碇さんがもう、エヴァに乗らんでええように   作:足洗

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ヴンダーの情報管理ガバガバすぎんよー(責任転嫁)



拾七

 グリーチングの廊下を蹴って歩く二人。一方は足取り鋭く一見して苛立ちも露に、もう一方は軽やかに時折スキップさえ踏みながら。

 辞令とは名ばかりの少年に対する退去勧告に、アスカは当然に憤懣を抱えた。それがシンジへの憐みや優しさや、まして愛護の情がもたらす怒りだなどと当人は断じて! 決して! 認めまいが。

 とはいえ、衛星軌道くんだりからわざわざ引きずり下ろした少年を拘束し収監し生殺与奪すら首輪(チョーカー)で巻き取りながら、大勢の変化もとい『こっちの都合が変わったから出ていけ』と(のたま)うミサト達の態度が、その理不尽が、猛烈に気に食わないというのも事実だ(その都合が変わった原因の中に、己自身の種々の行為も含まれていることは棚上げに)。

 この世界の今にあって、私心など考慮されない。する余暇も意味も意義もない。対NERV殲滅および地球の生命守護存続を目的に設立された組織WILLEの一挙一動の全ては人類種を含むあらゆる生物の生存戦略、その布石、柱であらねばならない。地獄のような十四年間を歩んだ今、今の自分なら理解できる。その理念、その大義を。

 だが。

 

「籠の小鳥を勝手に逃がされてお姫様は御立腹かにゃ?」

「飼い犬よ、精々がね」

 

 こちらを覗き込んでいるだろうマリのニヤケ面を努めて視界の外に追い遣り、吐き捨てる。犬呼ばわりなどは、この女にしてからが今更である。

 それ以外は特に否定する箇所はなかった。

 

「ようやく躾が()()()きたってぇのに、ミサトもリツコも余計な事してくれたわ」

 

 私のモノを、私の手から、遠ざけようと言うのだ。それも先に述べた理念、大義に依らぬ、極めて個人的感情の介在によってだ。

 ミサト。冷徹、冷酷、非情を演じる愚かな女。憐れな戦友。その後悔と自罰をアスカは知っている。知っているからこそ。

 

「自分が一体誰のモノなのか、また教え込まないといけないじゃない」

「わぁお……そいつは情熱的だぁ」

「あのバカが自分から望んだことよ」

 

 自分から、その一語に我知らず力が篭る。感情が乗る。否応なく、重く強く噛み締める。

 

「そうだね……そうなんだよねぇ」

「……なに」

 

 賛同の言を吐きながら大いに含むものを持たせる。

 依然そちらには目を遣らぬまま、先を促した。

 

「今のワンコくんはなかなか危ういって話さ」

「あいつに……自分で自分の首なんて括れないわよ」

 

 自殺。それが平然と選択肢に上る程度にこの世界はあいつにとって最悪だろう。

 空惚けて口にした言葉に、微笑が返る。見なくともわかる。労しげなその視線が、私の内心を透かし見ている。

 私が知った。シンジの痛みの意義。

 マリ曰くの、少年の危うさ。

 

「うん、できない。それが一番楽だから」

 

 唄うように言って、マリは薄く浮かべていた笑みを解いた。

 

「希死念慮と贖罪の義務感が均衡してる。おかしな話さ、世界が壊れる前より精神的にはむしろ安定してるんだもん」

「……」

「危ういのはワンコくん自身より周りの人間だよ。今の彼は……言いたくないけど、自己犠牲の権化だ。自分自身を使い潰す選択肢を虎視眈々探してる。望まれれば何でもやる。誰の、どんな望みでも。全身全霊で叶えようとしてくれるだろうね」

 

 マリの言葉尻を掻き消して金属音、そして濁った異音。前者は床を踵が踏み付け、踏み抜いて穿った衝撃。後者は噛み締めた奥歯が軋み、そして砕けた音だった。

 どんな望みも叶える。それが、自分を恨み憎む者ならば────誰でも。誰でも。

 誰でも?

