ウマ娘に転生したけど、私はもう限界かもしれない   作:すごいぞ!すえはら

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第7話 GⅢ札幌ジュニアステークス

 

 札幌競馬場。

 G1レースこそないものの札幌の市街地からほど近く、洋芝の鮮やかなグリーンのターフが特徴の競馬場だ。

 残暑の残るこの季節。クソ暑い東京の本社近くのオフィス街とは裏腹に、湿度が低く心地の良い風が吹き抜けている。

 体力の落ちてきたおっさんには、ありがたい限りだ。

 

「火下さん、アイスクリーム買ってきましたよ

〜」

 

「おいおい、遊びじゃねぇんだぞ」

 

 こいつの名前は鷹見奈々、俺のカメラマン兼駆け出しの新人記者だ。取材や文章の方はこれからだが、大学の写真学科を卒業したというだけあってなかなか良い写真を撮る。

 俺は彼女が買ってきたバニラ味のソフトクリームを受け取って口をつけた。

 

「甘い……」

 

「え? そんなこともないと思いますけど?」

 

 財布から雑にくしゃくしゃになった1000円札を取り出して、鷹見の前に差し出す。

 

「あ、私が食べたかっただけですから。それより、勝てる馬を教えてください」

 

「おいおい、勝てる馬はオッズ順に並んでいるものなんだぜ? なにか特殊な情報でもない限り」

 

「でも、いるんでしょう? 今日の重賞には火下さんのイチオシが」

 

 ソフトクリームを食べ終えた鷹見は、悪戯っぽい表情を作ってそう言った。

 ドキッとして鷹見の豊満なおもちへと向かいかけた視線を、俺は慌てて逸らした。今の世の中、セクハラ、セクハラとなにかと煩い。

 

「…………まあな」

 

 コーンまで食べ終えた俺は、そう呟いた。

 サーキーの重賞初挑戦のレース。俺の見る目が本当に正しいのかどうかが試される。

 

「サーキーそこまでいいですかね? こう言っちゃアレですけど気性が荒いですし」

 

「それが良いんだよ。底があっさり知れるような馬に入れ揚げたりしねぇよ」

 

「いくら買ってるんです?」

 

「30万」

 

「え!? 冗談でしょう?」

 

 俺がサーキーの名前の入った馬券をポケットから取り出すと、鷹見は驚きと呆れが入り混じった表情をしてからはぁと1つため息をついた。

 

「うわ……ほんとに買ってるし……先輩そんなに貰ってるんですか?」

 

「いや、これで負けたら今月はほとんどタダ働きだ」

 

「まだ、パドックも見ていないのに……信じられない」

 

 鷹見はそう言ったが逆だ。パドックを見てしまえば、あの馬を買おうとする気力が持つかわからないので、早めに購入しておいた次第である。

 

「前走あれだけ強い勝ち方をしたのに、10頭立ての2番人気で3.7倍。まあまあのオッズだろ?」

 

「まあ、そうですけど……あれはダートですからね」

 

「まあ、そこがターニングポイントになるだろうな」

 

 俺はそう言ったが、あの駿川師が芝でもいけると踏んでいるのであれば、おそらく走るのだろうと思った。

 レースに絶対はないが、自信がなければここで芝へ出走はさせないはずだ。

 

 比較的新しい綺麗に整備された、スタンドを抜けてパドックへと向かう。

 

 グリーンの人工芝を中心として、鮮やかなブラウンのサークルを整然と歩行していくウマ娘たちのなかに、異物が1匹。

 

『何考えてるんですか! 首輪の上にマスクまでつけてお散歩とか完全に変態じゃないですか!? ふざけないでください!!!』

 

『まあまあ、サーキーさん。落ち着いて……落ち着いてください』

 

 夢にまで見た俺の推し馬が、お馴染みのヒャッハーロデオで今にも手綱をもつ調教師を振り払わんとしていた。

 

『や、やばくないですかあれ……』

 

『いや……平常運転だ』

 

 鷹見はドン引きしながら、サーキーが暴れている様子を見守る。

 他のウマ娘たちが1人の厩務員に引かれているのに対して、サーキーは調教師、厩務員、そして競馬場の係員3名に囲まれるVIP待遇でパドックを凱旋していた。

 

 サーキーがつけている緑のブリンカーを勝手に脱ぎはじめて、そして放り投げる。

 

