ウマ娘に転生したけど、私はもう限界かもしれない 作:すごいぞ!すえはら
7月。
トレセン学園での生活にも慣れた私は、クソ暑い中ウッドチップコースをジョギングさせられていた。
「はい、オッケーです! 39秒1! なかなか良いタイムですよ!」
「はあ、そうですか……」
ジョギングの結果が良かったのか、駿川さんは嬉しそうにストップウォッチを確認している。
「最近は練習にも積極的になってくれましたし、これも私とウマ娘との絆が……」
「いえ、絆はないです」
駿川さんが何やら寝言を言っているので、きっぱりと否定しておく。転生してレースで勝たなくてはウマ生が終わりそうなので、仕方なく練習している次第である。
「またまたーそんなこと言って、この時期は早くレースに出たいとワクワクしてる子も多いんですよ」
「はぁ……」
駿川さんはめげずに私に走る楽しさを教えてくれようとしているが、もともと人間の私にその楽しさを理解することは難しそうである。
麻雀を楽しんだりもう少し人間らしいことをしたい。
あ、でもよく考えたら前世でも麻雀に良かった思い出とかほとんどないや。楽しいとかなかったし、やっぱ競技って駄目だな。
前世の記憶を心の中で自嘲していると、駿川さんの横につばの広い大きな帽子を被った小さな女の子が現れた。
「上々!!! たづな、良い走りっぷりだな!」
「ようやく練習にも前向きになってくれたみたいで……これからに期待ですね」
「しかし、もう少しクビを下げて走らせたほうが良いのではないかな?」
「うーん……そうですねぇ。でも、欧州の血が強い子はそういう傾向もあるので」
こちらのことを気にもせずに駿川さんとチビの間で話が続いていくことに、少しイライラとしてしまう。
「あの、この方は?」
「この学園の理事長を務める秋川理事長です!」
駿川さんがそう紹介するとえっへんえっへんと胸を張るポーズを秋川さんがとった。
本当にこんなチビが理事長なのかとは疑問に思ったが、偉い人と関わるとロクなことが起きないのは前世の記憶からも理解している。
この人とは、関わらないほうが良いだろう。
「へーそうなんですね、じゃあ私はもう寮に帰りますね」
「あ、ちなみにサーキーさんのウマ主でもあります」
「ウマ主ってなんですか?」
「ウマ娘のオーナーのことですね! サーキーさんを買いに、わざわざアメリカのセレクトセールまで行ったんですよ」
「わたしにじんけんはないのか」
「馬に人権なんてあるわけなかろう。サーキーは面白いことを言うな」
そう言って笑う秋川理事長に、私は畜生の烙印を押した。
関わらないことを決意して、ものの1分で秋川さんと、絶対に関わらなければならないことを駿川さんに告げられて、心にふかいふかい傷を負った。
自分がこんな畜生の所有物になっているということは、いつ捨てられてもおかしくはない。
「そろそろ、新馬戦もいけるんじゃないか?」
「そうですねぇ……まだ時間が必要かと」
「良いタイムだが、どうしてだ? 充分勝ち負けできるだろう?」
秋川さんに色々と聞かれて、駿川さんは少し目を逸らしながら答えた。
「げ、ゲートが全然言うこと聞いてくれないので」
「……それをなんとかするのが仕事じゃろうが」
「申し訳ありません」
駿川さんは、秋川さんに申し訳なさそうに頭を下げた。
「ゲート、見せてくれ。なにかアドバイスできるかもしれん」
「いや、ちょっとそれは……」
「私が頼んでもか?」
「えっと……」
「もうデビューさせたいんだ。ゲート、練習させて欲しい」
「す、少し待ってくださいね……」
秋川さんからかなり期待の籠った視線を送られて、切羽詰まった様子で駿川さんは私の方にきた。
「サーキーさん、ダートも良い感じでしたしこのままゲートの練……」
「嫌です」
