紅魔館の朝は早い。
友希はいつも早朝五時にコブラケータイのアラームでたたき起こされる。
外の世界にいた時は高校生になってから少し遠方の高校だったので、登校に一時間ほどかかっていたこともあり朝の六時に母親に起こしてもらっていた友希。
だがここ紅魔館ではさらに一時間早い起床が求められる。
紅魔館で働き始めた当初もあまりに早い目覚めに慣れず何度も咲夜に起こされていたが、今となっては二度寝の誘惑に対しても自制が利くようになってきた。
「おはようございます! メイド長!」
「はい、おはようございます、友希さん」
いったいいつから起きていたのか。すでに平常運転でキッチンに立ち朝食の準備に取り掛かっていた咲夜にあいさつを交わし、友希はいつもどうりの業務に取り掛かる。
やるべきことは山積みだ。
正確にはやることは少ないのだが、敷地の大きさゆえにかなりの労力と根気を必要としているので結果的に事を急く必要があるのだ。
とはいえ友希はまだ働き始めて約二カ月程度の新人執事。任される仕事は草むしりや館内の掃除、あと能力を買われてフランの遊び相手になることくらいの簡単な?ものである。
「まずはみんなにあいさつを・・・」
「紅魔館で働く以上は」という程度の品のある振る舞いや礼儀もメイド長直々に指導してもらった。これもその一環である。
手早く作業に取り掛かってしまおうとキッチンを出て廊下を進もうとしたとき、何かを思い出した咲夜が友希に声をかけた。
「すみません、友希さん! あなたにお願いしようと思っていたことがあったんでした」
「え、咲夜さんが、俺に?」
別に何か変な期待をしていたわけでは断じてなかったが、いつもたいていのことは自分でこなしてしまう咲夜が自分を頼ってくれているという事実に、驚きながらも光栄な気持ちでいっぱいになった友希。
「はい、実は・・・」
そう言って遠慮しがちに咲夜は話し始めたのだが・・・。
「で、なんで俺が見張り役なんですかぁ~⁉」
「すみません~!」
時刻は夜の九時半頃、二人はとある山の山中にある温泉へと足を運んでいた。
周りは木々や岩石に囲まれ誰も寄り付かない、いかにも秘境と言った感じの場所である。
そんな場所で友希は目的の温泉にありつけることはなく、なぜか岩壁を挟んで温泉につかる咲夜のために見張り役をさせられていたのであった。
しかしながら最初から咲夜と混浴などという神イベントは夢幻にすぎないということくらい分かりきっていたこと。問題はそこではなく、なぜ敢えて一緒に入れない友希をわざわざ連れてきたのかということ。代役なら他に山ほどいるはずなのに。
その秘密は他に温泉につかっている少女たちが知っていることだろう。
「仕方がないじゃない、いくら山奥の秘湯とはいえどんな不埒な輩がいるか分かったもんじゃないもの。こんな無防備な状態じゃ何もできないわ」
「そうだぜ? 女の花園に男であるお前を入れるわけにはいかない。混浴なら他をあたるんだな」
岸壁を隔てた先でゆったりと湯船に足を延ばしながらつかる霊夢と魔理沙。それと申し訳なさそうに端で妖夢も湯につかっていた。
「でもさすがにこれだけで帰れってのは無しだろ?」
「本当に申し訳ありません。後で私が代わりに見張りに徹しますから」
自分から誘った手前、友希があしらわれるこの状況をよしとしない咲夜がすかさずフォローを入れる。
「そうか。でも私と霊夢はお先に帰らせてもらうぜ? こう見えても私たちは忙しいんだ」
「そうよ、巫女さんは夜もお勤めがあるんだから」
「私も今日は霊夢ん家でゆっくりするというお勤めがあるんだぜ!」
「全然暇じゃないでしょう。少なくともこうやって温泉でゆっくりできる余裕があるうちは」
咲夜の普通のツッコミに白けたような顔をする魔理沙。
朝に咲夜から提案されたのはこうだ。
以前魔理沙が箒で空を徘徊してた時にこの温泉を発見し、その話が魔理沙から霊夢、霊夢から咲夜と伝わっていきそのうち皆で行こうという話になっていた。そしてここにいるメンバーが集まった時点で霊夢が友希を呼んで来いと咲夜に言ったらしく、それを受けて友希にどうかと持ち掛けた。それから今に至るというわけである。
