第二十八話 ミッション・イン・ザ・マウンテン
「う・・、ううん・・・」
強い衝撃を受けたせいで、脳みそが揺れるように痛い。
確か、神奈子に拳を食らわせようとした瞬間に謎の人物が間に割って入ってきて、到底考えが追いつかない一瞬のうちに恐らく・・・デコピンを食らった。そう友希はかろうじて記憶しているのだが・・・。
「ああ・・? ここは・・」
ゆっくりとまぶたを開けてみると、そこは見慣れぬ畳の間。そこまで広くはなく、ごく一般的な外の世界の和室のようだ。
そんな和室の中央にこれまた普通の白い布団がひかれており、そこで友希は寝ていた。
非常に懐かしい畳の優しい香りが頭痛を和らげてくれる。今すぐにでも状況を把握したい気持ちは当然あるが、正常に考えが働かないのかこの香りに身を委ねていたくて仕方がない。
そんなこんなでしばらくぼーっとしていると、どこからか聞き覚えのある声とそうでない声が話しているのが聞こえてきた。
「いくら早苗のためだからって、周りが見えなくなるなんてだめだよねぇ~。同じ神様として恥ずかしいよ」
「そこまで言って差し上げなくても・・。何とか事は治まりましたし。ただにとりさんたちには本当に申し訳ないことをしました」
「まぁかなりヒヤッとしたけど、誤解が解けて何よりだよ」
「私は大きなネタが手に入ったので命を懸けた価値はありましたね」
「記事にされるのはちょっと・・・」
そうだ、にとりと文。二人と共に強大な相手に立ち向かったのだった。
ということは、二人と話しているのは・・あと二人か。
そんなふうな思考を巡らせていると、いつの間にか話声と共に足音が友希のいる部屋へと近づいていた。
そして部屋の障子がゆっくりと開かれていき、それに伴って友希も上体を起こす。
障子の先にはにとりと文の他に緑の髪を持ったお姉さんと金髪の小学生ほどの背丈をした子が立っていた。
瞬間にとりが友希の元へと駆け寄ってきたが、それよりも友希には目の前に立つ見知らぬ女性二人に興味があった。
「友希、もう大丈夫なの⁉ 私にとり、分かる?」
「うん、分かるよ。けどここは? あとこの二人は一体?」
友希がそう問いかけると、緑の髪をした女性は律義に友希の前に膝をつき優しく語りかけ始めたのだった。
「初めまして一夜 友希さん。私の名前は東風谷 早苗(こちや さなえ)。ここ守矢神社の風祝(かぜほうり)をしています」
初対面の印象としてはとてもいいのだが、如何せん難しい読みの単語が多く寝ぼけ頭ではよくわからない。
「色々と感じることはあるでしょうが、ひとまずは安心してください。もう貴方を脅かす者はここにはいません」
そしてこの言葉によって友希は忘れていた最も重要な情報を思い起こした。
「あっ‼ 神奈子は⁉」
絶望と困惑、そして怒りが一気に心に溢れ出す。と同時に体中のダメージも息を吹き返すように主張し始める。
そうしてうずくまった友希をにとりと早苗が慌てて寝かせるのだった。
「その件に関しては私が話すよ」
ここで話に入って来たのは先ほどから見えていた金髪の少女。早苗のように膝をつくことはなく、それ以上にどこか優位的な振る舞いが見られるような気がする。
「うん、すごく怖かったよね。あいつはもとから無茶苦茶な奴なんだけど、まさか人間に手を上げるとは私も思ってなかったんだよね~。まぁとはいえ、同じ守矢神社に住まう神ということで私からも謝るよ。もちろんそこで隠れて聞いている邪神からもね」
何のことだかすぐには理解できなかったが、そんな友希の後ろから誰かがふすまを開けて入って来たのが分かった。
友希たちの顔を向けた先に立っていたのは、紫色の髪に背中にしょったしめ縄の輪、紫の上半身に椛柄の入ったスカート。紛れもなく友希たちを襲った人物、八坂 神奈子だ。
その姿が目に飛び込んできた瞬間友希の胸はキュッと締め付けられ、軽く過呼吸のような症状が表れた。
気絶する前の戦闘ではもはや克服したはずの恐怖だったというのに、再び見えた途端あの時の痛みや恐怖が鮮明に蘇ってきた。ライダーの力がそうさせたのかアドレナリンが突き動かしたのかは定かではないが、神奈子の与えた傷は気づかぬうちに友希を確実にえぐっていたようだ。
「・・・・・」
「もう、何意地張ってんのさ! どちらにどんな原因があれ、神奈子がこの子に手を出したのは事実でしょ!」
「いや、それはそうだけど、私だって早苗のためを思ってだな――」
金髪の子に諭され反論しようとする神奈子に対して、意外にも鋭い目つきで黙らせたのは話の渦中にある早苗本人だった。
「・・・ご、ごめんよ。本気じゃなかったとはいえ、・・痛かっただろう」
先ほどまでの不服な表情を見ているので本気で謝っているかどうかは疑問だが、それでも形式的には頭を下げてくれた。
しかし当然ながらこれであの理不尽な仕打ちが友希の心からすんなりと消えるわけもなく、謝られた手前複雑な心境にどう折り合いをつければよいか。友希の心は曇ったままだ。
そんな友希を見かねてか、申し訳なさそうな声でにとりが話しかける。
「あのね友希、今回のいざこざは私たちにも原因が・・いや、私のせいなんだ」
「どういうこと?」
