2・不思議の郷
あれからどれだけの時間が経っただろうか。
「ん・・・うう・・・・・」
(なんだ? 俺・・・どうなったんだ)
はるか上空に放り出され地面に叩きつけられたのだがら確実に死んだはず。
しかし友希はなぜだか生き延びており、かすかにだが意識が残っていた。
風にさらされていたせいか冷えきった体を包み込む温もり。かすかに聞こえる機械音。
朦朧としていた意識が次第にはっきりとしてきたこともあり自分の置かれた状況を確認しようと友希はゆっくりと目を開ける。
「・・・・・ここは?」
開眼し暗闇から解放されたその目に飛びこんできたのは、様々な資材が乱雑に積み重ねられた小学校の図工室のような狭い部屋だった。
木材や鉄板、六角レンチやギトギトに固まって壁に付着した油など、いかにもつい最近まで何かを試行錯誤していたような様相で、かつ部屋には独特なにおいが充満しておりあまりいい気分ではなかった。
しばらくわけもわからず部屋を見渡しているとさっきまで鳴り響ていた機械音がいつの間にかやんでおり、何者かの足音が近づいてくることに気が付いた。
「あ! やっと起きたね!」
部屋に一つしかない扉から姿を現したのは、油で汚れた水色の服とスカートを身に着け、緑色の帽子を浅くかぶり小さめのリュックサックを背負った青髪の少女。
少女の姿を見た友希はその不思議な姿にまたしてもいろいろと疑問ができてしまう友希。
しかしながらまずは最も気になることから聞いてみることにした。
「えっと、俺って・・生きてるってことでいいのか?」
「?」
いきなり訳のわからない質問をされたので目を丸くする青髪の少女。
友希にも変なことを聞いている自覚はもちろんあったが、最初に死んでからというもの不自然かつ非科学的なことが起こりすぎていて混乱が表に出てしまっていた。だが今の友希にそんなことを気にかけるほど余裕はなかったのだ。
どれだけたどたどしかったとしても一刻も早く分からないことをなくして自分の置かれている状況を整理せねばと言う意識が前のめりに働いていた。
「う~ん・・何も思い出せないってこと? つい一時間ほど前に私のこの工房の前でびしょ濡れで倒れてたんだよ?」
その言葉を聞いて咄嗟に全身に手をやる友希。
確かに友希の身に着けている制服や髪の毛は湿っていた。先ほどから感じていた妙な寒気はそのせいだったのだろう。
しかしなぜこんなに濡れていたのかは友希にもわからなかった。
一つまた一つと増えていく疑念に、友希はさすがにお手上げ状態で一旦考えることを止めてしまった。
「どう? 思い出せる?」
記憶喪失だと誤解している様子の少女に対し、友希は急いで訂正する。
「あっいや、大丈夫だから。記憶喪失とかじゃなくて、ちゃんと分かるから。俺の名前は一夜友希。えっと・・・助けてくれたんだよな? ありがとう」
「いいよいいよ気にしないで! 人間が倒れていたんだ、助けるのは当然だよ! なんたって人間は盟友だからね」
「盟友? 人間?」
確かに友希は犬でも魚でもなく人間だが、なぜ同じ人間である彼女が友希のことを人間と呼んだのだろう。若干の不自然な言い回しにもしやと予感を感じる友希。
「そうだ、君が名乗ったのに私が名乗らないなんておかしいね。私の名前は河城にとり、河童の一人にして幻想郷一の発明家さ!」
予感的中。
死神、閻魔大王ときて次は河童だ。この少女が嘘を言っているようには思えなかったし、何よりすでに目を疑う状況にいたのだから。いい加減驚くこともなくなってきた。
「えっと、にとり? その・・・気になったんだけど、幻想郷?っていうのはここの事か?」
にとりが河童であることを半ば強引に納得しつつ、一つ一つ謎を紐解いていくように質問をぶつけていく友希。
まずはおそらくこの場所のことであろう幻想郷というワードについて。
「幻想郷っていうのはこの世界のことだよ。人間だけじゃなく、私たちのように人間以外の妖怪や幽霊、神様なんかがこの幻想郷で暮らしているんだ。盟友・・友希は見たところ里の人間じゃないようだけど、外の世界から幻想入りしてきたのかい?」