『うわわわわわわ、なにしてるんですかああああ!!! サーキーさん、落ち着いてください!!!』

 

『こんな恥ずかしいもの着けてられませんよ、邪魔ったるい!!!』

 

『わかりました、わかりましたから落ち着いてください! ブリンカーはつけなくて良いですから!』

 

 レース前からすでにクライマックスを迎えているサーキー陣営を見て、電光掲示板に表示されているオッズがどんどん急落していく。

 気がつけば、俺の手の中に握りしめられた馬券は、5.1倍の3番人気の馬券になっていた。

 

 

『6番サーキー、前走メイクデビュー小倉を勝ち越して478kg 前走プラス27kgでの出走です』

 

 

「は?」

 

 場内のアナウンスが響き渡ると、パドックの観客たちが一斉にどよめいた。

 聞き間違いじゃないかと、俺は何度も目を擦って電光掲示板の文字を見直した。

 

 やはり、現実らしい。

 

「デブすぎwwwwwwwwwwwwwww」

 

 完全にツボに入った鷹見が、頭を抱えて笑い始める。

 1ヶ月も経っていない前走から、どうしたら27kgも太れるのか……調教師はなにをしているのかと小一時間問い詰めたい。

 俺は手元の4番人気の6.3倍馬券が、紙屑に変わっていくのを感じた。

 

 何故、パドックを回っただけでオッズが暴落しなければならないのだろうか。

 

「…………二歳だし、成長分ということもあるだろ」

 

「成長分wwwwwwwwwwwwww1ヶ月で成長するデブwwwwwwwww」

 

 苦し紛れにそう言った俺の言葉が、鷹見の肩の震えを加速させる。

 というか、やっとパドックを回り始めたサーキーがさっきからずっと鷹見のことを睨んでいる気がするんだが……

 

 俺の30万がかかっているんだ。頼むから、サーキーのことを刺激しないでくれ。

 

 パドックから引き上げていくサーキーの後ろ姿を見送ると、その姿が一回り大きくなっているのを感じた。

 

 おそらく、馬体が横に伸びたせいだろう。

 体高は、一切変わっていない。

 

「やばいwwwwサーキー半端ないwwwwwwwwww」

 

「そう言うなら、馬券を買ってやれよ」

 

「さすがに買えませんよあんなのwwwww」

 

 そう言って可笑しそうに笑いながら、鷹見はスマートフォンの画面を見せてくれた。

 

 サーキーと入れ替わりで2番人気になったゴールドシチーの2000円の単勝馬券投票券が画面に映し出される。

 最近は券売機からではなく、インターネットで馬券を買う競馬ファンも多い。

 

 1番人気のフルールテンザンは面白いとは俺は思わないが、ゴールドシチーはなかなか面白い。

 金色の髪の毛と尾を持つ尾花栗毛が綺麗なウマ娘だ。

 すでに、レースも3度経験しており、競馬もあらかた覚え始めたところで、隙がなく安定して走ってくれそうな雰囲気がある。

 

 あえて、ウイークポイントを上げるとすればゴールドシチーの親のヴァイスリーガルは、カナダで活躍したウマ娘で良血だが、日本ではノーザンテーストの代用種牡ウマ娘といった風潮を払拭しきれていない。

 妹のヴァイスリージェントが、代表産駒であるデピュティミニスターはじめアメリカ大陸で一時代を築きつつあるのに、日本で彼女に活躍馬が出ないということは、そういうことなのだろう。

 

「ゴールドシチーか……少し古い血統だが、良いウマ娘だな」

 

「ですよね! 栗毛ちゃんで滅茶苦茶可愛いですし、勝ってもらいたいなあ」

 

 嬉しそうに鷹見はそう言った。記者としてではない、純粋な競馬好きの少女の面影がそこにはあった。

 ウマ娘の方は全く預かり知らないところだろうが、ゴールドシチーは鷹見の夢、そして大勢の競馬ファンの夢を乗せて走るのだ。

 もしかしたら、とてつもない好走をするかもしれない。それくらい人の想いは力になると、俺は信じていた。

 

 後悔で汗ばんだ手の中にある夢を俺は、深く目を閉じてから眺めやった。

 

 

 なぜ、俺はこのデブの勝馬投票券を買ってしまったのだろうか?

 

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