もしそれが本当なら、自分が神奈子に対して立腹しているのはお門違いになってしまう。あれだけ理不尽だと喚いておきながらそれは・・・。
「実は友希と一緒に守矢神社に行こうと決めてから、神社あてに訪問の手紙を書いたんだ」
へぇ、そうだったのか。いくらにとりが発明に手慣れているとはいえ、幻想郷全体のインフラを整えることはできない。つまりケータイでメールは打てても相手に送ることができない。だから幻想郷では今でも手紙や狼煙といった伝達方法を多用する。
しかしそれに何の問題があるというのか。
「で、これが現物なんだけどさ・・・」
「・・・?」
にとりの持っていた紙を手に取りのぞき込む。
そこにはこう書いてあった。
『~~~つきましては、東風谷 早苗様にとある男性を紹介させていただきたく思います。つきましては、守矢の二柱であらせられる八坂 神奈子様、守矢 諏訪子様にもご同席いただけると幸いです。つきましては~~~』
「いや、お見合いか‼」
あまりにも堅苦しい文言が並べられた文を見て、そして戦っている時に神奈子が発していた意味の分からない言動を鑑みて、だいたい分かった。
つまり神奈子は送られてきたこの手紙を真っ先に見て、娘のように可愛がっている早苗が全く知らないうちにお見合いすることになっていたと早合点し、そんなことは認めんと怒り狂ったというわけらしい。
この手紙を見ただけでそんなふうに思うなんて、いくらなんでも考えが甘いし、そんなに怒るほどの事なのかとも思う。普通に考えて情緒が激しすぎる、この神様。
「まあ神奈子は特に早苗に対して過保護だし、早苗もいろいろあったから人間付き合いには敏感だから、仕方がないと言えばそうかもしれないんだよね~」
「いえいえ、問題はそこではなく、結果的に私たちに牙を剥いたことにあるのでは? 他の考えを放棄して言論による和解を無視している」
妖怪の山やそれを取り巻く幻想郷の環境は、内部の絶妙なパワーバランスによって成り立っている。それは神様も例外ではなく、時に静観し時に然るべき手を下す、そんな幻想郷を調整する役割を力ある存在が担っているといっても過言ではない。
今回に至っては、幻想郷で最も非力な存在である「人間」、人間とうまく
関係を築いている「妖怪」、ひいては互いに意識して覇権を争っている妖怪の山の連中に手を出したとなれば、それは内部からの反発が起こることも当然考えられるだろう。
そして反発が起これば争いに発展し、周りの罪なき存在にまで影響が及び、最悪の場合幻想郷の破滅に繋がる可能性すらあるのだ。
あくまで最悪の事態を想定しての考えだが、今まで人と交流していた結果あながちありえないことではないと感じるのもまた事実である。
恐らく文もそれを危惧しての先ほどの発言だったのだろう。その中にはジャーナリストとして、言葉を扱いその力を理解している文だからこその気持ちも感じられた。
「皆さんにご迷惑をおかけしたことは素直に私たちの責任です。できる限りの謝罪もさせていただきます。ですが神奈子様も諏訪子様も私の事を思っての行動だったんです。どうか許していただけないでしょうか」
そう言って深々と頭を下げた早苗。
しかし友希にとって謝ってほしいのは早苗ではなく紫色の邪神のほう。だが、どうにも怒る気にはなれなかった。どちらかと言えばもうこんな不毛な争いは止めにしたかった。
弾幕戦にしろ肉弾戦にしろ言論にしろ、友希の心は疲弊しきっていて、一刻も早く何の気兼ねもなく風を浴び青空を眺めたかった。
本当ならば早苗の丁寧すぎる謝罪と配慮の心を憂いて今すぐにでもフォローしたいところなのだが、どうにもそんな気にはなれなかったのだ。友希からしてもこんな自分は意外過ぎるほど。
これ以上神様と争っても勝てないし、なんならもう遠慮したい。
そして自分の気持ちの煩雑さやこの空間の微妙な空気に耐えられなくなった友希は、ついに部屋を飛び出してった。
「あっ・・ちょっと!」
「いえ、私が行きます」
何か思うところがあるのか、諏訪子が追いかけようとしたのを制止して早苗が静かに友希の後を追った。
「・・・・・」
時刻はお昼を過ぎたあたりだろうか。激しい戦闘を経た後気を失っていたので、どれくらいの時を過ごしたのかがいまいち分からない。現時刻を知るすべは見上げた青空に昇る太陽の傾きのみだ。
本来にとりからの紹介でまたこの幻想郷で話せる存在が増えるというだけの、嬉しくも簡単な行事のはずだったのに、いろいろな思惑が変に絡まってあらぬ方向に向いてしまった。
友希に非はないが、それでもどうして皆冷静に穏便に事を考えられなかったのかと、やるせない気持ちになる。
妖怪も神様も、人間より高次なふりをしているくせに思考は単純、むしろ凄さが振り切りすぎて極端になっているのではないか。
なんにせよ、今日ここで争った意味は・・・微塵もなかった。
そんなふうに無駄になった時間と労力を静かに嘆いていたら、後ろから近づく微かな足音に気が付いた。
「先ほどからすみませんでした。気に病んでしまわれましたよね・・・」
「あ、いや・・そんなことは・・・。それにあなたが謝ることはないと思います」
友希にとっても案の定、足音は早苗のものだった。
早苗は美しい緑髪をなびかせ、ふうと息を漏らしながら友希の隣へと腰かける。
