話だけ追いたい方は後半三割くらいを読めばいいと思います
「そう、それでいざ帰ろうと思ったら帰り道が閉ざされていたわけですか。強大な神である貴方たちなら妖怪の張った結界如き簡単に破れないのですか?」
「馬鹿言うんじゃないよ、地底の主さんよ」
「古明地、もしくはさとりで呼んでくれませんか?」
第三者に地底の主と呼ばれ続けたらやめにくくなってしまうだろう。無駄に長いし。そりゃ都合よくその言葉を使う事はある。地底の主と呼ばれる者を敵にするという事は鬼を敵にすることと同義だと思っている妖怪が大半であるのが現実だから。
そういう時には喜んで使わせてもらうがそれ以外の時には極力使いたくない。
そもそも私は主人やら統治者やらという言葉が好きではない。弱いのに権力だけはある自分が許せなくなりそうだから。
レミリアさんや紫さんのようにきちんとした実力があった上で権力の上に座しているなら何も問題ないだろう。だが私は違う。数々の妖怪から幾度となく反乱を受けるほど、上に立つ者として認められていない妖怪なのだ。今までは勇儀や萃香、お燐にこいしなんかがいたから無事だっただけ。それでも皆主は私以外に考えられない、と口をそろえて言う。
不思議なものだ。弱者を守るのが鬼の生き方ではないはずなのに。強者と争い続ける事こそが彼女たちのあり方だとそう思っているのに。
目の前の神様たちは国を治める長とも呼ばれた程の存在。そんな存在に『主』なんて呼ばれるとむず痒くなる。私の気持ちなんて誰にも分からないだろうけど。
「じゃあさとり、馬鹿言うんじゃあない。確かに結界とは界を隔て、結びつけるためのもので妖怪とは頗る相性が悪いものだ。しかし紫の能力はこれに特化し過ぎている。奴は結界を幾重に張っても
「そうそう。あの子に境界はない。紫を神域から拒むことはできないしどれほどの距離を隔てても意味はない。月の連中は紫に一杯食わせる術を知っているようだけどね、あそこに住んでいる神々は私らとは格が違いすぎる。到底真似できないね」
月が紫さんを阻めるのは不浄の者と明確に隔てる必要があったからだろうか。紫さんでさえ解くのに時間のかかるほど強力な結界。確かにそれだけの技術があれば先ず不浄の者が月の都に侵入することはできないだろう。
それほどまでに高貴な神々が住む場所なのだ。地上の穢れに満ちた神々にはそんな結界は張れないらしい。
「時にさとりよ、不思議に思ったことがないかい? どうして幻想郷では冥界や地獄が一般的人にも知られているのか、と」
思わず首をかしげる。冥界や地獄があるなど当然の事ではないか。むしろ無ければ死者の魂は何処に向かえば良いというのか。
「うーむ、これは外で暮らしてきたからこその感覚か……。実は外の世界では冥界や地獄が一般的では無いんだよ。死者数だけで見ればここと外では桁違いだ。だがその実態はよく知られていない。冥界そのものを知らない者も多いくらいだ」
まさか嘘だろうと言いたくなるが、八坂様の顔にも心にも嘘は映っていない。
私が地上にいた千年前の事など流石に思い出せないがその時はまだ冥界も地獄もまだ一般的に存在していたはずだ。私たちは地獄を目指して降りてきたくらいだし、幻想郷ができたのも精々五百年前。外の世界ではたった五百年の間に忘れ去られたという事なのだろうか?