 

「許さない」

「うん」

「……許せない」

「そうだね。酷い男だよまったく、ワンコくんってばもう本当にプンプンッだよ!」

 

 拳骨を頭に乗せて渾身のぶりっ子をかますマリの両目に目潰しを呉れた。眼鏡に阻まれるがそのまま押し込む。突き込む。抉り込む。

 

「あぎゃあああああ!? レンズっ! レンズ眼球に当たってますこれ!?」

「当ててんのよ」

「セリフだけ色っぽくてもうれしくにゃーーい!!」

 

 暫し後に解放する。顔面を押さえて蹲るマリを見限り、しかし足はその場を動かなった。

 歩き出すだけの気力が湧かなかった。

 

「…………」

「ふぅ、はぁ、はぁっ、眼鏡が無ければ即死だった……もう、ひぃめぇ~落ち込まないのー」

「うるさい」

 

 背中に覆い被さるうざい女を、振り解けない。

 それが事実だとわかっているから。少年の慈悲は、償いの名の下に供される献身は、あまねく人々、万人無差別に振る舞われるものなのだと。

 碇シンジの罪を糾すあらゆる者に。

 私ではない誰かに。

 私以外の、誰かに。

 

「……まったく、あれは魔性だ。一番して欲しいことをしてくれる。一番言って欲しい言葉を口にしてくれる。その逆も然り」

「…………」

 

 つい先刻、その一際痛烈なのをミサトは浴びせられ、おめおめ部屋から逃げ出したのだった。

 

「針を捨てたヤマアラシってとこかな。他者を暖める為なら自分自身が血塗れになったって構わないんだ」

「バカシンジの癖にっ! あいつは臆病で弱虫なくらいが丁度いいのよ……それで、いいのよ」

「でも、血塗れの彼はとても耽美だ」

「…………」

「ホント、罪作りな男の子だねー。誰に似たやら────どちらに似たやら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「小型輸送艇一番、二番、三番、四番、五番、それぞれ発艦準備終了。各艇は所定のケージにて現在待機中。それぞれ担当の小包を積み込み次第いつでも出荷可能です」

 

 まるきり小売の業務連絡の体で多摩ヒデキは報告を終えた。符牒とはいえ、放送を聞いた者に失笑を誘うだろう。

 これより五艘の降下艇が五ケ所の補給拠点に降ろされる。検体BM-03はこのいずれかの船に積み込まれ、極秘密裏に新たな収容場所──流刑地へ送られる手筈だった。

 移送を一度に五つの艦艇に分けて行うのは、検体の移送先を特定され難くするというごく細やかな偽装工作である。敵の目を欺く為に。そして何より……ヴィレ、ヴンダー、その()()()()()碇シンジを追わせない為に。

 

「……」

 

 現在、艦橋(ブリッジ)には操舵主の長良、機関制御の高雄、電算の多摩、そして分析および索敵の北上が詰めている。オペレーター主要メンバーは艦隊運用の統括を職務とする都合上、作戦時における艦内の物流と人流をコンソール上から俯瞰的に認知できる。

 どの部署の幾人が、何処でどんな作業に従事するか。

 しかし、そんな彼らに対しても検体の移送先だけは秘匿されていた。

 

「事情はわかりますけどちょっと神経質過ぎません? 俺らって信用ないんすねー」

「極めてデリケートな問題です。艦長、副長の懸念も理解します」

「……理屈じゃあねぇからな。こればっかりは」

 

 ヴンダーは、復讐者達の為の揺籃だ。世界を壊され、家族を殺され、憎悪と憤怒を胸に宿して大なり小なりの地獄を皆生き抜いてきた。大義や使命感を理由とする者の方が少ない。郎党尽くが胸奥のやり切れぬ情念を内燃機関(しんぞう)に焼べて、敵を撃つ為に、仇を討つ為に、ここにいる。

 そして北上ミドリはここにいる。

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 艦橋を飛び出して一般クルー用のエレベーターに乗り込み自室とは別の階層に降り立った時、北上ミドリは初めて自身が何処へ向かっているのかを覚った。

 検体の移送先はオペレーター達にすら秘匿されている──しかし、ミドリにはその行方に見当がついている。それはルームメイトの動向を知ればこそ明らかだ。BM-03の管理担当医官たる鈴原サクラ、彼女はあろうことか、流刑に処されるアレに付き添うという。移送に同行するだけではなく、その後も管理任務は継続されるというのだ。

