ウマ娘に転生したけど、私はもう限界かもしれない 作:すごいぞ!すえはら
「綺麗に晴れた青空、絶好の練習日和ですね!」
日本ウマ娘トレーニングセンター学園の選手寮。私の自室の窓を高らかに指差して、駿川さんは練習に誘ってきた。
5月のこんな暑い日に、ランニングなどしたくはない。
駿川さんの言ったことは無視して、床に座ってのんびりと干し草を食べていると駿川さんは大きな声でもう一度同じ言葉を繰り返した。
「綺麗に晴れた青空!!! 絶好の練習日和ですね!!!!!」
「…………そうでしょうか?」
クソデカボイスで2度同じことを繰り返されたので、仕方なく駿川さんの意見に疑問を呈するお返事をしておくことにした。
「今日は軽く芝を走ってみます? それとも脚部に負担がかかりますしダート?」
「どっちもパスで」
「……とりあえず、部屋からでましょうか?」
「今は干し草を食べるのに忙しいので、後にしてください」
「食べてるだけじゃないですか!?」
私の返事に駿川さんの鋭いツッコミが入ったが、走りたくないので仕方がない。
それにしても、転生する前は気が付かなかったが、干し草がこんなにおいしいとは思わなかった。寝そべって少しずつハムハムして食べると、とても穏やかな気持ちになれる。
「……走らなくても良いので、外にでましょう」
「んー……干し草食べて今日は1日を終えたいんですけど」
私がそう言うと駿川さんに本気で睨みつけられたので、大人しくついていくことにした。昨日のように鞭とか持ち出されると面倒だし、一応、干し草を提供してくれる飼い主でもある。緑スーツのキ○ガイとわざわざ対立することもない。
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すうっと木々の間を吹き抜ける風が、葉っぱの影をさわさわとさざめかせる。
フカフカのウッドチップの感触をスニーカーの靴底で確かめて、一歩一歩私は足を前に動かしてお散歩を楽しんでいた。
春の陽気を感じる森林馬道。横に面倒な女さえいなければ、爽やかな気持ちで春のそよ風を満喫できていたのに……
「あ、脚を軽快に動かして! もしかして、少し走りたくなってきたんじゃないですか?」
「いえ、ならないです」
私がそう言って固辞すると駿川さんは半分涙目になりながら私に訴えた。
「ううっ……サーキーさん、どうして走ってくれないんですか……」
「だって、私に競馬をやるメリットがないですし」
「レースに勝てば富と名声が……」
「干し草以外興味ないです」
お金はともかくとして、名声などというものはあっても仕方がない。むしろ、生きていく上でむしろ邪魔になる。これは、前世でプロ雀士をやっていた時に痛いほど実感していた。
「あとは、実績を積めば引退後に種牡馬になれたりとか……」
「種牡馬?」
「ああ、種牡馬っていうのは他のウマ娘さんたちと交配して遺伝子を後世に伝えていく大切なお仕事です」
「………………」
「色々なケースがありますけど、だいたいはG1を勝った馬がなることが多いですね」
「……大きなレースを勝てなかったらどうなるんです?」
「その場合だと繁殖にあがってもらって、種牡馬になった子との間に、子供を作って貰うのがお仕事になりますね」
「私に人権はないんですか!?」
「え? だって馬じゃないですか」
さも当然と言った風体で、ニコニコと将来の展望について説明した緑の畜生に戦慄を覚える。
どうやら、私の将来は死ぬまで子作りをさせられ続けるだけのお仕事か、産む機械になるよりほかないらしい。
転生先は自然豊かでほのぼのとした世界かと思っていたのに、闇が深すぎる。
「わ、私はそんなの嫌ですよ……」
「え……でもそうなると乗馬ということに」
「なんだ、ちゃんとした仕事もあるじゃないですか。私、引退後は乗馬になりますよ! というより、レースには出ないで今すぐ乗馬になります」
人を乗せて走るのも大変そうだが、交配をさせられ続ける未来よりはだいぶマシなように思える。
「ええっと……」
私の目を露骨に逸らし始めた駿川さんに嫌な予感を覚える。
「なにか……あるんですか?」
「そ、そうですね。トレセン学園で活躍できなかったウマ娘たちは地方競馬に行ったり、中には乗馬になる子もいますね」
「…………その乗馬って本当に乗馬なんですか?」
「………………」
ついに黙り込み始めた駿川さんに、強い不信感を覚えるのと同時に活躍できなかったウマ娘達がどうなるのかを察してしまう。
「あの、この学園問題ありすぎません?」
「トレセン学園の活躍出来なかったウマ娘は、乗馬用クラブに引き渡されていますから! 廃用なんて一切やっていません! 学園に問題は一切ないですよ」
「………………」
「サーキーさん! 一緒に種牡馬になれるよう頑張りましょうね!」
「おまえにはひとのこころはないのか^^」
緑の畜生に心底軽蔑した視線を送ったが、営業スマイルのような貼りついた笑顔で交わされてしまった。
畜生、畜生と彼女のことを呼んでいたが、よくよく考えてみるとこの世界では、私が畜生である。
最悪の理由だが、レースで活躍しなくてはいけない理由ができてしまった。プロ麻雀運営委員会もびっくりのブラック体質だ。
「あーあ……短いウマ生だったなぁ……」
「だ、大丈夫ですよ。サーキーさんなら活躍出来ます! それに、血統が良いので勝てなくても繁殖入りはできると思いますし!」
あまり慰めにもならないような駿川さんの慰めの言葉を聞いて、更に気分が重くなる。
ライオンのエサも嫌だが、子供を産む機械のように養われるのも嫌である。そうなると、種牡馬になって何頭かと交配して残りの時間は自由に過ごすのが一番良いように思えた。
「あれ? どうかされましたか?」
「いえ、今後のことを考えたらどっと疲れが……あと、結構暑いですし」
「まだトレーニングしてないのに……あ、そうだプールなら涼しくて快適に運動できますよ」
「じゃあ、それで」
「ふふっ、一緒に頑張りましょうね!」
トレーニングメニューが決まり、笑顔の駿川さんにゲンナリしたが走るよりは、プールでのんびりするほうがマシなので素直に従うことにした。
✳︎
トレセン学園の外れにある、屋内プールの水は適温に管理されていて、お散歩で火照った体をざぷんとつけると心地よい冷たさを身体に与えてくれた。
水着が貸出専用なのがたまにキズだが、なかなか良い施設だ。
馬に転生してから泳いだことがなかったので、うまく泳げるか不安だったがカナヅチだった前世よりも華麗な泳ぎを披露することができた。
ただ、人であった時と比べてなので、他のウマ娘なみに泳ぐことができているのかは非常に不安が残る。
ドーナツ型のプールをウマかきでジャバジャバと10周ほど泳ぐと不思議と気分も少し晴れたよう気がした。
「気持ちも吹っ切れて、良い泳ぎっぷりでしたね!」
練習が終わりプールサイドに寄ってきた駿川さんから、お礼を言ってからバスタオルを受け取り髪を拭う。
「今度は冷えたので、ゆっくりお風呂に入りたいです」
「温泉があるので、そこにも行きましょうか?」
私の練習も完了して一仕事終えた駿川さんは、少し油断しているように見えた。
なので、バスタオルで前が見えないフリをして思いっきりプールの中に蹴飛ばしてやることにした。
悲鳴と共に、ざぷんと大きな水音がした。
タオルで髪を拭くのに忙しいので、確認はしなかったがどうやら水の中に落ちたようである。
「はぁ……転生してもやっぱり生きていくのって大変だなあ」