こちらの短編集の前日談をようやく描きました(https://syosetu.org/novel/334937/1.html)。短編一話のボーイミーツガールです。三年越しとか馬鹿かな?こちらのラブコメとは雰囲気がかけ離れたシリアスですが、興味があればぜひ。
バレンタインのイベシナリオが無いので描きました。なんで。
「ここは、さっき導出した公式を使って……」
「えっと、公式ってどんなのでしたっけ~……!」
Roseliaが所属する音楽事務所のスタッフルームに到着するなり、俺の耳に届いたのは我らがドラマーの何とも情けない声。
俯く小さな彼女に声をかけるよりも先に、その隣で顔を上げたギタリストと目が合った。
「お疲れ様です、音無さん。早いですね」
「紗夜もお疲れ。あこの勉強見てんのか」
「そうなんです~。二年生に上がってから、勉強超難しくて……」
「何やって……数学か」
はい、と力なく言って肩を落とすあこ。分かる。高校二年生の数学なんて俺だって見たくもない。
「奏人さん、数学得意でしたよね……?」
「……少しくらいなら教えられるから。さっきまで紗夜とやってた問題終わったら声かけてくれ」
「やった~!ありがとうございます!」
うきうきと手元に視線を戻すあこを微笑ましく思いながら、彼女たちの向かいに腰を下ろす。
斜め前から「甘いです」なんて言葉が飛んできそうだったので、先んじてこちらから会話を振ってみることにした。
「にしても、呼ばれた時間ってもっと遅かったよな」
「はい。スタッフの方が先に通してくれました」
「なるほど。で、四ツ葉女子大組がまだと」
「確か、大学のガイダンスがあるという話でした」
「意外と長引いてるのかもな」
家を出る前の友希那も心底面倒くさそうな表情を浮かべていた。大学のガイダンスが楽しいだけで終わるわけないもんな……俺もその気持ちはよく分かる。
特に友希那みたいに私生活を緩めているタイプだと、切り替えが大変なのかもしれない。
「音無さんは、なぜこんな早くから」
「ま、いろいろ。今度出す2ndアルバムの相談とかで事務所側と話すことがあって」
「そういうことでしたか。ありがとうございます」
「気にしないでくれ。これくらいしか出来ないんだから」
Roseliaの補助といっても、俺にできるのは文字通りそのくらいだ。精々が曲作りを手伝って事務所との潤滑油になる程度。
そう笑うと、紗夜は「それでも」と淡く笑みを浮かべ。
「私たちはもちろん、特に湊さんの負担も減っているのは事実です」
「そうか?」
「はい。大切な人が落ち着ける場所にいてくれるというのは、とても良いことだと思います」
噛み締めるように、大切そうに、彼女は言う。
その脳裏で、明るく爛漫な双子の妹が笑ってるだろうことは想像に難くなかった。
「友希那も、俺の家でくつろげてるならいいな」
「はい、きっと。……またずいぶんと嬉しそうですね」
「そりゃな。一緒に暮らしてる以上不満が出ることもあるだろうし。今のとこそれが無さそうだから」
「……そうですか」
呆れたようにため息を吐く紗夜を横目に、スコアを取り出して睨めっこを再開する。
なんだろう。なんか聞いたことを後悔してるような、でも嬉しそうな変な表情だったな……。
「奏人さん、今日は何の日か分かりますか〜?」
「え……まあバレンタインデー?」
「そうです!」
ある程度きりがいいところまで問題を解き終わったのだろう、ぱっと顔を上げたあこの言葉にそう答えたところで、意外にも紗夜が食いついてきた。
「では、湊さんからバレンタインのチョコレートは頂いたきましたか」
「バレンタインチョコ?まあ、朝もらったけど」
「奏人さん、美味しかったですか?」
「ああ、美味かった。なんか回を重ねてるごとに腕を上げてる気がする」
「当たり前です。私も試食しましたから」
「……リサだけじゃなくて紗夜も付き合ったのか」
「白金さんも宇田川さんもいましたよ」
「全員かよ」
何やってんだ友希那。お父さんも試食で疲れたって言ってたのに。彼女のお父さんからのタレコミも考えると、試作品のチョコレートは俺の想像よりも遥かに多いらしい。
