18・決意のbeatを刻め!
友希が幻想入りを果たしてからすでに早一カ月半が経過しようとしていた今日この頃。
いつもどうり自らに与えられた寝室で一人朝を迎え、メイド長の用意した朝食に舌鼓をうつ。そしていつもどうり朝から執事としての業務に専念しつつ、紅魔館外の草むしりに精を出す。そんなこんなで気づかないうち、いつもどうりに昼食を迎えようとしていた。
しかし、ただ一点においていつもとは違った。
自らの力のことである。
日を追うごとにどんどん考えが深まっていって、心に重荷を背負わされているような気分がここ数日間ずっと続いていたのだった。
何とかメイド長の咲夜や雇い主のレミリアには心配をかけないよう心掛けてはいるもののなんだかとっくにばれているような気もして、それはそれで気分がよろしくない。
力のことと言えば、まず最初に思い当たるのは永遠亭で永琳先生に言われた言葉だ。
力はむやみやたらに使っていいものではないというのはそこまで理解に苦しむものではない。自分はいいことのために使っている。人に不幸を振りまく悪い妖怪や人に力をふるうような凶悪生物を退けようとしている。友希はそう思っていた。
引っかかったのは幻想郷のお偉方から危険視されるというところである。
なぜ力を持つ者が危険視され、最悪排除までされなければいけないのだ。この世界において明らかに非力な人間を守る存在がいてはいけないというのか、と。
この友希の思想が正しいのかそうでないのかはこの際置いておいて、ライダーの存在を認めてもらえない悔しさがあったのだ。もっと言えば自分の考えや行動がないがしろにされているような、そんなもどかしさがあった。
そこに追い打ちをかけるように立ちはだかったのは勇儀という鬼の存在。
威勢よくとびかかったはいいものの、その圧倒的な力の差を前にして勝ち続けの自信と自らのプライドは情けなさと恥ずかしさによって見事に打ち砕かれた。
「はぁ・・・。どうすればいいんだよぉ~」
殺伐さはあるものの外の世界よりかは単純な仕組みのこの世界と仮面ライダーへの変身が友希の心を舞い上がらせていたのだが、どうやら楽観が過ぎていたようだ。
「あの・・・」
「ん?」
背後から遠慮がちな弱々しい声が聞こえてきたのでふり返ってみる。そこには黒髪で後ろ髪を結った妖精メイドの一人が友希を見つめていた。
「えっと・・どうかしたの?」
「あのっ、メイド長が午後からは休んでもいいって。友希さんに伝えてほしいって言ってました。だから・・・」
「・・・マジかぁ。伝えてくれてありがとう」
その後妖精メイドはぺこりと可愛くお辞儀をしてから足早に友希のもとを去っていった。
紅魔館で働く妖精メイドにしてはやけに内気で礼儀正しい子だなと少し不思議に思ったのもつかの間、そんなことよりと友希は彼女から伝えられた内容を思い出し、窓のふちに手を置きながらわかりやすく落胆するのだった。
「やっぱり気づかれてたのか・・。まぁレミリアと咲夜さんのことだし、薄々感づいてるんじゃないかな~とは思ってたけどさ・・・」
友希は自分だけが必死になっていたことが恥ずかしかった。それも紅魔館やこの幻想郷で暮らしている人ならざる者たちよりもまるで自分が強いと言わんばかりに悩んでいるのが知られたくなかったのだ。うぬぼれているようですごく恥ずかしいから。
「しかもっ! 他人を使って仲介して言われたのが絶妙に傷つくっ! もしかして避けられてる⁉」
小声でブツブツと言いながら半歩ずつ周りをウロチョロする姿は誰がどう見ても不審者のそれだった。
「・・・面と向かって言われても耐えられないんだけどな。どんな顔してたんだろ、咲夜さん」
しょぼんとしておとなしくなった友希は服のボタンに手をかけながら自らの部屋に足早に戻っていくのだった。
午後一時。
日の光がより一層身体を照り付ける中、食事は外で済ませると言ってかれこれ一時間も外をぶらぶらと目的もなく散策していた友希。
どうしてもみんなに会いにくいと感じたので外に飛び出してきたはいいものの、何をすればいいのかまったく見当もつかなかった。今は川沿いにある大岩に腰掛け大空を仰いでいる。
「・・・・・」
思い返せばどうも幻想入りしてから自分が抜けているような気がする。
