碇さんがもう、エヴァに乗らんでええように   作:足洗

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戦闘開始と同時にシンジくんの部屋は二十畳ほどのバトルフィールドに変化しています(嘘)




拾五

 

 

 アスカとサクラさん。

 この二人の関係性について自分が知っていることはその実、驚くほど少ない。

 数ヶ月、同じ船で生活した……なんて言えば親しみでも覚えられるだろうか。顔を合わせる機会も、言葉を交わす機会も、常に受け身で、この箱の中で待ち受けるしかない自分には、彼女らの戦時下なりの私生活を知る術などなかった。

 エヴァパイロットと衛生科医務官。戦闘従事者と医療従事者なら良くも悪くも接点には事欠かないように思える。それも互いに不可欠で、互いに一定の信頼を置き合うような。

 理想。

 そして目の前には、その真逆の現実。

 アスカとサクラさんは明確な敵意を以て対峙していた──敵意?

 ひとつとふたつ、色の違う瞳と瞳、そこに宿る一念を、彼女達の想いを、心に愚鈍な筈の僕が珍しく取り違えなかった。

 それは、そんな生易しいものではなかった。

 殺意だ。

 『お前の存在を認めない』という意志、その極限の精製物が、不可視の刃になって互いを刻み合っている。

 

「どうしたの? ほら、さっさと()()()?」

「っ!」

「それは見せびらかしてなんぼの玩具よ。仕舞ったままじゃ脅しにもならない。それとも使い方がわからない? 私が教えてあげようか」

「よう喋りますね。碇さんの血ぃ見て興奮したんですか? ケダモノさん」

「……」

「……」

 

 僅かに残った歩み寄りの余地とかいうものががりがりと殺ぎ落とされていく。

 進退が窮まる。進み、互いで互いを潰す未来が、すぐそこに。

 

「だ、駄目だ。駄目だよ……やめてよ、二人とも」

 

 譫言の体で発した情けない声はこの狭い部屋なら容易に聞き取れたろう。そして当然のようにそれは黙殺された。

 繋がれたままだった手が、不意に離れる。離れる直前に微か、もう一度手を握り返された気がした。

 くちり、と水っぽい音を皮膚感覚で、鋭痛を神経に響かせる。針はアスカの掌に居残っていた。

 アスカは手の甲から出た針の(めど)を噛んで引き抜き、床に吐き捨てた。そうして掌に舌を這わせる。それこそ味わうような艶めかしい舌遣いで。

 

「サドの変態かいな……!」

「ナイチンゲール症候群拗らせてる奴に言われたかないわ」

 

 臨戦体勢。号令などなくとも二人は始めるだろう。骨肉の、それを。

 背中から陽炎のように戦気を立ち昇らせながら、アスカの呼吸は穏やかだった。闘争に特化する、自己を変革するという行為に戦士たる彼女は精通している。

 そんな猛虎の如き武力行使者を前にして、彼女とてもまた一歩も退く気配を見せない。

 僕を、魂に懸けて許さない、アスカと同じようにそう言ってくれたもう一人の人……鈴原サクラさんは。その全身に怒りを燃え上がらせてアスカを睨み付けている。

 どうしてだ。

 愚昧の極みで声もなく腹腔に叫ぶ。それは状況、心情、現実に対する最低最悪の無理解の吐露であったが、しかし同時にこの理不尽に対する堪えがたい怒りでもあった。

 理不尽。理に合わない。

 何故、彼女らは全霊でそのような殺意を応酬させる。無限の憎悪を滾らせる。それは間違っている。徹頭徹尾全てが間違っている。あってはならない。

 だってそれは、その刃のようなそれは────自分にこそ向けられるべきものなのに! この胸を、心臓を、罪人・碇シンジを抉る為にこそ、あるべきものなのに!