「私も、幽々子様がお待ちになっていると思いますので・・・。すみません、友希さん」
若干弱々しい声色で申し訳なさそうに謝る妖夢。とはいえ従者なので霊夢や魔理沙よりは納得のいく理由だ。
「おいおい、みんな薄情だなぁ」
「真っ先に帰ると宣言したあなたが何言ってるのよ」
またの昨夜の指摘に魔理沙はわざとらしく舌を出しておちゃらけて見せる。
「全く・・・。それで、アリスはどうするの?」
咲夜は魔理沙とは反対側の、霊夢の隣に座っている見かけぬ金髪の女性にも確認を取ろうと話を振った。
「そうねぇ・・・」
その女性はしばらくうつむき何かを思案した後、落ち着いた様子で答え始めた。
「私もお暇することにするわ。明日のお茶会の準備をしないといけないし、頼まれたことも特に問題はないと思うから」
友希はこのアリスと言う女性とは初対面であり、もちろん話したことはない。ここに着いた時もろくに話すらできなかった。岩陰の奥に入って行く咲夜たちの隙間から短めの金髪が見えただけであった。
「でもさ、見張り役なら俺じゃなくてもよかったんじゃないの?」
「それは私も思ったわ。なぜわざわざ彼なの?」
友希の発した霊夢への疑問に咲夜も乗っかる。
「それは、私にも少し考えがあるのよ」
いまいち的を得ない解答に友希も咲夜も首をかしげた。
「あなたもいつも手を焼いている奴じゃない?」
すでに感づいているのか、アリスが咲夜に向かって助言を放つ。
「・・・お嬢様?」
(言っちゃったよ‼)
おそらくこの場にいる全員がそう思ったことだろう。
「みょん・・・、聞かなかったことにしましょう」
妖夢の考えにも全会で一致である。
そんなこんなで他愛もない話をしていると、突然ふわりと友希の肩に黒い羽が落ちてきた。
湯船の中にも落ちてきたようで、一同の会話がピタリと止む。
「ほら、うわさをすれば・・・」
「・・・・・」
霊夢たちはいったい何が起ころうとしているのか見当がついているようで、この場が重厚な緊張感に包まれる。
対して何が何だかよくわかっていない友希は座り込んだまま制止し、大きくかたずを飲んだ。
「はじめまして‼」
「うおわあああああああああ‼」
以前にもあったように突然の背後からのドッキリに、またしても情けなさ過ぎるへっぴり声を轟かせ、それが虚しく夜の山にこだましてしまう。
「あやや・・・そんなに驚かれると、こちらとしましても妖怪冥利に尽きますねぇ」
「ななな、なに⁉」
「やっと現れたわね」
霊夢たちの何かの予想は見事的中のよう。
友希の目の前には一人の黒髪の女性がたたずんでいた。
白い無地のシャツに椛の模様をあしらった黒いスカート。手には一台のカメラを持ち見た目は普通の人間のように見える。しかし自身で言ってもいたが友希には彼女が人間ではないことは一目瞭然だった。
なぜなら彼女の背中には大きな漆黒の羽が広げられていたから。先ほど落ちてきた羽も彼女のものだったのだろう。
さらに頭の上に乗せた装飾と履いていた真っ赤な高い下駄からその種族までもが情報として見て取れた。
「もしかして、天狗?」
「おお! なかなかいい勘をお持ちで。さすがは『突如幻想郷に現れた新星』とうわさされるほどのことはありますね!」
「俺、そんなふうに言われてんの⁉」
「得意の脚色よ。気にしなくてもいいわよ」
霊夢の冷たい返しをまるでものともしていないように、不気味なまでにスマイルを崩さない天狗の少女。
「なるほどね。なんだか霊夢の考えが分かった気がするわ」
そうつぶやいたのはアリスだ。
対して妖夢は全くわからないので、はっきりしてと霊夢とアリスを急かす。
「事の発端は魔理沙だったの。私の知らない所で魔理沙が、秘湯の情報をそこのブン屋(鴉天狗の少女)から受け取った。その情報が交換条件だとはつゆ知らずにね」
霊夢はさも当たり前のことを話しているかのようにすました顔で解説を始める。
「ほうほう、それで?」
天狗の手口の話を興味深そうにうなずき聞いていたのは、意外なことに当の天狗本人であった。
先ほどから随所に見受けられる、言葉ほど中身のない発言や固定された仮面のような笑顔。
