「はい。お茶入れてきましたよ~」
「ああ、ありがとう」
時はもう少しでお昼時になろうかといった頃。
寺の外周を取り巻く廊下に腰掛けて、ボーっと正門の方を見つめていた。
2回の激しい運動を経て心身が疲弊した友希は、船長こと水兵服姿の幽霊 村紗水蜜の淹れたお茶を受け取り一息つこうとしていた。
今現在この命蓮寺の敷地内には友希と村紗しかおらず、他の妖怪たちは皆帰路に着いたり悩みから解放されて軽くなった心で新たな一歩を踏み出したりと、それぞれ思い思いの行動に移し門をくぐって行った。
そして住職含む他の命蓮寺の面々は、今日の昼食の買い出し兼布教活動をしに人里へと乗り出していったのである。
友希はあくまでも客人であり、もてなされる側なので待っていてほしいとのこと。村紗はそんな客人友希に万が一があるかもしれないと残された、いわばボディガードらしい。
もともと今日を含めた2日間この命蓮寺にお世話になる予定だったので、待っていることは別になんら突拍子のないことではない。
ボディーガードが必要だと思われたのも、幻想郷では何が起こるか分かったもんじゃないからであり、外の世界の尺度ではあまり考え至らない発想ではある。とはいえ先ほどライダーに変身して戦闘を繰り広げたというのに心配とは、信用されていないのか潜む妖怪のレベルが異常なのか・・・。
「あー、丁度いい温度」
「そうでしょう。最近肌寒くなってきたましたからねぇ」
「そういう割には随分薄着じゃないか?」
先ほど紹介したように村紗は水兵の服を身に着けており、半そで半パンといういかにも海に出ようかといった肌寒そうな格好をしているのである。
そしてこの時期になると誰しもが一度は村紗の服装と体調に対して指摘を入れるのだという。
「でも心配ご無用! 私、すでに死んでるので!」
見た目から村紗は屠自古のように足がないタイプではなく足のある幽々子タイプの幽霊らしく、ぱっと見では普通の人間と判別がつかない。なのでさらっと死んでいると言われたら余計に実感がわかない。でも幻想郷に幽霊はいるし、実際に接したこともある。
以前訪問した白玉楼でも、その周囲を浮遊徘徊する複数の霊魂をすでに目撃している。
寒い・熱いは生に関する環境的触覚なので、すでに死している村紗には感じないというこということなのだろう。そう友希は自分を納得させて「そうか」と生返事を返した。
「いやーそれにしても、貴方のような若者が自分の身を鍛えようと考えているなんて立派なことで感心します。何より命蓮寺を頼ってくれたことがうれしいなぁ」
「行ってみたら?って進められて。ある程度自分の身は自分で守れるようになりたいと思ってな。でも、そうだな。心も鍛えないといけないもんな。ここがそういう場所とは想像してなかったな。」
「命蓮寺は、聖様は信用できますよ!」
この場所で一夜を過ごしてみてわかったことは、命蓮寺にいる人たちはここの住職である聖白蓮をとても慕っているということだ。
何かあれば聖に聞けば解決すると誰しもがまず聖白蓮の名を口にするのだ。
彼女たちの間にいったい何があったのかは友希には知る由もなかったし、引っかかってはいたものの聞いてみようという気にはならなかった。ただ聖白蓮がかなりの人徳者であることは明白である。
思えば紅魔館も地霊殿も高い結束力と主を敬愛する心は持ち合わせていた。他も同じである。
「そうだ! この勢いで、貴方も仏教信じてみませんか?」
「いくら何でもノリが軽すぎるだろ⁉ そういうのはいいや。クリスマスも楽しみたいし、お正月も祝いたいし、美鈴さんの餃子も食べたい」
クリスマスはキリストの行事で間違いないが、お正月自体はどこの宗教でも祝うし中華が食べられなくなるわけはない。詳しくはもっと細かな分け方を必要とする。