心ここにあらずとは少し違って、どうにも感情が振り切れてない、何かが感情を引っ張っているような感覚がしていた。
考えれば考えるほどにまるで自分が自分じゃなくなっていくような感覚に陥ってしまう。
あるいは全て考えすぎなだけかも・・・。
「んぁああああああ~! 俺の何がだめなんだよ!」
幻想郷に来てから外の世界への未練を考えることがしばらくあった。
それでも過ぎたことだときっぱりと諦めて、文字どうり第二の人生を歩もうと心に鞭をうったはずなのに。結局なんだかうまくいっていないことがさらに友希の羞恥心に拍車をかける。真実がどうであれ友希は現在それにより気力を失いつつあるのだ。
「・・・・・」
無意識に右腕の転送ブレスに手を触れる友希。
もう完全に慣れてしまったのか、初めて変身した時の興奮はいつしか当たり前になっていたことにも気づく。
初めて負けたのはつい昨日のこと、とてつもなく悔しくて帰りの途中に無理やりお燐を振り払い一人で紅魔館に帰ってきたのだ。今更だがお燐には悪いことをした。わざわざ地底から出してくれて、加えて付き添ってくれていたにもかかわらず制止を振り払ったのだから。
紅魔館に到着してからというもの誰の言葉も上の空に返答してしまい、さぞ心配させたことだろう。
しかしながらこの感情は、友希にとって今までには感じたことのないものなのだった。
今までの人生でここまでお先真っ暗になったのはこれが初めてなのだ。
他者から与えられた力でも、驚異的な強さ、常軌を逸した能力、何よりすべてを終わらせた後の高揚感と言ったら、心の跳ね上がりが体全体に響き全身が武者震いして止まらないほどだ。
それがいともたやすく、一瞬で、崩れ去った。
友希は本当に自らを見失っているのかもしれない。その証拠に友希は外の世界にいたころの自分を思い出そうと必死になっていた。
そうすればこの不安から解放される、なぜだかそう思って。
「・・い。・・・お・・うき・・」
どれだけ思案しようとも何一つとして解決などせず。気付かぬうちに立ち上がり、ただひたすらに友希は歩を進める。
「おい! 一夜友希!」
「うおあああ!」
急に右耳に大声が響き渡り、女々しく飛び上がり足元がおぼつかなくなる友希。
「どうしたんだ? 上の空じゃないか」
「あ・・屠自古さん・・・」
そこには以前初めて会ったときと同じく、両手に食料で満たされた竹製の籠を抱えながら友希の方を見つめる幽霊、蘇我屠自古の姿があった。
「ひどいじゃないですか、急に大声を出すなんて。びっくりしましたよ」
「五回ほど声をかけたんだけどな、まさかそんなに驚くとは思わなかったよ」
うっすらと笑みを浮かべながら面白そうに話す屠自古。
「あれ・・、その足は・・?」
胸をなでおろしたついでに友希は自分の足元に目線を向てたのだが、同時に幽霊である屠自古に人間と変わらぬ足がついていることに気が付いた。
「ああ、いつもはない方が便利だからそのままにしているんだが、こうやって人間たちがいるところに来るときは、霊体を練ってただの人間っぽく見せているのさ。実際はちょっとばかし浮いてるぞ」
言われてからよく見ると確かにゆっくりとだが体が上下しているのが分かった。
「で、どうしたんだ? 何か悩み事かい?」
「・・・あの、最近俺どうすればいいかよくわかんなくて。なんかこう、パッとしないっていうか・・」
「永遠亭の医者に言われたことか?」
友希は屠自古のことも只者ではないと認識していた。
その証拠に今も永琳の言葉が不安の始まりになったことを簡単に見抜いてしまった。その場にいなかったにも関わらずだ。
「よくわかりましたね」
「そりゃあ、お前は特異で、それでもって彼女に呼び出されたのなら大体話の見当はつく」
「まぁ、それだけじゃないんですけどね・・・」
友希は心の内に秘めた思いを余すことなく屠自古に打ち明ける。(当然見当のつかないこともあったが、それも含めてだ)
その途中屠自古は一言も発することはなく、ただ黙って友希の言葉に耳を傾け続けた。
普段口調はどこか男勝りで気の強い印象を受ける人だが、こうやって真摯に悩みの相談に乗ってくれるあたり友希のことを気にかけてくれる姉貴分のような存在なのだろう。
「・・・っていう感じなんですけど」