そのほか数々の点においてこの天狗女の軽い性格が透けて見えるようだと友希は思った。
「それを知った魔理沙は私に泣きついて来たってわけ。それでもって今度は私から友希の情報を渡したのよ」
「囮みたいでなんか嫌だぞ」
霊夢にその気があったのかなかったのかはわからずとも、少なからず友希の気分は良くない。
「ちょっと前にブン屋が来たとき、彼への取材を渋っているのは聞いていたからまだ面識がないというのは想像がつく。だから好都合だと思ったのよ。でもだからってここで取材がしたいだなんて、思ってもみなかったわ」
「ふむ、確かに前々から友希さんには興味がありましたからね。どうにも最近嬉しくも喜べない話題が多くて、思うように取材の日程を作れませんでしたから。しかしだからといって絶対に友希さんでなくてはいけない理由もないですよね? 私も含めてあえてここに来るように仕向けたとか?」
天狗の意見はもっともだ。
「あんたも知ってるんじゃないの? そいつの「力」のこと・・・」
この幻想郷の住民たちはどうにも回りくどい言い回しが好きなようで、いまいち話が分かりにくいことがたまに傷だと友希は常々考えていた。
しかし今回は霊夢の言いたいことが分かったような気がしたのだ。
「つまり、俺が追い払えと?」
「そういえば、私はまだ見たことないわね」
壁を隔てた湯船の中にいるので顔は分からないが、どうにも他人事のように冷静に分析をするアリス。
友希自身この世界の住人の勝負に対する貪欲さを幻想入りしてから嫌と言うほど見てきたので、ある程度予想ができたのだろう。
「なるほどなるほど! 確かに興味深いですねぇ、確か「ライダー」でしたか?」
友希のライダーの力の話題になったとたん今まで以上の絵にかいたような笑顔でグイっと距離を詰めてくる天狗。
「ああ、うん。そう・・だけど」
「ああ失礼しました。私の名前は射命丸文、幻想郷最速にして幻想郷一の「文々。新聞」の記者兼編集長をしています、しがない鴉天狗です! 以後お見知りおきを!」
ただの自己紹介だというのに爆速のマシンガントークでまくし立て、友希に対して意見のスキを与えない。
相手の話が終わった瞬間をついて話始めようと友希は前に出るも、文はすぐさま霊夢たちの方へと姿勢を変え問を投げかけた。
「それはそうと霊夢さん。あなたの策には決定的な欠点が存在しますよ」
「・・・敢えて聞くわ、その欠点とは?」
無視されたこともあり友希は仏頂面で会話を傾聴する。
策のカギにされた友希はその欠点についていち早く気付き、先ほどから伝えようとしていたのだ。
そんなこととはつゆ知らず、文は問題の欠点について言及する。
「この方、一夜友希さんが私と勝負し勝利することが前提とされている点です。それもあなた方が退却する時間が確保できているのもいささか疑問ですよ。たとえ友希さんが私についてこれるような存在だったとしても一瞬で事は済むでしょう」
「ていうかなんで俺の名前知ってんだよ」
「これ、あなたの名札です」
文の手には外の世界の制服についたまま使っていたプラスチック製の名札が握られていた。
「いつの間に・・・⁉」
友希に近づく瞬間はあったものの、いったいいつ取られたのかはおろか取られた感覚すらなかった。
どうやったのかはわからないにしても、それが文の強さとして現れているようで友希の鳥肌が立つ。
さらには言動だけでなく顔からもその自身の高さが見受けられる。
先ほどの文自身が行った自己紹介での言葉、「幻想郷最速」。羽があることや天狗であることから飛翔することは容易に想像がついたが、博麗の巫女やその他の手練れたちが同席するなかでわざわざ自らを幻想郷一と名乗るということは相当自信があると読み取れる。
しかも友希にとって恐ろしいのは、幻想郷における一番とは全く想像できぬ計り知れないものの可能性が十分にあるということである。
ただでさえ常軌を逸した者たちの存在に埋もれて過ごす友希は、幾度となく目の前で起こる異常な光景を目の当たりにして感じていたのだ。考えることはもはや意味のない行為だということすら。