いずれにせよ友希は自由でありたかった。許される限り信じたいものを信じやりたいことをやりたい、ただそれだけなのである。
「なんていうか、外の世界の・・・と言うより日本っていう国はいささか宗教について怖いものとか危険なものって意識があるんだと思う。実際俺もあんまり良いイメージはない」
「そうなんですね・・・。幻想郷じゃ少なくとも里に住んでる人間たちは宗教を大切にしてる。私たちのほかにも自分たちの宗教を持って広めようとしている派閥もいるし、みんなある一定数の信者さんはいるから、それは世界による風土の違いってことで詰め寄らない方がいいかもしれませんね。もとより強制する必要はないし、強制されるなんてもってのほかですから」
「そうだな」
命蓮寺のことを聞いた以前から、友希は密かに不安を抱いていた。
それはさっきも述べたように、国民性からくる特有の恐怖心による不安。さらにそのうえで、幻想郷が外の世界のように現実味に侵されたようなつまらない所ではなく、美しく面白味のある所であってほしいという身勝手な願いも含まれていた。
しかし友希は村紗の思いを聞いて安心した。聞いただけだが、この世界では宗教があるべき姿を保っているような気がしたから。
「うーん、どうも話が途切れちゃいますね。そうだ! 何か聞きたいこととかありませんか? まだ幻想郷のことを知らないことも多いだろうし、私が分かることならなんでも答えますよ。」
この村紗という少女、かなり周りに気配りができる。それでもってとてつもなく気さくだ。
友希も感じていたが言い出せないでいたことを代わりに口にしてくれた。
そしてそれがうれしかった友希は村紗の提案に嬉々として乗ることにした。
「そういえば、一回目の勝負が無効になったのっていまいちよく理解できてないんだけど、どういうことだったんだ?」
理由については軽く釈明を受けていた友希だったが、正直分かったようなそうでないようなうやむやな気分でいたのだ。
この二日間で聖からは何度も色々なことについて説明されたのだが、どうにも難しい言葉が多くて理解はできていない。おかげで体や心だけでなく学力についても鍛えなくてはいけないと、また増えた課題に頭を抱えてしまった。
「ああー、あれね。あれはね、星が持っていた宝塔っていう神具が理解のカギです」
「それってあの、水晶玉に変な傘みたいなのが乗ってた、ネズミの妖怪が渡してた置物みたいなやつのこと?」
「そうそう、簡単に言うとあれは星の力の源なんですよ。最初貴方に勝負を提案した時、星は宝塔をなくしていたことに気づいていなかった。だから初めのうちは貴方でも圧倒できたわけです」
あの時を思い出すと、声色に表情も相まって星がへっぴり腰だったこともあり、端から見れば完全に弱い者いじめのようだったと友希は顔に手をやった。
「ああなった星は本人とは思えないくらい弱体化してしまって、正直なところ妖精にも苦労するかも。でもナズーリンが宝塔を見つけてきて、それが星の手に渡ったときから急に強くなったでしょう? あれこそが宝塔を持った星の真の力なんですよ」
それがないと力が発揮できないなんて、それはもはや彼女の力と言えるのだろうか?
「確かにあれはヤバかった。全然手も足も出なかったもん」
友希の世辞にまるで自分のことのように嬉し顔でうなずく村紗。
「ナズーリンと言えばさ、あの手に持ってる鉄の棒は何なの?」
「あれはダウジングロッドていうもので」
「ああ、ダウジングね! あの宝探しの時に使うやつでしょ!」
「そうですそうです!」