優希には風祝というのがどういうものかまったく理解できなかったが、白地に青線の入ったシンプルな巫女服らしき服装を見ていると、恐らく巫女かそれに準ずる存在なのだろうと推測できる。またその落ち着いた雰囲気からも、どこか姉のような包容力を感じていた。
「・・・あの、友希さん?」
「はい?」
「先ほど神奈子様と勝負をされている時にチラッと見たんですけど、あの姿はもしかして『仮面ライダー』ではないですか?」
「早苗さん、知ってるんですか⁉ あ、そうか、もう知れ渡ってるんでしたっけ」
「いえ、そうではなくて・・・」
悲しいかな、友希の沈み込んだ心も仮面ライダーの話となると一気に回復してしまう。
そして驚いたことに、早苗は仮面ライダーのことを知っていた。しかも人伝いにではなく、初めから知識として知っていたというのだ。
「私実は、友希さんと同じように外の世界からこの幻想郷にやって来たんです」
「そうなんですか⁉ どうりでなんか親近感湧くなぁって感じたのか・・・」
なんでも早苗は約二年前に先ほどの神様二人と共に意図的に幻想入りしたのだとか。
どうやって自分の意思で幻想郷にやって来れたのか、なぜ外の世界でも神様と一緒にいたのかなど聞きたいことは多いが、今はそれより仮面ライダーの話をしたい。難しい話はごめんだ。
「やはりあなたの噂は私たちの耳にも入っていましたし、紹介したい男性というのも恐らく友希さんなのではないかと思っていたんですよ。それで神奈子様と揉めている姿を見て確信しました。あれはたしか、『仮面ライダードライブ』でしたよね」
「そうです! 姿を見て名前が出てくるなら本物ですね! 嬉しいなぁ!」
「ドライブは私たちが幻想入りを決めた頃に始まったライダーですから、印象に残っています。仮面ライダーを見れなくなるのは少し心残りでしたから」
かなりおしとやかな印象を受けたが、意外にもヒーロー好きの庶民派だった。
自分だって仮面ライダーが見れなくなるなら、わざわざ幻想郷に行こうとは思わなかっただろう。自分と同じ感覚の同じ外の世界出身の人間がいて驚きだ。
「どうしてそこまでして幻想郷に?」
この友希の何気ない質問に、早苗は顔を曇らせる。
「私たちにも事情があり、あまり楽しい話でもないので・・・。そうですね、またいつか機会があれば」
わざわざこの過酷な世界に身を投じる理由。神と交流を持っていたという類まれなる境遇からしても、ただ事ではないことくらい分かった。
またしてもどんよりとした空気が辺りに流れ出す。
「あの・・大変身勝手なお願いだと承知しているのですが・・・」
どうしてか誰が口を開こうとも暗い雰囲気が一向に拭い去れない。
友希がずっと神奈子のことで意地を張っていることも要因の一つだろうが、どうやら早苗にもずっと申し訳なさそうにしている理由があるようだ。
「・・・今回の件はどうか口外しないでいただきたいのです」
今回の件とは、十中八九神奈子が暴れた件だろう。それを秘密にしておいてほしいとは、つまり自分の神社の神様の悪いイメージがついてほしくないということだろうか。
もし本当にそうなら・・・受け入れられない。
「受け入れがたいことを言っているのは分かっています! でも人々の信仰心が薄れてしまえば神奈子様は・・存在自体が危うくなってしまう・・・」
神は人間に信じられるもの。人間が望みを託す存在。
神が人間と同じように年齢のシステムで死んだりするものなのか、言われてみれば疑問だったが、どうやら人間から信じられなくなると死んでしまうらしい。
少し解釈違いもあるだろうし、あまり率直には信じられないが、早苗がわざわざ恥を忍んで言い出すのだから信憑性はある。
だが本当にそうだとして、この話をすんなり飲み込めるかといえばそんな訳はない。
どう考えたって神奈子の自業自得だ。殴り合ったことは確かだが、それは正当防衛で友希に非はない。勘違いの種もにとりが植えたものだ。
人間がいつだって強者に怯え、素直に言うことを聞くと思えば大間違いだ。
「それに、ここ妖怪の山では常に水面下で種族間の派遣争いが行われていて、少しでも弱みを見せれば―――」
「もういいです」
怒るでも軽蔑するでもなく、友希はただ、許した。
提案した本人であるはずの早苗がきょとんとした顔で面を食らうほどにあっさりと。
「ほ・・本当に・・・⁉」
「早苗さんが言ったんでしょう? もう、いいんですよ。それで話は全部おしまい」
正直なところ納得はいっていない。この申し出を受け入れてしまえば自分の非を認めてしまうことになるとも思った。客観的に見ても自分が不利益を被るばかりか不利になる可能性すらある。
しかしそのプライド感情を見えなくしてしまうほどに、この不毛ないざこざを解消したいという思いが膨れ上がっていたのだ。
だいたいそんな情報一つで種族間の争いが勃発するというのであれば、わざわざ自分からそんなヤバい事態を引き起こして身を危険に冒すなど、それこそ意味の分からない行動だ。
「はぁ~~、よかった。恩に着るわぁ。」
「ただし、ちゃんと言っといてくださいね。次は無いですからね! 俺の身体が持たない!」
「はいっ!」