「人々が愚かにも口伝するのは天国と地獄ばかり。天国というものはここで言う冥界のことだ。地獄はお前も知っての通りだろう」
なるほど、それは愚か。そう言えば外の世界では妖怪どころか神すらも忘れ去られたのか。そんな者たちが救いを乞うのが唯一絶対神のキリスト教。一番身近な八百万は眼中にないらしい。
だから天国と地獄なのか。修行すれば天界にさえ登れる可能性があるのにも拘わらず、人々は天国こそが至高だと考えてしまうのか。
「話を戻そう。この幻想郷ではまずあり得ないことがある。それは分かるだろう?」
ええ貴方の心を読めば。
「生者が死者の国へ自由に行ける事ですか」
だが確かに、これは当たり前のような気がしていたがよく考えればおかしなことだ。死者と生者の間には確固とした境があり、何人たりともそれを超えるのは許されていない筈。
ところが私は生きたまま地獄に出向き、今の幻想郷では冥界の桜が有名な花見スポットにさえなっているという。
「その通り。これはあくまでも不可逆であったはずなのだ。お盆の時期だけ顕界に帰ってくる。それが世の理だった。本来黄泉に干渉できたのは死を超越した閻魔か死神、あるいは妖精くらいだったはずだ。ところが今では外の世界でも地獄と言えば生きた鬼が死者を痛めつける場所だと認識している。これを可能にしたのが…………」
「ゆか……八雲というわけですか。しかしどうして?」
「紫は元々その境界を超えられた。おそらく千年近く前に鬼が急激に増えたから閻魔から要請でもあったんじゃないか? 結局は地獄どころか冥界や天界、魔界まで繋いだらしい」
丁度千年近く前と言えば私が地底に降りてきた頃であり、その少し前には人間が大規模な鬼退治を成功させていた時代でもある。ここがまだ地獄だった頃か。
ん? それよりも聞きなれない単語が。
「魔界? 何処かで聞いたような気がしなくも無いですね。どんな場所なんです?」
「いや私も詳しくはないけどね、なんでもたった一人の神が作った無限の広さを持つ世界と聞いたことがある。その名の通り魔法が発達している世界だろう」
「そういえばむかーし昔に人間を魔界に封印したって話も聞いた事があるね。私らの住む場所からは遠かったから詳しくは知らないけど」
…………なるほど。こちらも千年少し前、と。そのころには既に繋ぎ終えていたという判断で良いだろう。何故つないだのか、そこは分からない。冥界は恐らく幽々子さん関係なのだと推測できるが、こちらも推測の域は出ない。
紫さんは普段胡散臭くて考えが読めない上に思わぬところで常人のような思考になるから余計に読めない。表情を読むことを得意とする私でもここ百年くらいの紫さんの表情は読み切れないことが多い。薄ら笑いの仮面の下に何を隠しているのか。一体どこまでが貴方の思い通りなのか。本当に底の知れない濁った沼のような存在だ。
「あらゆる世界を繋ぐメリットと言うのは何なのでしょうか」
「紫が幻想郷を創ったのは幻想の存在を守るためだ。千年前から五百年前までの間、これは人間が妖怪を打倒することに成功した時期だ。しかしその五百年ほど前に仏教が伝来してからは、我らが神道の地位は既に危ぶまれるようになっていた。
そして決定的だったのが今から五百年前のキリスト教伝来だろうね。幻想郷創造の決め手になったのがおそらくこれだ。神道どころか仏教すら存続を危ぶまれるかと思われた。それに付随する冥界や天界も同じくだ」
なるほど。外の世界で最も広く信仰されているのがキリスト教。それを弾き、はるか古より存在する神々を保護するための領域。それが幻想郷だと。
だがまだ私の質問には答えていないだろう、と目線で訴えかけると、八坂様はそれを酌みとったようで紅茶を一口啜ってから再び話し始めた。
「実を言えばそれまでもかなり希薄ではあるが現世とその他の世界は繋がりがあった。紫の干渉できない神の国がその一つだったが、その他にも紫と閻魔だけが入れる死者の国もあった。
ところが人間に最も近かった異界と言えばやはり地獄だ。人間は封印術を使ってこの生死の境界を越えて見せた。魔界の時も同じだったろう」
そういえば地獄だった時代にも度々封印された妖怪が堕とされてきたことがあった。今地霊殿にいる鵺もそうだし、この前まで地底にいた舟幽霊たちもそうだ。
「しかしこれはあくまでも人ならざる者たちにしか有効ではなかったようだ。人間は死ななければ死の世界へ行けないが、そうでなければ手順を踏めば界を渡る事も可能。この手順を簡略化したのが紫だったわけだ。鬼を地獄に送ることに成功したのならばあとは人間のみを拒む結界を張って異界への入り口とすれば良いだけのこと」
「つまり彼女は妖怪を人間から逃がしたというわけですか。人間が力を得始めたと見るや即行動に移すその姿勢は見習うべき箇所もあるやもしれませんね」
という事は私たちの行動がもう少し早ければそもそも地獄への道が無かったという事か?