実際魔理沙のように人間でありながら魔法を操る存在がいることが妙に説得力を増している。
しかし友希は、意外にも希望を見出していた。「もしかすれば、この状況を乗り切れるかもしれない」と。何よりあからさまになめられているのが、それが仕方がないとしても癪だった。
「あまり友希さんをなめていると痛い目を見るわよ?」
嬉しいことに咲夜が友希の肩を持ち、実力を認めてくれているように言ってくれた。
「う~ん、私としても見た目や種族で軽率に判断することは避けたいのですが、なにぶん私にも天狗であるというプライドがありますからねぇ・・・」
「大丈夫よ、もし負けても後で私がひねるから」
「じゃあ俺ますますいらねぇじゃねぇか」
霊夢の言葉にどうも遊ばれているような気がして心境が晴れない。
もはやこの場に仲間などいないのではと疑いの念さえ湧いてくる。
「それはそうと何で勝負するんです? 私は特に肉弾戦を交えてもらっても構いませんが・・・?」
「いや、弾幕勝負でいく」
「・・・!」
意外な答えに友希以外の全員が一瞬止まった。
友希は今まで弾幕を張れないから変身して肉弾戦主体で戦うことを選択してきたというのに、ここにきて幻想郷共通のルールである弾幕ごっこ形式を自ら選んだというのだから。
「友希さん、本当に大丈夫なのですか?」
さすがに心配になったか、咲夜は岩の壁越しに心配の目を向ける。
「分かりません。でも可能性はあります。それに、いい加減この世界のルールで戦えるようにならないとよくないと思いますから。できるかどうかわかりませんけど・・・」
そういって友希は近くの袋からもはやおなじみのゲーマドライバーと濃紺のガシャット「バンバンシューティングガシャット」を取り出す。
このセットは味を占めた紅魔館の妹吸血鬼フランドール・スカーレットによってしばらく私物化されていたものだが、ここに来る前に何かあってはと思い念のため取り上げておいたのだ。
その際案の定機嫌を悪くしたフランに付け狙われ、今日はもはや仕事にならなかった。
「お手並み拝見と行きましょうか」
これから戦おうというのにまたしても文は不敵な笑みを浮かべる。しかもなぜかカメラを片手に構えている。ナメているのだろうか。
『バンバンシューティング!』
例のごとく友希の背後の温泉上部に大きくディスプレイが浮かび上がり、画面にはポリゴン調の狙撃手と銃弾によりひび割れる演出が映りだす。。
さらに友希は袋から二つ目のオレンジ色の新たなガシャットを取り出した。
『ジェットコンバット!』
後ろのもう一つの画面には凶悪な笑みと牙がペイントされた戦闘機が風を切ってこちらに向かってくる様子が映る。そしてその中からそれとうり二つの顔をしたロボット「コンバットゲーマ」が飛び出してきた。
『ジェットコンバットガシャット』は、上空を飛び回る敵戦闘機が放つ弾幕を避けつつミサイルや機銃で撃ち落とす、いわゆる戦闘機シューティングゲーム。つまり幻想郷のルールである弾幕勝負にうってつけの能力を秘めたガシャットと言えるのである。
『ガッシャット! ガッチャーン! レベルアップ!』
変わる体、合体するゲーマ、鳴り響く変身音と共に辺りが灯りに照らされる!
『ババンバン! バンババン! バンバンシューティング!』
『アガッチャ! ジェット! ジェット! イン・ザ・スカイ! ジェット! ジェット! ジェットコンバット!』
通常の仮面ライダースナイプの濃紺スーツの上から上半身にオレンジを基調とした装備が付き、背中には両翼が装備され顔面には情報を映し出すためのバイザーが見受けられる。
ちなみに通常のスナイプは右目が黄色い眼帯で隠されているのだが、この姿の時にはそれが上に上がり両目ではっきりと見ることができるようになっている。
鋭き光弾は地上だけにとどまらず、天空をも制する! 驚異の射撃能力で全ての敵を殲滅する高速の始末屋 仮面ライダースナイプ コンバットシューティングゲーマー レベル3!
「そうですねぇ、まずは飛べないことには話になりませんよねぇ!」
生き生きとして言い放った文は勢いよく地面を蹴り、轟音と爆風を起こしながら上空へと飛び立つ!