ダウジングと言うのは主に曲がった二本の金属の棒を用いて金やお宝を発見する捜索方法の一つであり、友希自身ももはや忘れていたほどに古いものである。
もちろんそれに科学的な根拠は何もない不確定性の高い方法であり、ある種の都市伝説的な扱いをうけるものなので外の世界ではすでに信じる者はいない・・・はずである。
「てことはもしかして、ナズーリンできるの? ダウジング・・・」
「うん、いつもしてるねぇ、ダウジング。よくわかんないけど、できてるんですよねぇ、ダウジング」
幻想郷にいることがだんだん頭にしみついてきた友希には、そりゃあそうだろうと。、こは幻想郷だからできるのが普通なんでしょうと、何だか普通に自らを納得させることができたのであった。
「そういえばみんな遅いなあ。もうそろそろ帰ってきてもおかしくないはずなのに」
「布教とかもしてるんだろ? これくらいかかるんじゃないのか?」
命蓮寺は人里よりも妖怪の山に近い場所にあるとはいえ、そこまで人里から離れているわけでもない。
往復に何か苦労があったとしても魔法やら宝塔やらでどうにでもできるはずである。
それを考えると少し遅いようにも感じられた。
「まぁいいや、私は少しの間席を外します。墓地の掃除をしなくてはいけないので」
「手伝おうか?」
「お気遣いありがとうございま。、ですが客人を働かせるなんて聖に怒られてしまいます」
そう言ってそそくさと社内に消えていく村紗。
友希はその背中を見送り、話に夢中で残っていた緑茶をこれ以上冷めぬようにと一気に飲み干した。
「ん・・・、んん・・?」
香ばしい魅惑の香に脳を刺激され、何一つ見えない暗闇の中から徐々に覚醒してゆく。
「ああ、寝てたのか・・・」
確認するようにつぶやいた友希は、おもむろにだらしなく垂らしたよだれを裾でぬぐう。
そして誰もこの場に見えないことをいいことに大きく口を開け、弱々しい声と共にあくびを放った。
「・・・今何時?」
友希のその言葉に呼応するように、しゃあしゃあと音を立てながら謎の蛇の型をした機械生命体が手元へとすり寄って、次の瞬間二つ折りの小型端末へと変形を遂げた。
この水色の生命体の名は『コブラケータイ』。毒を持つ爬虫類であるコブラと一昔前の携帯端末であるガラパゴス携帯、単体で二つの機能を備えた仮面ライダースペクターが主に使用するサポートロボットである。
いつもにとりと連絡を取る際はこのコブラケータイを介している。そのほうが基本連絡は文でとる幻想郷において各段に効率がいいのだ。
そんなケータイを開き、画面に表示された現在時刻を確認する。
「もう十二時半すぎてる」
実は先ほど無意識で無人だと思ってしまった友希だったが、改めて辺りを見渡すと本当に誰の姿も見当たらない。村紗すら見えないし気配もない。
ただ不気味なまでの静けさだけが命蓮寺を支配していたのだ。
「どういうことだ? みんなは?」
昼食を買いに行ったはずの住職一行がまだ帰宅していないのも気がかりだったが、友希にはもう一つ気になることがあった。
「この匂い・・・」
先ほど心地よく夢の世界へと落ちていた友希を引き戻した何かの料理の香りだ。
誰もいないと感じつつも誰かが料理をしているとしか思えないこの香ばしい匂いがそこにはあったのだ。
「腹へったなぁ」
ふと周りを散策しようと動き出そうとしたその瞬間だった。
ベチャッ
「ん・・?」
木製の廊下に手を置いたにしてはどうにもおかしい感触が友希の右手を包んだ。
「これは・・・カレー・・?」
なめらかな茶色の液体に黄色橙色と食欲をそそる食材の数々。
友希の右手に、廊下に付着したそれは、紛れもなくインド発祥の香辛料香る料理、カレーである。
しかしなぜこんなものがこんなところに?