いや、あの時代になっていたからこそ地獄という存在とその場所を正確に知ることができていたとも言えるのか。となると行動があれより早かった過去など無かったと、そういう事だ。
「その通り。幻想が消されていく中で最も頼りになったのが旧地獄となったこの場所と紫が創った幻想郷だった。世界を繋ぐメリットは逃げ場を増やせることだったんじゃないかと思うよ。今人間にも冥界や地獄が開かれている理由は知らないがね」
「なるほど。大変参考になりました。それより洩矢様は…………おやおや。八坂様ももうお休みになりますか?」
洩矢様の方を見れば、先ほどまで起きていたように思ったが既に寝息を立てていた。大方酒が入ったせいで眠たくなってしまったのだろう。
一泊は確定だと思っていたので一応部屋は用意しておいた。というか戒にしてもらった。
「そうさせてもらおうか。部屋は?」
「お燐、案内頼めるかしら? ……ありがとう。個室なのでゆっくりお休みくださいね」
私は今日できなかった分の仕事を進めるとしようか。流石にこんな夜中である今から来訪する不届き者なんていないだろうし、今度こそ捗りそうだ。今更一日くらい睡眠が無くても身体への影響はさして出ない。夜の方が屋敷も外も静かだし集中できる。
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「なぁ紫、お前の事だからこいしちゃんがいた事も分かってたんだろう? なら何故一緒に連れて来なかったんだい?」
そうすれば古明地も安心できて私も今頃は地底で酒を吞めていたかもしれないのに。
そもそもこいしちゃんではなくこの吸血鬼の妹を攫ってきたことの意味が分からない。連中の様子を見る限りこの子を探していたはずだ。この子をその場に置いてこいしちゃんだけを連れ帰っていたら今頃はあちらもこちらも目的を果たせていただろう。
古明地ならまず間違いなくそうしたはずだ。あいつは極端に面倒ごとを嫌う。自ら突っ込んでいっているように見えてもだ。だがこの妖怪は違う。
「何故ってそりゃあねぇ……面白くないでしょう? 他の誰でもない、私の掌の上で踊ってくれるから楽しいのよ。更に役者は多いほど良い。山は今頃どうなっているでしょうね」
私たちとは根本的に考え方が異なる異端児。他人の気持ちを考えない悪趣味妖怪。それが八雲紫という妖怪だ。初めて会った頃と比べてもほとんど変わっていない。
しかし変わらないのは妖怪の特権。私も勇儀も古明地も昔から何も変わっていない。たかが千年程度で変わる妖怪の方が珍しい。今でもそう思う。
だが古明地の周りだけはこの千年で大きく変わっている。こいしちゃんは瞳を閉じ、お燐もお空もいつの間にか人型になり、挙句の果てには式神まで現れる始末だ。
中心にいる古明地だけが変化せず、周りだけが大きく変化する。あいつは不思議な奴だ。見ていて飽きることが無い。紫とは別の意味でおかしな妖怪だと言えるだろう。古明地のやつは紫ほど悪趣味ではない分付き合いやすいし。
「あんたは相変わらずだね。でも本来の目的を忘れているんじゃないか? 私たちの目的はあくまでもこいしちゃんを見つける事だったんじゃないのか? それが結局あの子は野に放ったままだ。古明地に何か言われても私は知らないよ」
「あらあらそれはまた恐ろしい事ね」
紫はおどけるだけでそれと言った反応を見せない。つまらない。もう少し私の望む反応を見せてほしいものだ。
私は酒の席を没収されて来ているのだからその褒美くらいはあっても良いんじゃないのかね。いや確かに私も悪い事はしたけれど。
「でもね、さとりは私にこいしを見つけてくれと言ったに過ぎない。地霊殿に連れ戻すことはきっとさとりもこいしも望んでいない。それは萃香も分かっているでしょう? あの子が怒るとするならばそう、このフランドールをうっかり殺めてしまったら私を許さないでしょう」
