3・博麗の巫女
「ちょっと待って・・早いよ・・・ちょっと・・・」
「大丈夫か? あとちょっとだから頑張れ!」
幻想郷の守護者であるという人物のもとを目指し、友希とにとりは丘の頂上へと延びる階段を上っている最中であった。
友希は何の造作もなく淡々と上っていたのだが、妖怪であり体力も人間などを上回るはずのにとりがなぜかものすごくばてており、友希がにとりを見下ろし心配する少し変な構図となっている。
ちなみに友希は小・中学陸上経験者で選手としての経験もあり、体力には少しばかり自信があったのだ。
「よし! 着いたな!」
頂上に到着し、うんと背伸びをする友希。後を追うようににとりも頂上へと到達する。
「いやぁ、最近はあっちの工房にこもりっぱなしで体がなまりすぎちゃって、ほんとまいっちゃうよ」
「にしてもなまりすぎじゃないのか? 半分もいかないうちにへとへとだったじゃん。どれくらい籠ってたんだよ?」
「んと・・・・二カ月?」
「長っ! そんなに⁉」
「たまたまだよ⁉ たまたま! 今回はつい夢中になちゃって・・・」
にとりのいい方からするにあの工房以外にも他があるようだが、二カ月も帰らないなんてにとりの発明愛がよくうかがえる。
「それより! 少しくらい助けてくれたって良かったんじゃないの?」
「いや、確かに女性を無碍に扱うのは俺も感心しないけど、なんせ妖怪だろ? それくらい大丈夫だと思ったんだよ・・・」
「もっと開発で疲れた乙女をいたわろうって気持ちを持ってよぉ!」
「開発で疲れた乙女って何⁉ 痛っ、だめ! 引っ張らないで⁉」
「ゆーるーさーんーぞー!」
この場所にたどり着くまでそれなりに長い道のりだった。その間あれこれにとりと話し、仲が深まっていることに気が緩み大人げなく騒いでしまった。
達成感で忘れていたがここは神聖な神社の境内。あまりうるさくするのは推奨されない。
「ちょっとあんたたち! 人ん家で何騒いでんの! ゆっくり昼寝もできないじゃない!」
響き渡る怒号にしまったと恐縮し、友希の額を冷や汗が伝う。
二人共が声の方向に顔を向けると、そこには赤と白を基調とする巫女服の少女が立っていた。外の世界感覚ではその姿は普通ではなく、顔の大きさほどもある赤いリボンに加え見慣れない装飾で髪を結わっているのも友希の目を引いた
「何よ、何かついてる?」
「あ・・いやぁ、その・・」
見慣れない服装でつい見入ってしまった。そして何も考えておらず言葉に詰まってしまう友希。
どうにも初対面では自分からはうまくしゃべれない。
それを見かねたにとりが、何かを思い出したかのようにとっさに話し始めるのだった。
「この人はね、さっき幻想入りしたみたいで、えっと、名前はね」
「一夜友希。よろしく・・・」
「・・・・・」
「・・・?」
印象を悪くしないようになるべく物腰の低い感じであいさつしたのだが、どこかパッとしないような顔を浮かべる巫女。
「あなたが紫の言っていた人間ね。残念だけど私にできることは何もないわ。生きるも死ぬもあなた次第、じゃあ頑張ってね」
「えぇぇ・・・」
言っていることは至極正しいことに違いない。それはわかるが、とても興味のなさそうな返しをされたので動揺を隠しきれない友希。それどころか相手に対して冷たい印象すら抱いてしまった。
「にとりもよ。私だけが幻想郷の仕組みを知っているわけじゃないんだから、あなたが自分で何とかすればいいのよ。それが一番私にとって楽じゃない?」
「いやでも、彼は外の世界から来たんだよ⁉ 返してあげなくちゃいけないんじゃ?」
にとりのその言葉に友希はギョッとした。
なんたって友希は自分で生きたいと願ったがゆえにこの世界に飛ばされたのだ。元の世界に帰れるのならそれはそれでもいいのだが、おそらく外の世界では友希は死んだことになっているのではないだろうか。いや死んではいるのだがだとすれば再び友希がいるのはおかしいだろう。
それにだ、友希はすでにこの世界の美しさに半分魅了されつつあったのだ。今更帰ってくださいではなかなか気分が乗らないのも事実であった。
「今回に限ってそれは無理よ。正確には自業自得」
どうやらこの巫女はある程度のことはすでに把握しているようだ。
「いつものように本人の意思に関係なく幻想郷に入ってきてしまったのなら私はやるべきことをやるわ。でもあなたは望んでこの世界に来たのでしょう? それなら今更帰りたいなんて言わないわよね」
