碇さんがもう、エヴァに乗らんでええように   作:足洗

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こっそり上げればばれへんか。

前半2000文字くらいはシン・エヴァ冒頭の焼き直しなので読まなくてもいいかもしれない。



拾三

 

 エッフェル塔の傍ら、渇いた西風に吹かれて望むラップ通り。

 赤一色に沈んだ街並を形作るあらゆる建築様式、荘厳と絢爛と遊び心に満ちた意匠は無惨にもシュールな奇怪風景で侵食されている。奇怪、サイケな赤一色に。

 ゴシックもルネサンスも知ったことかとばかり。新時代(アールヌーヴォー)の風情などはもはや見る影もなし。

 花の都パリは今や遠い時の彼方。

 今、この地に咲くのは花などではなく、空をつんざく砲火である。

 音速の三倍に迫る初速で放たれるオートマティックライフルの連射連弾が、快晴の空に緋色の軌跡を描く。

 

「エヴァ44A航空特化タイプ第三群沈黙! ……うわっ、六時方向より第四群擬装空間から出現! うじゃうじゃ出てます! キモッ」

 

 空が割れる。

 比喩なく、空間の只中に無数のハニカム形の亀裂が走り、それが張りぼての板切れのようにぼろぼろと崩れ落ちていく。

 使徒擬きの面目躍如。ATフィールドの全開運用による空間歪曲は現行のあらゆる索敵センサーを欺瞞し果せる。

 異空間よりの奇襲攻撃、その成功は約束されたも同然だった。

 まるで初めからそこに存在していたと(のたま)うかのふてぶてしさで、編隊飛行する無数の異形。腹這いに飛翔する人型の物体は見るだに不気味だ。

 そうしてそれらは実に美しい螺旋を描いて────片端から撃ち落とされていく。先刻と何一つ変わらず、同じように。

 エヴァ改2号機γ火力特化仕様。その右手に握られた大口径ライフルと左義肢として換装された高出力レールカノン。超長砲身二門による二重奏であった。

 さらに、両肩部に装着(マウント)したランチャーに装填された対Nシリーズ誘導弾。その積載数108発。

 防塵シールドの開放から僅か三秒足らずでその全てが吐き出された。白煙の尾を引きながら、大量の特殊火薬を内包した鉄の筒が異形のエヴァ達を爆散させる。

 無数の十字光、そしてそれを押し流す赤黒い爆轟。

 空に響き渡る爆音、そして。

 

『はぁあ!! 目障りだってェのぉ!! おおおぉらぁアアアアアッッ!!』

 

 獣の咆哮。

 赤い機影が街路を()()

 その鋭角なボディは先のUS作戦の焼け残り。大気圏突破用耐熱シールド『Pod-2´』の片割れであった。高高度に陣取った旗艦ヴンダーの牽引ビームによる操演を受け、吊られたシールドを今、改2はまるでサーフボードのように乗りこなす。

 重力下にある徒走の人型決戦兵器たるエヴァでは不可能な三次元機動と速力。

 振り子運動が最大の速度へ達するその勢力のままに。右手に握ったライフルの砲身下部から銃剣が突き出る。その切先は寸分違わず、44A編隊の先鋒を貫いた。

 そうして突撃する騎兵さながらに、改2の突撃槍(ランス)は容易には止まらない。

 迂闊にも縦列を組んだ大量のエヴァ擬き、それらを諸共巻き添えにして串刺していく。一匹とて逃さず、許さずに。

 

『羽虫がァッ……!!』

 

 団子状に雁字搦めとなった異形の群。その頂で突き刺さったライフルを手放し、足下のボードで蹴り上げる。

 跳ね上がる。空へ。無様で醜いエヴァでもない使徒でもないもの。

 そんな憐れな出来損ないに、最後のレールカノンの放火を呉れる。

 刹那、爆音と共にそれらは巨大な一本の十字架と成った。

 

「エヴァ44A航空特化編隊……反応消滅。うっそ、もう……?」

「はあ!? 会敵からまだ62秒っすよ!」

「式波少佐やっぱぱねぇ」

「というか恐ぇよ……」

 

 巨大な円柱形、ユーロネルフ第1号封印柱。その黒い頂点に今探査艇(DSRV)が乗り付けられている。

 呆れか感嘆か、北上ミドリの呟きに整備班一同が同調する。あるいは恐怖を、共感して。

 