愛されてる証左なのかなこれ……いやどうだ、友希那の完璧主義な気もする。前者だとしたら嬉しいんだけど。
「感想は伝えましたか」
「食べてすぐ言ったけど……なんだよ、その目。あこまで」
「友希那さんがすっごく嬉しそうって、りんりんから連絡もらったんです!だから奏人さん何を言ったのかなって」
「今井さんからも同じようなメッセージが」
「え?いやそんな変なこと言ってないって。美味しかったってことと……」
「それと?」
「……やっぱ恥ずかしいからナシで」
「宇田川さん」
「はい、友希那さんに電話してみます!」
「分かった、分かったから待ってくれ」
完璧なコンビネーションにため息を吐く。最近になって実感したけど、この二人は結構気が合う。この前の担当変更の件なんかは特に顕著だ。姉妹がいるのがうまいこと波長を合わせてるのだろうか。
いやそうだとして、俺を追い詰めるのにそのコンビネーションを発揮してほしくはないんだけど。Roseliaのメンバーには結構そういうところがある。で、それが満更でもない自分がいるあたりうまいこと毒されてるような。
「それで、何を言ったんですか〜?」
「いやだから……その、幸せの味だって」
「幸せの味、ですか?」
「そ、幸せ」
観念したように言う俺に、疑問符を浮かべる二人。まあそういう反応になるよな。自分でもちょっとどうかと思うくらいだし。
「友希那って、毎年ちょっと甘めのミルクチョコレートくれるんだよ」
言って、思い出す。
友希那のことだから、いくらか理由はあるのだろうけど。彼女がバレンタインに贈ってくれるのは、ここ数年で市販のものから手作りには変わったものの一貫してミルクチョコレートだった。
「それがなぜ幸せの味に?」
「最初は気を遣ってくれてると思ってたんだよ。俺はコーヒーに砂糖入れることもあるし、甘いものもまあまあ好きだから」
「そうですが……」
「でもそのうち、友希那って苦めのチョコレートより甘いほうが好きだってことに気が付いて」
「それは、日頃の食生活などを見て?」
「まあ、そう。そのときは確証はなかったんだけど」
仮にそうだとしたら、友希那は自分の好きなものを毎年贈ってくれていたことになる。
彼女の本意をすべて読み取れているわけではないけれど。もしかしたら、なんて少しだけ考えられることもあって。
「自意識過剰かも、とは思いつつさ。自分の好きなもの、相手も好きだったら嬉しいから……なんて、友希那にもそういう考えがあったなら可愛いなって」
「……そういう」
「だから、幸せの味。それに俺にとってのバレンタインといえはあの味なんだよ。ここ数年ずっと貰ってるから」
今ではもうミルクチョコレートを食べるたびに友希那のことを連想するくらいだ。我ながら友希那のことが好きすぎるだろ。
「まあもう刷り込みみたいだけど」
「…………」
「…………」
「二人してなんだその顔」
「いえ……相変わらず湊さんのことが好きすぎる人だと呆れただけです」
「呆れるのかよ」
「でもでも、友希那さんも同じようなこと言ってました!奏人さんの料理は幸せになれる味だって!」
「…………そっか」
「見るからに浮かれないでください」
「いやそれは厳しくない?」
肩を落とす俺に、しかし紗夜は仄かな笑みを浮かべている。生暖かい目というか、微笑ましいものを見る目というか。一方のあこはあこで、にこにこと楽しそうな笑みを……なんか紗夜みたいな視線も混ざってるな。なんだこれ。二歳下に向けられる視線じゃなくない?
「でも、それで浮かれるもんか友希那。今朝もちょっと照れたくらいだったぞ」
「奏人さん、それはよくないです!」
「宇田川さんの言う通りです」
照れ隠しで放った言葉に、一転して鋭い視線が向けられる。
「今井さんのキッチンをお借りしてチョコレートを作った時ですが、湊さんはかなり音無さんのことを気にかけてるように見えました」
「そうです!リサ姉の冷蔵庫の半分くらい試作品で埋まったんですよ」
「多すぎだろ」
「大げさではありません」
「マジ?」
「はい」
至極当然、と言うように頷く二人。俺の記憶が正しければ、今井家の冷蔵庫はまあまあの広さがあったはず……えあれが半分埋まったの?それはもうどういうこと?