変身した友希さえ勢いがすごすぎて思わず目を背けてしまった。
「緊張してる暇はないな、やるしかない!」
意を決した友希も全身に力を籠め、ジェット噴射によって一気に空へと舞い上がった。
必死に文を追いかけようとする友希。
装備されたユニットがうなりを上げるが、空を飛ぶという感覚がつかめないまま実戦で慣れるしかない。それも今すぐに。
まるで補助輪を外したての自転車練習のように慎重に体重をかける。それでもって超速で飛び回る文についていくため、目の前に表示された画面を目で追い確認する。
「ぐうぅ・・すごい圧・・・」
変身した時の装備にはほぼ必ずと言っていいほど変身者を外の環境から守るシステムが組み込まれている。そしてこの装備も例には漏れていない、はずなのだがそれでも襲い来る風圧に全身を殴打されているような感覚がある。
それを変身していない生身で、友希以上の速さで飛ぶ文はやはり只者ではないとつくづく思い知らされる。
そんな相手への賛辞を心でつぶやいたのもつかの間、真ん前から無数の隊列を組んだ光弾が迫ってきていた。
そう、友希が今臨んでいるのは初体験の弾幕勝負にして、この世界に生きるうえでの戦いのルール。弱音を吐いている場合ではないのだ。
顔面の分析機器で弾幕の規則を瞬時に割り出し、マーカーが付けられるおかげで自分の姿を俯瞰で見ることができるため、幾分かは避ける難しさは減っているように思える。
それに加えて飛行について、まだ触ったばかりだが弾幕を避けているうちに割と直感的な操縦で方向や感覚を制御できると分かった。
それが分かっただけでも友希にはかなりこの勝負が楽になった気がした。
「ほう、なかなかやりますね・・・。では、これではどうですか!」
異種族である天狗の気合に脅威を見た。
何もない空中であるはずなのに空気を蹴ってさらに1・2・3段階ほど加速したのだ。
あくまで目測ではあるが、明らかに生物でこの速さで動けるものは他にいない。生身ならばなおさら風圧がかかること間違いなしである。
弾幕を放つときはある程度スピードをうまい具合に緩めているようだが、それでも友希にとっては異次元であった。
(ここではみんな、こんなすごいことを普通にやってんのか)
戦いの真っただ中だが絶望ともとれる感情にわからされてしまった。
「・・・正直見くびってたぜ」
文の速さにというより友希がそれに懸命についていけていることに興味津々な魔理沙。
確かに友希は文に必死に食らいついている。不格好かもしれないがそれでも文の後ろにいるのは友希本人に違いないのだ。
いつも紅魔館への取材という建前で侵入を図る文と勝負になることもある咲夜は、もちろん文の速さとそのすごさは嫌と言うほど経験している。だからこそ変身しているとはいえ友希がその領域に達していることがうれしくもあったよう。
おそらく何らかの魔法を駆使して温泉の水面に二人の弾幕戦を映し出しながら、それを見て会話をしているよう。
「あの、一夜友希だったかしら。本当にただの人間?」
変身はおろか素顔すら始めて見たアリスは、最も友希との付き合いの長い咲夜に疑問を問いかける。
「ええ、そうよ。あの力、あの姿こそ友希さんのもたらした特別なもの。まぁ、妹様も使っていましたが・・・、うまく使えていたわけではなさそうだったわ」
「・・・彼が特別凄いわけではないでしょう。確かに人間としてのポテンシャルは目を見張るものがあるけれど、それも幻想郷ではそこまで珍しいものではないはずよ。ただ、そういう普通はずの人間が特別感もなく湧いてくるのが、私はあまり良くないと思うわ」
雲一つない夜空には、満天の星空と美しく光り描く弾幕が飛び交う。
ただし今見えている弾幕はすべて文のものだ。
勝負と言うからにはやられっぱなしではいられない!
「今度は俺の番だ!」
紹介の時にも述べたとおり、戦闘機シューティングは飛び回るだけにあらず。
背面のユニットから伸びた配線の先、友希の両腰には重装備のガトリングガンが吊られている。
上部に向かって突起した持ち手兼トリガーをがっしりとつかみ取り、文に向かって問答無用でぶっ放す!
「うわっ・・とぉ!」
「はあああああっ!」
文や他の人物たちが放っていた弾幕とは連射の速度と放たれる光弾の速さがまるで異なっている。
仮面ライダーの装備や能力は姿によって大きく偏っているものの、その威力は爆発的なものがほとんどである。
そしてこのコンバットシューティングゲーマーも例には漏れず、とてつもない飛行能力と制御力、そして一番は二つのガトリングから繰り出される超威力・超弾数の光弾。その数なんと毎分5,400発!