「う~んと、幻想入りってのがどういう感じなのかよくわかんないけど、俺さっき空から落ちてきたと思うんだけど・・・」
「空から?」
顎に手を添えいかにも悩んでいる様子のにとり。
「そんな幻想入りの仕方聞いたことないなぁ」
この世界の住民であるにとりにわからないのならこれ以上の詮索は無駄だろう。
分からないことは未だに多かったが、とりあえずここが友希の知っている世界とは別の世界であるということと、その実態が似ても似つかない特殊な所であるということだ。
あと自分が死んでいなかいということ。
「とりあえずどうやって入ってきたのかは置いておいて、外の世界から来たなら友希は行くところがないんじゃない? あてもないんじゃ・・・?」
そういえばそうだった。
幻想入りだの妖怪だの理解の追いつかない問題より、すぐ目の前に重大な問題があることに今更気が付いてしまった。
(しまったなぁ~、住むところもないし友達もいない。完全に孤立じゃん・・・)
このことに気が付いたとたん体中から汗が吹き出して他のことに頭がいかなくなった。
そんな動揺の様子に心配したのか、見かねたにとりからとある提案が持ち掛けられるのだった。
「よかったらしばらくこのにとり工房に居候する? ちょうど今何の注文も入ってないから、その間に友希の家も作ってあげるよ!」
「え⁉ まじで⁉ いいの⁉」
思ってもみなかった願ったり叶ったりの提案につい身を乗り出し反応してしまう友希。
「っていうかにとり、家が作れるのかよ⁉」
「若干の鉄感は否めないだろうけど、善処するよ。何か要望があれば聞くけど?」
あまりにも屈託のない笑顔で友希に対して尽くそうとしてくれるにとりについ感謝が溢れて泣きそうになってしまったが、すぐに当たり前の疑問が頭に浮かび我に返る。
「なぁ、何でにとりは初対面の俺にそこまでしてくれるんだ?」
その疑問に対し、にとりは何の迷いもなく返答する。
「盟友だからだよ」
「さっきから言ってるその盟友ってのは?」
「私たち河童と人間たちのつながりは古くてね。もともと河童は人間に対してからかうような態度をとっていたらしいけど、襲ったりはしなかった。それが功を奏してか、両者は互いに助け合い平和に暮らしていたそうだよ。今では河童のことをあまりよくない風に思ってる人間が少なからずいるみたいだけど、私はそんな昔からの『盟友』たちとこれからも仲良くしていきたいって思ってるんだ! お得意様もいるんだよ?」
友希はこのにとりという少女のことを何一つ知らない。だがこれだけは言うことができる。
「・・・にとり。お前、めちゃくちゃいいやつだな! ありがとう!」
「えへへ♪ そういわれると、恥ずかしいよ」
「いや、本当に! え~と外の世界だっけ? そこにいたときにはそんな優しいこと言ってるやつなんてほとんどいなかったもん!」
と言っても、小学校や中学校しか経験したことのない子供の未熟な人生観に過ぎないが。
「もしよかったら、幻想郷中を案内してあげようか?」
「まじで⁉ ありがとうー! 友達作らないとって思ってたんだよ!」
友希の心からのお世辞に気をよくしたのか、願ったり叶ったりの提案をしてくれるにとり。
「だよね! よし。そうと決まればさっそく外に出よう!」
「うぇ⁉」
善良な少女の慈悲に感じたことのないほどの感動に打ちひしがれる友希だったが、感情が高揚していたのはにとりも同じであった。
強引に腕を引いて勢いのままに廊下を抜けて扉を開け、友希を工房の外へつれだしたにとり。その瞬間、今まで友希の頭の中に居座り続けていた混乱と疑問が、まるで大雨の後の快晴のように一気に晴れていった。
「・・・綺麗」
最初に出てきた第一声がそれだ。
芸術や絶景には触れてこず疎いのでよくわからない友希だが、目の前に広がる風景には何とも形容しがたい美しさがあることは直感で理解することができた。空気も心なしかおいしく感じるのだ。