それだけではない。ここは仏教徒が心身を鍛えその教えを学ぶお寺だ。そのうえ仏教では無益な殺生を禁じるため、極力質素な料理を食することが基本となっている。であるのにも関わらず何故にカレー。
インドと言えば仏教の中心地でもあるが、だとしても日本や幻想郷で流行っているものとは一線を画するはず。
この不気味な状況に嫌な予感を感じた友希は、その緊張のおかげで背後から何かが飛んできていたことにすぐに気づくことができた。
「・・・っ!」
ガシャガシャと耳をつんざくような金属音を立て床や障子に叩きつけられたそれは、一見何の変哲もない調理器具や食器であった。
中には何かの料理が入っていたものもあり、すべてが無残にもぶちまけられて綺麗だった和室が非常に最悪な絵面と化してしまった。
(何が起こっているんだ? 何が起きているのかは分からないけど、何かおかしなことが起きているのは確かだ)
この状況をどう聖に報告しようか、どうして食器が飛んできたのか、分からないことだらけでどうしようもなく混乱する友希。
そんな隙をついてか再び不規則に投げつけられた金物どもに、友希は気づくことができなかった。
「危ない!」
「えっ⁉」
金物から友希を救ったのは墓地の清掃から異変を感じて戻ってきた村紗だった。
「村紗ぁ!」
「しっかり! まさか正門側でこんなことになっていたなんて・・・。いくら水と言えどあんな大砲のような激流を食らっては、ひとたまりもないですよ!」
「ん? 今なんて?」
村紗との会話にどこか違和感が感じられる。
「いや水って、鍋とか皿とかが・・・」
村紗の間違いを正そうと石畳の方を見たとき、そこで初めて今起こっている奇妙な出来事をはっきりと確認することができた。
辺り一面の空中に所狭しと浮遊する鉄鍋や食器の数々。それだけではなく箸や串、お玉やへらなど調理に使用する台所品が友希たちの方をすでにロックオンしていたのだ。
この状況にもかなりの衝撃を受けた友希だったが、それにしてもまだ村紗の発言とはつじつまが合わない。
「これって・・ポルターガイストか⁉」
「いやいや、違います⁉ まさか見えないのですか、この天変地異のような荒れ狂う大波が‼」
「はあ⁉ 何言って・・・!」
友希と村紗、二人の言い分には明らかな違いがみられる。
(まさか、見えてるものが違うのか⁉)
友希の思考は信じがたい事実にたどり着いたのだが、どうやら状況を冷静に整理するような悠長なことは言っていられないようだった。
「来るよ!」
「くそっ!」
どうすればよいかは全く分からなかったがとりあえずこれ以上本堂を汚すわけにはいかないと考えた友希は、思い切って食器うごめく広場へと駆け出していく。
「あれ、意外と浅い⁉」
そんな友希を見て相変わらずおかしなことを言う村紗は、友希が反応をあきらめたので勝手に驚き勝手に納得している。
特にこの状況を打開する手立ては考えていなかった友希だったが、浮遊する食器たちが移動する友希を追うようにして飛び掛かってくるのを見てどこかに原因となっている存在がいるのではないかと直感的に感じた。
しかしながらいくら周りを見渡してもそれらしい存在は見当たらず、ただ弾幕と化した食器に翻弄されるばかりであった。
「こうしちゃいられない! 船を出そう!」
「え⁉ いや、船なんか出さなくてもいいって! ていうか出せないって!」
鋭いツッコミのような忠告をする友希がまるで見えていないかのようにスルーして奥の間に消えていった村紗。
「ああ、もう! どうするんだよこれぇ!」
訳の分からない状況と言うことを聞かない村紗にいら立ちを隠しきれず大声をだす友希。
虚しくも辺りにこだまして消えるだけの糾弾に他の人たちの帰りを切望する。
とここで、友希はまたしてもふとあることに違和感を覚えた。
(そういえば当たり前のように感じていたけど、ポルターガイストにしては弾幕みたいに綺麗にそろいすぎてるような)
幻想郷における弾幕とは弾幕ルールの下で行われる勝負において使用されるものであり、弾幕勝負とは単に当たった当たってないだけではなく実はその美しさも得点のうちに入っているらしい。
ゆえに弾幕勝負をしているならまだしも、霊的現象であるポルターガイストが美しさを持つ意味が分からないというのである。
友希の考えどうりまるで規則的な渦を巻くように鍋や皿が回って、友希へと接近してきているのだ。
「となると、やっぱりどこかに・・・」
弾幕として操っている奴がいる。
かなり単純な事実に行きついたが、何もわからないよりかは進展したようで友希は希望を感じた。
とはいえこの状況を打開する手立てがすぐに思いつくわけでもなく、弾幕の手ごわさにも手を焼いてしまうのだった。
そうやって頭を悩ませながら体を動かしていたせいか、こんな時になにも食べていなかった友希のお腹がしびれを切らし催促の重低音が鳴り響いた。
「ああ、もう! お腹すいたし・・・!」
どうすることもできずただ狼狽え無様にもお腹を鳴らしている自分に情けなささえ込み上げてきた友希だったが、この状況に焦らされてかいつもより頭の回転が速くなっているようで、ここで新たな手掛かりにたどり着くことになった。
(・・・そういえば、なんで鍋に料理が入ってるんだ?)