「無駄口叩くな! 何の為に稼いだ時間だと思ってる!」

「は、はいぃ!」

「ス、ステージ4クリア!」

「トレース始めます!」

 

 整備班の面々はその一喝で肩身を震え上がらせた。

 彼らの直属の長たる伊吹マヤは、険を尖らせ怒気を隠さずひとえに厳しい。叱責に声を荒げながら、その手元のノート型端末のキーを叩く手は一瞬たりと緩めない。

 

「……アスカの好調を無駄にするな」

「「「はい!」」」

 

 訓示として、とても正しい言葉だった。同時に、赤木リツコはマヤの微かな沈黙に宿った怪訝に共感した。

 改2号機の鬼神の如き強さ。アスカの鬼気の、その凄まじさ。

 VR装置を用いた訓練時とは文字通り桁違いの戦闘能力を発揮している。どころか敵勢は、当初想定の遥か上を行く物量で波状に襲い掛かってきた。にもかかわらず。

 個別通信を繋げば、スピーカーからは獣のような息遣いが響いた。しかしバイタルは戦時における正常値を示している。

 その激しい高揚はあくまでも現在の精神状態の現れでしかない。式波・アスカ・ラングレーは戦場に在っては常に冷徹だ。

 冷徹、冷厳な殺意。それが焼け付くような激情に裏打ちされたものであることを知っている。そういうどうしようもない危うさは赤木リツコの中にある“女”の自分が嫌というほど教えてくれた。

 今までは、こうではなかった。彼女は猛々しい戦士ではあっても、決して獰猛な獣などではなかった。何かが作用し、彼女に変化をもたらした。

 何か……その何かは実にシンプルで、そして呆れるほど明白だ。

 

「いや恐いし……エヴァパイロットってやっぱりおかしい────!? 高エネルギー反応!?」

 

 擬装された空と地上、その境界面が崩れ、歪曲から正常化した空間に新たな異形が姿を現す。

 電力供給特化型エヴァ44Bおよび陽電子加速砲塔型エヴァ4444C。頭と両腕を取り除かれた歩行する足が横列を組み、それらにかしずかれながら下半身を切り落とされた上半身が四つ、超超長砲身を頭上に搭載している。

 陸戦用超火力固定砲台、その完成形であった。

 

「エヴァ44B大出力電力放射装置蓄電開始! ってもうフルチャージ!? や、ヤバいレベルの電力溜まってます!?」

 

 直撃を許せば封印柱はおろか一帯が焦土と化すだろう。

 その砲身が────既にして破断されてさえいなければ。

 抜き打ちの一閃であった。小太刀を思わせる片刃の切先は目視不可能な速度で振動していた。高周波振動ブレード、その太刀を握って。

 エヴァ改2号機は操演により吊られたボードから跳躍し、出現直後の陽電子砲本体に取り付いていた。MAGIがあらかじめ敵増援出現位置を予測計算していたこともあるが、なにより敵攻勢第一波であった44a航空特化型による陽動があまりにも無意味に終わったこと。

 改2は、アスカは速すぎた。獲物に食らい付く餓狼のように。

 

「獲物が抵抗する力を先んじて奪う。あの手並みは捕食動物のそれね」

「ひっ」

 

 果たしてその喉笛の悲鳴は誰のものか。狂犬のように振る舞う猟犬の怖気すら催す狩りの手管。

 如何に大電力を高効率高速で発電できたところで、間髪入れず接近されれば即応は困難だ。大火力大容量の固定砲台ともなればなおのこと。

 

『コネメガネぇ!!』

『はいなただ今!』

 

 上空からの直接火砲支援(ダイレクトカノンサポート)。本来、今作戦の前衛を張る筈だったエヴァ8号機は改2号機の援護に回っている。

 改造の主体たる8号機を温存するという意味で、このポジション変更は合理性がある。が、それは、私情を優先させる為の裏付け、理屈付けでしかない。

 8号機からのスナイプは、随伴する44Bの潰された頭部へと直撃。それが計四発四体それぞれに炸裂した。膨大なエネルギーを蓄えていた機体はそれを放出しながら大爆発を起こす。

 その爆炎の只中、電力供給源を失った独活の大木(4444C)を足蹴に、改2号機がその上に立つ。

 

 

 シンクロによって投影された敵機を“左目”で見下して赤い少女は歯を軋ませる。

 

「こいつらも」

 