正確にはこんなところで死にたくないと言っただけで、なにも幻想郷に行きたいなどとは一言も言っていない。しかしそんな言い訳をしたらまるで本当に帰りたいですと懇願していることにもなりかねない。ので、友希は癪だが口をつむぐことにした。
眠りを妨げてしまったせいかどうやら巫女は相当眠たかったようで、目元をこすりながら大きなあくびをして見せる。
「それだけなら私も反論するかもしれないわね。でも仮に帰ったところで何ができるっていうの? 死人がよみがえったってことにするのかしら?」
友希の心配事を見事に語ってゆく巫女。しかしいかんせんその顔に腹が立つ。
「紫からも変に釘を刺されているし、今回ばかりは手を出すのははばかられるのよね~」
確かにこの巫女が言っていることは正論中の正論、友希自身も納得はしている。だが巫女が口を開けば憎まれ口や言わなくてもいいようなことが要所要所に見受けられ、どうしても心にいら立ちが芽生えてくるのだ。
つまり最初の印象はすこぶる良くないということである。
「まあいいわ、とりあえず自己紹介されたからにはこっちも名乗らないわけにはいかないわね。特に博麗の巫女としてはね」
巫女は改まって服装を軽く整えこちらを向きなおす。
「異変解決は私にお任せ! 下劣な妖怪どもはコロがしちゃうぞ♡ 人呼んで楽園の素敵な巫女、ぴちぴちの博麗霊夢十五歳だぞっ!」
「「・・・・・」」
いったいどう反応すればよいのやら。
友希はともかくとしてにとりまでもが黙ってしまうのだから、おそらくいろんな意味でこの巫女は様子がおかしい。
「お、おう。よろしく・・・」
先ほどまでのやつれた顔はカっとはじける笑顔に変わり、そして再びやつれていく。というか色も段々と赤くなっていく。
「ちょっと、そんな目で見ないでよ。あんまり慣れないことするものじゃないけど、こういうのがお望みだったんじゃないの? 巫女服少女の萌え姿よ、喜びなさいよ!」
「いや俺は何も言ってないだろ⁉ ていうか十五歳って同い年かよ⁉ 正確には俺は早生まれだからもしかして学年一個下か?」
「あら、そうなの?」
別に意識したわけではなかったが友希が振った小さな話題の移り変わりに咄嗟に食らいつく霊夢。
「なんだか今日はいつも以上に荒れてるね。しかも楽園の巫女って、誰も人呼んでなんか・・・」
(ギロリ)
「う・・・すみませんでした」
やつれたり明るくなったり怒ったり、この巫女は本当に感情の起伏が騒がしい。
そのせいか話の主導権を握られているようで友希としては心地よくなかった。
この幻想郷の守護者と言われるからにはさすがというべきか。自分の道を行く、誰も寄せ付けないような妙な存在感を感じさせられるのだ。ただ服装やそれ以外は普通の人間のようにしか見えない。
「まぁ、そうね・・・。確かに一人で生きていくには幻想郷のことはある程度知っておく必要があるわね」
「そういえば、あの妖怪の賢者様は今日はいないの?」
「いいえ、ついさっきまでいたわよ。あんたたちが来る前にそそくさと帰っていったけど」
スキマ。その言葉には友希にも少し思い当たる節はあった。
「なぁ、そのスキマの妖怪っていうのはどんな姿をしてるんだ?」
「姿って・・・特徴のある帽子に丈の長いスカートに陰陽勾玉の前掛け、桃色の傘を持った金髪のいかにも性悪そうな女だけど、そんなの知ってどうするのよ?」
「いやさ、俺その人にここに落とされたんだけど」
「ええ、紫の悪いところよね。面白半分でそういうことするんだもの。対処するこっちの身にもなってほしいわ」
スキマ妖怪こと紫という女性はすでに霊夢に友希のことをにおわせていたようで、霊夢は心底面倒くさそうに深いため息をつく。
「で、あんたたちこれからどうするつもり? 案内した方がいいかしら?」
「・・・どうすんのにとり?」
「えっと、他のところも周るつもりだったんだけど・・・」
「なら気をつけなさいよ。人間がやすやすと足を踏み入れていい場所なんてそうないんだから」
人間が足を踏み入れてはいけない場所がたくさんある、と言うことはやはり幻想郷では人間はとても弱い立ち位置にあるのだろうか。
実はここにきてから友希にははっきりとは明るい未来が見えてこないでいた。
自分の満足のいく人生が送れなかったことから望んだ転生という道。覚悟をしろと小町に言われたように、変わった環境にいちいちいちゃもんをつけるわけには当然いかない。
妖怪、死神、落下、そして生存、世界を守る巫女。元居た外の世界と言われる場所とは常識のまるっきり違うこの世界でこの先どうなるかなど全く見当もつかないわけで、どうしようもない不安感が友希の心を掴んで離さないのだ。