「そうか。幻想郷に来たばっかりだっていうのに、早々に縛られて大変だな」
屠自古は買い物籠の中から笹の葉に包まれた三色団子を取りだし友希に差し出しながら聞いたことの整理をする。
あまり誰かに相談したりすることはしてこなかった友希だが、不安と相まって緊張で団子が喉元を通らなかった。がしかし、そこは厚意に甘え一口ずつ押し込んでゆく。
「だがまぁ正直なことを言うとな、おそらくお偉い様方の懸念は当たりつつあると思う」
「それってどういう・・?」
「つまり・・・」
気づかぬうちに団子一本を食べきり竹串をそっと置いたかと思うと、急に友希に顔を近づけそして言い放つ。
「このままいけばお前は確実に消されるってことだ!」
「・・・え?」
ここは何か慰めの言葉やアドバイスを心の底から期待していた友希だったが、完全に面食らってしまった。
ただでさえ不安と熟考の末心身ともに疲弊しているというのにそんなふうに突きつけられてしまったものだから、もはや友希の心は何が正しくて何が悪いのか混乱してしまってろくにリアクションも取れなくなっていた。
「・・・以前竹林で、お前が変身して戦っているところを始めて見たわけだが。お前の戦い方からは狂気を感じた。まぁ弾幕勝負が基本の私が体一つの戦いを語るのはおかしな話かもしれないけど」
「まさか・・・」
てゐとのあの戦いのさなかで友希が心血を注いでいたのは相手の歪んだ意思を正そうというものではない。ただ自らを誇示したいという欲望に飲まれていた。
人の気持ちや状況を鑑みず悪行を楽しみとする非道な妖怪を、圧倒的に打ちのめすその姿を見せることに夢中になっていた。今更ながら気持ち悪いと思ったが本当にそうだったのだ。
もちろん始めはてゐの有り得ない態度にかなり腹を立てていた。しかし永遠亭に戦場を移していたころには正直その感情がかなり薄れてはきていたのだ。
自らの雄姿を、かっこよくユニークな仮面ライダーの魅力を皆に見せたいと思っていた。
さらに言えば友希は自分の力に完全に酔っていた。
以前も言ったが無論友希が今まで使ってきたライダーの力は友希自身のものでなければ友希が何か苦労をしたわけでもない。虎の威を借る狐状態と言えるだろう。
とてつもなくバカみたいな結論だが実際問題これが論点で間違いない。
「確かにあのてゐとかいうウサギは嘘つきでいたずら好き、いいうわさは聞かないよ。以前うちの仲間が腹を立てて帰ってきたのを覚えてる。しかしだ、あの時の様子じゃ完全にお前の攻撃におびえてたみたいだったじゃないか」
その当時周りにいた者たちにはてゐのおびえようと友希の圧が見て取れただろう。だが不思議なもので当の友希本人には全くその自覚がなかった。
「・・・お前には自分が力に酔っている自覚があるか? いや、ないよな。あればあんな風にはならないだろう。相手が悪かったのは言うまでもないがお前にも喝をれなきゃダメみたいだな。」
あまり熱く語るような感じには見えない屠自古だが、この時ばかりは友希の肩をつかみしっかりと自らの方へ体制を変えさせたうえでより厳しい口調で言い放つ。
「今のお前は自分の私利私欲を満たしたいだけだ! お前はそれでいいかもしれないがな、自分のことばかりを考えている奴にこの世界は決してうなずきはしない! たとえどんな正当な理由があったとしてもだ・・・」
熱くなりすぎた自分をなだめるようにゆっくりと目線を落とす屠自古。
「実はな、昔の私にも今の言葉は当てはまるんだ。自分のためではないかもしれないが、とあることに心血を注ぎこみ過ぎて周りのことが見えていなくて、無関係な人達たちにかなり迷惑をかけてしまったことがある。自分たちが正しいと信じて疑わなかったんだ。もっと他にやりようならいくらでもあったのに」
友希には意外だったが屠自古の言っていることはどうやら本当らしく、真剣な表情で語りかけているのがひしひしと伝わってくる。
おもむろに再び友希へと顔を向ける屠自古。その目には必死に訴えんとする力強さと悲しさが混在していた。
「なあ、お前はどうなんだ? それが本当のお前なのか? 言ってたよな、かっこいい正義の力なんだって。それを好んで使うような奴が、心の底から誰かを痛めつけるのが好きな奴なわけがない! 力の大きさに戸惑っているだけなんだって、私は信じるぞ」