先ほどまでの暗い顔から一転、コロッと満面の笑みで返事をする早苗。むしろ今までで一番の笑顔である。
「それじゃあ! 今からは二人水入らずの特撮談議と洒落込みましょうか!」
「うえぇぇ⁉」
急すぎる話の変わりように困惑の色を隠せない友希。まさか早苗が実はこんなにはっちゃけた人物だったとは驚きだ。
「あの! これ触っていいですか⁉ これを巻けば私でも変身できるんでしょうか~?」
寝ている間もずっと腰に巻かれていたドライブドライバーを鷲掴みにし、まじまじと視線が送られる。もう止まりそうにない早苗に友希はたじたじである。
そんな二人のやり取りを廊下の角から覗く影が四つ。
「あぁよかった。友希には悪いことしちゃったけど、何とか丸く収まりそうだね」
「いえいえ、私は納得していませんからね⁉ 記事にはしなくとも何らかの対応が成されなければ、大人しく引き下がれませんよ!」
「なんだいまだ言ってるのかい? そうだねここは、いっそのこと全てを無に帰して――」
「ねぇホントに反省してる?」
どうやら友希が出て行った後も会話を重ね、それなりには折り合いを付けてきたようだ。とはいえ話し足りない者が若干いるようだが・・・。
長く激しかった守矢神社での出来事もこれにて終了! かと思われたのだが。
和気あいあいと話している友希や早苗、にとり達では気づけなかった。風を切り颯爽と神社を目指す何者かの存在に。
さすがは神と言ったところか、神奈子と諏訪子は何かを感じてふと同じ空の方向を見上げだす。
「おいブン屋。恐らくお前に用があるんじゃないのかい、あの白いのは」
ブン屋とは文の事だろうか。言葉に反応した文は、何のことやらと二人の目線を追った。
するとその先には、鮮やかな晴天に米粒一つのような白点が見える。
その一点はぐんぐんと次第に大きくなり、どんどん文たちの方へと近づいてくるよう。
「げっ‼ あれは椛‼」
迫りくる点の正体にいち早く気付いた文はいかにもバツの悪そうな潰れた音を発し、その拍子に体を支えていた手を滑らせた。
「わっ⁉」
ドミノのように次々と廊下に放り出される面々。
当然音を立てて倒れこんだせいで、友希と早苗に盗み見していたことがばれてしまった。
「ちょっと! 皆さん揃って一体何を⁉」
「まさか盗み見されてたなんて、全然気づかなかった・・・」
恥ずかしそうにそろってへらへらと笑って見せるにとり達。
しかしそんなことよりも別の意味で気が気でない文は、山から這い出ようと必死であった。
だが時すでに遅し。白髪をなびかせた彼女の良く通った声が辺りにこだました。
「大変です大変です‼ 皆さん落ち着いて聞いてください~‼」
「まずは貴女が落ち着くべきでは?」
何やらただ事ではない様子の椛に対し、早苗が冷静になだめようと言葉をかける。
「お気遣いはありがたいですが、本当にそれどころではないんですっ‼」
「何だい何だい、騒々しいったらありゃしないじゃないか。ブン屋に用があるんじゃないのかい?」
「あ、いや・・神奈子さん?」
こっちに気を向けさせないでくれと、弱々しく制止する文。
「確かに文さんに対して言いたいことは山ほどあります! ですがそれよりも、友希さん! 貴方に一刻も早くお知らせしなければならないことがあるんです!」
「ほんとに落ち着いて⁉」
空を飛んできたにもかかわらずまるで走って来たかのように息も絶え絶えな椛。
早苗や友希の説得の甲斐もあり、まずはその場で十分に息を整えてもらい、どうにか腰掛けお茶をすすってもらうことに成功した。
しかしそれでもどこかもどかしそうな椛は、急かされるように所々早口で語り出した。
その話によると、友希と共に文との弾幕勝負を終えた椛は、文から大天狗の呼び出しを知らされた後急いでその大天狗の元へと向かった。しかし行ってみてもそんな話は無く、途方に暮れてしまったそうだ。要は大天狗からの呼び出しがあったというのは文の嘘だったわけである。
椛は顔を真っ赤にし白髪が逆立つほどに怒りを露わにしながらそのことについて話していた。しかし当の文は、なぜそんな嘘をつく必要があったのかと問い詰めてもはっきりと返答はせず、濁すばかりでらちが明かなかった。そして最後まで誰にもよくわからないままであった。
「本当、私で遊ぶのはいい加減にしてくださいよ・・・」
いかにも不満な顔でそうこぼし、椛は本題へと入る。
「それでまた騙されたと肩を落としたのですが、その件に大天狗様が興味をお示しになられて。それで経緯を伝えると、ぜひ友希さんにお会いしたいと言われまして」
「まさか⁉ 大天狗に人間が謁見するなど! それ以前に天狗の里に入るなんて・・・」
「いやまず、その話の流れでなんで急に俺が出てくるんだよ⁉ 文が大天狗とかいうのに説教される感じだったじゃん!」
先ほどまで大人しく努めていた神奈子が取り乱しているのを見ても、大天狗というのは天狗の中でもかなりの上位の存在なのだろう。
友希にとっては正直それがどの程度すごいのか分からず、混乱して気が立っていたことを良いことに呼び捨ててしまっていたが・・・。
「ですから! 早く来ていただかないと、私がお叱りを受けてしまうんですよ~!」
「椛・・なんかかわいそう・・・」
「とは言ってもねぇ・・・」