「材料を買うときは『甘すぎるのは苦手だから』。作っているときは『ちょっと目を離せば無理をしがちだから』。何気ないことのように、そう言っていました」
「……それは」
「リサ姉にいっぱい教えてもらいながら、友希那さん一生懸命作ってましたから!」
「そうして贈ったものを『幸せの味』と言ってもらえたのなら、浮かれるのも無理はないかと」
「…………」
「嬉しいですか?」
「……正直、かなり」
こういった種明かしを、友希那は嫌うだろうか。……好みはしないだろうな。じゃああの照れは安心した反動ってのもあるのか。いや背景知っちゃうとことさら可愛く見えてくるの参るな……。
「ですから、音無さんも安心していいと思います」
「何に?」
「音無さんがチョコレートの味で湊さんと幸せを思い浮かべるのと同じようなことが、湊さんにもきっとあります」
「……それなら、いいな」
「きっとそうですよ!」
元気な声でそう励ましてくれるあこに笑みを返したあたりで、はたと気付く。
この会話だけ見たら微笑ましいだけで済んだものの、ロケーションが最悪だ。
すっかり忘れてたけど、ここ音楽事務所のスタッフルームだったよな。何回か顔合わせてる人もいるし、俺の話に聞き耳立ててる人もめちゃくちゃいるし。そこそこ大きな声で会話していたことも考えると、俺の恋愛事情が赤裸々に広まっていくことは確実だ。……やだもう絶対生暖かい目で見られるじゃんこれ。今のとこ恥ずかしさに悶えてないのは妙なプライドのおかげだ。
「……紗夜、いつから気づいてた?」
「初めから、でしょうか」
「なんで教えてくれなかったんだ」
「惚気話を外でするリスクを身をもって知るべきです」
「俺の羞恥心、だいぶ限界なんだけど」
「肝に銘じてください」
手で顔を覆う俺に、紗夜はぴしゃりと言い放つ。思えば高校生のころから紗夜には口酸っぱく注意されてたな……いやでも待てよ。
「今回のに限っては紗夜の誘導尋問じゃないか?」
「けれど、必要以上に詳らかに言ったのはあなたよ」
「それはそうなんだけど───って」
聞き覚えしかない声に振り返ると、そこには顔を真っ赤にしながら鋭い目線を寄越す友希那が。
「お疲れ~、ちょっと遅れちゃった」
「……遅くなってしまって、すみません」
「いえ。時間にはまだ余裕がありますから」
「なになに、あこは勉強見てもらってるの?」
「うん、数学の宿題なんだけど~」
すぐそばで繰り広げられるなんとも仲睦まじい会話に、目の前の歌姫は参加しないようだった。
威厳たっぷりに立ち歌姫の名を冠するにふさわしい佇まいは、頬の赤色によってその雰囲気を掻き消されていて。
「あの、友希那……」
「事務所に着くなり、スタッフの人に微笑ましい視線を向けられた私の恥ずかしさが分かっているのかしら」
「……すいません」
「スタッフルームで、大声で」
「……面目ない」
「…………」
頭を下げた俺にため息を一つ吐いてから、友希那は俺の手をゆっくりと取る。
「……外、行きましょう」
「はい?」
「ちょっと、話があるから」
赤らめた頬はそのままに、視線を逸らしながら消え入るような声で彼女は言う。それが数年前から見られた照れ隠しの所作だということに気が付いて、思わず笑みがこぼれた。
容姿も大人らしくなって、幼さはその影を消しつつある。そのくせ、こういうところは変わってないんだから。
微笑ましさに了解、と小さく呟いてから、俺は友希那とともにスタッフルームを後にした。
……後ろで談笑に花を咲かせるメンバーの視線が呆れかえってることからは、意識を逸らしながら。
「で、どうしたの友希那」
「自分が発言権を持つと思ってるのかしら」
「……ないかも」
それは当然。時と場所、あと発言の内容。今のところ俺が許してもらえる要素は見つからない。
友希那に手を引かれるまま、音楽事務所の中でも人の気配を感じない場所を探す。
「……ごめんな」