一度にまくしたて説得した屠自古は旦落ち着こうと深呼吸を始め、やがて緊張の糸がほどけたのか笑みと軽い笑いが屠自古に生まれ始めた。
「いや、ははは。いきなり熱弁して悪かったよ。少し自分と重ねてしまった。私らしくないよな、まったく・・。とにかくだ! 一度客観的に自分のことを整理してみた方がいい。それがお前の悩みへの私の答えだ。」
そう言って屠自古は腰かけていた大木の長いすから立ち上がり、籠を手に持ち友希を振り返る。
「また機会があったら神霊廟に連れて行ってやるさ。太子様も少なからずお前には興味を持たれてらっしゃるご様子だった。いずれ紹介したいからな」
続けて「またな」と軽くあいさつを交わすとスタスタとその場を去っていく。
彼女がすでにこの世のものではないということを知っているがゆえに、その歩みの若干のぎこちなさに気が付いた。
それからいくらかが経過し、日もそろそろ傾きだしている時刻になってきた。
しかし未だなお友希は同じ場所に腰かけたままだった。
友希は今とてつもないほどの後悔に苛まれていたのだ。いや、もっと正確に言えば後悔より自らの情けなさを恨む心の方が友希を支配していた。
自らの拳を力強く握りしめ、その瞳には涙さえ浮かべていた。息さえも苦しく感じる。
他人に言われて初めて気が付いた。自分では全く気づけなかった。
こんなにも単純なことに。
いつも戦士たちの活躍をテレビの前でかじり付くように見ていた。登場人物たちが正義を唱え、苦悩し、過ちを犯し、そして乗り越え成長する様を幾度となく目にしてきたのだ。
にもかかわらずこの醜態。
画面の前で、「これしきの事で」とか「自分でもうまく扱えるんじゃないか」とか、当事者の気持ちなんて微塵もわからないくせに、なめた言動をしていたくせに、結局いざ自分の番となれば真っ先に力と承認欲求の果ての快感に飲み込まれ、無様に後悔と自責の念に駆られているどうしようもない男だ。
確かに仮面ライダーは大好きであり、自分で自分のことを良識のある人間だとも思っていた。しかしまさか全く自分のやっていたことに気づけないなんて、もはや訳が分からない。
・・・とにかく動かねば。
何をどうすればいいかは依然としてわからずにいたが、動かなければ何も始まらない。これも仮面ライダーから学んだはずだったものだ。
自らの愚かさに気づいたとたん、今までの友希の記憶が、思いが間欠泉がごとく噴き出してきた。そして同時に友希の心から邪な思いがあふれ出し、流れ落ちてゆく。
行く当てもない。だが友希は動かずにはいられなかった。どうしても動いていないと気分が落ち着かなかったのだ。
「あ、おい! 兄ちゃん!」
「・・・・・」
途中にいつもの団子屋の大将が声をかけてくれたのだが、友希の耳にはその声が入ってこなかった。
自分の本来の考えを取り戻したと言えど心に与えられたショックは消えず、未だ周りに目をやるという意識はできないでいるようだ。
今もさっきまでも、考えの本質はあまり変わっていない。ただそれを捉えたうえでどう感じるか、どうしたいかが冷静に見えてきた。
ただならない様子から何かを察したのか、友希を見かけた者たちは揃って口をつぐみ、大将はゆっくりと自らの仕事に戻っていったのだった。
その間も友希は立ち止まることなく、決意の表情で本人もわからぬどこかに向かってただ歩を進めていく。
ボガンッ‼
バキバキィッ‼
ほどなくして友希が人里を抜け森林の中に入って行こうとしていたその時、丁度前方から何かが飛び交う音と共に痛々しい何かがちぎれるような音が耳に飛び込んできた。
「なんだ⁉」
友希は咄嗟に走り出し音の聞こえた奥の方へと足を踏み入れてゆく。するとそこには・・・。
「うわぁっ!」
何が起きているのかその光景を目に入れようとしたその時、勢いよく友希めがけて餓鬼が一匹吹き飛ばされてきた。
驚いて咄嗟に避けはしたものの、友希の足元に激突し友希自身も少しよろめいてしまった。
餓鬼が飛んできた方向へと目を向けると、なんとそこで交戦していたのは博麗の巫女こと博麗霊夢だったのだ。
そしてその後ろには涙を流してうずくまっている小学生くらいの女の子がいた。
「・・・なるほど」
現在は先ほどのことがあり、頭のさえわたっている友希。すぐに大体の状況を把握し、冷静に見定めることができた。