「飛べるだけでなく弾幕も打てる! まさにぴったりの姿だな!」
威力に目のない魔理沙は湯船の中でバシャバシャとしぶきをあげながら嬉々として観戦していた。
「ええ、でも。あれは「弾幕」じゃない」
霊夢の言う通り弾幕とは光弾で模様を描き相手を包む「幕」を形成して攻めていくことを言うのだ。
このままでは友希の光弾はただの直線連射である。
霊夢たちの言いたいことは友希にも分かっていた。というより、このままでは勝利することはおろか弾を当てることもできないだろう。
そこで友希はこういう状況ではどうすればいいのか、今まで仮面ライダーやスーパー戦隊、さらには数々のマンガやアニメを見て培った戦い方や状況打破の方法を頭の中から呼び起こす。
そして数多ある考えからある一つの考えにたどり着く。
「行くぞ!」
『ジェット クリティカルストライク!』
スピードを上げた文に食らいつかんと友希も一気に速度を上げ、それに加えて体をくねらせて空中でドリルのように回転し始めた!
さらに先ほどまでまっすぐに文を狙っていたガトリングガンの銃口を回転する友希の外側に向けることで、まるで風車のように線を描きながら無数の光弾がまき散らかされる!
その姿はまるで水中で渦を巻き起こしながら突撃してくる魚雷のよう。
「無茶苦茶・・ですが、凶暴!」
文も思わず口にしたが、規則性のある「弾幕」を張れてはいるものの威力や方向がしっかりと定まっておらず、まさに自滅覚悟の特攻とでも言わんばかりの勢いである。
それに加えその凶暴さを裏付けるものの一つとして、武器から放たれる弾幕だけでなく背面の小型格納ユニットから射出されたミサイルまでもが別で文を追尾し襲いかかっているのだ。
「くっ・・当たれ! 当たれよ!」
しかしどれだけ弾幕を撒き当てようとしても、まさにゲームをしているかのようにスレスレのところでかわされ続けてしまっている。そのもどかしさが友希を焦燥感に走らせる。
「あれは、完全に文に遊ばれているわね・・・」
やはり経験値が違う。
アリスはもちろんのこと、その場にいた他の全員が友希と文の弾幕勝負を見てそう感じていることだろう。
しかしこうやって遊ばれている間にも友希の心の中で一つ、文の戦い方について引っかかることが新たに生まれていた。
(あいつ、何でさっきからあんな変な動きしてるんだ?)
はっきりと確信めいたものは何もなかったが、友希から見て文の動きにはどうにも無駄が多いような気がしてならなかったのだ。
(そろそろ気づいたください、友希さん!)
友希の疑問が色濃くなってきたのと同時に、経験者の咲夜にもとある勝機が浮かんでいた。
友希の指摘どうり文の動きを客観的にかつ全体的に見てみると、文はまるで雷を描いているように波打って動いていることが分かる。
そうでなくとも確実に一定の度合いで角度をつけ方向を変えているのだ。
(ただ遊んでいるだけか? いや・・あいつは必ず俺の弾幕から逃げる方向にカクっと曲がっている。多くて三回・・・。避けるだけなら一回で事足りるはず・・・)
弾幕が飛び交っているとはいえ友希の思考する時間は十分にあった。
そして友希はある一つの結論に至った。
「・・・? 弾幕が止んだ?」
騒がしかった夜空に再び静寂がよみがえった。
急な出来事に不審に思い友希の方を確認する。と思ったら光弾が申し訳程度に飛んできて文の羽をかすめる。
「なんです・・? 何かおかしい・・・」
唐突かつ意味不明な攻撃に若干戸惑いながらも、文は避けるため進行方向を変えようと体勢を整えだす。
「今だ!」
その瞬間友希は掛け声とともに全エネルギーを一気に高め、文に向かって急激に詰め寄る!
当然驚いた文は同じように空中を蹴りながら友希を振り払おうと考えた。・・・がしかし!
「えっ⁉」
気づいた時にはすでに友希は文のすぐ隣に着けていた。それどころか文の腹部には銃口が・・・。
『ジェット クリティカルストライク!』
避ける間もなく文に向かって容赦なくマシンガン弾幕の雨が襲い来る!
