ホラーゲームに転生させるとか、神は俺を嫌っているようだ(Re) 作:かげはし
顔を洗い、スッキリさせたところで少し食欲が出てきた。
リビングに入ってみれば、母が用意してくれた目玉焼きと一枚の焼かれたパンがある。それとシーザーサラダも添えられていた。
「秋音、今日は入学式なんだからね。時間ギリギリまでのんびりしてないで、早く食べて準備しちゃいなさいよー」
「分かってるよ」
母さんが急かしつつ、もう一つと目玉焼きとパンを追加してくる。
父さんはもう出かけたのだろう。秋満は……弟は自分の部屋に戻ったのだろうか。
テレビから流れるニュースは芸能人のゴシップやらスポーツニュースやらが報道されていた。学校で起きたあの焦燥が嘘のように平和だと思えたのだ。
(戦争も何もないくせに、何でこんな死にかけてばかりなんだろう……)
ゆっくり食べつつ、腹を満たしていく。
そのおかげか少しばかり心が落ち着いて、思い出してしまうのは境界線での世界のことばかりだった。
まだ実感できていなかった。分かっていなかったのだろう。
妖精が起こすゲームがどのようなものなのか。死ぬということがどんなに辛いことか。化け物に噛みつかれ喰われるそのきつさを。
俺はまだ、この世界がゲーム世界だと思い込んでいたから。
「……ごちそうさま」
「あら、もういいの?」
「うん。もうお腹いっぱいだからいい」
まだ時間があるから部屋で考えよう。どうせ早めに行ってもいない可能性があるし、学校は妖精のテリトリーのようなもの。あいつが監視しているかもしれない場所に長くいたいわけじゃない。
適当に母と会話をし、自室に戻ると何故か弟が床に座って何かを読んでいた。
漫画か何かかと思ったが、一冊のノートのようだった。ヨレヨレで少し古そうなそれに俺は首を傾ける。
「秋満、何読んでるの」
「っ────ね、姉ちゃん」
化け物でも見たかのような目で俺に視線を向けてくる。その反応が理解できなかった。
「何読んでるんだよ?」
「……これ、姉ちゃんの日記でしょ。床に落ちてて……でもこれ本当に日記なのか? なんか所々未来の日時が書かれてるし、変なこと書かれてるし……もしかしてなんかの創作とかに使うのか?」
秋満からノートを貰いつつ、俺は訝し気な目でそれを見つめた。
一ページ目を開くと、それは俺が書いたと思われる文字だった。
しかしそれはとても異様なものだった。
────隅から隅までびっしりと。書き記したというよりは『刻まれていた』と言った方が良い。
絶対にこれだけは忘れちゃならないというかのように。時々しわくちゃになっている部分や赤黒く何かが変色したところも見られるが、それの意味に気づいてゾッとする。
「姉ちゃん。これ本当に姉ちゃんが書いたのか?」
「いや、そんなことは……な、い……」
「姉ちゃん?」
パラパラとめくったが、その書かれている文字を読んでいくにつれ先ほど忘れかけていた恐怖が蘇る。
書かれていた内容は、妖精がゲームを始めたこと。このノートを書いた『紅葉秋音』が一番最初に何が起きたのかを理解し、妖精から逃げようとしていたこと。ループを終わらせるために鏡夜を生かそうとしていたことが分かった。
これはまるで攻略するためのルート分岐ノートだ。
いろんな行動をして、どうすれば生き残れるのか何度も何度も試したのだろう。それこそ心が限界になるぐらい。泣いてでもノートに書き続け、血に濡れても構わずそれに刻んだのだろう。
一番最後に書かれていた日の記載に、少しだけ違和感があった。でもそれよりも気になる点がいくつか存在する。
血で潰れて読めない部分があるが、■■姉さんと書かれた部分がある。それが誰なのか俺は知らない。それと姉さんに託すと書いてあるのに何故俺の部屋にこれがあったのか。
分からない。この紅葉秋音は何なんだ。俺なのか?