「別に、そこまで気を落とす必要はないわ」
「いやでも、あんまりいい気分じゃないだろ。自分のこと言いふらされるの」
「そんなふうには思っていないから」
声のトーンが下がったことを不審に思ったのか、友希那はその声に心配を滲ませながら足を止めた。
そのまま手を放してから、俺の前にゆるりと躍り出てくる。
「……嬉しかったわ」
「何が」
「紗夜も言っていたことよ」
「……ああ、幸せの味」
ええ、と頷く友希那。朝のことでも思い出してるのだろう、その端正な顔には微笑が浮かんでいる。
いやしかし綺麗だなこの子。銀髪から覗く控えめなピアスも大人っぽくて良い。大学生コーデは燐子やリサのアドバイスを重宝してるらしいんだけど、これは誰のセンスなんだろう。
「……何?」
「いや、嬉しかったんだなって。今朝は照れたきり全然口開いてくれなかったから、ちょっと安心した」
危ない。いつもの調子で見とれてた、なんて言えばさすがの友希那とはいえ怒らせかねなかった。再犯で現行犯逮捕だった。
「それは……」
「ああ、責めてるとかじゃなくて。ほんと、安心しただけで」
「別に、そのことを疑っているわけではないわ。ただ、今朝渡したものはリサにも手伝ってもらったものだったから」
「?リサと一緒って……別に毎年そうだっただろ。むしろそこまでしてくれるのが嬉しいんだから」
「そういうところも、知っているけど」
言って、何秒かの逡巡を経てから友希那は提げたショッパーから包みを差し出してきて。
「……これ。ここに来る前に一人で作ったチョコレートよ」
「一人?リサのアドバイス無しに?」
「そうだけど、そこまで驚くこと?」
「いや驚く驚く。友希那が一人でチョコレート作るなんて」
桜色を基調にしたラッピングに、控えめに小さなハートが添えられた意匠。おおよそ友希那らしからぬパッケージチョイスは、おそらくリサのアイディアだろう。
「……その包装は、リサが渡してきたものだから」
「ああうん、そうだろうとは思ってた」
「……」
「なにその微妙な顔」
「奏人のことだから、リサにからかい半分で渡されたと思っているでしょう」
「え、違うのか」
「間違ってはいないけれど」
はあ、とため息を吐いてから、友希那はゆっくりと息を吸う。どうやら俺の発言に関してはもう怒ってないらしいけど、この「仕方ないわね」と言いたげな表情はなんでだ。
「……私がリサの要望を受け入れた意味を考えてほしいものね」
「えっと……?」
「本当にその気がないのなら断ってるわ」
ふいっと、赤くなった顔を逸らしながら彼女は言った。
いちいち動きが可愛いなこの子。知り合って数年経っても変わらないところが魅力的なのはもうベタ惚れかもしれない。大丈夫だろうかこんなんで。
「……珍しいな」
「……今日はバレンタインだから」
「なるほど?」
お互いに顔を真っ赤にしてるせいで、会話という会話が続かない。いやだってあの友希那がハートマークの包装紙を贈ってくるなんて。バレンタインは背中を押してくれるから、なんて言っていたリサの言葉は案外的を射ていたようだ。
「……話を戻すわ」
「あ、はい」
咳払いをしてから腕を組んでこちらを見てくる歌姫にそう返すと、彼女はリハの講評を思い出すような表情で口を開き。
「奏人は幸せの味だと言ってくれたけど、それはリサとの共同制作なの」
「まあ、確かに」
「今回私だけで作ったチョコレートが、あなたの言う『幸せの味』かどうか」
「つまり、それが大事だと」
「ええ。これからのことも考えると」
「……これからのこと?」
「……だから、今からあなたに食べてもらうわ」
「おい俺の質問」
俺の疑問をまるで無視して、友希那は包装から一口サイズのチョコレートを取り出した。シンプルな台形をベースにしたミルクチョコレートは、今朝貰ったものと特に遜色ないように見える。
「はい、口を開けて」
「いや友希那さん一人で食べれるから──んぐっ」