かといって目の前で行われているのは肉弾・弾幕交えた本気の戦闘。しかも弾幕と言っても霊夢が使用しているのは恐ろしく長く鋭い針だ。
友希には詳しいことはよくわからないが普段霊夢が使っている御札や針は妖怪や幽霊などの妖の類に有効なものらしい。前に再び霊夢と対面した時に教えてもらったのだ。
その様子を見て突っ立っている友希のことを霊夢は見つけたようで、期を図らいながら声を張り上げる。
「ちょっとあんた! そんなところにいると危ないわよ! もっと離れてなさい!」
意識や視線は友希の方に向いているのに霊夢は攻撃の手を一切緩めることはなく、様々な方角からの餓鬼の攻撃を巧みにさばき、かつ反撃を仕掛けている。
何の知識もない友希ですらその戦いの様子から、霊夢の守護者たる実力がはっきりと確信できた。
「はぁぁぁっ!」
気合の雄たけびをあげながら敵の攻撃をかわしたと同時に空へ舞い上がり、後退しながらもしっかりと弾幕を張ることで見事に相手の集団にダメージを与えた霊夢。
友希は軽く「おお」と感嘆の言葉を漏らしたが、霊夢にとって今の判断は気に食わなかったようで眉間にしわを寄せながら相手側を睨みつけている。
それもそのはず。霊夢は今の今まで背後に動けない少女をかばいながら戦い守っていたにもかかわらず、その場所から離れたしまったからだ。よって今、少女を守るものは誰もいない。完全無防備のやられ放題狩り放題と言うわけだ。
・・・本当に?
「おらあああっっ!」
「「グガァッ‼」」
危機にさらされていた少女のもとに駆け付けたのは紛れもない、友希だった。
餓鬼たちが少女に夢中になっている隙に、両腕を水にして思い切り背後から鞭のように叩きつけ退けたのだ。
「霊夢! この子は俺に任せろ! どこに届ければいい⁉」
「・・・っ⁉」
霊夢はこの協力者を予想していなかったようで、少し面食らったように言葉に詰まった。しかしすぐに状況を把握し友希に向かって指示を出す。
「里の子であることは間違いないわ! でもどこの子かまではわからない・・・」
「俺はさっき里のはずれの方から来たんだけど⁉」
「なら中心部の方ね。きっと騒ぎになっているだろうからすぐわかるわ!」
友希は意図せずに言ったのだが、里のはずれと言えば人里の中でも一か所しか存在しない。その他の里の端と言えばろくに人が住んでおらず、あるのは田んぼと森林、あともの好きの変わった人間のみであるからだ。
他の者がどれだけ把握しているかはさておき、どうやら霊夢は幻想郷の大体の地形と分布は頭に入っているようだ。それゆえの判断スピード。。
「ほら、もう大丈夫だから」
友希はうずくまって泣いている少女を優しくなだめる。そしてほぼ同時に霊夢も動き出した。
霊夢のもとから里の方向めがけて御札の嵐が吹き荒れる。
そのおかげで餓鬼が散らかされ、里に伸びる一筋の道が完成したのだ。
「よし! 急げぇ!」
勢いよく少女を抱え上げ一気に走り出す友希。しかしその瞬間友希の耳には霊夢の「まずい!」と言う声がかすかに聞こえてしまった。
その言葉のとおり、餓鬼たちは多少御札の効力に臆してはいるものの、意を決して友希のもとに飛び交ってきたのだ。
しかしすでに友希はただ走り出しただけではなかったのだ。
飛び出した友希の二歩目は、地に着いた瞬間腰を落とし足全体に力を入れることで下半身だけから不純蒸気を排出し、脚力だけを格段に強化させた。
そのおかげで強力なダッシュを決めた友希は飛び掛かった餓鬼をいとも簡単に振り切り、その後まるで通勤ラッシュ時の歩道の人の波を縫って進むかのように軽快にかつ俊敏に駆け抜けていくのであった。
「あれがあいつの能力・・・」
霊夢のことはお構いなしに少女を担いで走り抜ける友希。
その速さはまさに人外で、友希自身も上半身が持っていかれそうになるほどであった。
「いいぞ、もう着いた!」
瞬く間に森を抜け、注目する人々を置き去りにし、あっという間に人里の中心街付近に到着してしまった。
友希は今までライダーの圧倒的に特異な力に魅了されていたせいで全く気にも留めなかったのだが、ここで自らに与えられた『水になる程度の能力』の凄さを改めて再確認したのであった。
「おっ、あそこか⁉」
