さて、突然だが此処で質問。
ウマ娘が走る上で重要なのは一体何だろうか。
走る技術? それとも知恵? 質の良いトレーナー? 確かにそれらは必要だろう。いや、無くてはレースに勝つことなんてきっと無理だろう。
だが、ここで忘れてはならない。走る為には技術も必要だが、それを実行する肉体も必要である。
だからトレーニングを積むわけなのだが、只々トレーニングをするだけでは効率が悪い。
ええい! 面倒なので、先に答えを教えよう。もう焦らすのは飽きた。
必要なのはニンジンである。否、それ以外は認めぬ──
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日本ウマ娘トレーニングセンター学園。通称“トレセン学園”
齢18にしてニンジンの品種改良に成功。量産も可能にし、世界から『ニンジンの申し子』と呼ばれたあなたは、今日もトラックにニンジンを積んでトレセン学園に向かっていた。
煮れば蜂蜜のように甘く、炒めれば万能の野菜と変貌。スティック状に加工すれば、もうドレッシングなんて必要がない。ご飯にも合い、どんな調理をしても必ず旨くなる。あなたのニンジンは世界で大人気。勿論、値段は気にしてはならない。
そんなニンジンを積んだトラックは、走る度に甘い香りを乗せていた。
そんな匂いに釣られてお腹の減ったウマ娘達が、可愛らしい年相応の表情を引っ提げて、今日もあなたの所にやって来るそうです。
──疲れた……
父親からの申し付けで一人、トラックを走らせてトレセン学園へ。あなたの家は府中からは遠く、運転によって凝った肩を叩きながらトラックを降りた。
これから積んだニンジンを運ばなければならない。そう思うと、あなたはちょっぴり怠くなってしまった。
ただ、これも仕事。自分はこれでご飯を食べているのだと自覚し、疲れた体に鞭を打つ。よし、気合は入った。
「あっ、農家さん!」
──やぁ、スペちゃん。おはよう。
「おはようございますってもうそろそろお昼ですよ?」
黒い鹿毛に前髪のメッシュが特徴的なスペちゃん──スペシャルウィークが、ニンジンの匂いに釣られてやってきました。
彼女からスペちゃんと呼ぶ様に言われたあなたは、恥ずかしながらも呼んでいます。そんなあなたの声に表情を綻ばせるスペちゃんでしたが、あなたは偶々見ていません。スペちゃん、頑張れ。
彼女はトレーニング中以外だと最も現れるウマ娘の一人です。食いしん坊がきっと影響しているのですが、あなたは彼女が部屋でニンジンを齧る情報しか知りません。乙女として、食いしん坊は隠したいのでしょうか。
「えへへ、一箱貰っていいですか?」
──いいよ。スペちゃん用に用意してあるからね。
「やったあ! ありがとうございます!」
ちょっぴり照れながらも、一箱受け取るスペちゃん。
かなりの本数が入った箱を軽々と持ち上げるスペちゃんに、ウマ娘はやっぱり違うなと思うあなた。
そんなあなたを見ていたのか、スペちゃんは恥ずかしそうに此方に話しかけてきました。
「……力持ちの女の子は嫌いですか?」
──いや、良いと思うよ。寧ろ欲しい。
「ええっ!!? ほっ、欲しいって言うのはその……」
──農家はとても疲れるからね。僕もスペちゃんみたいな力があればなぁ。
「やっぱりそうですよね……」
がっくしと言わんばかりに肩を落としたスペちゃん。
そんな彼女に疑問を持ちながら、あなたは食堂へ運ぶ為に箱を持った。余談ではあるが、作物というのは重い。箱いっぱいに入ったニンジンの重さなんて知りたくない程には。
手に軍手をはめて、箱が滑らないようにがっしりと掴んだ。
──よし、じゃあ行こうか。
「はい……所で農家さん」
──どうしたの?
