碇さんがもう、エヴァに乗らんでええように   作:足洗

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シンのサントラ聞けば聞くほどアスカさん登場シーンのヒロイック度合いが半端ない。

それはそれとしてどろどろしましょうね~。


拾一

「……復唱してもらえる? 少尉」

「はい、何度でも。式波戦時特務少佐」

 

 エヴァに関わる物資、とりわけ兵装、弾薬、予備パーツといった積載物は過大に重量物である。その為、搬送ルートは重力制御によってゼロG化され、各種物資の運搬を容易にしている。

 エヴァパイロット専用エントリープラグ直通路も、機体への迅速な搭乗を考慮され重力制御効果範囲内にある。エヴァ本体および兵装格納ブロックに接する位置関係上当然と言えるが。

 無重力下で女が二人、手摺を掴んで向かい合っている。長い髪が宙を泳ぐ。油断すれば体は今にも部屋の其処此処に流れて行きそうなほど頼りない。

 しかし頑として動かないものもある。

 この両目であり、対する片目。射し合い、刺し合う二種の視線が。

 アスカの出で立ち、赤いプラグスーツ姿はまさに今、エヴァに乗り込む直前であることを示している。

 それをわざわざ待ち伏せ捕まえたのだ。だから何度でも、噛んで含めて言い聞かせてやる。

 

「BM-03用隔離室の出入り、およびBM―03への接触、会話を制限します。これは現管理担当医官の診断において患者の健康維持管理上必須要件であります。ご了承いただけますね?」

「従う義務はないわね。少なくとも少尉、あんたからの命令には」

「命令じゃありません。通告です」

「ならなおのこと何の強制力もないわ」

「でも通告は完了しました。この時点で、少佐は小官の意見具申をご承知されました」

「だから?」

「少佐のご返答含めて、上に意見書を提出します。その後の対応については、ここでお話しする必要ありませんね」

「副長……艦長に直談する肚って訳だ」

「ご想像にお任せします」

「アタシがそれで折れると思う?」

「エヴァパイロットは二名おられますんで」

「そう。二人だけよ。スペアもバックアップもない。敵性エヴァに対抗できる予備戦力すらないじり貧。一々パイロットのご機嫌取りやってる暇なんてないのよ、今のミサトには。だから、猟犬を飼い慣らすより獣の放し飼いを選ぶでしょうね」

「勘違いされんでください。少佐の処遇に興味はないです」

 

 一瞬、怪訝に眇められた蒼い眼に得心の色が過る。

 

「……ふーん、あっそ。あのバカを連れ出す気」

「ご想像に」

「易々と、逃がすと思うわけ?」

 

 獣の喉笛が低く唸るような声だった。

 しかし、取り合わない。そんなものに怖じける可愛らしい女を演じる意味もない。

 

「ですから、言うてますねん。二名しかおられん稀少なパイロットさん」

「アタシが人類も地球も全部見捨ててあいつを拐ってくって考えないんだ」

「……少佐にはそんな真似できひん思います」

「ご信頼どーも。それに応えられるかは、わからないけど」

「……」

「……」

 

 打てば響くようだった応酬が不意に途切れる。その沈黙が、不都合を衝かれたゆえの(だんま)りでないことだけは確かだ。サクラにとって、無論アスカにしても。

 互いが互いを了解している。嫌になるほど。

 互いが何を望み、求めているのか。

 

「あんなバカに随分ご執心ね。まともに顔合わせたのだってついこの間でしょ」

「それこそ、少佐には関係ありません。それにニアサー前に一度……」

 

 言い掛けて、それを飲む。それは思い出だった。この想いの大切な源泉、あの人との始まり。

 それを軽々しく口に出すのはひたすらに咎められた。

 それを、よりにもよってこの人を前にして、つまびらかにしてやる義理はない。

 

「……ええ、執着してます。心底」

「へぇ……あのバカ、そこいら中で因縁作ってるじゃない。ホント、変わんない。変わらずのバカ」

「バカバカてアホの一つ覚えに言わんといてもらえますか。碇さんはバカなんかやありません」

「バカよ。現実を見ないし知らない無知なガキかと思ったら……やっぱりバカのままだった。14年前と同じ、心底からの自分嫌い。変わったのは自分自身の虐め方くらい……心置きなく自分を嫌えるようになった分、むしろ前より安定してるってんだから皮肉なもんね。でもまあ却って都合がいいわ」

「! なにを、言い腐って……!」

「昔のあいつは」

 

 こちらの語尾を跳ね退けるように赤い少女が迫る。にじり寄る。

 

「自分を嫌っても、自分に刃物押し当てて安心するようなイカれたメンヘラじゃなかった。親の七光りどころか、クソ重い因果を背負わされたただの……子供だった。当たり前のことに一喜一憂する、バカで、不器用で、鈍感で────真っ当な人間だった。“私”とは違う」

 

 蒼い目が刹那、現在から遠ざかる。それはここではない何時かを、どこかを、誰かを見ていた。

 

「違うままでよかった。何も知らないバカのままで、何の関係もないただの……」

 

 もう一瞬の後に、彼女はこちらを見詰めていた。それはひどく鋭い眼光だった。

 

「そんなバカが、あんな(ざま)になった。背負えもしない背負う意味もない罪だか十字架だかに喜んで潰されに行くようなイカれた囚人を気取ってる。ハッ! くっっだらない。クソくだらないことだってぇのにあのバカは、心底バカだから……」

「…………」

「あいつを()()した奴がいる」

 

 鈴原サクラをその鋭い、猛るような右目で射抜いて、式波・アスカ・ラングレーは囁いた。

 