普段の生活では全然気になることではないが、こと今の状況においては確かにおかしいかもしれない。
実は浮遊している数々の鍋や食器には全て調理済みの料理が盛り付けられていた。
それが友希にめがけて次々と投げつけられていたのですでに辺りは料理でベチャベチャになっている。
しかしそれだけでは何にもつながらないが、友希はそこから村紗の様子に思考を飛ばしてみる。
(村紗は確か大海原がどうとかって言ってた・・・。それは、船長だから?)
ここでついに友希は違和感の正体に、この状況の打開につながる一手をつかみ取る!
(そういえば、この地面に落ちている料理はチキン南蛮だ。こっちはアメリカンドッグ。これって幻想郷にあるものなのか? もし仮に外の世界で独自に作られた料理だとして、そうなるとこのポルターガイストは、見ている人物の求めているものが反映されるのか⁉)
このような事実は普通に考えれば信じがたいものなのだが、ここ幻想郷においてはこのようにマンガのような展開が当然のごとく行われ、友希もすでに何度か現実離れした状況を体験していたからこそこの考えに到達することができたのだ。
「そうと分かれば・・・」
そういってまずは自身を狙う弾幕を先に対処するため、ブレスを通じてあるものを呼び出す。
『ゼンリンシューター!』
実は友希の右手首に身に着けたブレスレットは変身ベルトだけでなく武器を単体で呼び出すこともできるのだ。
そして友希が呼び出したのはタイヤを模した形状のものがついた特殊な武器「ゼンリンシューター」と、バイクの形をした真っ青な小型アイテム「シグナルカクサーン」。どちらもまだ見ぬバイクモチーフの超音速ライダー 仮面ライダーマッハの使用するアイテムである。
『ヒッサツ!』
青のシグナルバイクをシューターのスロットに装填し、どんどんと銃口にエネルギーがためられてゆく。
しかし当然のことながら意思のない弾幕にはヒーローお約束の相手を待つということは理解できない。ゆえに容赦なく溜めのスキを狙うように友希に突撃してくる。
「くらえ!」
『フルスロットル!』
自身を仕留めんとする弾幕と化した食器や器具が身にあたる前に上空めがけてトリガーを引くことで青く光る銃弾が射出。そしてその弾が空中で制止した次の瞬間、一気にはじけ飛んで無数の銃弾が雨のように隊列をなす弾幕一つ一つに直撃していく。
それによってさっきまで空中でうごめいていた食器具たちが一斉に地面へと撃ち落とされ、辺りは食べ物だらけになったがその代わりに空中はいつものように非常にすっきりとした。
「あれ、穏やかになってる・・・」
どこに隠していたのか村紗は簡易な木船を引っ張り出して舞い戻ってきたのだが、友希が弾幕を落としたことで村紗に見えていた荒れ狂う海原と激しい水しぶきも姿を消し凪へと移り変わったようで、意気消沈を隠しきれず肩を落としている。
そんな村紗を差し置いて、友希は弾幕がなくなったこの一瞬をついてこの二日間で住職より学んだすぐにできる瞑想のやり方を静かに実行に移す。
目をつむり心はできるだけ無心に。鼻から息を吸い口から吐くに繰り返し。体中に張り詰めた力を解き放つように抜いていく。
まだまだ完全には程遠いが、今ここで大事なのは自らの心を可能な限り制御することである。
見えていた弾幕が全て自分の望むもの、すなわち欲によって変形するのであれば、この状況と仏教は相性がいいと言えるのかもしれない。
「・・・」
友希はゆっくりとまぶたを開いてゆく。
何かこの状況を打開する何かが起きてほしいと願いそうになるが、これもある意味では欲望である。ことこの状況においてはあまり考えすぎるとかえって何が起きるか分かったものではない。
ただひたすらに無心を意識しながら(矛盾しているが)、完全に開眼しスッと辺りを見渡してみる。
弾幕はすでに撃ち落としてあるのでないのは当たり前なのだが、ひとまずは新たに湧いてきていないことに安堵する友希。
ただそれだけでは何も変わらない。他の手がかりや異変を見つけるべくゆっくりと見まわしていたそのとき、友希は何者かの気配を感じた。
「・・・! 今、誰かいたか⁉」
ほんの一瞬だが何かが横切った・・・ような気がした。
だがそれはまるで幻のように周囲の光景に溶け込み消えてしまったのだった。
しかしその不可解な正体不明の認知により今回のこの状況の容疑者は決まったも同然だった。
ならばここからどうするか?
