ホラーゲームに転生させるとか、神は俺を嫌っているようだ(Re) 作:かげはし
入学式だというのに、あまりにも人気のない校舎裏。
新入生のバッチを付けた女子生徒が俺に向かって近づいてくる。
「やぁ、朝比奈さん」
「……わざわざ呼び出して何の用だ」
「聞きたいことがあってね。君は覚えているかい?」
「何を」
無表情ながらも、その瞳には強い意志が宿っている。
なるほど、と。赤色の主人公と言われて納得できる程度には彼女は異質だった。
凛とした雰囲気。王者のような風格。
何があろうとも乱れることのなさそうな一本芯の入ったその姿勢に俺は内心苦笑する。少しばかり苦手なタイプだ。
猫をかぶり、俺はただ笑顔で言う。
「君は何かここで違和感を感じなかったかい?」
「違和感か」
「そう。例えば入学式が繰り返されていることとか────」
「ああ、なんだ。お前も覚えているのか」
目を見開いて驚く朝比奈に予想通りだと思えた。
「私はちゃんと入学式に出ていた。しかし妖精によって別世界に連れて行かれたのは……お前……いや、神無月君も知っているな?」
「まあね」
覚えているのは入学式の日だけ、だろうか。
記憶に差異があるのか?
リセットされたものは全員記憶が修正される。
つまり覚えているか覚えていないか程度だと思っていたが……。
これは少し考えを改めた方が良いのか。
「その時……ああ、神無月君も青組だったか。紅葉秋音を知っているか?」
「知人だけれど、彼女がどうかしたのかい?」
「保健室で化け物に食い殺されるところに遭遇したんだ。そこで助けようとして────妖精の声が聞こえ、目が覚めた」
「っ……ちょっと待ってくれるかい?」
「なんだ」
入学式に起きた出来事と全く違う。
俺達はちゃんと生きていた。紅葉秋音を見殺しにしたのはそれより数日後。二度目に妖精に呼ばれたせいであったはず。
なのにこれはどういうことか。
記憶に差異があるどころじゃない。どこか別時間軸から来たとしか言いようがない記憶だ。
リセットするごとに時間軸が違う誰かになる?
いやそれなら何故、俺達は同じ時間軸から戻ってきたんだ。海里夏がリセットをした原因か?
何故、今回に限って朝比奈は記憶を持ったまま来たのか……。
いや待て、条件が違うのか?
「妖精が言っていたのって、もしかして『リセット』だったりするかい?」
ごくりと息を呑んで言うと、朝比奈は当然と言うように頷いた。
「ああそうだな。確かにそう言っていたよ。なんだ、神無月君もあの場にいたのか」
「いや……そうじゃないけれど、そうか……」
ここがゲーム世界だと言っていた。
だからこそあり得ない話だが……現実ではないからこそ、それが正解なのか。
一人ごとに、セーブデータというものが存在する可能性は?
リセットをする者の傍に居ること。それこそがその時までの記憶を消されないようにするためのセーブ条件であるということか?
それならば、数回リセットされる前のどこかの時間軸で朝比奈の記憶は紅葉秋音が保健室で殺されたままになっているはず。
だからリセットされて何度か過ぎた時間軸だとしても、彼女の記憶は紅葉が殺された記憶のままになっているということだろうか。
ならば、覚え続ける────つまり、自分の記憶をセーブし続けるには、リセットをする人の傍にいなくてはならないのか。
妖精にちょっかいを出される危険性を考えるとハイリスクにすぎないが……。
考え事をし過ぎたらしい。
朝比奈が首を傾けて俺の様子を伺っている。
「……君は何か、知っているのか?」
「いいや知らないよ。ただ覚えているだけさ。詳しくは紅葉さんから聞いた方が良い……かな」
にっこりと笑ってはぐらかす。
彼女に全てを打ち明ける必要はない。今欲しいのは情報のみ。
仲間もいらない。
海里達は俺が巻き込んだようなものだから一緒に居るとしても、信用はしない。
「ねえ朝比奈さん。ちょっと協力してくれないかな」
「協力?」
「紅葉さんももしかしたら僕たちのように覚えているかもしれない。だから話を聞いてほしいんだ……」
「ふむ。構わないが」
「僕が頼んだことは言わないでくれると嬉しいな」
そう頼むと、彼女は訝しげな眼になる。
「時間が巻き戻る前……ちょっと紅葉さんと喧嘩してしまってね。僕からは話もしづらい。それに今は妖精について調べたいことがいっぱいあるから、話をするのはもう少し時間をおいてからって決めているんだ」