決して椛が自分から同情を誘ってるわけではないと思うが、それでもその場のほぼ全員が椛の境遇に同情し、友希も半ば仕方なくだがその大天狗とやらに会いに行く決心をした。
しかしながら神奈子だけは依然として取り乱し渋るような態度をとっていた。
「簡単に言っているけど、天狗の領域に人間が侵入することがどれだけ危険なことかまさか分からないわけじゃないだろう?」
「う・・・。そ、それは・・そうですが・・・」
「でも神奈子様。その天狗の側から来いと言っているのですから、なにか策を講じているのではないでしょうか」
「いや~、どうだろうね? 君は多方面に有名だから、もしかしたら試されているのかも」
次々と展開される守矢組の考察。聞いているだけでどんどん不安なる友希。
しかし友希が出ていかないことには椛がかわいそうだし、友希や今周りにいる者にどんな被害が飛び火するかも分からない。結局は行かないという選択肢はないのだ。
では今度は、どうすれば安全に天狗の里を抜け大天狗のもとへ行くことができるのか、それが論点となる。
「見た目とか匂いとかを寄せた方が良いかも」
友希が意見を出してみる。
「どうです、文さん」
「嗅覚は人間よりかは優れていますが、突出して優れているわけではないので大丈夫ですよ。耳もとがっている者と普通の丸耳の者がいますので問題ないでしょう」
ただ問題は・・・。
「ですが、さすがに羽がないのはまずいですよ。見せかけだけでもダメです。天狗は基本的にどこでも飛行するのが基本で、歩くのは立ち話や誰かに合わせる場合のみです」
「なら人間みたいな妖怪のふりをすれば? 皆だって見た目は人間とほとんど変わらないじゃない」
「待ちな、まだ一番の問題が残っているよ。気配だ」
そう。五感や特性には種族別・個々に違いがあるものの、皆一様に持つ感覚、それこそが気配を感じ取る力だ。こればかりは人間には真似できないし、対策の仕様もない。
「そんなの、一体どうすれば・・・?」
恐らく水になって地中を行くことや変身するなどの方法もこれには通用しないだろう。気配とはその個体特有のもので、かつ内から放たれるものだ。外面や状態が変わろうとも、友希が友希である限り気配は変えられない。
だが、気配を変えることはできなくとも、気配を隠すことはできる。
「文と椛、それとにとりで友希を囲い、三人の気配で友希の気配を濁すしかないだろうねぇ」
「気配を、濁す?」
「まぁそうですよね・・・。正直リスクは付きまといますが、今はそれしか思いつかないわ」
う~ん。頭がこんがらがってきた。
そもそも何で自分が天狗のお偉いさんの所に行かなくちゃいけないのか、そこすら納得いってないのに。ていうか会いたいならそっちから来れば一番楽じゃね? どうしてこっちがこんなに頭ひねって危険を冒さなきゃいけないんだ? どうにかしてよ神様。
「よし! ややこしいのは無しにして、ここは一つ私の案を採用してくれたまえよ!」
にとり! お前はやっぱり頼りになる奴だぜ! さっきはお前の落ち度とか思ってごめんな!
「おい、何だあれ?」
「変に気迫を感じるが、ありゃあまるで連行、いや公開処刑か(笑)」
自分たちが歩を進めるたびに、その周辺の天狗がクスクスと密かに笑い声を立てる。
ここは天狗の里の大通り。目的地を目指すうえでの最短ルートだと文は言うが、正直友希のメンタルはもうボロボロだった。
先頭ににとり、左右に文と椛を携えて、中心にいるのは河童の労働衣装に身を包んだ友希。
先に出ていた案の内容とさして変わらないようにも見えるが、にとり渾身のポイントがある。そしてそのポイントが紛れもなく友希を苦しめていた。
もうわかるだろうが、にとりは友希を河童として天狗に同行している風に見せようと思ったのだ。衣装さえ真似てしまえば、背の高い河童程度だと周囲をだませるだろうと考えたのだ。
しかしだ。問題はにとりの持っていた予備の河童服である。
にとりは少女なので予備の服も当然ながら女物だった。上も少し小さいし何よりスカートだ。
友希に女装の趣味はない。ただこれしかないとにとりが言い張った。そして周りもなぜか満場一致だった。
あんの神様連中、覚えとけよ。
「・・・・・」
誰も喋らない。ただ神妙な面持ちで足を動かし前進するのみ。
だが、この状況に耐えかねたか、文がついに合図をだした。
事前に決めたことではない。何か意味のある合図が発せられたわけでもない。
ただこの極限状態の中、沈黙を破った文の合図は瞬く間に皆に共有され、皆の心を一致団結させた。
「あっ、逃げた!」
進行方向右側に見えた路地裏への細道。そこに向かって静かにかつ迅速に駆けこむ四人。
基本的には天狗は常に空中を飛行して移動する種族であるので、地上に家を構えることや道を作ることはあまりしない。そんな場所で見つけた路地裏が綺麗に整備されている訳もなく、狭いわ迷路みたいに入り組んでいるわでとても歩きにくい。が、そんなことは今は誰も考えていない。
「おい、やっぱりめっちゃ目立ってたじゃん! 恥ずかしいだけだったじゃん‼」
少し開けた場所で足を止めた一行だったが、間髪入れずに友希の怒号が発せられた。