 復讐の権利人たる彼女らは、その執行対象を誤っていた。

 僕だ。僕に。それは僕が、受けなければならない痛みだ。

 恥知らずに疑問を抱く。何故、何故だ、と。

 わからなかった。もっと注意深く、力を尽くしてわかろうとすべきだった。アスカのこと。サクラさんのこと。

 愚劣蒙昧な、厚顔無恥な、無知。二人の行動の意味が、今の碇シンジには理解できなかった。

 

「セーフティは外した? 撃鉄は上がってる? まさか(アモ)を弾倉に入れ忘れてたりしないわよね? ふふふ」

「……ええ、しっかりと用意できてます」

「そ。なら」

「はい」

 

 火蓋は切られた。唐突に。

 先に動いたのはサクラさんだった。

 ポケットに納められていた手が引き抜かれ、前方へ、アスカへ。

 対するアスカの反応は敏速を極めていた。サクラさんの一挙動の間で、アスカは倍かそれ以上の行動速度を発揮する。戦闘従事者と医療従事者、どうしたところでこの差は歴然だった。

 しかし、そのアスカの機先が、乱れる。

 サクラさんの手に握られた小さな筒──スプレーから、ミストが噴出したのだ。

 

「!?」

 

 それはアスカにとってひどく意表外の行動だったらしい。踏み込みに躊躇が生まれ、白煙を避けるように上体をスウェイ、裸眼を守って右側へ傾く。

 それを予測していたのだろう。サクラさんはその逆方向、部屋の隅のデスクに逃れた。

 

「催涙……イイ根性してるじゃない……!」

「お互い様ですよっ!」

 

 デスクの上にはミシン、そしてこの部屋据え置きの医療キットの箱が置かれている。サクラさんは迷わず、そこから尖った鉗子を手に取り、アスカに投げつけた。次は裁ち鋏を。その次はペン立てを。遂には、救急箱そのものを

 アスカは催涙ガスを腕で薙ぎ払い、そのまま往復ビンタ気味に投擲されるそれらを叩き落とす。

 

「えぇい鬱陶しい!」

「くっ」

 

 もう一度、と。スプレー缶を握ったサクラさんの右手を、詰め寄ったアスカが掴み上げた。

 同時に手首が捻じられ、サクラさんは呻きながら缶を取り落とす。

 詰み。軍隊格闘を修めるアスカに組み付かれてしまえば素人には抵抗の術はない。

 クロスレンジ、間境、つまりは互いが触れ合う距離。

 そのままサブミッションへ────

 

「ちっ」

 

 舌打ちし、アスカの右手が動く。

 宙を走ったサクラさんの左手を掴む。注射器が握られていた。接近された瞬間にも、サクラさんは左ポケットへ手を入れ備えていたのだ。

 両者の両手が拮抗する。

 

「つっ、ああああああッ!!」

「ちぃいいいいい……!!」

 

 アスカの首目掛けて満身の力で迫る注射針、それを突き刺そうとするサクラさんと封じようとするアスカ。

 拮抗は、けれど数秒も持たなかった。

 アスカがサクラさんを蹴り飛ばしたからだ。

 投げ出されたサクラさんが、部屋の隅に積み上がったケースにぶつかる。箱は崩れ蓋が開き、中身である再利用用の布切れや雑貨、各種の備品が床にぶち撒けられた。

 倒れ込んだサクラさんにアスカが近付く。が倒れたままサクラさんは床の物を滅多矢鱈に放った。

 薄汚れた作業着、手袋、使い古しの安全靴。

 

「汚っ、こんのぷっつん女! なんでもかんでも投げんじゃないわよ!」

「あんたに言われたないわ! 万年反抗期!」

「はぁああああ!? くっ、この、くっそ、痛っ、とにかく殴らせろ! 殴り合え卑怯者!」

「いぃやぁでぇすぅう!!」

 

 牙を剥いて追うアスカと、逃げながら手あたり次第物を投げ付けるサクラさん。

 一進一退、決着がつかないまま、ただ部屋の中だけが荒れ果てていく。

 縦横無尽に駆け回る二人、その後をおたおたと僕は追う。

 

「や、やめ、やめてよ! こんな」

「邪魔なんですよ!」

「そっくり返す」

「ねぇ、二人とも……!」

「これ以上碇さん傷付けてどないする気ですか!?」

「あんたには……あんたにだけは関っ係ないってぇの!!」

 