真っ青に染まった空に巨大な入道雲が一つ。じりじりと照り付ける太陽によって川や砂利原に陽炎が生まれており、いかにも夏といった印象を受ける。
周りには木々が生い茂っており、かなり広範囲にわたって森が広がっているよう。さらにその先には、そびえたつ巨大な岩山が顔をのぞかせており、まるでフィクションの世界に迷い込んだようなそんな感覚を覚えた。
「どう? なかなかきれいでしょ? 幻想郷って」
「ああ、さすが幻想って名がついてるだけはあるな~」
「特にここら一帯は空気も澄んでいるし静かで、河童には必要不可欠な川も近くにあるから気に入ってるんだ」
確かにここらへんは、鳥のさえずりや川のせせらぎ音など自然の音がしているだけで、心地のいい静けさで満ちている。
「それと、さっきも言ったけど私が河童であるように、この幻想郷には人間以外にも妖怪や亡霊、妖精や神様なんかが暮らしているんだ。だから一人で出歩くのはお勧めしないよ」
「ん~、でも河童って言っても俺からじゃ同じ人間にしか見えないんだけど・・・。髪色以外は」
「まあ、恐い容姿をしているものもいるけど心配はしなくてもいいと思うよ。というか人間みたいな恰好しているものもかなり多いんだけどね。力を持つものは大概がそう」
友希もさすがに落ち着いてきたようで、近くの川沿いを歩きながら会話を進めていく。
「とりあえずはこの目で見てみないことにはにわかには信じられないな」
「だよね。外の世界には妖怪とかはいないんだよね?」
「行ったことないのか?」
「うん。実は幻想郷には特殊かつ巨大な結界が張ってあってね、物や電波とかは大丈夫だけど生き物は自由に出入りできないようになっているんだよ」
友希はふと青空を見上げるが特にそれらしいものはなく、「はぁ」と抜けた声が漏れた。
「出入りするにはある妖怪に頼まないといけないんだけど、神出鬼没だから基本出るのは難しいね。入ってくるにはもう一つ方法があって、外の世界で誰の記憶にも残らないこと、つまり外の世界で忘れられたものは幻想郷に入ることができるんだ」
「・・・なんか嫌だな」
「まあね~。私は生まれた時から幻想郷にいたけど、そもそも妖怪なんて忘れられた種族が反映してできた幻想郷みたいな感じだからそこまで悪い気分じゃないよ。今でも十分楽しいしね」
「・・・・・」
小町が言っていた覚悟の意味が少しずつだが分かってきた気がしていた。
おそらくだが、神はもちろんのこととして妖怪も亡霊も人間にはない強さや力を持っているはずだ。大体のフィクションはそうだ。ただしこれはノンフィクションだが。
その証拠に、先ほどにとりに強引に連れ出されたときに感じた強い引きは、並みの成人男性のそれを超えていたように感じた。ので、自分を含めた人間という種族はあまり繁栄していないんじゃないかとか、そもそも人間は存在しているのかとか、そんな予感が頭をよぎる。
それに、幻想郷というある種結界で隔離された世界で自分にいったい何ができるだろうか。
今の自分の手持ちは何もない。お金も一文無しだ。実質のサバイバルだが、生き抜く覚悟ということだろうか。
そんなことを考えて歩いていると、友希はふと肝心なことに気づいた。
「なぁにとり。俺たち今どこに向かってるんだ? すでに結構歩いてる気がするんだけど」
「うん。とりあえずまずは幻想郷の守護者に挨拶しに博麗神社に行こうと思うんだ。やっぱり幻想郷に住み着くうえで彼女を知っておくのは必要だと思うし。・・・なんか住み着くって動物みたいだね、撤回するよ」
「・・・いや、別にいい」
始まりはどうであれ、自分が望んだことなのだからもう引き返せるわけもなく、この不思議な世界での新たな人生の始まりに良くも悪くも胸が躍っていた。
もちろん外の世界での死があまりにもあっけなく、幽霊になれたままなら確実に怨霊と化すレベルで未練と不消化が募ってもいたが。
俺は今日という日をきっと忘れはしないだろう。そんなことをふと思いながら着実に歩を進める。
眼前にそびえる長い階段のある丘をその目に据えながら・・・・・。
第二話 完