駿川さんが言い終えるより前に、私は拒絶の意思を示した。ゲートの中は、狭くて圧迫感があり本能的に嫌なのである。
「そ、そう言わずに……」
「なんと言われても嫌です」
「そ、そうだ! 終わったら干し草あげますから一緒に頑張りましょう!」
「嫌ですね、なんでこんなクソ熱いなか狭いところに入らなくちゃいけないんですか」
私がそう言って何度も拒否していると駿川さんが鞭を持ってきて、私のところに笑顔でやってきたので、渋々ゲートの練習をする運びとなった。
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「さあさあ、入りましょうね〜。一発で合格したらすぐ終わりますよ〜」
「………………」
長鞭を持ちながらゲート入りを強要してくるのは、人としてどうなんだと思ったが駿川さんは一応人間らしいが性格が畜生なので、暴力をやりかねない。
そんな様子を遠目で見ていた秋川さんが、ピシャリと言った。
「注意!!! たづな、わたしの前でそれを当てたらクビにする!」
「は、はい……」
滅茶苦茶を言うなという顔を駿川さんが見せたので、思いっきり吹き出してしまった。
「なに、笑ってるんですか?」
「いえ……なんでもないです」
かなりイライラとした声で駿川さんにそう問いかけられたので、笑うのをやめておとなしくしておくことにした。
長鞭をゆらゆらと揺らしながら、笑顔で青筋を立てている駿川さんはかなり怖い。
「サーキーさん、ゲートが怖い気持ちはわかります。でも、そこを乗り越えないとレースに出れませんよ! 私と一緒に頑張りましょう!」
「は、はぁ……」
嫌ですと断りたかったが、駿川さんのキチガイスマイルに邪魔されて断りにくかったので思わず頷いてしまった。
「そっぽを向いたままでも大丈夫です、一歩ずつ後退してゲートに近づいていきましょう! これなら、怖くないですよ!」
「え? 後ろ向きからゲートに入っても最終的にゲートに入って嫌な思いするのは同じなんじゃ?」
「………………はい! 行ってみましょう!」
私の話を完全に無視して、駿川さんはゲートからそっぽから向いている私の体をグイグイと押して、ゲートに近づけていく。
押されるとなんとなく足が動いて、一歩ずつ後ろへ後ろへと後退してしまう。
「ふふっ、ゲートの前まで来れましたね。さっ、このまま入っちゃいましょう」
駿川さんに促されて体を反転させると、確かにゲートが目の前にあった。
仕方がないので、さっき覚えたバックステップでゲートから距離を取ることにした。
「なんでまた後退してるんですか!? おかしいでしょう!!!!」
「いえ、だって入るの嫌ですし」
「…………わかりました。それなら最終兵器を使います」
そう言って駿川さんは、カバンからアイマスクを取り出して私に装着した。
「わ、わ、わ……な、なにするんですか!?」
目の前が急に真っ暗になって、私は思わず怯えてしまった。
「さぁ……怖くないですよ! ゲートに入りましょう!」
真っ暗闇の中でグイグイと押されて無理矢理ゲートに押し込まれてから、アイマスクが外されると鋼鉄の金網が目の前に現れる。
恐怖で頭がグラグラとしてから、しばらくすると猛烈な憤怒が私の心を支配した。
常にあるのは猛烈な焦燥感だ。
競走馬としての本能なのか、軽くパニックになっていることを自覚した。私は、思いっきり金網にパンチを数発繰り出してから、金網の下を潜り抜けて、ロケットスタートを決める。
「わあああああああ!!!! 何してるんですかああああああ!!!!!!」
顔を真っ青にした駿川さんが私のことを追いかけてきたが、追いかけられると余計に逃げたくなるので、私はダートコースを全速力で疾走した。
吹き抜ける風切り音が、駿川さんの悲鳴をどんどん小さくさせていく。
競走馬になるために必要なゲート試験。その合格までの道のりは高く険しい。