「まさかお前…………」
「うふふ、するわけがないでしょう? 流石に地霊殿と紅魔館を同時に相手取るのは手に余りそうですもの。いくら両者の関係が良くないと言ってもねぇ……共通の敵がいる場合にどこまで団結されるかは想像もできないわ」
思わず絶句してしまったがどうやら軽い冗談のつもりだったらしい。まったく心臓に悪い奴だ。五年は寿命が縮まった気がするよ。
とはいってもこいつならやりかねないから初めは本気にしてしまったのだ。他人に嫌われることを何とも思っていないこいつのあり方は古明地にも似た所がある。
あくまでも似ているだけで同じなわけではない。実際に古明地の方は嫌われる事に対して、諦めから何も思わなくなったのだろう。それに耐えられなくて瞳を閉ざしてしまったこいしちゃんと比べると古明地の精神力がよくわかる。
紫の場合は本当に、ただ嫌われる事に無頓着なだけだと思う。自分は自分であり、他者からの評価など歯牙にもかけない。そんな奴。
だから時に冷徹になり、時には恐怖するほどの愛を持って全てに接している。これだけを聞けばこいつが誰にも縛られずに自由に他者を引っ掻きまわしているだけのようにも思える。
だが実は同時に、紫は決して他者に心を許さない。いついかなる時でも相手を警戒し続けている。だから千年来の友人である古明地に対しても心を閉じ続けているし、それ以上の付き合いがある私に対しても平気で隠し事をする。
だからほとんどの者には信用されない。まったく損な性格をしている大妖怪だよ。
「私を…………殺す? そ、そんなことをすればお姉様が許さないよ」
「ふふふ……そのお姉様も既に私が殺していたら、どうするの?」
「っ! 私が、お前を殺してやる。この手で、確実に」
「その辺でやめときな、紫。そんなお遊びをするために
本当に。何やってるんだこいつは。自ら嫌われる事に生きがいを感じるおかしな性癖を持っているのなら全力で距離を置きたいところなのだが。
わざわざ起こすだけ起こして煽るたぁ何とも大人げない。相手は三分の一も生きていない子供だというのに。
「だって面白いもの。普段は…………ふふ、忘れてちょうだい。コホン、とにかくえー……そう、レミリアは別に殺していませんわ。今も何処にいるとも分からない貴方を探しているのでしょう」
だからそんな言い方をすると……
「へぇ? 私を人質にしていると?」
ほら言わんこっちゃない。この子は別に日本語の言葉遊びなんて得意でも何でもないだろうに。紫は普段から古明地と遊んでいるから分かっていないかもしれないが、こいつの胡散臭さと誤解を招く言い方のせいで大概は言葉遊びとして通用しない。
紫との付き合いが短ければただ単に喧嘩を売っているようにしか思えないと思う。つまり喧嘩を売られたら精神の幼いこの吸血鬼は当然それを買うわけで…………。
ため息が出る。これはどう考えても盗み聞きの対価とはならない。酒宴の不参加だけでも私にとっては大ダメージだったのに……面倒くさいことこの上ない。
魔界に話を繋げようとしたら思いのほか長くなりました。今話は良くも悪くも全体的に紫様回でした
ここで一つアンケートをば
二話前では試験的にやってみましたが、後書きで前作該当箇所を記述する場合のURLの有無についてです。◯話のこの辺りと記述するか、その話のURLを書いてすぐに飛べるようにするかです。労力はほぼ変わらないです
例)紫様の月への思いは
「前作40話の最後に書いています」と書くか
「https://syosetu.org/novel/232464/40.html ここの最後に書いています」と書くか
前作URLは
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あった方が良い
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無くていい