友希の眼前にはある家屋の近くに群がる人々が見えた。
それとほぼ同時に近付いてくる足音に気が付いた人だかりが一斉に友希の方へと目を向ける。
「おお! たか子!」
「おい、たか子ちゃんが戻ってきたぞー!」
担がれている少女のことを認識した人々は口々に声を上げ、歓喜の表情で勢い余って滑ってくる友希を受け止めてくれた。
「はいっ! お届け完了!」
「ああ仏様、ありがとうございます・・・」
「あんたが見つけてきてくれたのか! ありがとう・・ありがとうっ・・」
おそらくこの少女のご両親だろうか。母親は戻ってきた娘を抱きしめ神仏への感謝の念を送っており、父親からは手を強く握り首を垂れながらブンブンと縦に振りまくられた。
周りにいた民衆は隙あらば友希を胴上げでもしてやろうと言わんばかりに大声で群がってくる。
「あぁ、あの、違うんです。確かに森の中で妖怪に襲われはしていたんですけど、俺はただ送り届けただけです」
「じゃあ、いったい誰が・・?」
「博麗の巫女です! お礼なら霊夢に言ってください! じゃ、俺はこれで!」
再び蒸気を噴き出し飛び出していく友希。
颯爽と現れ颯爽と消えていった一人の男の背中を前に、ただ人々は呆然と立ち尽くし、ただ少女とその両親だけは深く腰を曲げ友希を見送るのであった。
「はぁ・・はぁ・・」
一心不乱に走り続けた友希は能力の消耗も加えてかなり息が上がっていた。
(早く霊夢のもとに駆け付けないと)
初めてこの身体強化?の応用能力を使ったときのように、あまり長時間複数回使いすぎると脱水症状が現れ一旦休みにならざるを得ない。
そのことを頭に思い浮かべながら友希は再び交戦中の霊夢のもとへと戻ってきた。
「あんた早いじゃない」
「そりゃあ、早く霊夢を助けないと・・・」
「あのねぇ、博麗の巫女をなめてもらっちゃ困るのよ? この程度の雑魚、一人で十分よ」
二人して背中を合わせ敵を威嚇する。
往復してもなお霊夢と餓鬼の群れの戦いは終わっていなかったが、これは霊夢が遅いのではなく友希が頑張りすぎたのだということを友希はしっかりと理解していた。ゆえにわざわざ指摘すなんて野暮なことはしない。
「あんたこそ戦えるのかしら? いくら能力があっても十分戦えるとは限らない」
「それも問題ない!」
そう言って友希はブレスから呼び出したベルト、そして二個のアイテムを構える。
『タドルクエスト!』
一方は以前も使用経験のあるロールプレイングゲーム、タドルクエスト。しかしもう一方は出来立てほやほやの新顔だ。
『ドレミファビート!』
軽快な音楽と共に友希の後ろにディスプレイが二つ展開される。
そのうちの一つから黄色い小型ロボットが姿を現し、二人を取り囲む餓鬼たちにけん制を仕掛けていく。
「なるほど、あんたにはまだ珍妙な力があったんだったわね」
「おうよ!」
いくら気概があるとはいえ、さすがに二回連続の能力の行使は前例がないゆえ不安である。それを考えると新作のテストも踏まえてここでライダーの力を使うのが最も安全で、かつ効率的なことは容易に考えが至ったのだ。
勢いよくゲーマドライバーのスロットに二本差し込み一気にレバーを解放。そして叫ぶ!
「変身!」
『ガッチャーン! レベルアップ!』
決意を新たにして叫ぶ「変身」は今までのものとは覇気が違った。それは友希の感情の表れかもしれない。もう二度と同じ過ちは繰り返さんとするその心の・・・。
辺りを照らしながら徐々に友希の身体も変貌を遂げてゆく。
『タドルメグル! タドルメグル! タドルクエスト! アガッチャ! ド・ド・ドレミファ・ソ・ラ・シ・ド! OK! ドレミファビート!』
ノリノリな音声と共に黄色いロボット、ビートゲーマが友希の頭からかぶりつき、変形して、上半身のアーマーとなってゆく。
ベースは仮面ライダーブレイブの素体だが、その上から頭部には黄色いメットと薄い桃色をしたバイザー、同じく黄色の胸アーマーと左肩には二対のスピーカーが。そして右腕にはDJが使うようなターンテーブルが装備されている。
一見戦いに向いていないような見た目のこの戦士。剣と魔法に音色の力を併せ持つ、気鋭のエンターテイナー兼バトラー! 戦場と言う名のフロアを沸かす! 仮面ライダーブレイブ ビートクエストゲーマー レベル3!