 奪いに来た。また奪いに来た。

 人類補完の鍵、最後のトリガー、第三の少年を、碇シンジを。

 ここ数ヶ月、かつての十四年間とは比べ物にならないほど増加したヴィレに対するゼーレおよびネルフ製エヴァンゲリオンによる襲撃。度重なるMark4シリーズの攻勢で損傷を強いられたヴンダーが、今作戦で後方支援に徹するのもそれが理由。

 その原因、その目的はただ一つ。碇シンジの奪取だ。

 ゼーレはともかくとして、碇ゲンドウは諦めていない。頑としてその願望を、その切望を。そこへ如何にして到達する腹積もりかはわからないが、きっとその手段にかの少年はどうしても欠かせないファクターなのだ。

 ヴンダー(こちら)の戦力増強を嫌った此度の妨害の力の入れ様からも、おそらく次はこの数倍、その次はさらに数倍する兵力を投じてくると考えられる。

 ()()の差は明白だった。持久戦などは初めから論外の仕儀。敵はじりじりと時間を掛けてこちらを削り潰せる。

 そうなればあいつは、あのバカは。

 

「なら、何度だって」

 

 高周波振動ブレードを逆手に、そのままコアへと突き入れた。砲塔を支えるエヴァ型の外骨格ならいざ知らず、その本体の強度はATフィールドを中和されてしまえば何程のこともない。

 バターに熱したナイフを刺し入れるように、いともあっさりと。

 貫く。

 何度も、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も。

 

「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやるッ……!!」

 

 今更、渡すものか。誰の、どんな思惑だろうと知ったことか。

 あいつの痛みも絶望も恐怖も全部、全部。

 

「アタシの!!」

 

 

 “私”だけのものだ。

 “私”が見付けたものだ。

 

 

 十四年、その呪縛を超えた“今”に、見付けて、触れて、感じたのだ。

 碇シンジの傷。あの赤々と鮮烈に燃える熱を。どろどろと煮え立つ自己憎悪を。

 恋しいと、労しいと想い遣る少女の“アタシ”は既にない。そんなものはこの十四年の戦いの日々が鑢に掛けて削り去った。

 今、この身の内にあるのは、胸倉の奥深くに巣食うのは、もっとどうしようもないもの。優しさからは程遠かった。安らぎなどもたらしはしない。暗く暗く、ただ泥中に沈むような、肩を背骨を圧する鉛のような重さで。

 “私”はひどく、あの憐れな少年が欲しいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 縫製作業が単なる日課から一任の業務のようになった。拙い手作業くらいで仕事をした気になって、それが誰かの為になる、達成感を得ていると思い込む……なんて、間違ってもそんな勘違いはできないけど。

 それでも手を抜いていい理由はないし、さも身を入れて忙殺されたように振る舞う自分は気持ちが悪い。思考と記憶の反芻行為からどうにかして逃れようと躍起になっている。

 皮膚を切るような鋭さ、凶々しさの現実は、今だってこの爆薬に塗れた金属の壁の向こうと床の下遥か彼方までを覆っている。

 血肉色の赤が、ずぅっと。

 逃げる。慣れた行為。馴染んだ思考回路。

 嫌なことから逃げ出すことばかりの過去。幼い頃から染み付いた処世術。向き合うのも、触れ合うのも、怖かった。見ず聞かず口を閉じて、拒絶することで世界と距離を隔てて、孤独という安堵に縋った。

 怖い。怖い。

 逃げ出したいほど怖い。罪の現実が、“今”が、ただただ怖い。

 怖いと、知っている。ちゃんと忘れず、覚えている。自分の怖れるべきものを、自分は恐れ戦き続けなければならないことを理解している。

 

「はっ、はぁ……はぁ……はぁ、は、ぁ……」

 

 身震いした。指先が震えて、手繰っていた白い布地をミシン目がミミズのようにのたくった。

 呼吸が乱れて、心臓が跳ね回り、耳の血管で重い血の脈動がうるさいほど鳴り響いていた。

 

「ひっ、ぃ……ふ……く……っ」

 

 恐怖。罪悪の在処を認識して、僕は僕の分際を知る。

 歯を食い縛って、浅く乱れる息を呑み込んで、背中にびっしょりと汗を掻きながら、さあ──刑務を再開しよう。たぶん今、自分が生きていて創出できる価値らしきものは、これだけだから。

