ニンジン農家   作:玄武 水滉

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帝王 〜After〜

 

「えへへ♪ 農家さん、農家さん!」

 

 ──どうしてこうなったんだろうか。

 

 あなたは甘えてくるテイオーの姿をチラリと見ながら、そう呟いた。

 ここはトレセン学園。

 いつも通りに配達を終えたあなたは、のんびりと帰宅をしようとしていた。夕飯は何にしようとかなんて考えながら。

 

 それが今では、近くのベンチに座って甘えるテイオーに、あなたは顔を赤くしていた。

 

 どうしてこうなったのか、時間を少し巻き戻してみよう──

 

 

 

 ー

 

 

 

 

 

 トウカイテイオーが無敗の三冠ウマ娘を達成した。そんなニュースがあなたの耳に舞い込んだのは、その偉業を成し遂げてから実に2日後だった。

 あなたはテレビの前で手を叩いて喜んだ。大声で叫んでいた為、父親に怒られたのは秘密である。

 自分も頑張らねば。そう思ったあなたは、ふとテレビの向こうのテイオーと目があった気がした。

 ニシシと笑ういつもの笑みが、何故かあなた自身を見ている気がした。

 いや、思い込みだ。ミスタープラシーボなのだと言い聞かせる。それでも、うっとりとした乙女の目をしたテイオーから、目が離せなかった。

 

 それからいつも通り、トレセン学園へとニンジンを運ぶあなた。

 

「農家さーん!!!!!」

 

 ──うおっ、テイオー? 

 

「そうだよっ! 見ててくれた?」

 

 いつものジャージじゃない。帝王を模した様な勝負服を着たテイオーが、此方を見つけるなり走ってきた。

 そしてそのまま、あなたへ飛び込み、思い切り抱きついた。

 女の子特有の柔らかさがあなたを襲う。

 頬をあなたに擦り付ける様にすりすりしながら、笑顔のテイオーを見て、あなたも思わず笑顔が浮かんだ。

 

「ボク、勝ったよ。すごいでしょ!」

 

 ──頑張ったね。凄いね。

 

「だからね、えっと、その……」

 

 ふと、あなたから顔を離し、ぽしょぽしょと俯きながら言葉を紡ぐテイオー。だが、恥ずかしいのか、上手く言葉が出てこない。

 指の先をツンツンしながら吃るテイオーに首を傾げるあなた。

 

 そして意を決した様に顔を上げたテイオーは、言った。

 

「甘えても……いい?」

 

 羞恥と期待の混じった上目遣いがあなたを見つめる。心地良い風が吹き抜け、あなたとテイオーを包んだ。

 他の学生がキャーキャー言っている声なんて、あなたの耳には届かない。ただ、目の前のテイオーから目が離せなかった。

 勇気を出してくれた。あの日から、彼女はきっと頑張って、そして見事に成し遂げた目標。ならば、それに応えるのはあなたの役目だ。

 

 ──いいよ、おいで。

 

「農家さんっ!!!!」

 

 がばっと抱きついてきたテイオーの頭を撫でる。頑張ったねと声をかけると、彼女は嬉しそうに頬を染めた。

 ベンチに座り、彼女を撫でた。さらりと、よく手入れのされた髪が、太陽に照らされて輝いた。

 

「ボクっ、頑張ったよ!」

 

 ──頑張ったね。

 

 

 ゆっくりゆっくり、彼女の髪を乱さない様に丁寧に撫でる。

 

「えへへ♪」

 

 そして冒頭に戻る。完全に緩み切った表情を浮かべるテイオー。

 ぽそりと聞こえた声に顔を上げると、別なウマ娘が、歓喜の声を振り絞る様に呟いていた。思わずその声の方向に向くと、彼女は口パクであなたに何かを伝えた。

 

 ──よろしくお願いします。か……

 

「? どうしたの? むっ、今よそ見してたでしょ!」

 

 ──してないしてない。ずっと、テイオーを見てるよ。

 

「そ、そうだよね! 他の子を見るなんて許さないからねっ!」

 

 頬をぷくーっと膨らませて、不機嫌ですアピールをするテイオーにそういうと、嬉しそうに笑った。「にへへ……!」なんて言っているテイオーを見るのは初めてかもしれない。

「行きますわよ、ゴールドシップ」「……そうだな、ゴルシちゃんも流石に邪魔出来ないな」そんな会話が聞こえてくるが、今だけはテイオーを見ていよう。

 

