ある日、ニンジンを運び終え、トレセン学園のベンチに腰を下ろしていた時。
あなたは非常に疲れていた。朝から運転。そして搬入。終われば待っているのは簡素な昼食と、午後のハードスケジュール。家に帰ればニンジンが待っており、好きでやっている事ではあるが、億劫になっていた。
どうも気分が上がらない。好きな事を長時間やっている間に嫌いになりそうなアレだ。ゲームとかでも一緒だろう。
兎も角、疲れ切っていたあなたは空を仰いだ。雲一つない晴天があなたを見下ろしていた。
ふぅと一息付き、薄型の携帯を取り出して、時間を確認しようと──
ぴとっ
──うわぁあああ!!!!????
「あははは! そんなに驚くとは思わなかったよ!」
あなたは首筋に感じた冷たい何かに思わず驚いて大声をあげてしまう。その拍子に投げてしまった携帯を何とかキャッチし、その声の主の顔を見る為に振り返った。
──テイオーか。
「そうだよ! 農家さん、びっくりした?」
そこには悪戯大成功と言わんばかりに笑顔を浮かべたテイオーことトウカイテイオーがいた。
皆にテイオーと呼ばれているからと言われたあなたは、彼女の事をテイオーと呼んでいた。
そういえば、トウカイテイオーのテイオーは『帝王』から来ているのか。ふと考えたあなただったが、話しかけてくるテイオーに意識が向いた。
「はいっ! これ、喉渇いたでしょ?」
──僕に?
「そうだよっ。他に誰がいるのさ」
──ありがとうね。
「どーいたしまして!」
ニシシと笑う彼女の好意に甘え、スポーツドリンクを受け取ったあなたは、その冷たさに縋る様に煽った。
冷たいスポーツドリンクが喉を流れて行く。
ふと気が付いた時には、かなりの量を飲んでいた。ここまで喉が渇いているとは自分でも思わなかった。
飲み口から口を外すと、テイオーがボーッと此方を見ていた。彼女も今日の熱にやられてしまったのだろうか。心なしか顔も赤い。
──テイオー?
「うわぁっ! びっくりしたなぁ! 飲み終わったなら飲み終わったって言ってよ!」
まるで忍者の様に、かなりの速度で後退りした彼女は、大声でそう言った。いやいや、流石に自分は悪くないよなと思うあなた。
「うぅ……恥ずかしい所見られちゃったよ……。」
──テイオー、ありがとう。
「う、ううん! 農家さんがいつもボク達のために頑張ってくれてるのは見てたし、偶にはお礼もしなきゃってね!」
なんて良い子なんだ……と涙がホロリと流れそうになる。
疲れている人の為に飲み物をあげることが出来る者が一体どれだけいるのか。その親切さは、きっと稀なものな筈だ。
そこでふと気が付いた。あなたが受け取ったスポーツドリンクはかなり冷たかった。勿論冷蔵庫から出してきたのかも知れないが、自販機で買ったのならばお金を返さなければならない。働いている自分とは違って、彼女はまだ学園に在籍するものなのだ。バイトがどうとか関係なしに、働いているものとしての矜持だ。
──テイオー、いくらだった?
「ええっ? 良いよ別に。そんなに大した額じゃなかったしね」
──いや、それでも払いたい。
「うーん、そこまで言うなら……でもボクの財布は心配しなくて大丈夫だよ?」
──財布の心配もしてるけど、テイオーに感謝したくて。不器用だからさ、お金払うぐらいしか気持ちを伝える手段が見つからなくて。
あなたは本心を吐露した。
「じゃ、じゃあさ……」
あなたの言葉に対して、頬を染めたテイオーは、ごにょごにょと呟きながら、あなたの隣に座った。
身長は勿論、座高もあなたの方が高い。下からうるうるとした目で、何か懇願する様なテイオーの姿に、あなたは思わず顔が熱くなった。
「頭、撫でてよ……」
思わず息を呑む。
彼女達はウマ娘。人間とはやや異なるとはいえ、あなたから見れば、立派な可愛らしい少女だ。
そんな少女があなたに向かって頭を撫でて欲しいと言っている。彼女を作った事などまずなく、プライベートで仲の良い女友達などいないあなたにとって、この状況はまずかった。
どうすれば良いか分からない。撫でれば良いのか。いやでもそれは恥ずかしさと、ここまであなたに慕ってくれている感謝と……様々な感情が溢れてごちゃ混ぜになっていた。
いや、男として。頼まれたのだ。腹を括るしかない。少女の頭を撫でるという、偉業を成し遂げる為に。
手が綺麗かを直ぐに確認。大丈夫。
隣に座ってきゅっと目を瞑りながら待っている彼女の頭へ。鹿毛の髪へと手を伸ばして──
「な、なーんちゃってっ!」
──へ?
「『帝王』の頭をそう簡単に撫でられると思わないでよね!」
詰まる所、また彼女の悪戯だった。
多大な心労があなたにのしかかる。いや、撫でなくて良かったのかも知れない。この先、撫でるなんて、現在地よりもワンステップ進んでしまえば、どうなるかは分からない。
自分は農家で、彼女は将来有望なウマ娘。きっと彼女には良い相手がいるのだろう。優しい子だし、性格も良い。自分が隣に立つなんて、そんな幻想が少しばかりでも浮かんでしまった自分が恥ずかしい。こんな出涸らしの自分にとって高嶺の花。だから──
「じゃあまたね!」
──うん、またね。テイオー。
テイオーが走り去って行く。
あなたは寂しそうな笑顔を浮かべた。
言葉に乗る寂しさに、テイオーも気が付いたのか。はっとした顔をし、そして走っていた筈の足を止めた。
くるりと体を翻し、そのポニーテールを空に揺らしながら、口を開いた。
「待ってるから。ずっと」
再来した顔に宿る熱に、あなたは思わず天を仰いだ。
手に持ったぬるくなったスポーツドリンクを頬に当てる。彼女から貰ったそれが、自分の熱を奪って行く。
キャップを開け、残りを流し込んだ。ぬるいばかりのスポーツドリンクはあまり美味しくなかったが、
──追いつくよ。きっと。
今日だけはいつもより甘く感じた。
ー
最初はただ単純に凄い人だと思った。
一言で言えば、非常識を常識に変えた人。
誰かの為に、その努力を惜しまなかった人。
世間からは天才だと言われているけれど、ボクはあなたの話を聞いて、天才と揶揄するのは失礼だと感じた。
あなたはとっても努力をしていたんだって。ボクが言いたかった。
でも、あなたは凄い人だ。到底今のボクでは隣に立てない程に、凄い人なんだ。
カイチョーも勿論目標だけれど、あなたも。いや、あなたの隣に立っても恥ずかしくないウマ娘になるのがいつしかボクの目標になってた。
今日はちょっと背伸びしようと思ったけれど、恥ずかしかった……えへへ。
でも、今のボクにはそんな資格ないから。待ってるなんて言ったけど、追いつかないといけないのはボクの方だ。
だから、今日はお預け。
いつかボクが無敗の三冠ウマ娘になる事が出来れば。
その時は撫でてくれるかな。
トウカイテイオーを当てたら、この世界線の続きを書きます
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