「まーた変なのが来たわねぇ。足は引っ張らないでちょうだいよ!」
「そのつもりだ!」
友希の変身を見届けた後再び気持ちを入れなおす。とはいえ友希も霊夢も、これ以上この戦いを長引かせるつもりはなかった。
差し込んだばかりのドレミファビートガシャットを抜き取り、腰のキメワザスロットに差し込む友希。
霊夢は友希の行動には目もくれず空中から華麗に攻撃を仕掛けてゆく。
「はぁっ!」
すると友希の肩にあるスピーカーから音符のような形の泡が次々と飛び出し、餓鬼の周りをふよふよと取り囲んでゆく。
餓鬼の一人がその音符に飛び掛かると音階の「レ」の音を立てながら軽くはじけ飛んでしまったではないか。
「霊夢! リズムに合わせて音符と同時に餓鬼を攻撃しろ! ここら一帯はすでにゲームフィールドだからお前でも能力にあやかれるはずだ!」
「ええ⁉」
次の瞬間、スピーカーから音符と同時にテクノ音声のようなサイバーな楽曲が響きだした。
「はっ! ほっ! ていっ!」
友希は手慣れた様子で音符をはじきつつ餓鬼に攻撃を連続で繰り出してゆく。
何を隠そうこれこそがドレミファビートの能力。攻撃に合わせてタイミングよくリズムを刻むことでどんどんと攻撃によるダメージが増加していくのだ! 最大ダメージ倍率はなんと四倍!
とはいえ友希はリズムゲームの経験はほとんどない。なので今回の難易度は簡単に設定されている。それも頭にかぶっているメットの効果で自動的に難易度調整がされるのだ。
さすがと言うべきか。霊夢は幻想郷の守護者たる所以を遺憾なく発揮し、戦闘経験とセンスですぐにこの特異な状況に適応し、弾幕を交えてうまく音符をはじいている。
「ギャアッ!」
以前は苦労した餓鬼の強固な背中の皮膚だが、今回は攻撃力がどんどん増していっているため段々と攻撃が通るようになっていた。
「もうそろそろ決めるか!」
「なんであんたが仕切ってんのよ!」
「あ、いや、そういうわけじゃ・・」
なんだかんだ言って霊夢は友希のもとへと降り立ち攻撃の体制を整える。
「こいつら全員一か所に集めなさい。そうすれば最後は私が決めるわ」
「よし!」
友希はスロットに手をやりボタンを素早く二度押しする。
『キメワザ! ドレミファ クリティカルストライク!』
「はぁっ!」
必殺技の名前と共に現れたのは、音符とそれを並べる五本の線。それが大きく餓鬼たちを取り囲み、徐々に徐々に小さく絞られてゆく。
めいっぱい縮んだ線に縛られた餓鬼の群れにはバチバチとダメージが蓄積されていく。
そしてお祓い棒を構えて力をためていた霊夢による渾身の一撃がそこに加わるのだ。
「あんたたち程度に、霊符はもったいないわ」
最後に、二人の気合と力が最高潮となったその時、強力な勝利のビートが放たれる!
「うおおおおおお!」
『夢符 封魔陣』!