「これはっ・・・一体⁉」
「よっしゃぁ!」
思わず友希から喜びのガッツポーズが生まれる。
「なるほど、気づいたわね」
「ん? 気づいたって、何にだ?」
霊夢自身もその言い分からしょっちゅう文に会って困らされているようなので、当然対文の必勝法は知っていた様子。
そしてその必勝法に友希は自力でたどり着いた。
実際そのタネは至極単純で、圧倒され考えることをやめなければ気が付けるようなことだった。
そのカギは何を隠そう文の飛行方法にあった。文の角度をつけて飛行する理由は何も友希をあざ笑うためにしているののではなく、「そうする必要がある」からである。
この弾幕勝負が始まる前に文が自分で言っていたように、文は自分が天狗であるという誇りを持っていた。ゆえにあの行動は友希に対するものではないと考えることができる。
次にまたしても文が自己紹介の時に放った一言、「幻想郷最速」から思考を飛ばす。
先ほどから弾幕勝負中でまざまざと見せつけられた人知を超えた神業の数々。そかしそれはさすがに世の物理法則に究極的に反するものではなかった。空気抵抗を感じさせないのも妖怪特有の身体の頑丈さをもって何とか納得することはできる。
となるとそのとてつもないスピードを見て友希が思ったこと、それはどうやって曲がるのかである。
車でも何でも動いている最中に止まったり向きを変えたりするときは、ある程度無理のない速度にまで減速してから行わなければ遠心力や慣性が働いてうまくいかないものである。いくら羽を持っているからとはいえ、あのスピードを制御するためにはかなりの圧がかかってしまいきついはずなのである。
しかし文にそんなそぶりは感じられない。
つまり文は極力スピードを維持したまま飛行するために、空気を蹴って無理やり直線的に方向を転換しているのである。
さらにこの事実に気づいた友希はこうも考えた。
(あの無駄な角度の分を埋められれば追いつけるんじゃ)
文が直線飛行で曲がるために無駄に付けた角度を自分が曲線を描くように曲がって追えばその分の距離を短縮することができるということだ。
そしてコンバットシューティングゲーマーにはそれを補うスピードの持続も、文ができない曲線カーブも、能力として可能であったのだ。また、それはそう何回も行える代物でもなかったのだが・・・。
(くっ、立て直さなければ!)
多少驚いたせいで反応が遅れたが、文はすぐさま体を反転させリカバリーを図るため再び飛び立つ。
だが時はすでに遅かった。
文の身体にしみついた戦い方はそう簡単に抜けるはずもなく、同じようにカーブのスキを突かれ体勢を崩してしまう。
いくら力や能力に差があるとはいえ精神はさほど変わりがない。心のどこかでなめていた人間に、よくわからない方法で今まさに敗北を喫しようとしているわけであるので、脳内は完全にパニックである。
「うう・・・」
「終わりだ」
いつの間にやら手元に召喚したガシャコンマグナムのスロットにベルトのジェットコンバットガシャットを差し込み、静かに銃口を文に向けて構える。
『ジェット クリティカルフィニッシュ!』
瞬間、放たれた一発の野太い銃弾が文もろとも急転直下に撃ち落とす。
「あっ、ヤバっ!」
文が撃ち落とされた先にはみんなが使っている温泉があったのだ。
このままでは温泉に落ちてみんなに危害が及ぶ。そう直感で感じた友希が真っ先にそのスピードを生かして救いに行こうとするも、上空からの角度ではもろに湯船が見えてしまう。
「あっ・・ちょっ・・見え―!」
すでに動き出しているからとはいえさすがにまずいと決断が鈍る友希。
「問題ないわ。遮視結界なら勝負が始まる前からずっと張っているもの」
そういってアリスはゆっくりと両手を天に掲げ何やら唱えたかと思えば、瞬時に上空に綿密な網が形成され、それで文を受け止めようというのだ。
しかし寸でのところで意識を取りもどした文は網に包まれることはなく、そのままヒョイと避けて空中をフワフワ飛んで見せた。
「せっかくのご厚意ですが、そこまでではないので」
「ああ、疲れた。まだ緊張が収まらない」
友希は変身を解き、初めての弾幕戦で冷めやらぬ余韻を感じていた。
「もう少し入っていたかったけど、仕方ないわね」
服装を整えて霊夢一行も岩陰から姿を現した。
「友希さん、お疲れさまでした」
