碇さんがもう、エヴァに乗らんでええように   作:足洗

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艦長として冷徹なミサトさん好き。
子供みたいに泣きじゃくるミサトがもっと好き(変態並感)


拾六

 

 一ヶ月ぶりに訪れた面会室の様相は、当然ながら変わらない。無機質な金属の壁と床。壁面にずらりと露出した機械装置が点検用ハッチなのか、機械式のパーテーションなのか、電装系の収納ボックスなのかはわからない。正方形の空間、その中央をアクリルガラスが縦断する。アスカが拳で罅を入れた大窓は既に新しいものに取り替えられている。

 室内に居並ぶ面子も、マリさんが加わったことを除いて前回と同じ。

 些細な違いがあるとすれば、今回アスカが向こう側ではなく、こちら側に居るということ。壁際に腕組みして佇立し、パイプ椅子に腰掛ける自分の背中を見詰める様子が、アクリルガラスの表面に映っていた。

 監視されているような……あるいは、見守られているような。その視線に緊張と安堵をほぼ同量ずつ覚える。不思議な心地だった。

 ふと、傍に立つサクラさんがほんの半歩ほど、心なしかこちらに近寄ったような気がする。どうしたのか、といった意味合いで見上げた彼女は、ただ優しく微笑み返してくるだけだった。

 首を傾げる。

 その時、デスクに据えたノート端末を操作しながらリツコさんが口火を切った。

 

「碇シンジ君。貴方の身柄の引き渡し先が決まったわ」

「……はい」

 

 姿勢を正す。傾聴の態度を示す。

 これから発される辞令……命令は、自分自身の進退だ。どのような内容であれ自分はそれを一つ残らず受け止め、咀嚼し、理解しなければならない。

 たとえその裁決が真実、流刑であったとしても。

 唯々諾々、他人の言う事に従うだけで済まされた時代はとっくの昔に終わりを迎えた。受刑者ならなおの事、処断を甘受など許されない。罪を知り、己を知り、その重みを思い知って、考え続けなければ。贖罪に、肉体と精神の全てを費やさなければ。

 内心に自嘲で吐息する。ろくろく話も始まっていないのにこれでは、まさに早合点だった。マリさんも言っていた。悲愴を気取るにも、まずは事実を知ろう。

 

「本来、我々は貴方に命令を下す立場にない。というよりヴィレの命令系統に貴方は属していない。ゆえにこれは法規度外視の強制執行。拒否権は認められないこと、了解してちょうだい」

「はい、了解しました」

「結構」

 

 言うや、ホログラムウインドウがガラス面に投影された。そしてウインドウの様々なUIに囲まれて一枚の画像が拡大表示される。

 丸い嵌め殺しの窓に縋るようにして、一心不乱に外を見る患者衣の背中。滑稽なその姿は紛うことなく自分だった。

 そして、その背後に立つ────白い影。霞か靄、あるいは蒸気の白煙にも見える。けれど、それが何なのか、誰なのかを、僕はよく知っていた。

 

「これって……」

「そう。先日の乱痴気騒ぎ(トラブル)の際、貴方が隔離室を脱走、いえ追い出された時に記録されたものよ」

 

 気付けば身を乗り出していた。まじまじと画像を見詰める。

 白い霞、まるで自分の背後に寄り添うようにして立ち昇って、佇んでいる。画質の粗さもあってディティールはぼやけているが、でも。確かに、それは人影のように見えた。

 

「っ! やっぱり……幻じゃなかったんだ」

「ええ、歴とした現象です。形而下のそれではないでしょうけど」

 

 画像に並んでもう一枚、今度はグラフだ。3Dグラフィックで表現された無数の蛇のようなものが折り重なる独特の絵面のそれは、過去幾度も目にしたことがある。馴れ親しんだと言えるほどに、良い思い出はないけれど。

 深層シンクロテストの波形パターンと数値。直近に見た時は、ただ虚しく『0』が並ぶばかりだったものが、僅かだが値を示していた。

 先に動揺を露わにしたのは、自分ではなくサクラさんだった。

 