「ほんとですよ! なんで我々も辱めを受けなければならないんですか⁉」
「私の案に賛成しといてその言い草は何なのさ! 私だって恥ずかしかったんだからー!」
「ちょ、ちょっと! 落ち着いてください!」
皆よほど恥ずかしかったのか、相手の事などお構いなしに怒号を浴びせかけだしたが、それを椛が体で止めに入る。
「私たちは少し難しく考えすぎていたのかもしれません。これも良い機会ですから、もう一度冷静になって考え直してみましょう」
椛の提案どうりだ。何も難しく考える必要はない。
天狗の里に入ってみて分かった。あのスケール感の中で慌ただしく動く天狗や観光の他妖怪たちを見れば、友希一人の存在など誰の気にも止まらない。ただ目立ちさえしなければ・・・。
「実は先ほど逃げてくる最中にですね、この竹筒を拾ったんです。これを水筒にして貴方に入ってもらうのはいかがです?」
「水のままでいるのは気分の良いことじゃないけど、今はつべこべ言ってられないしなぁ」
「じゃあ少しでも居心地が良いように、この水筒を洗ってきますよ」
そう言って椛は近くにある川に向かっていった。
「はぁ~・・・。本当に何で俺なんかに会いたいんだ? その、大天狗様ってのは」
「それは分かりかねますが・・・、くれぐれも大天狗様の前では失礼の無いようにしてくださいよ。もし何かあれば連れてきた私たちにもとばっちりがあるかも・・・」
「そんなこと言われても、こっちから訪問しなきゃいけないうえにこんなに苦労してるのにさ、まだ下手に出なきゃいけないってのはどうにもな」
「私も天狗のお偉いさんとはあまり関わりたくないんだよね・・・。ただでさえ天狗社会って上下関係や規律に厳しいから、そもそも河童のスタイルとは合わないのよ」
「しかもですよ、どの大天狗様かも分かっていません」
天狗社会が厳しい上下関係で成り立っているとはいえ、一つの役職に複数の人物が就いていたり、人物によって厳しさや対応にムラがあったりと、実は単純なピラミッドではないらしい。
「とりあえずです! うだうだ考えていても仕方がないので、ささっと終わらせてしまいましょう! 友希さんはこの筒に入っていてください。後は私たちが送り届けますので」
「よっしゃ! 行くか!」
かくして気持ちと装い?を新たに友希・にとり・文・椛の四人は再び天狗の里へと繰り出す。
まず友希たちが真っ先に向かったのは、白狼天狗の詰め所や仕事で忙しい妖怪たちのための立ち食い店が立ち並ぶ下町エリア『木ノ葉通り』。
この辺りは白狼天狗こそ多くて人間や他の妖怪であれば目立ってしまうが、仕事で忙しなくして天狗の入れ代わり立ち代わりが激しい。その混乱に乗じてしまえば小さな異常など気づかれることはない。以前文もここで揉まれてしまった過去がある。
天狗の中では匂いに敏感な白狼天狗でも、皆が汗水たらして動き回るこの場所で水になって薄まった人間のにおいに気づくことは至難の業だろうと言うのだ。
「あっ、どうも! はい、非番なんです。ああ、お久しぶりです~!」
「さすが椛は顔が広いわね。注目は集めちゃうけど、円滑に進めそう」
より位の高い鴉天狗である文も、ここではまるで空気のように気にも留められない。
「それにしても、まさか大天狗が人間を呼び出すなんて・・・。何か心当たりないの?」
あくまで機密の命であるので、周りの声にかき消されない程度の小声で話すにとり。
「分からないですね。ですが他種族に興味の強い大天狗であれば限られてきます。それにこのミッションが極秘である理由も、他種族に極端に接触・肩入れすることが暗黙の了解的に目を付けられるからでしょうね」
天狗はただでさえ共同社会意識の高い種族らしく、自らのコミュニティの利益を最優先とする者が多いと聞いている。また密かに幻想郷全体の権利や経済の掌握も狙っているとかいないとか・・・。
そんな状況だからこそ『人間』である友希をわざわざ『秘密裏』に寄越すなど、何か企てがあるに決まっているのだ。そしてそれを承知の上で協力せざるを得ない文と椛の心境たるや複雑だろう。
「よしよし、あそこが終わりだな。なんだ簡単じゃんか、変なことしなきゃよかったな」
人通りが若干少なくなり、奥の方に別の小道との合流地点を見つけた友希は、安堵し先の奇策さえなければと後悔の念を滲ませた。
が、案の定と言えばそれまでなのだが、そう簡単に行くはずもなかったのだ。
「こらぁ、椛ぃ! あんた私に挨拶もなしぃ⁉ 信じらんな~い‼」
「・・・っ⁉」
いきなり椛に対して向けられた勢い任せの発言。その発信源は木の葉通り最後の露店からだった。
「は、はたてさん⁉ こんなところでいったい何を! 仕事はどうしたんですか、仕事は!」
「ああ~? 仕事のこと思い出させるんじゃないわよぉ、椛の分際で!」
「これは・・・何かあったんでしょうか?」
一見心配しているような素振りと発言の文だが、その実は笑いを堪えているようで、口元がぴくぴくと苦しそうにしている。
「ど~せ私なんて永遠の二番手ですよ~だ! あんたもそう思ってんでしょ! 全っ然結果でないもんねぇ!」
茶髪をピンクのリボンでツインテールとしてまとめ、上半身をカッターシャツとピンクのネクタイ、下半身をピンクチェックのスカートと、一貫したピンクコーデで彩ったこの『はたて』なる人物。どうやらベロンベロンに酔っているようだ。