 ありえない。馬鹿げてる。どうして。どうしてどうして。

 何故、そうまでアレを気に掛けるのか。北上ミドリには理解できない。したいとも思わない。

 エヴァ覚醒のリスク、さらなるインパクトのトリガー、ここのところ増加傾向にある敵襲、碇シンジはもはや名実共に疫病神だ。

 追い出す、ならばまだいい。まさに厄介払いだ。悪性の腫瘍の如き気障りが消える。そう思えばまだ、まだ、理解はできる。納得などできはしないが。

 許すことなどできはしないが。

 そう、許せる訳がないのだ。

 

「逃げる気……」

 

 一人、安全な場所へ。安穏と暮らせる場所へ。復讐者達の憎悪の針の筵から逃げ出して、安息の土地で平和に、何事もなく。何も、何もかもを忘れて。忘れたふりをして。何もなかったみたいな顔で

 お前が。

 何もかもを滅茶苦茶にしたお前が。

 お前が!

 

「っ!!」

 

 艦尾出撃口に停泊中の三番艇、第三村へと降ろされる船にアレは乗り込む。

 ケージに繋がる人員用通路。のっぺりと白く長い壁と床は幼い頃に見た病院の廊下を思い出させた。風邪を拗らせて、母に抱っこされながら診察室へ向かう道。病棟中に満ちる静けさと緊張感に、滅多矢鱈に不安を掻き立てられた。清潔な純白の裏側にひどい痛みと苦しみが隠れていて、それがいつなりと自分に襲い掛かろうとしている。そんな想像に恐ろしさを抱いていた。

 母の首に縋った腕の強張り。必死に、離したら最後、自分はこの恐ろしい白い場所に一人取り残されてしまうんだという焦燥。そんなことばかり覚えている。

 いい思い出なんかじゃなかった。

 ────けれど、日常だった。平和だった。ありふれた日々の、その一日の、一瞬。

 それが今こんなにも懐かしい。胸を掻き毟りたくなるほど。これはもう戻らないと、決して還らないのだと知っているから。

 白い隧道のその先にアレは立っている。ルームメイトに付き添われて、ゆっくりと歩く後ろ姿。

 ミリタリージャケットを肩に羽織った背中は、データで見たよりも遥かに細かった。華奢で、幼い、十四そこらの子供……。

 

「だから、なんだってのよ……!」

 

 歯噛み交じりに声が漏れていた。それを聞き取ったのだろう、前を行く二人が足を止めてこちらに振り返る。

 

「ミドリちゃん……? どうして」

 

 戸惑うサクラの呼び掛けにも応えず、進む。一路、真っ直ぐに。一人、ただそいつに。

 振り返った少年の両手には重厚な手錠が施されていた。電子ロック式の頑強で巨大なフレームが手首はおろか前腕すらややも覆う。

 子供に対するあまりな仕打ち。残虐だった。暴虐だった。倒錯的ですらあった。

 だから、どうした。

 罪人に枷を嵌めて何を咎める。こいつは仇だ。家族の仇だ。私の家族を皆殺しにした────

 

「殺人犯がなに逃げてんだよ!?」

「!」

 

 襟首を掴んで引き寄せる。その眼球を貫く思いで睨む。

 少年は一瞬、息を呑んでこちらを見上げた。しかしもう一瞬で、その顔は平静さを取り戻す。その反応は、自己の体内で燃え盛る赫怒の火に油を注いだ。

 襟を両手で捻るように掴み、そのまま引っ張る。まるで投げ付けるようにして、生白い壁に叩き付けた。

 

「がっ……!」

「碇さん!?」

 

 水を満杯にしたポリタンクのような、重く鈍い音色。肩と、そして頭を樹脂と金属で組まれた壁にぶつけられたのだ。喉奥から漏れる呻きが、痛痒の激しさを物語る。

 それが、それがどうした。

 お前はまだそうやって痛みを感じて、悶え苦しむことだってできる。

 

「私の家族は、もっと痛かったんだッ!! 苦しんで! 泣き叫んで! どろどろに溶かされて死んだんだよ!!」

 