「どういうことですか!? 前測った時は確かに!」

「何を切欠としたかは未だ不明です。ともかくその現象が発生した数秒間に低域ながら機体人体双方向のシンクロが観測された。覚醒に至る数値に達しこそしなかったものの、本艦に内蔵された状態であっても貴方は初号機へアクセス、ないしリンクする能力を有している可能性がある」

「……」

「変動を観測してから現在までの二ヶ月間、継続的に行った深層シンクロテストの結果から、少なくともBM-03には未だ適格者としての性能が残存すると判断します」

「そんな、嘘……嘘や……なんで……」

 

 愕然と、画面を凝視しながらにサクラさんは切れ切れに声を零した。まるきり我が事のようにショックを受ける様が、ひどく労しかった。

 

「勿論、先のUS作戦時においても初号機には覚醒の前例がある」

「前科でしょ」

「貴方を拘束することも、監視と()()を容易にする為の当然の措置だった。しかし、初号機を主機として稼働する本艦に貴方を内包することそれ自体に危険性があるとデータ的に証明が為されてしまった」

 

 アスカの軽口をリツコさんは無視して続ける。

 

「……また、検体への対応として適切ではない行為も幾つか報告を受けています。艦内に要らぬ動揺と規律の乱れを喚起する要因(BM-03)を遠ざけたい──という極めて下らない事由も本件には含まれていること、理解しておきなさい」

 

 リツコさんがガラス越しに並ぶ面々を流し見る。アスカは鉄面皮で迎え、マリさんはわざとらしく口笛を吹いて忍び笑い、サクラさんだけはバツが悪そうに下を向いた。

 戦時下。その最前線にこの船は在る。そんな極限環境に無意義な厄介事が持ち上がるなど、本来あってはならない。

 その元凶は間違いなく自分だ。それを除いてしまおうというリツコさんの……ミサトさんの判断はどこまでも正しい。

 拒む理由は何一つなかった。

 

「以上の要件から、貴方は退艦し、こちらの指定した拠点で保護・監視を受けてもらいます」

「わかりました」

「……」

 

 サクラさんの痛ましげな視線を左頬に感じながら、頷く。

 そこがたとえどんな場所で、どんな苛酷な環境でも、それが罰なら受け入れる。むしろ冗談のようだった流刑が本当に執行されようとしている。その事実に不遜にも、安堵さえ覚えてしまうのだ。

 不意に、リツコさんが端末から離れてこちらと向き直る。無表情に近かった顔が、ふ、と吐息と共に少しだけ和らいだように見えた。

 

「……次の移送先は住環境としてかなり良好なところよ。少なくとも、戦闘艦の中に比べれば、ずっと」

「そう、ですか」

「作戦の推移によってはもう会うこともないでしょう。元気でね」

「はい…………リツコさんも」

 

 舌は重く、喉に物を詰まらせるような躊躇いがあった。誰かの息災を願うという行為が、後ろめたくて後ろめたくて、仕方なかった。それを願える分際になかった。

 リツコさんはそんなこちらのごちゃごちゃした内心を酌んでくれたのか。唇で薄く笑み、肩を竦める。

 その時、無言で壁に背を預けていたミサトさんが初めて口を開いた。

 

「通達は以上。BM-03の移送はこれより72時間後に行う。各員、持ち場に戻りなさい」

 

 言い終わると同時に踵を返す。噛むような、残る者を突き放すような足取りで。

 

「ぃ……ミサトさん!」

 

 その背中に、声で追い縋った。無視されることも覚悟したが、彼女の背中はまだそこにある。

 立ち止まり、次の言葉を待ってくれている。

 言葉、言葉を。

 ……一体、何を言えるっていうんだ。今更この僕に、何を言う資格もありはしない。

 違う。資格の有無なんてただの逃げ口実だ。無いかもしれない。きっと無いだろう。それでも、話すべきだと思う。ほんの一言でもいい。話をしなくちゃいけない。今生の別れだというならなおの事。