「変身!」
友希の考えはすでに決まっていた。それを見越してのゼンリンシューターとシグナルカクサーンだった。
『シグナルバイク! ライダー! マッハ!』
見たこともない別のベルトに同様にバイクの形状をした白いシグナルバイクを装填し、友希の身体が装甲と車輪に包まれていく。
「追跡! 撲滅! いずれも、マッハ! 仮面ライダーマッハ‼」
「・・・何してるの?」
かっこよくセリフと共にキメポーズを決める友希。
しかしそれが何が何だかさっぱりで呆然とする村紗。
純白の身体に映える赤いライン。顔に装着されたバイザーからは青く輝く複眼がのぞく。この姿こそがゼンリンシューターの正式な使い手でありバイクの力で戦う、いわばライダー! 音速を超え、追跡、そして撲滅! 高速戦士 仮面ライダーマッハである!
「からの~」
友希の手にはまた別の黄色いシグナルバイクが。
『シグナルバイク! シグナルコウカン! トマーレ!』
先ほどと同様の操作でベルトに装填すると、右胸のあたりに装着された小型タイヤの部分に外の世界でいう「止まれの標識」が印字された。
このようにマッハはシグナルバイクの力で標識を切り替えて戦うことが持ち味でもあるのだ。
そして今はシグナルトマーレを使用した絶対停止の司令官、仮面ライダーマッハ トマーレである。
『ヒッサツ! フルスロットル!』
再び天に向けてカクサーンの装填されたシューターを掲げ銃弾を打ち出す!
そして今度は弾がはじける前にベルト天面のボタンを勢いに任せて連打・連打・連打!
『今すぐ! トマーレ!』
ベルトからの命令が発せられたと同時に上空の銃弾がはじけ飛び、先ほどと同じように辺り一面に光弾の雨が降り注ぐ!
しかし全く同じ手を使っても意味はない。もちろんベルトのボタン連打による効果を期待した、先ほどとは違うものがこの事態を終わらせるカギとなってくれるのだ。
「これは⁉」
神社の中から見渡す村紗は、目の前の不思議な光景に思わず驚きの言葉を漏らす。
それもそのはず、地面に落ちた無数の光弾はその場で地中に目に見えて溶けていくようにじんわりと消え、命蓮寺の境内が黄色の網目模様に染め上がっていくのだから。
「これならもう・・・」
友希の考えは見事に成功した。
トマーレの力はその名の通り対象の動きを完全に封じてしまうこと。先ほどの連打はベルトに装填されたシグナルバイクの力を増幅させるための行為であり、それによってより強力かつ広範囲なバインドを仕掛けることができるようになったのだ。
そのおかげでたとえ地面に接していなく空中を飛んでいたとしても、カクサーンの力でこの空間一帯にトマーレの力を拡散させることができた。
そしてすでに成果は友希と村紗の目にはっきりと映し出されていた。
「ううっ・・、動けない・・・⁉」
そこには空中で制止する黒髪少女の存在があった。
いったいどんな奴が幻影なんてものを使用しているのかと思ったら、割と普通な子供が出てきたのではっきり言って拍子抜けだった。
だがその背には随分と奇妙な形状をした赤と青の羽?のようなものが生えているのでおそらく人間ではないのだろう。
「ああっ! ぬえ!」
「え⁉ 知り合いか⁉」
知っているのならなぜ思い出せなかったのか。今日あまり役に立っていなかった村紗に対しどうしようもない気持ちになった。
「あ~あ、見つかっちゃった。もう、何なんなのよこれぇ!」
いかにも悔しがっていそうなセリフを吐く黒い少女だが、その表情と態度からは反省の色はうかがえない。
「悔しいのは私も。何故わからなかったんでしょうか?」
「おっ! それは私の能力に深くまで侵されていた証拠ね。疲れてたんじゃないの?」
ぬえと呼ばれるこの少女の能力とは、先ほどから見せられていた幻影のことだろうか。
「んで、こいつは?」