「それが、あいつを苦しめる為だっていうなら……いい。あいつはどうしようもなく誰かにとっての仇で、誰かにとっての殺人犯だから。それを憎むのは正しい。あいつの目に、この世界の有り様ってやつを刻み付けずにいられないのも理解はできる。でも、もし」

 

 ブラウンの髪がそよぐ。空間に広がり、肥大する。

 少女の覇気が呼んだ、陽炎が。

 

「もし、そうでないなら。もし別の意味で、意図で、“欲”で、あいつに触れようとしてるなら……」

「……もし、そうやったら?」

「────」

 

 返答はない。

 赤い少女は手摺を引き付けるようにしてゼロG通路を泳ぎ去った。

 その後ろ姿を、頑として見送らず、自身もまた正面を見据えて彼女とは逆方向へ通路を進む。

 

「……」

 

 返答は、なかった。確かに、声も言葉も形として返ってきたものはなかった。

 けれど、(いら)えは。

 形無き意志、想念、些少な言葉なんていう不純物を必要としないほどに明確な、強烈なもの。呪いめいて、だのに純粋無垢な誓いでもある。

 それは実に冴え冴えと、はっきりと彼女は言った。

 

 殺してやる

 

 鮮やかな赤色をした、彼女の殺意は。

 

 

 

 

 

 

 艦内システム管理用コンソールルーム。人の背丈を優に越える巨大な電算装置の箱が立ち並ぶ空間にて。

 

「到底容認できるものではないわね」

 

 各セクションから上がってきた電子具申書の一覧から一件、ホロウィンドウに表示された文書。その内容に一瞥を呉れてすぐ、赤木リツコは言った。

 冷淡、というよりむしろ明朗に。出来の悪いジョークを、肩を竦めて流してやるような心遣いすら感じられた。

 ジョーク。そう、冗談にもならない。この要請は。

 

 ───検体BM-03に対する精神診断

 

 都度提出される報告書とはまた違う。多数のカルテと共に、そこには彼の心身衰弱が如何に著しいか、その結果以前にも増して日常行動に現れ始めた変容、異常、そして今後彼に施されるべき治療方針が克明に、詳細に綴られている。

 その具申書を暫時、葛城ミサトは見下ろした。

 静養に適した環境へ彼を移すべきとの旨、そしてその候補地として最も適した場所──村落もしっかりと記載がある。

 

“常時戦線に臨する本艦での居住、軟禁は、検体の心身健康状態に対する悪影響多大であり、その改善を考慮するならば第三村への移住は有効、かつ必須であると──”

 

 実にあからさまな私情に依ったピックアップだった。いっそ清々しいほどに。

 

「……」

「旧ネルフ、そしてゼーレも、かの少年に利用価値を見出だしている。この艦から彼を解き放てば敵は喜び勇んでその身柄を奪取するでしょうね。そうして下手をすればサードインパクトを凌ぐ補完の起爆装置にされかねない」

 

 人類補完(インパクト)のトリガーたる因子を持つのは、何も第三の少年に限った話ではなかった。神の模造物エヴァ。それを動かすことのできる仕組まれた子供達全てに、そのリスクが付き纏う。無論、適格者にもまた特殊な条件を要するが。碇シンジの存在が特別な意味を持っていることは明白だ。依り代として、あるいは生け贄か……。

 その為の首輪。

 その為の銃爪。

 その為に、この身は今ここに在る。その決断を下す為に。十四年、覚悟を練り続けてきた。その時が来たなら、必ず。躊躇いも、迷いも、愛惜も許さない。もう自分には何の資格もないのだ。

 あの子の細い背中を()()()その日から、もう何も、何一つ。

 だから。

 

「…………」

「ミサト」

「わかってる」

 

 幾度繰り返したろう。この遣り取り。この疎通を。

 赤木リツコの厳とした呼ばわりの声には、ただ正しさだけを感じる。彼女は正しい。彼女の懸念、危惧は、何一つ間違ったものを含まない。

 葛城ミサトの人間性なるものの甘さをこの旧友は、親友はよくよく了解しているのだ。だからこそ、何度でも彼女は釘を刺す。戒める。諫めの言葉は剣のように鋭い。それにどれほど助けられてきたことか。

 自己の瑕疵を疑わない。完全無欠に程遠い脆弱なこの精神を確信する。

 あの子に強いた痛みを思うほど、この胸は潰れる。渇いた土塊より脆く、崩れて、解けて、風にさらわれて消える。それほどに、自分という女は、嫌になるくらいに弱いのだと知っている。

 救われてあれ。そう願わずにおれない。あの子が、あの少年が、安寧でいられるなら、どんなことでもしてあげたい。

 救われてあれ。救われてあれ。

 誰(はばか)らず、謝罪を泣き喚き贖罪を乞いたい。

 手を握って、抱き締めて、大丈夫、辛かったでしょう苦しかったでしょう、そうたくさん、たくさん慰めて────そんな自己満足と自己憐憫を夢見てしまう。一体どの面さげてそんな真似ができる。

 無い。もう、無い。そんな資格はもはや、無いのだ。

 

「仮称碇シンジは依然として本艦内部にて収容、管理する。現在許可された一定範囲の行動自由を除き、原則耐爆隔離室での拘禁が妥当。その判断を変える気はないわ。変える意義もない」

「ええ、副長として異存ありません」

「今のところは」

 

 赤木副長の視線がこちらに刺さる。苦々しく顰められた眼差しが。

 

「……ミサト」

「その“意義”が生まれたなら再考の余地はある。それだけのことよ」

「葛城艦長!」

 

 諫言を過ぎ、それはもはや叱責だった。不甲斐ない己に対する至極当然の。

 再び見返した友人の目は、けれどこの不覚に対する怒りも少なく。

 そう、まるで憐れむように、ひどく痛ましげなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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