その瞬間あたり一面は光の渦に飲み込まれ、大きな音と共に爆発が巻き起こった。
辺りに転がっているのは痛手を負い気絶した餓鬼、占めて五十体ほどはいるだろうか。
友希は近くにあった大きな岩に腰掛け変身とそれ以前による疲労の蓄積を回復していた。
一方で霊夢はケロッとしており、あたかも何もなかったかのように友希に話しかける。
「それで、あんたちゃんとあの子を届けられたんでしょうね?」
「それはもちろん」
「じゃあ今日はこれでお開きね」
霊夢は基本的に働くのが面倒なようなので、今回も動かさせられたことに対して皮肉を込めた言い方で返して見せた。
「あ、ちょっと待って。ここから迷いの竹林ってどう行ったらいいんだ?」
そそくさと帰ろうとする霊夢を引き留め、つかぬ事を聞く友希。
「ここからなら道なりにまっすぐ進めばいずれ着くわよ。何? 永遠亭に用があったの?」
「まぁ、そんなところ」
「あとそうだ。あんたその戦士の力だけど・・・」
友希は一瞬だけドキッとした。
きっとこの話題はこれからも友希の戒めとなり、消えることはないのだろう。
「あんまり使いすぎるんじゃないわよ」
「・・・ああ、もうむやみやたらとは使わない。これからはこの力に頼るんじゃなくて俺自身も強くならなきゃダメだろうし」
霊夢は興味が薄そうに「ふうん」と鼻で反応するとすぐに友希に背を向け、おそらく博麗神社の方角へと飛んでいくのであった。
このやり取りだけ見れば霊夢はかなりたんぱくな性格だと感じるかもしれない。
しかし友希は薄々気が付いていた。
以前博麗の巫女の本業は博麗大結界の維持と異変の解決にあるということをレミリアの武勇伝の中から知識として得ていたのだが、それから考えると霊夢がわざわざ今回のような事件に顔を出す必要はないはずなのだ。
もっと言えば、人間と人ならざる者の間には互いに過度に干渉はしないという暗黙の了解が存在することも知っている。つまり、霊夢は動かなくてもいいにもかかわらずあの少女のために餓鬼たちの食事を邪魔したわけである。
もっとも友希の妖怪の邪魔はたくさんしてきたわけだが、それは正義と言う建前で自らの力を誇示していただけであった。
ただ霊夢はなんだかんだ言って誰かが虐げられていることが見過ごせないのだろう、と友希は考えてつい口元が緩んでしまう。
また考え事をしているうちに迷いの竹林の入り口、藤原妹紅のもとにいつの間にか到着していた。
今日はほとんどを考えの時間に費やしていて、あまり思い出がないと変な気分になってしまう。
友希の用事はいつ完了してもおかしくはなかったが、結局一番奥の永遠亭にまで案内してもらうことになった。
そこでとある人物を発見しゆっくりと近づく。
その人物は・・・因幡てゐ。
「・・えっと、何かなぁ?」
やはり友希に対して妙にトラウマを持っているようで、無理に笑おうとしているのがまるわかりだった。
改めて面と向かって対峙するとかなりむずがゆかったのだが、友希は意を決して自分の思いを伝えた。
「その・・、前はやりすぎた! すまん!」
「・・・え?」
予想外の言葉に固まってしまうてゐ。
「前って急いでるのを邪魔したあの日のこと? だとしたら・・、自分でいうのもなんだけどさ、お兄さんが謝るのはおかしくない?」
「えぇ?」
「いやその、あの時は私もさすがに空気読めてなかったと思うし、ちょっと笑いすぎたかなーって」
今度はこの言葉は友希にとって予想外のものだった。
まさかてゐが自分なりに負い目を感じてくれていたとは。てっきり生意気なだけの奴かと思い込んでいたのでなんだか安心した友希であった。
「そ、そうか・・・」
なんだか変な空気間になってしまった。
そんな時空気を見計らってか永遠亭の中から永琳がぬっと出てきた。
「あなた、せっかく来たのだからゆっくりしていったらどうかしら?」
質問として投げかけられた言葉のはずだが黙々とお茶の準備をしている辺り友希に拒否権はないらしい。促されるままに縁側に連れていかれお菓子を出されてしまった。
「・・・もしかしてこの餅ってお前が作ったのか?」
「・・・うん、そう」
今日のこの一件で友希は自らの過ちに気が付き、生まれた確執も一つ埋めることができた。
これは友希にとって大きな進歩となるだろう。
未だ彼の物語は始まったばかりだが、言いようのない未来への不安に一筋の光が差し込んだようで、友希の心も最後はとても穏やかとなったのであった。
第十八話 完
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。作者の『彗星のシアン』です。
今回の話ではついに友希が自身の非を知り認めることになりました。
一概に友希のどこが悪かったとは言えないとは思います。幻想郷内でも自己中心的に他を虐げる者は当然います。しかしながら友希の心はそれまでの自分を許さなかったのです。
実はちょっとだけ話としては薄かったかなぁと考えてしまっているんですよね。一話にまとめるのは少し無茶だったかなと…。
さらには今回の話を紡いでいて感じたことなのですが、自分はどうやら誰かが悪いことをしている、その事実に直面するようなシチュエーションが苦手らしいのです。そんなことではだめだとは思うので、前者の問題も踏まえて今後慎重に考えていきたいと思います。
さて次回以降、心機一転友希の新しい毎日が始まります。ここが仮面ライダー登場と同じく一つの転機になることでしょう。
次回第19話ではもう「半分」の幽霊との出会いが友希の幻想郷人生に色を付けることに!?
乞うご期待! ありがとうございました!