「ええっと……」
ぽしょぽしょと小声で話すスペちゃん。心なしか顔も赤いように見えるが、体調が悪いのだろうか。そういえば、あなたと話す時、スペちゃんはいつも赤い気がする。あなたは自分が嫌われているのかと、少し不安になった。
無理もない。ニンジンだけが取り柄の男なのだからと、自分を戒め、彼女の話に耳を傾けた。
「大食いの女の子ってどう思いますか?」
──大食い?
「いっぱい食べる子ってどうかな〜なんて。あはは、ごめんなさい。変な事聞いちゃいましたよね……」
──僕は良いと思うよ。
「ふぇ……!?」
あなたとしてはニンジンを美味しく食べてくれるのが一番の幸せだ。努力に努力を重ねた結果のニンジン。ひたすらに美味しくなる方法を模索し、時にはおかしくなりそうな時もあり、それが実を結んで今のニンジンがある。
他の作物もきっと同じだ。農家からすれば、いっぱい食べてくれるというのは、つまりおいしいと同義である。他の農家がどうかは分からないが、少なくともあなたにとっていっぱい食べてくれるというのはとても嬉しいことだ。
「そ、そうですか……私がいっぱい食べててもおかしくないですか?」
──うん。スペちゃんは美味しそうに食べてくれるし、笑顔いっぱいに食べてくれるのは、農家冥利に尽きるよ。
そう答えると笑いながらも、どこか悲しそうなスペちゃん。また、何かしてしまっただろうかと悲しくなるあなた。
──そういえば、最近の味は大丈夫?
「味ですか? はい! いつも通り美味しいですよ!」
──よかった。
ホッとするあなた。僅かなミスでも味が変わってしまうあなたのニンジン。とても繊細だが、それを求められているあなたは、いつも気を張りながら育てていた。
ニンジンを好むウマ娘の一人であるスペちゃんに美味しいと言われれば、きっと大丈夫だろう。今回も失敗していない筈だ。
──? どうしたの? そんなにこっち見て。
「い、いや何でもないですっ!」
──そう? それなら良いんだけど。
目を逸らしながらそう答えるスペちゃん。
そんな話をしながら、食堂の裏口に辿り着いた。此処からニンジンを搬入する為、スペちゃんとは此処でお別れだ。午後にも向かう所がある上、帰ったらニンジンの世話であなたは大忙しだ。
──ありがとうね。今日も話に付き合っててくれて。
「そんな! 私が話したかったから話していたんです!」
ニンジン箱を抱えながらそう言うスペちゃんに思わず笑みが溢れる。
食堂に入口をノックすると、中からおばちゃんが現れて、ニンジンの箱を受け取って行った。
これから何十箱ニンジンを運ばないといけないと思うと体が重い。
気怠そうにしているあなたに気が付いたのか、スペちゃんは箱を置いて、あなたの手を握った。
「がっ、頑張って下さい!」
──ありがとう。お陰で頑張れるよ。
ウマ娘は人間と比べて超人的な力を保持しているが、あなたの手を握ったスペちゃんの手は柔らかく、どこからそんな力が出てくるのだろうと思った。
ぎゅうぅぅと握り、全く離す様子のないスペちゃん。
その後ハッと気が付いたのか、慌てて離す。顔が真っ赤に染まっていく様を見ていると、スペちゃんはニンジンの箱を抱えて大急ぎて走って行った。
「さ、さようならー!!!!!」
──またね、スペちゃん。
「はいっ!!!」
そんな彼女の可愛らしい声が聞こえた所で、あなたは再びニンジンを運ぶ為にトラックへと向かった。
─
優しいニンジン農家さん。
レース前にも励まして貰ったり、優しい言葉をかけて貰ったり。
べ、別にニンジン目当てじゃないですよっ! というか、最初の頃はニンジン目当てでしたけど……
でも、最近は農家さんと話すのが目当てっていうか……うぅ、恥ずかしい。
優しい優しいニンジン農家さん。
いつも笑顔で話してくれるあなた。
いっつも貰ってばかりだから。
偶には、何かお返しさせて下さいね!
スペちゃんが引けたら続き描きます。