ウマ娘に転生したけど、私はもう限界かもしれない 作:すごいぞ!すえはら
日本ウマ娘トレーニングセンター学園。
晴れ渡る青空と土埃立ち込めるダートコースの片隅で、私は強制的にランニングをさせられようとしていた。
「さあ、良い子ですからねー。少しだけ走ってみましょうねー」
「嫌です! なんで私がこんなところでランニングしなくちゃいけないんですか!!!」
緑のスーツ姿というイカれた服装の駿川さんという事務員に、何度も走るよう促されるが、全く走ろうという気にならない。
もともと、運動は苦手である。
私、宮永咲は前世ではプロ雀士として活躍していた。前世でもほとんど運動をしなくて済んでいたのに、なぜ転生先の世界で好きでもない運動を強要されなくてはならないのか。
意味がわからない。
「えーと……そうですね。ウマ娘というのは走るものですし……す、少しだけで良いので走って見ませんか?」
「絶対に嫌です。だいたいなんなんですか。そのウマ娘って!? 私は人間ですよ!」
私がそう大きな声で言うと、駿川さんは困った様子で頬を掻いた。それから、コース横のベンチに置いてあるショルダーバッグから手鏡を取り出して、私の姿をうつした。
「ほら、ウマ耳ついてますよね?」
「………………」
「それに、尻尾も」
「………………」
認めたくないところを指摘されてしまい、私は黙り込む。顔立ちと155cmの背丈は前世と変わらないが、転生先のこの体には立派なお耳と尻尾がついていた。
この世界では、ウマ耳と尻尾をつけている人間はウマ娘と呼ばれて、謂れのない差別を受け続けなければいけないらしい。
「それじゃあ貴方がウマ娘だってことも、理解していただけたようですし……少し走ってみましょうか?」
「嫌です、なんか砂っぽいですし」
「それなら、ウッドチップもありますよ。ふかふかで走りやすそう!」
駿川さんはウッドチップのコースを指差して、ニコニコしながら誘導してきたがそもそも走りたくないので、私はそっぽを向いた。
走るより、芝のコースに寝転んで読書をしてそれからお昼寝をしたい。途中で他のウマに蹴り飛ばされて人生……いや、ウマ生が終わるかもしれないがそれはそれで良い。
神様に頼んで次はちゃんとした人間に転生させてもらおう。プロ雀士としての競争社会に疲れたので、動物に転生させて欲しいと言ったらこれである。
可愛いお姉さんの膝の上で飼い猫に転生してのんびりと生を満喫する予定だったのに、なぜ馬なんかに転生しなくてはならないのか。
「とにかく私は絶対にレースなんて出ませんし、走るつもりはありませんから」
「ま、まあまあ……少しだけ走ってみましょうよ。走ってみたら意外に楽しいかもしれませんよ」
「嫌です」
「…………」
なんとか私を走らせたい駿川さんが、あの手この手で勧誘してくるが、ここは断固拒否することにした。
そもそも運動などしたくないし、人に頼まれて走るというのも気に入らない。
それから1時間ほど走りたくないと駄々をこねていると、駿川さんが厩舎から鞭を持ってきたので慌てて走って逃げることにした。
周りの景色がぐんぐんと加速していく。
転生の効果なのか体が軽く、嘘のように速く走ることが出来た。
ダートの上を跳ぶように翔ける。
逆走してくるウマ娘たちを躱しながら、ひとしきり走ると駿川さんを撒くことができたようなので、木陰のベンチに座って休むことにした。
ふうと一息ため息をつくと、凄い勢いで駿川さんが追いかけてきた。
「逆走しちゃダメじゃないですか! なんで素直に走ってくれないんですか!」
「いや、だって鞭とか怖いですし」
「でも、さっきの走りを見て確信しました! サーキーさん貴方は日本競馬の頂点にたてる逸材です! アラブの石油王に競り勝って落札した理事長の目に狂いはなかった!」
「は、はぁ……」
「私が調教師を務めますから、私と一緒に日本ダービーの制覇を目指しましょう!」
「嫌です」
落札がどうとか、人身売買のことを興奮しながら話す駿川さんに蔑みの視線を送りながら、私は彼女の誘いを拒絶した。
落札、調教師、アラブの石油王。役満である。もはや犯罪以外のなにものでもない。
私に人権はないのだろうか?