「さて、もう一度味の感想を聞かせてもらおうかしら」
「……無理矢理だな」
口の中でミルクチョコレートが溶ける。やけに溶けるのが早いのは、熱いくらいの頬とは関係ないに違いなかった。
「それで?」
「幸せだなって感じの味」
「ずいぶん抽象的ね」
「もっと具体的な感想をご所望?」
「それはあなた次第よ」
「本当に美味しい。なんなら店のより美味しい」
「…………無難な感想ね」
「嬉しそうに笑っといて何言ってんだか」
少なくともそんな幸せな表情浮かべながら言うことじゃないような。これで結構顔に出るタイプだよな友希那。いやステージの上だと凛々しさ一色なんだけど。
「もう一個食べていいか」と聞けば、彼女は小さく「ええ」と言って今度は包装ごと渡してくる。
チョコレートを取り出して、一口。程よく調整されたミルクチョコレートの甘味は、やはりここ数年で俺の好みの味になったバランスそのものだった。
「美味しい、ありがとな」
「……」
「友希那、お世辞で言ったわけじゃないんだからそんな不安げに見ないでくれ」
「別に不安ではないわ。ただ、味の感想が一種類なのは」
「俺が一番好きな味」
「…………そう」
少しの沈黙があって、友希那の口端が微かに動く。上がりそうな口角を彼女なりに取り繕うとしているのは明白だ。それなら、ここはもう一押しの感想を。彼女が心の底から安心できるような。
「……死ぬまで忘れられないな、この味は」
事実確認のつもりで呟いた言葉に、友希那は不意をつかれたように目を丸くした。
「大切な味だからさ、このチョコレート」
「……そう」
「まあそうは言っても、あんまり心配してない」
「どうして?」
「だってほら、友希那が忘れさせてくれないだろ?」
「───ええ」
本心からそう思った。忘れたくない、とも。
その対象はきっとチョコレートだけではなくて。それと結び付けられた友希那や彼女との思い出も含まれている。
友希那も、俺のそんな内心を汲み取ったのだろう。
「それなら、奏人」
ようやく、安心したように彼女は笑った。
誇りと自信に溢れた表情を喜色で上塗りしたような。そんな笑顔を好きになったのは、いつのことだったか。ただ、これからチョコレートを食べるたびこの表情が脳裏に煌めくようになるのは確かだと思った。
友希那がゆっくりと息を吸って、金色の瞳に俺を映す。
俺もまた正面から見つめ返せば、友希那はやや照れくさそうにはにかんでから。
「これからもずっと、あなたの幸せの味にしてみせるから──奏人にも付き合ってもらうわ」
彼女らしいひたむきな声で、そんなことを言ってのけた。
困った。この歌姫はいつの間にか、こんな台詞で俺の心をかき乱すことを覚えたらしい。
「……顔、真っ赤だけど」
「あなたもよ」
「いやほら、今日はバレンタインだから」
「バレンタインはそういう日だったかしら」
「そうそう。バレンタインデーならいろんなことができるからさ」
「……例えば?」
「……スキンシップ、とか」
「……そう」
納得したように呟くなり、友希那はゆっくりとこちらに歩みを寄せてくる。
これ、スタッフルームに戻ったら皆に絶対怒られるだろうな。でもまあしょうがない。これは友希那が可愛いのが悪い。
「……あと五分で時間になるけど」
「間に合わせるわ」
「ほんとかなあ……」
このモードの友希那は若干怪しい気がする。あと俺も。なんて、口には出さず。
スタッフルームで友希那の帰りを待っているだろう彼女たちへの言い訳を必死に考えながら、俺は腕の中の銀髪をそっと梳くのに集中することにした。
プルースト効果って言うらしいです。
完結宣言してから五話も投稿するという見苦しいことをしてしまいました。描きたいものも描けましたし、自己満足すぎて皆様に需要も無いこのラブコメもそろそろ潮時かなという気がしてます。なので、何も無ければこれにておそらく更新終了です。長い間お付き合いいただきありがとうございました。