「うわっ、酒臭いなぁ!」
ドン引いた表情のにとりのところにもその匂いが行った。
「ああもう、お水飲んでくださいよ~」
「ん~、水ならここにあんでしょうがぁ!」
「・・・‼」
友希は無い目をぎょっとさせた。
見えないので恐らくなのだが、この女は友希の入っている水筒を和み水として飲むため、にとりから奪い取ったらしい。
「ままま待ってください! それはあああ‼」
「んあーーー」
「まずいっ!」
一瞬見えた外界の光、その先にある口内洞窟。友希は咄嗟に行動に出た。
「ん、んん? なによ空の水筒なんか持ち歩いちゃって」
「あはは、そうなんですよ~。ちょっと必要になっちゃいまして。おほほ~」
焦りを抑えようと変な言葉遣いになるにとり。
この緊急事態には、さすがの文も胸を撫で下ろす気持ちになった。
「ではそろそろ失礼しますよ、はたて。私たちは忙しいんです。ええ、とってもね」
真昼間から飲んでいることもそうだが、ヒヤッとさせられたことが多少頭にきた文は、満面のドヤ顔ではたてに言い放つ。
「そうね、文々。新聞は盛況だものね! いいのよいいのよ、もうそれで!」
同業者なのだろうか。とても悔しそうだが同時にとても投げやりな態度で文を突っぱねた。
「じゃあ」と軽く会釈をしこの場を後にしようとした椛。だが・・・。
「その代わり・・・。椛をいただいていくわ! 私に付き合いなさい!」
「どうぞどうぞ~♪」
「ちょっと文さん⁉」
急な提案だったわりに、流れるように決まった椛との離別。
意気揚々と注文を繰り返すはたてと、その腕に挟まれた眉間にしわを寄せた椛。
これは後々大変なことになりそうだと複雑な気持ちを抱えたにとりを横目に、こちらも機嫌がよさそうにさっさとその場を後にする文なのであった。
「なぁ、本当によかったのか? あれで」
「何がです? 椛は言伝を言い使っただけで、その責任感でついてきていたんです。ここで脱落しようとも私がいれば道案内など容易いことです」
先ほど水筒の中から緊急離脱し静かに地面の中へと非難した友希は、水筒を取られてしまったため、周りから見つからないようにほとんど地下に埋まった状態で話しかけている。
「ねえ友希。これを」
依然として自分は正しいと胸を張る文から視線を外し、にとりから何かの紙を受け取った。
「これは?」
「念のため私のしたかったことを終えておこうと思ってね」
「・・・?」
何のことだかさっぱりな友希。それを問おうとしたその時に、第二の関門へと到着した。
「ここですよー、『天衝き櫓(やぐら)』。ささ、さっさと背負っちゃってください」
「お前・・・、早く帰りたいだけだろ」
大層な名前の付いたこのそびえ立つ岩山。
そもそも天狗の里周辺は切り立った崖のあいだを縫うようにして土地があり、多くの住居はその岩肌にくっつくようにして建設されている。
ただそれに比べても異様なまでに一本の岩山が頭一つ抜きんでている様子は荘厳としか言いようがない。
「う~ん、私のバックパックでいけるかなぁ?」
「いけなくては困りますよ。友希さんは飛べないんですから」
「え、飛ぶの? 階段は?」
「ありませんよ、そんなもの。天狗は皆飛びますからね。こう、窓からこんにちはって具合に」
窓から入るかは知らないが、実際に里の岩肌には総じて階段が見当たらない。
また今回はにとりがベルトなどの装備を持ってきていないため、つまり『ジェットコンバット』が使用できず、ライダーの力で飛ぶことができない。だいたいそれでは目立ってしまうので結局ダメ。
「ちんたらもしていられませんよ。この櫓はより高位な天狗しか利用していませんから。いくらお呼出しをされているからと言っても、周りから見れば不審な三人が近づいているようにしか見えませんからねぇ」
「聴取されたら経緯を伝えるしかないじゃない」
「天狗の格好した人間を担いで運搬している時点で、怪しさ天魔様級ですよ。はたして聞く耳を持つでしょうか?」
文はいつまでも他人事のように話すのだが、それでも的を得た発言ばかり。にとりも黙り込んでしまった。
しかしこんなところで止まっているわけにはいかない。
最も良くないのは、友希が、大天狗の意思に反して、呼び出しに応じないことである。
例え友好的な部類の大天狗であったとしても、すっぽかしは誰に対しても失礼なことだ。
「何でもいいけどさ、結局行かなきゃいかないんならパッと行こうぜ。到達できなきゃ皆怒られるぞ」
若干投げやりともとれる態度で反応を返した友希に対し、文は分かっているとふてくされた顔で表現して見せる。
「ね、友希。これ」
先に飛び立った文を追うため、両脇から友希を引っ張り上げようと後ろに回ったにとりは、小声と同時に友希に紙の端切れを渡した。
「え、何これ?」
「妖怪の山を出れたら、この紙の内容を読んで。もしかすると私も途中でリタイアするかもだから、今伝えておくよ」
「その発言はフラグでは?」と、友希は思ったが、なにぶん真剣な表情でにとりが言うものだから、指摘するのは我慢してその紙をズボンのポケットに押し込んだ。
「行くよ!」
