ラブ要素はどっかに飛んでいった
春麗らかな午後だった。
ロックロールの店主岩巻真奈は、くありとあくびをする。
(のどかねぇ)
この店に住まう閑古鳥は絶好調で、お客さんはほとんど来ない。このほとんどというのは、あくまでこれから来るかもしれないという希望的観測であり、今日の売り上げは今のところゼロだ。
(まあこんな日もあるわ)
大学生である常連客達は、春休みなのでゲーマーらしく一日中引きこもっているだろうし、そもそも下宿しているので今日来ることは多分無いだろう。
(あの二人も、どうなってることやら)
なんやかんやお付き合いを始めたという話は、恋愛速度ナメクジ美少女から聞いたのだが、こう言っては悪いがあの二人がまともな速度で恋人らしいことをしているはずがないと確信している。
(口出すことじゃないしねぇ)
まあ、なるようにしかならないわ。
もう一度あくびが出た。本格的に眠たい。
(まずいわね、コーヒーでも淹れようかしら)
よっこいせと、立ち上がった時だった。
「まままままなしゃん!たしゅけてくだしゃい!」
「えぇ……」
大学生になってすっかり垢抜けた常連客、斎賀玲が店内に駆け込んできた。長閑な午後は、終わりを迎えそうだ。
「玲ちゃん、どうしたのよ?」
彼女達が高校生の時に、さんざん振り回された真奈はもはや動じない。
「あれ、何で私はロックロールにいるんですか?」
「こっちが知りたいわよ」
めっちゃポンコツになっている。十割方あのクソゲーマー絡みだ。
「また、逃げてきたの?」
「そ、そうでした。聞いてください大変なんです!」
「ハイハイ、聞くわよ」
「そのですね、今日誕生日プレゼントを貰ったんです」
「うん」
そうなのだ。今日は彼女の誕生日なのだ。真奈も、朝お祝いのメッセージを送った。
「そ、そしたら、ここここ、こんなもももももも!」
「うん?」
彼女は左手を顔の前まで上げて、ブンブン振り回す。残像がすげえ。
「はーい、取りあえず落ち着きましょうねー。私の動体視力じゃなにも見えないわよー」
「す、すいません」
手の動きは止まった。他がやべえ挙動しているけど、それは無視して左手を観察する。部屋の照明のを反射して、薬指がキラリと光った。
「えーと、おめでとう?」
まあ、どっからどう見ても指輪だ。学生のうちから婚約かぁと思い、彼女の恋人の成長ぶりに目頭が熱くなる。
「な、なんで、そんなに冷静なんですか?」
「むしろ、あなたがそんなに慌てる理由が分からない」
「だって、けけけけけけけけけ?!?!」
「うん、まさかと思うけど、あなたそれ付けた癖に恥ずかしくなって逃げ出したなんて言うわけ無いわよね?」
「……………」
「あほか」
構ってられん。そして、どうせこの後すぐに、
「岩巻さん、玲さん居ます?」
「ら、楽郎くんどうして?!」
「探したよ、まさかこっちに帰ってきてるなんて」
流れるような仕草で、斎賀玲の恋人の陽務楽郎は彼女を捕獲した。世間的には、ハグと呼ぶ。
気障ったらしい動作でしかないのだが、この二人の場合話し合いに必須の行為だ。何せ、気絶を克服した玲は、その代わりに脱走するので。
「嫌だった、ってことはないよね?」
「そ、それは、その嬉しくて」
「あー、お二人とも奥に行って?」
何故、バカップルどものプロポーズを間近で見にゃならんのだ。
真奈は、いろんな意味で塩が欲しくなってきた。
どこかで鴉が、カアと鳴いた。