 難民窟のある朝に目が覚めると父の首から上が枕を汚していた首のない父の亡骸を抱いて泣き叫ぶ母の両脚は既に赤い溜め池の中にあって私はそれを防護服のマスクから見てただ見ていて縋る母をこちらを見る母を母と父だったモノを置いて逃げた呼んでも叫んでも全て遅く全て遠く家族だった赤い液体が昨日まで一緒だった人達が全部全部全部全部────

 少年を壁に叩き付ける。家族の仇を打ちのめす。何度も何度も何度も。それが壊れるまで。目の前の少年が壊れるまで。壊れてしまうまで。

 

「お前が! お前が起こした! あの地獄を! お前がぁ!」

「ッ! ぎっ! ぁ……!」

「やめてミドリちゃん!」

 

 肩に縋り付くサクラの手を振り払って、そのまま振り被った拳を、少年の頬に叩き込む。頬骨の尖った感触がグローブ越しに指骨に響く。

 

「ぶっ、ヴっ……」

「っ!」

「あっ……あ、ぁ……!? ミドリちゃん!!」

 

 鋭い痛みが拳を伝い腕を通り脳の芯を弾く。けれど出鱈目な量の血が全身の血管を走り、不慣れな殴打のその痛みすら洗い流した。

 もう一発。同じ個所へ。

 もう一度。今度は頬肉の柔らかさ。そしてその奥に、歯列。

 つつと一筋、少年の口から血が零れて落ちた。

 自分が為した暴力が一つの到達を迎える。血。傷と痛みの証し立て。微かな怯みを自覚して、慌ててそれを怒りで塗り潰す。

 睥睨する。吐血した少年の様を。

 少年は、痛みに顔を歪め、しかしそれだけだ。

 敵意を剥くでもなく、恐怖に慄くでもなく、驚きすら出会い頭に覗かせたきり。

 違和。見合わない。行為と反応、予想と現実が噛み合わない。少年は依然として平静だった。無表情の冷静さ……ではない。ただ、どうしてか、ひどく穏やかなのだ。

 なんだこいつ。

 なんで、こいつ。

 少年はそっと、こちらを見上げた。静かな眼差しで私を見上げた。

 引き結んだ唇が震え、瞳が揺れる。けれどやはりそれは、怒りや恐れの生む動揺ではなくて。

 見上げる。伏し目ではなく、顎を上げ、真っ直ぐ。まるでこちらを()()()ように。

 

「っ!? くっ!」

「ぐっ……」

 

 その視線に耐えられず、私は少年を放り捨てる。

 両手を封じられた少年は受身も取れず、固い床に全身を叩き付けながら倒れた。

 

「碇さん!」

 

 サクラが駆け寄って少年を抱き起す。私への非難よりも治療が優先されるあたり流石は医師。

 場違いな感慨を頭の隅に掃いて捨て、私は腰のホルスターから銃を抜いた。

 黒く角張ったフォルム。型式なんて覚える気もなかった。ただチャンバーに弾を装填し、撃鉄を上げた今、後は銃爪を引くだけでいい。

 

「……」

「ミドリちゃん……本気なん」

 

 人差し指は銃爪の細い湾曲に触れている。照準をしっかりと少年に向けて、その顔に、こちらを真っ直ぐに見上げるその綺麗な顔に。

 銃を目の前にして、それでも少年は私を、拝して迎えた。

 

「っ! なによ……なんなんだよ!? あんたはっ、私の家族の仇で! あんたは今から私に撃たれるんだ! なのに……!」

 

 なんだその顔は。なんだ、その目は。

 サクラが碇シンジを抱き寄せ、その身を前に挺する。銃の盾になるように。

 けれど、それを当の少年が両手で制し、そっと押し退けた。

 サクラの問うような視線に少年は頷き返す。納得とは程遠い様子のサクラを置いて、碇シンジは銃の前に立った。

 痣と血が顔面の半分を彩ったことが、どこか危うい艶美を生んだ。美しく傷付いた顔で、少年が私を見ていた。

 

「君は……貴女は正しい」

「は?」

「貴女が今僕にしたことも、今から僕にすることも、何一つ間違ってない」

「…………は?」

 