「喧嘩は時間が経ちすぎると余計に話しづらくなると思うが?」
「世間一般的にはそうだね。でも大丈夫、僕はちゃんと謝ると約束する。それに紅葉さんを信じているから、大丈夫だよ」
「そうか」
嘘偽りでも、きちんと話をすれば彼女はちゃんと納得してくれた。
そうして頷いて、協力しようと言ってくれる。それに俺は笑う。
「あと……ちょっとだけ、頼みたいことがあるんだ」
「ふむ」
「それはね────」
俺の言葉に驚きはしたが、彼女はまた頷いてくれた。
「じゃあ、あとは頼んだよ朝比奈さん」
「ああ、任せてくれ」
苦手なタイプだが、ちゃんと話せば分かってくれる。嘘でも納得すれば扱いやすいな。
さて、次は海里達の番だが……。
・・・
イヤホンにて聞こえてくる音を耳にしながらも、俺達は黄組に集まり話をしていた。
「はぁ? 亀裂の中に突入するぅ?」
「いやいや何言ってるんスかそんなの無茶に決まってるでしょ!!」
「必要なことだ。特に星空、お前の能力が借りたい」
「アンタ俺の力が紛いもんとか言ってなかったっけ!?」
「そうはいってない。ただ少し信じ切れないと言っただけだ。それにお前の力が本当に使えるかどうか試すいい機会だと思ってな」
「つまり実験のためにやるってか!?」
キレた様子の星空を軽く流しつつ、海里を見た。
彼女は心底どうでもいいというように深い溜息を吐いている。
「はー呆れた。アタシはパス! そんな危険なこと出来るわけないでしょ!」
「そうやって、手遅れになったらどうするつもりだ」
「はぁ?」
「物事において危険がない実験なんぞ存在しない。リスクがあるからこそ検証し、その成果を出している。敵を知るためには、懐に入る危険性も考慮に入れなくてはならないってことだ」
「それは、わかるけど……でもそんなことして無駄だったらどうするわけ?」
「星空がちゃんと生存本能と直観力を働かせられているか試す実験が役立つだろう」
「いやついでって感じで俺を実験対象に入れないでほしいんスけど!?」
海里夏は正直言って離脱しても問題はない。
しかし今後必要になる場合は困る。彼女の能力についてももっと知りたいぐらいだ。
出来るだけ傍に居た方が、やりやすいか……。
「海里」
「……はぁ……なに?」
「やりたいことがあるんだ。頼む、協力してくれ」
素直に頭を下げる。
深くふかく。彼女の心に届くように。
携帯に繋がったイヤホンが耳からぶら下がり音がぶれるが仕方がない。
いつもの俺ならばこんなことはしない。誰かに頭を下げる行為すら、珍しいと思われるぐらいだ。
星空も驚愕した顔で俺を見ている、時間が数秒数分と経っていくが、俺は頭を上げようとはしない。
その強い意志が伝わったのか、彼女は苛立ったように頭を激しくかき乱す。
「あ、アンタねぇ……あああもう! しょうがないから協力してあげる!」
「よし!」
「よしじゃないから!」
「いや待ってくださいッスよ! 海里ちゃんはともかく俺には聞かないんスか!?」
「あ、頼んだぞ星空」
「雑ぃ!!!」
それでもお人好しな部分があるせいか、彼は分かったと頷いてくれた。
そうして俺をジト目で見てくる。
「ってか神無月君、あんた今何聞いてるんすか?」
「ああ、ちょっとした音楽をね。集中するのにちょうどよくて」
「猫かぶりながら言う台詞!?」
そりゃあ当然朝比奈に頼んで携帯の電話を繋げて聞かせてくれる────現在進行形で流れる紅葉達の会話だからな。
それを彼らに言うつもりはない。
一人で抱えて行動すると決めたから。
(リセットされるにはそれをする者の傍に居た方が良い……俺の考えが正しいなら、きっと今回すぐリセットされるだろう……)
会話の中で流れる紅葉秋音が今回の時間軸で偶然手に入れたというノートについても気になる。考えが正しいならそのノートの意味は……。
いや、それよりはやるべきことを優先しよう。
画面に映し出されるその選択肢に、私はいろんな意味で溜息を吐いた。
本当に面倒くさいな、神無月鏡夜っていうキャラクターは!!
「あーあー。まったく、妖精に目を付けられないようにしてよね……」
カタカタとキーボードを鳴らしつつ、私は数枚の画面を見つめ続けた。
とある掲示板に流れる文字に違和感はなし。SNSにも変化はない。
ただ気になるのは、数人のプレイヤーからバグが見つかったという点だけ。
「さて、どう動こうか……」
次のリセットまでまだ時間はあるはず。
それまでにやるべきことを見定めて動かなくては……。