「うーん……まあ、名馬は気性難な子も多いと言いますし。ネヴァーベンドとリボーがいけないんでしょうか」
明らかに性格に難がある駿川さんに気性難の烙印を押されて、少しショックを受けたがキチガイに何を言っても無駄なので、大人しくしておくことにする。
「とりあえず疲れたので、早く寮に戻りたいです」
走って汗をかいたのではやく部屋で、シャワーを浴びてのんびりしたい。
「そうですね……一応走ってもらえましたし……無理を言って、競馬に嫌なイメージを植え付けさせるのも……」
競馬に嫌なイメージを抱くことを心配しているようだが、そもそもすでに嫌な印象しかないので完全に無用の心配である。
ブツブツと色々つぶやいている駿川さんに連れられて、寮まで帰宅する。
寮の談話室の片隅にぐるぐると左回りに旋回し続けるキ◯ガイがいたので、極力目を合わせることなく自分の部屋に戻ろうとすると、駿川さんからまた声をかけられた。
「今日からはですね、部屋が2階になりますから。よろしくお願いしますね」
「え? 部屋が変わるんですか?」
「え、えーと……そうですね。変わります」
「どうしてです?」
「いや……とくに理由はないですよ……?」
部屋が変わった理由について質問すると、駿川さんは露骨に目を逸らし始めたので、絶対なにかあるなと私は思った。
「それじゃあ! これが今日の分の干し草です! ゆっくり休んでくださいね!」
駿川さんは干し草を私に押し付けて、そそくさと事務室へと帰っていった。
「はぁ……」
ひとつ大きなため息をついてから、干し草を持って自室へと向かうと、廊下に奇声をあげながらコサックダンスを踊るウマ娘がいた。
完全スルーで部屋に入ることを試みたが、神様は私になんの恨みがあるのか、呼び止められてしまう。
「へいへいへいへ〜い。そこのおにぎりの梅干しみたいなシケた顔したお嬢さん。あてくしとコサックダンスを踊ってくださらな〜い?」
ハッとするようなキラキラとした芦毛の美人だが、行動、発言、表情。すべてがキ○ガイのそれなので無視して、私は足早に部屋に入ろうとした。
「あっ!? てめぇ! 無視すんじゃねえよ!!!!」
手に持っていた干し草に、キ○ガイが思いっきり噛み付いてきたので、私は慌てて干し草を全て手放した。
寮のフローリングの上に干し草が散乱する。
「な、なにするんですか!?」
「わりぃわりぃ。凄い落ち込んでそうだったからよぉ、音楽の力で励ましてやらなきゃって思ったんだ!!! バンド組まね?」
幾何学的な踊りを披露しながら、バンドに勧誘してくるガ○ジに頭を抱えたが、このままスルーして部屋に戻ることは困難そうに思えたので、腹を括って問いかけた。
「だいたい貴方は誰なんですか!? いきなり干し草に噛み付いてきて」
「ふぉっふぉっふぉっ、わしの名前はゴールドシップ。みんなからは、ゴルシちゃんと呼ばれておるのじゃよ」
「そ、そうですか……私の名前は宮永咲です」
「お!? サーキーか! 良い名前じゃねえかあ〜 ハシルショウグンと同じくらいのネーミングだな!」
「いえ、私の名前は……宮永咲です」
「サキー?」
「み、や、な、が、さ、き、です!!!」
「いやいやいやいや、やっぱりサーキーだよなぁ!?」
宮永の部分は完全に無視されて、伸ばし棒をどこにつけるか悩み始めたゴールドシップさんの様子を見て私は説得を諦めた。
「ゴールドシップさん、もう部屋に戻るので廊下を通してくれませんか?」
「ゴルシちゃん」
「は?」
「ゴルシちゃんでいいよ」
「…………」
あだ名で呼ぶまでテコでも動かないと言うキ○ガイの強い意志を感じて、私は再度頭を抱える。
「ゴルシちゃん……通してください」
「うおおおおおおおサーキーが遂に、バンド加入を了承してくれたぜええええええええ。ウェイクアップ!!! 目覚めの時だああああああ」
「え……あの…………」
「これから一緒に頑張ろうな! 俺と一緒に世界一のロックバンドにして、ビルボードに名前載せまくろうな!!!」
「いえ、バンドやるなんて一言も……」
「いえーい。バンド名はなんにする?レッ○ホットチ○ペッパーズなんていうのはどうかなあ」
「話聞けや^^」
「俺、おまえと一緒なら天下取れそうな気がするよ!!! 早速、カポエイラとコサックダンスの練習しような!」
「嫌です」
「うおおおおおおおファイアーーーーーー」
コサックダンスを踊りながら私の周囲を回り続けるゴールドシップさんの様子を見て、私がなんで2階の部屋に移動することになったのかは大体察しがついた。
ウマ娘に転生したけど……私はもう限界かもしれない。