しびれを切らした友希は話に割り込む形で正体に迫る。
「彼女は封獣ぬえ。私たちはずっと彼女の『正体を分からなくする程度の能力』にまんまと惑わされていたわけです」
「正体を・・分からなくするぅ?」
能力の名を聞いてもいまいちピンとこない。
友希の結論では幻影は見ている者の欲しているものになって映るはずなのだが、正体がわからなくなることと関連が見つからないしそれ自体も意味がよくわからなかった。
そんなとき丁度待ち望んだ人たちが帰還したのだった。
「生物は皆何らかの手段で物体の正体を突き止め、納得し、そこからどうするかを初めて思索することができるもの。ですが理解すべき対象となるその物体が自らの意思で自らの正体にたどり着けなくするすべを持ち合わせていたのなら、知覚しようとする者は自らの精神の中で最もそうであってほしい都合のいいものへと認識を書き換えるでしょう」
「聖さん!」
「聖! いったいどこへ行っていたのですか⁉」
「いえ、昼食の買い出しに赴いていたのはその通りなのですが、少し予定が狂ってしまい・・・」
「実は、聖がついでだから途中で在家の訪問に行きたいと言い出して・・・」
後ろから説明不足の聖を助けるように補足する寅丸。
その間聖は恥ずかしそうにうつむき頬を赤らめていた。
「本当にすみません。在家さんのことを考えるといてもたってもいられなくなってしまって。今すぐ昼食を準備しますからあともう少し待っていてくださいね」
あまりにも菩薩のような人だから、そこにいるという事実だけでこの場全体が大いなる安心に包まれているように感じる。
友希の心にも安心感が満ちていくのだが、そのせいで何か忘れているような気がしてならない。
「・・・そろり・・・そろり」
「ぬえ、お説教はその後ですよ」
「うっ・・・。ちょっとからかってみただけだって!」
特性上悪用のしやすそうな能力であり使いこなしているようでもあったので、どうにも初犯とは考えにくい。
みんなもそれが分かっているのか特にぬえの弁解に耳を貸す様子もなく、ただ空中にさらされ冷ややかな目を向けるだけであった。
「・・・ごめんなさい」
「・・・・・」
そんなぬえを見据えながら友希は自身の変身を解く。
するとシグナルバイクの効力も消え、ずっと空中だったぬえは自由に飛ぶことを忘れ地面へと真っ逆さまに落ちたのだった。
いくら幻想郷に慣れてきたとはいえまだどうしても当然のような軽いノリには違和感を感じてしまう友希だったが、その感覚を養っていくこともある種友希の望んだ「幻想郷で生きていくための修行」の一環ととらえることもできる。
そうやって友希はいつもと同じく自身を納得させるとともに同時に鼓舞する。
今日もまたいろいろと苦労のあった友希に、ベルトは予期していたかのようにすでに組み込まれたねぎらいの言葉を口にするのだった。
『オツカーレ』
第二十二話 完
どうも、作者のシアンです!
第22話のご閲覧ありがとうございます!
今回の話もまたまた命蓮寺回でした。三話連続同じ舞台で話が繋がっているのはフランの時以来ですね。(多分・・・)
今回は正体不明の妖怪「封獣ぬえ」が登場しました。自分の中では結構解釈の難しい能力の持ち主で、どう話を展開しようか迷いました。その割には簡単に終わってしまった感がありますが・・・。
やはり舞台にしろ登場人物にしろ、絞りこみ過ぎると話が薄っぺらくなってしまうんですね。とはいえ友希視点では十分大変な出来事が起こっていて波乱万丈なので、決して友希の人生が薄っぺらいわけではないので、そこのところはよろしくお願いします。
さ~て、次回の東方友戦録は~?(サ○エさん風)
舞台は山奥の温泉地! 何故やら呼び出された友希男一人! ムフフな展開!? 否!
突撃あなたのご正体~で襲い来る、騒がしい彼女は鴉の天狗の新聞記者!?
乞うご期待!