何も分からない。それが、怖い。
「姉ちゃん!」
「えっ、あ、ああ……秋満……」
「マジで大丈夫か? 母ちゃんに頼んで学校休んだ方が良いんじゃねーの?」
「いや、行く……いくよ……」
入学式に休んだルートは必ず死ぬ。
巻き込まれた先に生徒はいないが、最後にいた場所。つまり自室に小さなクリスタルが発生し、一人で戦うことになるルートだ。それだけは避けないといけない。だからどんなに体調が悪くても行かなくては……。
「……なあ秋満。これ何処で見つけたんだ?」
「あっ? ああ、それならそこの床だよ。なんか放り投げられてたっぽい」
「放り投げられてた……」
それは記憶にない。……ノートは全部机の上に置いていたはずだ。漫画ならともかく、床にノートを放り投げるはずがない。
つまり、見つけやすいよう置いてあった可能性がある。
それか入学式前日の俺が無意識のうちに落としたか。
(……でもおかしい。ループする前はこんなノート置いてなかった。学校から帰ってもずっと、こんなノート無かったはずだ)
嫌な考察が頭によぎった。
このループは戻っているようでそうじゃない。
もしかして、並行世界の何処かがループ地点として定められているのではないか。それか先ほども考えたように、意図的にこの場所に置いた誰かがいるということ。その場合は名前の潰れた■■姉さんと言う人になるけれど……。
「そういえば姉ちゃん、これって何なの」
「あー……お姉ちゃん全然わからない」
「何だよそれ。じゃあこれもなんか意味があるのか?」
「はい?」
「ほらこれ、ここの日付だけなんかおかしいだろ!」
秋満がページを開き、指差した場所を見る。
10月10日
■■姉さんに会った。
かのじょが■を見つけたらしい
何故早い段階でループしているのかについても理解できた。
鏡夜は天敵だ。
だから彼を排除する。でもそれだとホラーゲームに成り立たないから、彼を潰そうとするのだろう。
がいちゅうは、どんなことをしても害しか残さない
だからこのままだと、本当の意味で手遅れになる。
みんな、死んでしまった
私が彼を救わないといけない。
姉さんに全てを任せた。
この日記も、私が生きた証として姉さんに託すことにする
持っていけるかどうかは分からないけれど。
今回、ここまで長く月日が流れたのはきっと妖精の気まぐれにすぎない。
最初で最後のチャンスだ。
もしもこれで私が死んだとしても後悔はない。
ううん、やっぱり後悔はある。
わたしはまだ、やり残したことがあったから
でももう仕方がない。こうしないと鏡夜の魂は耐えきれない。
彼は死に過ぎた。彼が消滅し餌となるのをあの妖精は待っているだけ。
せめて、あの日あの場所で見た時間に戻れたならと思ったことがある
私にはできないけれど、鏡夜ならできるはず。
私が鏡夜を生かす。
だから私は死ぬんだ。
ごめんね、あきみつ。
「……俺に向かってなんか謝ってるのも気になるし、それにここも気になる」
「丸のこと?」
「そう、句読点のこと。なんか縦読みできるけどそれも何か意味があるのかなって……ってか本当に姉ちゃん何も知らねえの? これ俺に向けてのメッセージだよな? なんか意味があって書いたんじゃねーのかよ?」
不安そうにしている弟を見て、ハッと我に返った。
こいつは部外者だ。実の弟で身内でも、妖精の被害には合っていない、
藪をつついて蛇を出すという真似をしてほしくはない。だから盛大にとぼけてやろう。こいつが冗談だと思えるように無理やりにでも笑顔を作って。
ぎゅっと抱きしめて頭を撫でれば、秋満は照れてくれるから。
「んーさぁ、お姉ちゃん何も分からねえって! とりあえず秋満お前は頭がいいってことは分かった! 流石俺の弟だな!」
「やめろ姉ちゃん! 頭撫でるな! 髪の毛ぐしゃぐしゃにすんじゃねえよ!!!」
「あーはいはい可愛い弟でちゅね~! お姉ちゃんほんと秋満の頭脳が欲しいぐらいだぜ~!」
「うっせえ万年馬鹿! もう知らね!」
怒ってドスドスと足を鳴らしつつ、部屋へ出ていった秋満にちょっとだけやり過ぎたなと反省する。
そうして俺はノートを見た。最後のページ。縦読みと言われた部分。
────そこに書かれていた『かがみこわせ』の文字を。
何の鏡を壊せばいいのか。俺に何をさせたいのか。
鏡夜を生かすために紅葉秋音が死んだという文章にも違和感がある。
不意にチャイムが鳴り、ビクリと肩を揺らした。
扉を開けるために駆ける母の楽し気な声が響く。誰だろうか。母さんの知り合いか?
いやでも誰かが来るはずはない。ループ前は誰かが来た記憶はない。ということはきっと、ループ以前の記憶を持っている人。鏡夜かもしれない。
思わず扉から出てその先にいる人を見た。
「……桜坂、くん?」
「よぉ、紅葉」
ちょっとだけ不機嫌そうな彼が、俺を見て片手を上げてニヤリと笑った。