しかし、先の人生の不安は外の世界でも同じだったはずだ。ここに来たからと言うのは甘えだろうか。
(・・・ここでの勝手もまだよくわからないし、なるようになるとしか言えないか。とりあえずまずは・・・)
友希は心の中で一旦の整理をし、一呼吸をおいてから話し始める。
「よし! 異国の地ではまずは話せる友達を作らないとな」
「異国の地って・・・」
「次はどこに行くつもりなんだ? にとりと一緒なら心強い!」
急なテンションに少し困った表情をしているにとりを見て霊夢がとある提案をする。
「決まってないんならレミリアのところに行ってみたら? この前暇してるって言ってたわよ」
「あの吸血鬼姉妹のところ? 大丈夫なの?」
「まぁ特に騒ぎとかも起こしてないし、何より幻想郷に来た頃よりずいぶん丸くなったと思うわよ。特にあのメイドは、最近なんてここにお茶しに来てるくらいよ。ていうかにとりも知ってるでしょ?」
「それはそうだけど、時計の修理を頼まれるくらいであまり交流はないんだよ~」
「よくわからんけど、まずはその吸血鬼? のところに行くのか?」
死神、妖怪、ときて今度は吸血鬼だ。ホラーのオンパレードと言ったところか。
「あんた、あっさり受け入れすぎじゃない? 吸血鬼よ? 怖くないの?」
「知ってはいるけど外の世界にはいないし、河童のにとりだって全然怖くないじゃん。・・・もしかして血吸われる?」
「さぁ? 切り刻まれて夕食にされるかもね」
「・・・・・」
世界が世界なので冗談かどうか判別できないのが怖さを倍増させている。
「友希、怖がらせようとしてるだけだよ」
「わかってるよ・・・」
いくら実感がわかないといえど、冷静に考えてみると吸血鬼と言えば西洋で恐れられていたモンスターの代表格だ。そんな恐ろしい存在のもとにおいそれと顔を出していいものか。
しかしそんな非現実的な存在が多く住むというこの世界。どこに行こうと、誰に接近しようと、いずれにせよ友希にとっては未知の世界で、選んでいられないのが現状なので行動するほかない。
「よし! そんじゃ、止まってても仕方ないし行くか!」
「うん、そうだね!」
団結して二人が歩みを始めようというその時。
「ちょっと待ちなさい!」
「えっ⁉」
「どうした霊夢?」
「あんたたち、この博麗神社に足を踏み入れておいてただで帰れると思っているのかしら?」
「何⁉」
思いがけない言葉に咄嗟に身構え・・・
「出ていくならお賽銭入れてからにしなさい!」
「・・・へ?」
これまた突拍子もなく巫女とは思えない言葉が霊夢の口から発せられ、変な声が出てしまう友希だった。
「あの・・・友希。霊夢はとってもお金がないんだ・・・」
申し訳なさそうに霊夢を一瞥しながら口を開くにとり。
「ちょっと! そんなにはっきり言うんじゃないわよ!」
「お金がないって、人に賽銭をねだるほどなのか?」
「そうよ! 悪いかしら? これでもギリギリで生きてるのよ!」
霊夢の瞳孔がガン開きになっていることからもどうやら本当にギリギリらしい。霊夢の愚痴は止まらない。
「大体いっつも異変解決してるのは私なのに何でお礼の一つもないのよ! 何なら魔理沙のほうが言われてるわよ! 私だって人間なのよ⁉ やる気でないわよこんなの!」
目尻に涙まで浮かべながら必死になって訴えられるので、さすがに友希もかわいそうになってきた。あと、押しが強い。
「分かったって! ええと~財布、財布は~?」
何気に今気が付いたが、服装は死んだときのそのままだったので、白いカッターシャツに夏服の黒長ズボンの上下制服姿だった。
そして、今の友希は一文無しだった。
財布は学校のロッカーの中にしまったままである。
「(ボソッ)すまんにとり」
にとりは慌ててポケットからガマ口財布を取り出しなけなしの十円玉を賽銭箱に放り投げた。
「頼んどいてなんだけど十円って・・・」
あまりの寂しい金額に友希が突っ込もうとしたが。
「どきなさいっ!」
「おわっ!」
急に二人のことなどお構いなしに霊夢が賽銭箱めがけてダイブをかましてきたのだ。
「ね! これでよかったでしょ?」
「マジか・・・どんだけ執念深いんだよ」
「ガルルルル・・・」
賽銭箱を抱え込み周囲を警戒し威嚇するその姿はまさに獲物を眼中にとらえた飢えた狼、とてつもない威圧感である。