どういう変形か、リュックサックから露わになったロケットエンジンが唸りを上げ、友希共々ふわりと浮き上がる。
「所詮は櫓ですから、一直線に行ければ五分とかかりません! もっとも、お二人に合わせなければ一瞬ですけどねっ!」
「結構つらいか、にとり?」
「う~ん、基本は一人用だし、友希は私よりも体重があるから・・・」
にとりが懸念しているとおり、飛び立ったはいいもののどうにもエンジンの調子が上がらない。早くも定員オーバーで嫌な機械音が響いている。
「到達できれば修理は後でできる! 出力、フルパワー!」
「あっつ! あつつ!」
にとりは慣れているかもしれないが、友希には背面で轟々と噴き出す火炎は苦痛だ。いくら河童の高機能服に身を包んでいるとはいえ、人間の友希にはその身に伝わる熱は耐え難いものがある。
「ちょっと、あんまり揺らさないで! 軌道がブレる!」
「いやそんなこと言っても・・・。ああ、なんか嫌な予感が~」
「あの~、大丈夫です?」
先を飛んでいた文が心配になって声をかけてきたのだが、丁度そのタイミングでなんとバックパックに限界が来たようだ。
ボンッと鈍い音を立てたかと思えば、黒煙を吹き、徐々に徐々に高度を下げていくにとりと友希。
「ああああ、だめだめ! む、無理かも~‼」
「ちょっ・・掴まってください‼」
文から差し伸べられた手。開いた両手で必死になって、友希はその手を掴み取る。
「後は頼んだよ~!」
瞬間、にとりは呆気なく降下していく。
「にとり・・こうなることを予期していたな・・・」
「最初から私に頼むのは、河童としてのプライドが許さなかったんでしょうねぇ」
妖怪の山では数多の妖怪が生活をしている。その中でも群れを成して過ごしている妖怪は数えるほどしかいないのだとか。
そんな高社会性を持つ妖怪たちには、それなりにプライドもあるのだろう。自分たちの地位をアピールするために。或いは相手にナメなれないようにするため・・・かもしれない。
「先を目指しましょう。もうすぐですよ」
それでもやはり、知り合いが落ちていく様子には何か思うところがあったのだろう。妙に落ち着いた様子を見せる文は、軽々しくかつスムーズに飛翔を始め、あっという間に頂上の足場に足をかけた。
「お前って・・いや、天狗って凄いんだな」
「今更ですか⁉」
神の威圧にも圧倒されたが、こういった一つの能力差でさえ、体感すると少し怖気づいてしまう。
とはいえ文の性格がこうで助かった。多少の不安ならば解消される。
「それで、なんか変わったところだな」
降り立った足場は、寺社仏閣のような装飾の赤い木組み。それが岩肌に突出しているのだ。
中国のカルスト地形のような壮大な景色。その岩の頂点に位置するこの場所には、飛び出た足場と必要の疑われる大きな瓦屋根。そして、不自然に設置された扉。
「この扉は?」
「この先が大天狗様のいらっしゃるお部屋に繋がっています」
こんな岩の中に本当にいると言うのだろうか。にわかには信じがたい。
「でここからはどうすれば? 中の案内もしてくれるんだろ?」
「いえ、この中に入ってしまえば、適当に歩いていても大天狗様の元へたどり着けますよ」
「じゃあ、文はどうするんだよ」
「私はしばらくこの周りを周回しようと思います。今までそれなりに怪しい行動をとってきましたから、怪しまれていないとは言い切れませんからね。文字どうりシラミつぶしです」
そう言って文はタンと足場を蹴り、沈むように滑空した後まるでジェット機のように尾雲を引きながら、どこかへ飛んで行ってしまった。
「・・・本当に大丈夫かよ」
激動の一日の先端にある今この状況。どうにも慣れてきてしまったようで、何の気なしに弱音が口から零れてしまう。
しかし留まってはいられないのはもうわかっている。
今までもそうしてきたように、進むしか道がない以上なりふり構わず飛び込むのが正しい選択だろう。
特に言葉にしたりはしないが、友希は覚悟を決めた。
得体の知れないくぼみに手をかけ、ゆっくりと引く。
ギィというか細い音が友希の不安を掻き立てるなか、無情にもゆっくりと確実に、扉は友希と外界とを隔絶したのだった。
第二十八話 完
今回も最後まで見ていただき、誠にありがとうございました!
作者の『彗星のシアン』です。(ガンダムではありません)
さて第28話ですが、やっと守矢神社から解放されたかと思いきや、今度は天狗の里へ赴く(呼び出される)羽目になってしまいました。
次から次へとやらないといけないことが増えて、友希だけでなく私も目が回ってしまいそうですよ・・・!
結局のところ、神奈子が起こっていたのは『早苗を取られる』という過保護の勘違いが原因でしたが、それにしたって友希は災難でしたね。むしろよく神の拳を受けて生きていられたと褒めてあげたい。
早苗も友希より3年ほど年上になりますが、友希と同じく外の世界からの来訪者であり、同じくライダーを見ていたファンという共通点の持ち主でした。理解者が増えたことは友希にとって喜ばしいことでしょう。
そしてついに、次回は友希を呼び出した大天狗との謁見です! いったいどんな奴なんでしょう?
友好的かもしれないということでしたが果たしてその真偽は!?
乞うご期待!!