 葛城ミサトという人は、碇シンジに様々なものを与えた。

 決して全てが良い事ばかりではなかった。辛くて苦しくて痛くて怖かった、逃げ出してしまいたくなるくらいに。エヴァに纏わること、エヴァに乗る自分、それらに付随する現実は否応なく針のように心を刺した。

 でも、僕を見付けてくれた。孤独の微温湯の中、停滞していた僕の時間を動かしてくれた。手探りで、不器用に、自分自身でさえ怖がりながらそれでも────居場所になってくれようとした。それが今なら、今になってようやく、わかる。

 十四年前、そんな彼女との最後の記憶は、玄関の戸口、敷居を隔てた背中越し。顔も見ずに、引き留める声と手を、その縋るような手を払って、僕は。

 逃げ出した。

 使徒化した3号機、それを殺戮した初号機、何もしなかった僕。それを知ったこの人の悲しみを、後悔を、自罰を理解していた癖に。

 罪悪感を怒りで覆って、何もしない言い訳を他人に擦り付けて。その逃避すら中途半端に終わった。

 目の前に広がる焼けた荒野を無我夢中で走り、走り、気付けばまたエヴァに乗っていた。今度こそ、言い訳の余地もなく、自分で選び自分で決めて、自分の意思で。

 勝手だ。自分勝手に、何の責任も負わず、考えもせず行動した。あの時の自分にその暴走がどんな結果を生むかなんて想像することすら不可能だったろう。無知で愚かなことに胡坐を掻いて、何も知ろうとしなかった僕に、何も理解なんてできなかったろう。

 言い訳だ。罪を逃れる為の汚い理屈立てだ。

 汚くて狡くて臆病な僕の。そんなどうしようもない僕を。

 ミサトさんは、信じてくれた。

 無知で愚かで、自分勝手な僕を、それでも信じてくれた。

 そして、僕はその信頼を裏切ったんだ。ミサトさんの期待を、希望を、不器用で優しい気持ちを赤い地獄にして返した。

 

「ミサトさん……ミサト、さん」

「…………」

「────ごめんなさい」

「!」

 

 アクリルガラスに両手で縋って、額を押し付けながら声を絞り出す。

 謝罪の言葉。

 それは無責任の標榜。明白な責任逃れ。醜い免罪への乞食。

 許されない。許されない。許されない。

 断じて、罪人が赦しを乞うてはいけない。赦しとは贖罪の果てに与えられるものだ。与えられなければ、求めてすらいけないものだ。

 そう理解している。

 でも、口をつくのは。この口から垂れ流れてくるのは。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい、ミサトさん……僕はなにもできなくて、僕がなにもかも、台無しにして……!」

「────」

 

 屹立した背中に、ただひたすらに罪を吐露する。自分の業を告白する。

 

「ごめんなさい……!」

「…………っ!」

 

 一度、荒く乱れた息を吐いてミサトさんは面会室を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 艦長室の扉を潜り、背後でそれが閉じられたと同時に肩から壁に衝突する。背骨が喪失したように、支えを失った身体は重力に引かれずるずると崩れて落ちた。

 軍帽が落ち、床を滑る。投げ出した足の両膝に、気付くと黒く染みができていた。ぽたぽたぼたぼた止め処なく、それは頬を流れ顎から滂沱する、涙。

 

「ふ、ぐっ、ぅ、ぅうう、っ、ふ、ぅ、ひ、ぎ、あぁっ……」

 

 無責任の標榜。明白な責任逃れ。醜い免罪への乞食。そして自己憐憫と、それらを燃やし尽くす罪悪、自罰。

 枯れ果てたと信じたそれが、身体のどこからか溢れてくる。

 罪を負わせ、傷を負わせ、責任すら負わせ、それでも少年は己自身の罪を疑わず、あろうことかこの身にその在所を表明した。

 罪悪は自分にあるのだと、謝罪の言葉を口にした。口にさせた。

 

「あぁぁあぁあぁっ……!」

 

 恨んで欲しかった。憎んで欲しかった。お前の所為だと罵って欲しかった────貴方に罪などないのだと知って欲しかった。

 現実は。

 私は、少年の慈悲を貪っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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