 同じ文言を、同じ音程、同じ音量で繰り返す。まるっきり馬鹿丸出しで。

 意味がわからない。

 こいつはわかっているのだろうか。いや、いや。きっと何もわかっていないのだ。

 

「ひ、人殺し! お前の所為で何人も死んだ! 数えられないくらい死んだのよ! お前がエヴァに乗ったからニアサーが起きた!!」

「……」

「私のお父さんとお母さんも、お前の所為で、私の目の前で、赤く煮崩れてなくなったんだ!!」

「…………」

「だから、だから私は、私は! お前をこの手で、こ、こ……っ! 殺すッ!」

「………………」

 

 殺害の宣言は単純で明快で明白。勘違いの余地はない。

 動機に不服だろうが構うものか。構う義理などない。

 ころす。ころす。ころす。

 口にするのも恐ろしく、思うことさえこんなにも、硬く重く痛い。

 自分でもわかっている。自分の殺意の未熟さを。磨かれる前の原石のような不格好さを。

 それでもぶつけた。積年のそれをぶつけた。刺して貫く思いで、必死に。

 そして少年はそれを受け取った。その場で留まりしかと、一時とて目を離さず全身に受けて立った。

 ()()()()()、と。

 

「は、あ……??」

 

 殺されると言う。私に、この場で、この銃で、撃ち殺される、と。

 少年は全身全霊でそう応えた。

 意味がわからなかった。

 

「つ、強がりでしょ」

 

 そうやって腹を据えたように振る舞えば、こちらが怯むと思って豪胆を演じてるに違いない。

 

「それとも、つ、罪の意識で、心折れちゃったわけ」

 

 あまりにも重い罪。世界を壊した罪。そんなものは想像もできない。想像してやる義理もないが、でも確実に人間一人の手に余ることは確かだ。

 巨大すぎる罪悪に、精神が参ったのだ。銃口を前に諦めの境地に至ったのだ。

 

「しっ、殊勝ぶって!」

 

 免罪を期待しているに決まってる!

 だからこんな、こんなにもこの少年は堂々と。

 真っ直ぐに────跪き、銃にそっと額を押し当てて。

 

「僕は、あの時、自分の意思で、エヴァに乗りました。自分で選んでエヴァに乗りました。エヴァに乗って、戦ってでも叶えたい願いがあったから……そして、ニアサードインパクトが起きました」

 

 復讐の弾丸を、拝して受け入れる。

 背負える筈のないものを背負って、少年は己の罪の在処を告白した。

 

「僕は……エヴァンゲリオン初号機のパイロット、碇シンジです」

 

 黒鉄の銃身の下、穏やかで、優しい瞳が私を仰ぎ見ている。まるで、(かいな)を差し出す母のような柔らかな眼差しが、私を。

 私を。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……ッッ!!」

 

 震える。指先が、手が、腕が、全身が瘧のように。

 ころす。ころす。そう宣言した。この殺意は真実だと。私の絶望、あの赤い地獄の釜の底に置き去りにした家族の命、耳孔にこびり付いた絶叫を忘れない。断じて忘れないと誓った筈なのに。

 私は、この少年を、この少年を。

 

「は、あ、あ、ぁ、あっ、ああぁああぁあぁああ」

 

 この慈愛に満ちた眼差しのひとを、ころ、す────

 

「ミドリちゃん」

「え」

 

 呼ばわりに顔を上げる。背筋を震撼させるものが、躊躇なのか恐怖なのかももうわからない私は、究極で最悪の選択から逃げる口実を探し、サクラにそれを求めた。

 サクラ、ルームメイトで、衛生科の医療担当、少し抜けてて、でも誰よりも優しい子。誰かを想い遣れる、慈しむということを知っている。尊敬すべき友人。

 彼女は微笑んでいた。

 優しく私に笑い掛けながら、手にしたそれを掲げ見せた。

 銃のグリップに似た形をしたそれは、鍵。グリップ下部から出力された小さなホログラムのフラッグには『READY』と表示されている。

 DSSチョーカーの起動キー。それをサクラが握っている。

 

「大丈夫」

「……なに、が」

「碇さんは大丈夫。だって私がついとるもん」

 

 サクラはそう言ってまた、華やぐように笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

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