 世界(ここ)にいてもいい理由なんて、これ以外にないから。

 自分の甲斐の無さが可笑しかった。自分の価値の無さが少しだけ、虚しかった。

 その時、出し抜けに扉が開く。

 はっとして振り返ると、出入り口に立っていたのはプラグスーツ姿のアスカだった。

 驚きは意外に少ない。時折こうして、アスカはここを訪ねてくる。多くはないけど、ここ最近はその頻度も増えていた。

 顔を合わせる機会は増えたのに、いざ面と向かうとこの喉は第一声を見失う。有り触れた挨拶でもいい。体調を訊ねてもいい。

 でも、そのどれもが妙に白々しく思えて。

 ちょくちょく顔を見せてくれることが、それが、その事実が……その何かを自覚するより先に、アスカは手にしていたものをこちらに放り投げた。

 

「うわっぷ」

「はい、仕事」

 

 ぶっきらぼうな声が、赤いポリエステルの生地の向こうから聞こえる。

 手に取ったそれはジャージの上着だった。それもアスカが普段プラグスーツの上から羽織っているものだ。

 見ると、肩口と袖の縫い目が大きく解れ、ぱっくりと破れている。

 

「これ、どうしたの?」

「前この部屋で鈴原妹とコネメガネとでいろいろ暴れた時に解れた。そのままにしてたらこうなった」

「ああ……」

 

 そう遠くもない記憶なのに、なんだか随分昔の事のように思える。ただあの時の疲労感だけは鮮明に体が思い出した。

 アスカはなんだか箇条書きを読み上げるように言って。

 

「わかったらとっとと直しなさいよ」

 

 そう締め括った。腰に両手を当てて、胸を張りながら見下ろされる。仏頂面の命令口調。それが妙に、懐かしい。

 

「……うん、わかった」

 

 不意に湧いた暖かなものを隠して、頷く。無性に後ろめたくて下を向く。

 

「出来上がったら届けに……行ったらまずい、かな。えっと、じゃあ、ごめん。悪いけど、連絡するからアスカの方から取りに来てもらってもいい」

「今、すぐ、やって」

「え、でも」

「文句ある?」

 

 二の句を許さず詰問と睥睨が降って来る。

 部屋の隅、部屋の外の通路にも、洗浄済みの衣類や布切れが詰まったケースが積み上がっている。些末な雑用を押し付ける先として重宝がられているらしく、縫製の他にも幾つか内職染みた手作業の打診があった。とはいえ別段急を要する作業などない。期間や優先順位を指定されている訳でもない。

 アスカにもう一度頷き返す。生憎、断る文句は浮かばなかった。

 

「ん」

「え?」

 

 アスカがベッドを指差して、顎をしゃくった。一瞬意味がわからず、首を傾げる。

 

「そこ、座って」

「ベッドに? でも、これ」

 

 据え置きのミシンを使うならデスクに腰掛けなければならない。

 そう続けようとするこちらの言葉も予想済みで、アスカはさもつまらなそうに言った。

 

「手でやれば」

「う、うん」

 

 ますます意図はわからない。勿論、手作業でも補修はできるけれど相応に手間が掛かる。ミシンの方が完成は早いし出来栄えも細かに調整が利く。

 いろいろ不可解を抱えながら、とりあえず裁縫道具を持ってベッドに腰掛けた。

 その途端、どんと腿に衝撃。

 

「うわ!?」

「っしょっと」

 

 アスカはベッドに寝転び、僕の膝を枕にして頭を乗せてきたのだ。

 

「あ、危ないだろ! 針とか鋏とかあるんだから!」

「はいはい」

「もう……!」

 

 至極当然の注意に声を荒げる自分が、どうしてか間抜けだった。

 そうして至極当然のようにアスカは取り合わない。軽くいなして、それどころかどこか面白がっているようにも見えた。

 

「さっさとやれば。日が暮れるわよ」

「……うん」

 

 淡いゴールドの髪は光の具合で時折亜麻色のように暗む。細く艶があり、豊かに膝で広がってそれらは脛、足首にまで届く。

 ひどく擽ったい。肌身の感触ではなく、胸の内、今この時この場の居心地が。悪い、とは遠く対極の意味で。

 不機嫌そうに僕を見上げる青い目を、けれど僕は、やはり、どうしようもなく懐かしいと思う。思ってしまう。

 赤い少女との不思議な時間が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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