ある意味、幻想郷の守護者と言われるほどの大物としては十分すぎるほど癖が強いが、彼女から常に感じる存在感は友希にもずっと何となくだが感じられた。
予想以上に時間を食ってしまったので軽く霊夢にあいさつをして足早に博麗神社を後にする友希とにとり。
「えっと、次はさっき霊夢が言ってた吸血鬼のいる館、その名も紅魔館に向かうよ!」
「ああ・・・そうだな・・・」
にとりの話をうつむきながら締まりのない返事で返す友希。
「・・・? どうかしたの?」
「あ~いや、何で俺あの高さから落ちて平気だったんだろうって。いくら幻想郷が普通とは違うからって訳がわからなさすぎないか?」
「う~ん。どれくらいの高さかは分からないけど、確かに空から落ちてきて地面に叩きつけられたにもかかわらず傷一つないなんて、いくら幻想郷と言えどおかしな話だよね」
「ん~・・・」
再び森の中へと歩きながらしばらく二人とも黙り込む。
それからしばらく歩き進めたとき、再びにとりが口を開いた。
「おそらくなんだけど、幻想入りした時に何らかの能力が付与されたんじゃないかな?」
「能力?」
「そう。なんて説明すればいいかなぁ~。全員が全員持ってるってわけじゃないんだけど、中には特殊な能力が使える者たちがいてね。原理のわからないものや持ち前の力を使って魔法なんかを使う者もいるんだ」
「へえ、面白そうじゃん! で、俺もその能力に目覚めたかもしれないと?」
「目覚めたんじゃなくて「付与」されたの」
「付与・・・?」
友希にはいまいち想像ができない話だがにとりは淡々と話しを進める。
「この幻想郷はまるで意思を持っているかのように能力を誰に与えるかを選んでいる、というのが私の見解さ。実際に気になったから前に統計を取ってみたんだ」
さらににとりは自慢げに続けた。
「原理のわからないものに限定するけど、どうやら幻想郷で生まれた者は人外が50パーセント、人間が10パーセントの確率で能力を付与され、新たに幻想郷入りしたものは5パーセントにも満たない確率で付与されていることが分かったんだ。それ以外にもさっき言ったもともと持つ力を能力としている者もいるけどね。主に人間じゃないけど」
「要は人間は幻想郷じゃ弱いってことだな」
「そうだね・・・。人間は基本的に幻想郷のほぼ中心にある人里で固まってコミュニティを形成しているんだ。それに人里では里の外や妖怪の山には一人で近づかないようにしている。妖怪を恐れているんだね」
「妖怪の山って?」
「私の家があるところだよ。他にもいろんな妖怪が跋扈しているんだ」
「ふ~ん・・・」
幻想郷に対して外の世界は人間によって形成された世界といってもいい。実際に支配しているのは人間だろう。
だからと言ってほかの生物を関係ないとするのは良しとされないが。
だがこの世界は違う。人間より高等な種族なんて数えきれないほどいて、さらに檻の中に閉じこもるように隔離されているような生活を余儀なくされているらしい。
また一つ友希の心の中で不安が生まれた。
「って、話がそれすぎたな。それでその能力ってどうやって確かめるんだ?」
「う~ん、なんかこう「出ろ~!」って感じで力んでみたら?」
自称幻想郷一の発明家の発言とは思えないほど抽象的な発言に歩きながら思わず拍子抜けしてしまった。
「適当だなぁ。まぁいっか、行くぜ~! 出~ろ~!」
外の世界でも趣味のせいで子供っぽいだとか脳内年齢が低いだとかよく言われていた友希だが、それでも今のはさすがに恥ずかしい。先の霊夢のようにだんだん顔が赤面していく。
(・・・?)
自分でもわかる顔の微弱なほてりにうつむき陰っていると、やけに回りが静かなことに気が付く。先ほどまで得意げに話していたにとりの声が聞こえない。
「・・・ゆ、友希。これは・・・どういう・・・」
「んえ? っおわああああああ!」
にとりのひどく動揺した声色に友希も咄嗟に顔を上げる。
にとりが動揺するのもうなずけた。目の中に飛び込んできたのは、二の腕から先がまるで溶け落ちたように欠落した無残な友希の腕だった。
しかもおかしなことに、溶け落ちている部分には色がなく無色透明になっており、中の肉や骨も見えなかったのだ。
「「うわああああああああああ!」」
静けさに満ちた森林を切り裂く男女の悲鳴。
それが、いよいよこれからが怪しくなってきた友希の幻想郷での生活、これから巻き起こる奇想天外な物語の開始の合図となる。
一行は次なる目的地である紅魔館を目指す。果たしてどんなことが待ち受けているのか今はまだ誰も知る由はない。
第3話 完