 デスクが倒れた。箱が踏み潰された。備品が散らばり、薬品が漏れ出て、何もかもぐちゃぐちゃになった。

 止まらない敵愾の興奮と暴挙。怒気。増悪。憎悪。憎しみ。(にく)しみ。悪し悪し悪悪悪悪悪悪────本当の邪悪を、僕を置き捨てて争いは終わらない。

 限界だった。許してなど置けなかった。

 

「やめろぉ!!」

「!」

「っ!? 碇、さん……?」

「はっ、はぁはぁはぁはぁはぁ……」

 

 思った以上に衰弱していた喉は、突然の怒声一つで裂けて血を滲ませた。鉄錆の味を口中に感じながら、肩で息をして心臓は早鐘を打つ。

 血の昂ぶりに、鈍った身体が追い付かない。ややもすれば視界は白化して頭はぐらぐらと惑乱した。

 それを噛み潰して、二人を見る。今の自分が二人にとって、癇癪を起こす鼠同然であることを承知で。

 屹度、この罪なき人達を見据える。見据えながら、僕は床を指差して。

 

「資源は、大切にしなさい!!」

「「………………はい?」」

 

 ~~~~ちょっと待って! ダストボックスに落とす前に

 

 文明社会の黄昏刻、あなたの小さな心づかいが、みんなの心を豊かにする

 今一度考えよう! 再資源化(リサイクル)、そして再活用(リユース)

 使った物はきちんと分別、使えそうな物は資源回収係まで

 

 いつまでもあると思うな資源と命

 艦内生活向上の一歩を踏み出しましょう

 

 

ヴンダー生活向上委員会インフォメーション♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハロータロー岡本太郎~! っと……え、なにこの地獄みたいな空気」

「「……」」

 

 なんか珍しく心底戸惑って、マリさんは赤縁眼鏡の奥でぱちくりと目を瞬く。

 アスカは雑巾で床を拭き、サクラさんは散らばった雑貨や備品を拾い集め、僕は縫製の終わった布切れ(ウエス)を畳んで箱に仕舞う。

 全員、頑として無言で。

 

「えぇ……無視ですか……」

「暇ならあんたも手伝いなさいよ」

「あ、はい」

 

 そう広くもないガラス張りの室内を、マリさんを加えて四人、やっぱり無言で掃除した。

 隔離室、仮にも独房である筈のここがやたらとぴかぴかに磨き抜かれた頃。

 今一つ納得のいっていないマリさんが、手にしたタブレットを掲げて言った。

 

「ワンコくんに辞令だよーん」

「え」

「……はあ?」

「碇さんに、ですか? ……私らにじゃなく?」

 

 サクラさんの反問は尤もで、艦内人員(クルー)でもない、ヴィレの構成員でもない、厳密には隔離収容“物”である碇シンジに対して辞令が発されるなどおかしな話だ。

 画面には電子書類が表示され、その隅の署名欄にしっかりとサインが。いつか見た、あの人の筆記体の名前が記されていた。

 

「詳細は面会室で、艦長、副長から直々にと仰せつかってますにゃ」

「……」

 

 生憎、良い想像は浮かばなかった。自分の相応しい処遇、あるいは処理の結論が遂に下ったのか。

 この身に科されるべき処刑の日取りが、ようやく。

 

「悲壮なこと考えてるね? いや、悲愴かな。どっちにしろ残念ハズレ~。罰としてお姉さんのハグハグの刑に処しちゃいま~す」

「えぇ!?」

「コネメガネ」

「真希波大尉」

「ライバルの共闘展開は少年誌的で燃えるけどサンドバッグは勘弁にゃ~」

 

 先程よりは幾分柔らか、というかインスタントな殺気が二本ばかりマリさんを射貫く。

 よよよと泣き真似しながら、後退りマリさんは溜息一つ。そうして軽やかに笑む。

 

「ま、ぶっちゃけちゃうと、君に引っ越しの時期が来たのさ。ワンコくん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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