「ボクの事、ずっと見ていてね?」

 

 すっとテイオーが顔を上げて言う。

 丁度あなたの顔の前。いつもは身長差で叶わなかった、目線の高さが、今合う。

 彼女の瞳に吸い込まれる様な気がした。鹿毛も、彼女の前髪のメッシュも。そして、柔らかそうな唇も。あなたの視界にはテイオーしか映っていない。

 それはテイオーも同じだった。あなたを目標に頑張ってきた。

 

 後数センチでくっついてしまう様な距離。彼女たちの時間は止まった。

 今勇気を出せば……叶う。あなたとの恋が始まる。テイオーは思う。

 

 僅かな距離な筈なのに、今までのどんな距離よりも遠く感じる。でも、テイオーはその為に頑張ってきた。

 怪我をしても、諦めなかったのは、あなたがいたおかげだから。

 

 だから、テイオーは一歩踏み出した。

 

 

 

 

「好きだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボクは、あなたが好き」

 

 

 

 

 

 

 

 

 頬に柔らかい感触がした。

 

「ボクの事をもっといっぱい知ってほしい。ボクの事だけを見てほしい。ボクの事を好きって言って欲しい」

 

 耳元で囁かれる蜜の様な言葉。眼前で見る彼女の顔は、誰よりも美しかった。

 だからこそ、あなたは返事を返した。

 

 ──好きだよ。

 

「えっ……」

 

 ──もっとテイオーを知りたい。ずっとテイオーを見ていたい。テイオー事が好きだ。

 

「ボ、ボクなんかでいいの……? ほらっ! 他の子とかの方が可愛いし、ボクなんかそんなオシャレでもないし──

 

 ──テイオーが良いんだ。テイオーが好きなんだ。

 

 歓喜と言わんばかりに体を震わせるテイオー。ぽたぽたと音がしてみれば、テイオーは嬉しそうに微笑んでいた。

 もう後戻りは出来ない。あなたはテイオーの事が大好きだ。

 

「大好きっ! もう絶対離さないからね!」

 

 

 強く抱きしめてくる。あなたはそれに返す様に、テイオーを包み込む様に抱きしめた。

 

 熱が混じる。もう既に学園の外にいる事なんて忘れていた。誰が見ているとか、今何時とか、関係ない。

 あなたにとって、テイオーがいればそれで良かった。彼女の熱を感じている間が幸せだった。

 

「えへへ……なんだかちょっと疲れちゃった」

 

 ──大丈夫? 

 

「うんっ、だって幸せだから」

 

 ──そっか……

 

 2人は顔を見合わせて笑った。

 幸せに包まれた彼女の表情に、あなたも優しい気持ちになった。

 

 ただ、どんな幸せな時間も終わりが来る。

 あなたは帰らないといけなくなってしまった。勿論テイオーにも予定はある。

 そっと2人が離れる。空に漂って消えた熱に、思わず寂しさが込み上げる。

 あなたは人間で、テイオーはウマ娘。このまま一緒に帰る訳にもいかない。

 

「なんだか寂しいね」

 

 ベンチから立ってあなたを見るテイオー。両手を後ろで結び、儚げな表情を浮かべる。

 所々皺になった勝負服も、こうしてみれば如何にも『帝王』らしかった。

 ベンチから立ち上がる。テイオーを見下ろす様な形になったあなたは、改めて彼女との身長差を感じた。

 

「じゃあね……」

 

 ──うん、じゃあね。

 

「……やっぱり離れたくないや……」

 

 悲しそうに笑うテイオー。

 寂しい気持ちがあるのはあなたも一緒だ。

 

 だから、と言葉を続けたテイオー。

 

「あなたがまた会いたくなる様に、おまじないかけてあげるからっ!」

 

 ──おまじない? 

 

「もーっ! 早く目を瞑ってよ!」

 

 ──分かった分かった。

 

 なんだろうと思いつつ、あなたは目を閉じた。

 

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

「またね」

 

 

 

 

 その声の後、あなたは──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー

 

 

 

 

 

 

 大好きなあなた。

 

 ボクの事をずっと待っててくれた。

 

 これでボクもあなたの隣に居られるかな。

 

 これからどんな事があるか分からないけれど、それでもボクはあなたを離さないから。

 

 だからね、あなたもよそ見しちゃダメだよ? 

 

 

 ボクのこと、ずっと見ててね? 

 

 

 

 好きだよ。

 

 





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