一瞬だけ、お燐は二人の拳に稲妻が走った・・・ように見えた。しかしその一瞬の後、自らの一撃による衝撃のせいか二人はどんと突き放されていく。

「っは、ああっっ!」

 あまりの衝撃にスーツに包まれた生身の左腕が悲鳴を上げていた。

「くっ、やるねぇ・・・。こうでなきゃわざわざ来た意味がない!」

 分かりきったことかもしれないが、鬼と言うのはどうも戦いや勝負事が大好きらしい。

 友希とは違いこの状況を楽しんでいるのだ。

 対して友希は、先ほどからの激しい行動を伴う戦闘でもう満身創痍と言っても過言ではないほど疲れ切っている。

 しかしそんなことはお構いなしに、すでに勇儀はまたも友希めがけて突進を仕掛けてきている。

「うそだろぉ・・・」

 このまま素直に負けを認めた方がいいのではないか。そのほうが早くこの状況から楽になれる。そんな考えが友希によぎったときすでに目の前に勇儀はいた。

 戦える喜びによってより一層パワーが上がっているのか、先ほどとは比にならないほどの速さだった。それゆえに友希には反応ができなかった。

 二人を見つけたお燐が止めに入ろうと駆けてきたその時だった。

「そこまでにしてくれる?」

「・・・っ!」

 すでに振りかざしていた拳が、二人の間に現れた人物の顔面をかすめようかと言うところで間一髪静止した。

 鬼の攻撃の前に出るなどと命知らずなこの目の前の金髪の少女は勇儀と面識があるようで、何事もなかったかの如く自然と会話を始めてしまった。

「あなたたちが騒がしくするから、ここら辺一帯が崩壊してしまいそうよ。おかげで住民たちも引き込まってしまったわ」

「ここいらはいつだって人気が少ねぇじゃねえか。そんなに変わらんだろう?」

「だとしてもこれ以上暴れられるとうるさくてかなわないわ。この先の橋にも危険が及びかねない。いや、あなたのことだから絶対にただじゃすまないわよね。まったくその元気さがいったいどこから湧いてくるのか、妬ましい・・・」

 淡々と言葉をまくし立てた少女。

 さらにそれに加担するようにどこからともなくさとりが現れ口をはさんできた。

「全くですよ。私たちの安息の地を何だと思っているんですかね?」

「わかったよ! ったく、おい人間。今日はもう帰っていいぞ。興が覚めた」

「・・・・」

 まるでヤンキーに雑に絡まれるようにいともあっさりと飽きられてしまい、友希は変身も解かずただ茫然と立ちつくしてしまっている。

何と言う虚無感。頭に上っていた血が一気に下降していくのがはっきりと分かった。

そして、それと同時にどうしようもない情けなさが友希の心に津波のように襲ったのだ。

力の差に絶望したからか。それとも馬鹿にされたまま何もできなかったからか。

いずれにせよ叫びたくても叫べない何とも形容しがたい感情が心の中で渦巻いて、最後にはお燐に連れられ半ば強制的に地底を後にしたのであった。

 

 

「しっかし、お前らが人間の肩を持つなんてな」

「どこをどう見たらそんなふうに解釈できるのよ」

 友希の背中を静かに見送った後、さとりと勇儀、そして戦いに割って入った謎の少女 水橋パルスィは、遠慮しながら家屋から出てくる住民たちを横目に話していた。

「私はただあんたたちが暴れるせいで・・・」

「まあ、そう恥ずかしがるなって! 私たちが戯れてるのを見てうらやましくなったんだろ? ハハッ!」

「・・・あんたのそういうところ、大嫌いよ」

 パルスィの気持ちを知ってか知らずか冗談めかしくからかう勇儀。

 対して確実にパルスィの心の内を知るさとりは静かに不敵なほほえみをパルスィに向ける。

「何よ。さとり、あなた余計なことは言わないでよね」

 さとりに対しても突っかかるパルスィだったが、何かを察したような勇儀もクククと声をそろえて笑い始めた。

「ああもう! ほんとあなたたちといると調子が狂うわ! 妬ましい、妬ましい、妬ましいっ!」

 端から見れば微笑ましい空間にも感じられるかもしれないが、実際は地底の中でも特に恐ろしいメンバーの終結に周囲の妖怪は恐れをなさずにはいられなかった。

 軽く笑いを飛ばしながらさとりは思案する。

(それにしても、私も彼には少し興味が湧いて来ましたね。・・・気は乗りませんがもう少し、気長に観察を続けてみましょうか)

 何やら不安な思索が多々巡らされる中、心の中に大きなしこりができてしまった様子の友希はいったいこれからどうなってしまうのか。

 未だ放心状態の友希は、お燐の持つ荷車に乗せられただ悠然と揺られているのみだった。

 

第十七話 完

 




最後まで読んでいただきありがとうございました、作者のシアンです。

前回のことがあっていよいよ心に迷いが生じ始めた友希。まだその正体には気づけていないようですが、仕事にも支障が出て焦りが隠しきれていませんね。
そんな中、友希を襲ったのが鬼の『星熊勇儀』でした。その圧倒的な力で友希を、仮面ライダーを圧倒する勇儀に私も書きながらハラハラしておりました…!
その後何とか難を逃れた友希でしたが、友希を助けた少女『水橋パルスィ』はいったい何を考えているのでしょうか。そしてさとりも何か思うところがあるようです。すこぶる不安ですね…。

さて今回の話で私が苦労したのが、やはり戦闘描写です。先に圧倒的な力と書かせていただきましたが、それを文面で表現することのなんと難しいことか!
仮面ライダーの攻撃を受け止めたり、屋根の上を縦横無尽に駆けたり、波動が感じられたり。言葉で表すとなんだかくどい感じになってしまったようで何度も何度も書いては消し書いては消し…。
伏線のようなパルスィとさとりの会話の先にある展開も、組み立てるのに苦労しました。本当にこのまま進めて不自然はないのか…、少し不安です。

何はともあれ無事第17話まできました!これからも読んでくださるとありがたい限りです!
次回、第18話!ついに友希の不安の正体が明らかに!?その正体に友希はどう立ち向かうのか!こうご期待!

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