「いやぁ、咲夜さんたちみんなこんなこと毎日やってるんですか? すごいですね・・・」
「なんなら私が強くなるコツを教えてやってもいいんだぜ?」
「魔理沙に任せたら威力馬鹿になっちゃいますよ」
いつものように他愛もない会話を交わしている端で文はうずくまっていた。
「私が負けるなんて・・・。あの攻撃はいったい何だったの? 私の何がいけなかったというんですか?」
相当負けたことが気がかりなようで、ずっとブツブツと何かを言っている。
しかし友希にとって意外だったのは文自身が自らの弱点に気が付いていなかったということである。
もし本当に何度も霊夢や咲夜と戦闘を交えているのなら気が付いていてもおかしくはないはず。
だいたい記者を名乗るなら、その観察眼で自らのことくらい知っておいてほしいもの。
「咲夜さんは最初からあいつの弱点に気づいていたんですか?」
「はい、弾幕勝負を始める前にお伝えしておくべきでしたね。申し訳ありません」
「いやいや、そんなの全然気にしないでください!」
普段と変わりなくやりすぎなくらいに謙虚な咲夜を友希は必死でなだめる。
「でも文はその自分の弱点を理解していないようなんですけど」
「だって弱点を突かなくても勝てるもの」
さも当然のことかのようにあっけらかんとした顔で答える霊夢。
「・・・霊夢の言葉には少し棘がありますが、でもそういうことです。だからこそ自らに弱点が存在することに気づけていなかったんですね」
「わ、わたしの弱点って・・・!」
「そしてこれからもそれを知ることはなかった~、ってね」
話を聞いていた文がたまらず食い入るように友希たちに近付くが、それを強引に霊夢が引きはがし妨害した。
一瞬でも悔しがる様子を見せた文だったのだが、すぐさま何か思いついたようで顔色が変わる。
「はっ、今何か嫌な予感が! もしや、はたての念写⁉ まずい・・・まずいですよ!」
急に堰を切ったように焦り始めた文にあっけにとられていると、さっそく漆黒の羽を羽ばたかせそれへと飛びあがった。
「あ、またいつかしっかりと取材受けてもらいますからね! それでは、さらばです‼」
「・・・なんか、嵐みたいなやつだったなぁ」
あまりにも早すぎて肉眼では到底文の背中を見送ることはできなかった。
勝負中は気づけなかったが、文の通った後は気流が乱れてまるで飛行機雲のように跡が残っている。
「じゃあ、私たちもおさらばするかな」
友希を囮に使いこんなにも健闘したというのに意にも介さない様子の魔理沙と霊夢を見て、やれやれといった様子で顔を見合わせる友希達。
「それでは私も幽々子様がお待ちになっていると思いますので、これで失礼しますね」
友希に向かってサッとお辞儀をした後、霊夢たちに続いてフワフワと飛んで帰っていく妖夢。
「私はここで友希さんの入浴の見張りをするわ。アリス、あなたはどうするの?」
「私も帰るわ。あと、友希・・だったかしら? にとりから頼まれてあなたのために繕ったものが簡易脱衣所にあるから」
「え? にとりが? おれに?」
幻想入りしてからにとりにはお世話になってばかりで本当に頭が上がらない。確か今は友希のために家まで作ってくれているらしい。
幻想郷に来てからいろいろなことがあって考えることも多くなった友希。
そしてそのたびに何とも言えない数多の感情の複合が、波打ち際のようにじんわりと心に染みていくのだ。
「これか・・・」
見た瞬間に気づいたが、前ににとりと話していた友希の好きな色である水色が要所に線としてあしらわれた白地のパーカーを含めた衣装だった。
「好みもバッチリじゃん」
にとりにもそこまで言った覚えはないが、アリスの計らいだとするとすでに彼女への好感度がすごいことになってしまう。
脱いだ服と共に脱衣所の板の上に並べておく。
寒空の下だというのに全くぬるさを感じないちょうどいい湯加減に全身の力と疲れがにじみだし、膨らんだ風船がしぼんでいくように腑抜けていく。
「どうですか、友希さん」
「さいこ~です~」
一見当たり障りがなくそれを聞いてどうするのかと言ってしまいそうな、意味のない質問にも無心で流れるように答えてしまう。それほどに露天風呂は気持ちいい。
湯船に肩までつかりながら空を仰ぐ。
夜空に輝く星々を先ほどの弾幕に見立てることで、幻想郷そのものに思いをはせる友希であった。
第二十三話 完