待たせたな!甘いはずだ!
トレセン学園の食堂にて。配達を終えたあなたは、食堂のおばちゃんのご好意に甘え、トレセン学園の学食をいただいていた。数々のウマ娘達の舌を唸らせたその食事に、舌鼓を打っていたあなた。
食事を終え、席を立ち上がろうとすると目の前から一人のウマ娘がやってきた。
漆黒の髪を持ち、右耳には飾りを付けた少女。知り合いのエイシンフラッシュだ。手にはこれから昼食なのか、定食の乗ったお盆を持っていた。
「こんにちは、農家さん」
ーこんにちは、フラッシュ。午前中のトレーニングは終わったの?
「えぇ、完璧にスケジュールをこなしました。これから昼食を取り、14時から17時までトレーニングです」
ここ座っても良いですか? と尋ねてきたエイシンフラッシュに快く返事を返すと、手に持ったお盆を机に置き、そしてゆっくりと座った。
コップに入ったお茶を飲むと、エイシンフラッシュは食事に手つけ──る前に、あなたの顔をじっと眺めた。
──どうしたの?
「いっ、いえ……あの……いただきます」
手を合わせてそう呟いた彼女は、食事を始めてしまった。なにか言いたそうにしていたが、気の所為だろうか。
食事を既に終えたあなたは、のんびりと時間の過ぎる空を窓から眺めながら、今日の今後の予定について考えていた。何かするべき事はないか、そう考えてしまうのはあなたの性だ。
そしてふと時間を確認しようと腕時計を眺めた時だった。その様子をエイシンフラッシュはめざとく見つけたのか、質問を投げかけてきた。
「お仕事の途中でしたか?」
──いや、もうやる事は終わったよ。
「そうでしたか。時間を確認していたので、もしかしたら……と」
──職業柄時間に間に合わせて配達するからね。癖のようなものだよ。
成程と呟いたエイシンフラッシュは再び黙々と食べ始めた──と思っていたのだが、気が付けば彼女の目の前の皿には、既に何も乗っていない。エイシンフラッシュに目を移すと、満足そうな顔をして口を拭いている最中だった。
「……食事が終わったとはいえ、女性の顔をあまりジロジロ見るのはいただけないですよ?」
──ごめん、ただ食べるの早いなって。
「……はしたなく見えましたか?」
──うん?
「すみません、気にしないでください」
食器をかたして来ますねと言い残したエイシンフラッシュは、そのままトレーに皿を乗せて去ってしまった。
気でも悪くしただろうか。ちょっとばかしやってしまったと反省するあなただったが、それと同時にいつもの彼女とは少し違う様に感じた。何というか、余裕がない様に見える。気の所為だと良いのだが。
少しして戻ってきたエイシンフラッシュは、再びあなたの前に座ると、ゴソゴソと自身のポケットを探った。手に取ったのはシックなデザインのメモ帳とペン。
「一つお聞きしても良いですか?」
──どうしたの?
「いえ、その……来週の予定について何ですが……」
──予定?
はて、予定かと考える。配達の仕事はあるが、来週は土日にお休みを貰ったのだ。最近休んでいない自分を気遣ってくれたのか、一緒に働いている農家の友人が配達をやってくれるとか。全部やっとくからお前は休めとありがたい言葉を受けた。
──来週の土曜日と日曜日なら空いてるけど。
「そっ、それでしたら!」
音を立てて立ち上がり、顔をずいっと向けてくるフラッシュ。彼女の麗しい顔立ちが眼前に溢れた。
そしてハッと気が付いたのか、顔を真っ赤にするとゆっくりと座り、フラッシュはその口元をメモ帳で隠してしまった。
「一緒に、お出かけに行きませんか?」
──うん、僕で良ければ。
花を咲かせたかの様に笑顔を見せたフラッシュは、微笑みながらメモ帳に何かを書き込んでいく。勿論あなたは対面に座っているので中身は見えないが、恐らく来週の予定を書き込んでいるのだろう。これだけ嬉しそうにしてくれると、空いていると言って良かったなとあなたは思う。
──そうだ、折角だから連絡先も交換しておこう。
「連絡先ですか!?」
──うん、当日逸れたりしたら大変だし、それに何処行きたいとか予め決めときたいかなって思って。
予定をきっちりと決めるフラッシュの事だ。もっと綿密に予定を立てたい筈だが、これからトレーニングが控えている彼女に今そんな時間はない。フラッシュ自身で全て決めて──というのも悪くはないが、あなたは曲がりなりにも年上だ。少しばかりはエスコートぐらいはさせて欲しい。
そんな思いが伝わったのかどうかはわからないが、必死に理性で己を制するフラッシュは、ゆっくりと携帯を取り出すと、そのまま携帯を貴方に近づけた。
電子音と共にフラッシュの連絡先が追加される。満足気にあなたは頷くと、ポケットに携帯を滑らせ、そしてフラッシュへと顔を向けた。
そこには顔を綻ばせ、携帯をにやにやと眺めるフラッシュの姿が──
「そそそ、それじゃあまた連絡しますので!」
──あぁ、うん!
ぷるぷると顔の火照りを冷やす為か首を振ったフラッシュは、そのまま体を翻し、駆けて行ってしまった。
珍しく噛んでいる様にも見えたが、大丈夫だろうか。
とりあえずもうやる事は終わったし、家に帰る事にしよう。そう思った時、あなたに足音が近づいて来た。
「農家さん!」
──えっ、おわっ!
フラッシュの声だと思えば、肩に彼女の手が乗り、そして力強く下に押された。思わず膝を追ってちょっとしゃがんでしまったあなたは悪くないだろう。
そして彼女の吐息があなたの耳に近付く。
「Ich habe mich in dich verliebt」
──えっ?
「ふふっ、何でもありません。言いたかったんです」
きっと彼女のことだから……ドイツ語であるだろうと推測するあなた。だが、英語すら怪しいあなたに習った事のないドイツ語は分からなかった。
それでも満足そうに微笑み、礼儀正しくお辞儀をして去っていったフラッシュを見て、まぁ良いかと思う。
──とりあえずちょっと調べようかな……。
そう思い、そしてドイツ語が堪能な友人に聞いて、あなたが顔を染めるのはまた別な日のお話──
ー
学園内で困っている私を助けてくれた日。
あなたはもう忘れているかもしれませんが、私は鮮明に覚えています。
あの笑顔を浮かべて差し伸べてくれた手。
きっとあなたの事だから、他の娘にも同じ様な事をしているのでしょうけれど。
でも、別に良いです。優しいのは分かっていたから。
それに、きっと予め決まっている様に、
最後にはあなたの隣には私がいますから……ふふ。