碇さんがもう、エヴァに乗らんでええように   作:足洗

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拾八

 検体BM-03の移送が下知されたその日、どうしてか私は再び面会室を訪れていた。

 先刻の解散間もなくの、赤木副長からの直々の呼び出しである。

 前置きも少なく、彼女はいつも通りの怜悧な無表情で卓上にケースを滑らせた。武骨な合金のフレームと複合強化繊維製のボディで鎧われた高高防護性能ハードボックス。

 外殻表面にある光学センサに副長が手を翳す。認識を報せる電子音と共に、多重の物理・電子ロックが次々に解かれ、減圧の吐息を漏らしながらにその箱は口を開けた。

 

「っ!?」

 

 箱の中身を見下ろして、息を呑む。保護ウレタンに包まれて横たわるグリップ型のコントローラ。機能美を通り越して無味乾燥な外観に、しかし禍々しさを覚えずにはいられない。

 DSSチョーカー起動キー。エヴァパイロットの生命剥奪を、それだけを目的とした器械。つまるところそれはあの首輪に仕込まれた爆弾の起爆装置だった。

 

「これって、艦長の……」

「艦長が現在携帯している起爆装置(スターター)はエヴァパイロット三名全てのDSSチョーカーに起動命令を送信できる、謂わばマスターキーです。対してこれはその複製品、それも()()()にデチューンされた」

「単一って」

 

 その意味を私は即座に理解していた。この合鍵がどの鍵穴に合うものなのかを────誰の、身命(しんみょう)と結ばれたものなのかを。

 

「このスターターが起動できるのは、検体BM-03仮称・碇シンジが装着しているDSSチョーカーのみよ」

「…………」

「鈴原少尉、これを貴女に管理してもらいます」

「!? 私に、ですか」

 

 意表外の命令に動揺する。そのあまりの……望外に、心身が震えた。

 

「これは私の一存です。今回の移送に当たって、仮称・碇シンジの監視は実質的に貴女に専任、いえ一任することになる。ヴンダーがこれより先、ネルフ・ゼーレとの決戦を控え前線から離れられない以上、彼というリスクの傍にはスターターを握る誰かが必要です」

「その役目を、私が」

「ええ」

 

 そっと、ほとんど無意識に箱に伸ばしていた手を止める。重責に対する恐怖か、そうではない何か──正反対の何かで指先が震えた。

 欲しかった玩具を目の前にした子供同然の、その意地汚さを自覚する。だらしなく垂涎するこの心を。

 現実に、喉は生唾を飲んでいた。

 暴れ出ようとする手足を制して副長を見上げた。

 

「どうして……わざわざこれを」

 

 DSSチョーカーは装着者とエヴァとのシンクロ、プラグ深度を検知して、それが想定され得る危険域に達した段階で自動起爆される。専用設備あるいはMAGIに匹敵するクラッキング能力でもない限り、“人間業”では取り外すことも不可能だ。

 リスクに対する保険という意味で、チョーカーは単体でも機能する。

 それでも、人間の監視役をつけるのは、敵が人間業を超越する恐れがあるから。

 

「彼を人のまま死なせてあげられるのは、同じ人だけ……なんて、情に寄り過ぎてるわね。機械と人間のダブルチェックの体制に、臨機応変な判断を下す頭脳の役割を貴女には期待しています」

「でも、私は碇さんに……」

「特別な感情を抱いていることはこちらも認知してるわ。それでも」

 

 赤木副長は一瞬目を伏せ、そうしてこちらを正面に据え。

 

「“その時”に相対したなら、貴女なら躊躇せず断行できる。その信用に足ると判断しました」

「……」

 

 その時。

 彼が間違えてしまった時。彼が、エヴァに乗ろうと決意した時。

 それを私が止めなければならない。必ず止めなければならない。何をしてでも。

 彼の命に、終止符を打ってでも。

 

「それに……貴女、私に似てるから」

「えっ」

「好きな男なら殺せる。違った?」

 

 常にない艶然とした貌。妖しく美しく微笑む赤木リツコに、私は咄嗟に返す言葉を失くす。

 (ちがう)、とは、どうしても口に出来なかった。

 箱から取り出した起動キー、たった一人の為の殺戮器械を、私は両手で包み、胸に抱いた。固く強く、決して離すまい。もう決して、誰にも渡すまい。渡すものか。

 あぁ、私は今────碇さんの命を抱き締めている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして今、少年の命を握り締めながら、私はミドリちゃんに笑い掛けた。

 白い廊下、犇めき蠕動する機械を内包した金属の壁に囲われた三人。銃を構えて呆然とこちらを見るミドリちゃんと、銃口に額を預けて、それでも静かに呼吸する少年の背中を前に。

 

「ミドリちゃん、ミドリちゃんは正しい。碇さんの言うとおりや」

 

 その憎しみも、殺意も、全く何もかも他人事ではないから。

 

「ミドリちゃんの気持ちようわかるよ。私もそうやったもん。ヴィレの人ら皆そうや。わからんはずないやんな」

 

 北上ミドリに共感する。過去、見聞きし味わい全身に浴びた赤い地獄の実感を、恐怖を、それをもたらしたモノへの憎悪を私は否定しない。否定できない。

 碇シンジは憎まれる。彼の人生がいかに惨く憐れで、そこにどれほど同情の余地と、情状酌量の理があろうとも。

 憎悪に理屈など通らない。道理などない。

 報いを。報いを。報いを。報いを!! 理不尽を強いた者共に、愛する者を奪われた悲しみに、相応しい罪科を、厳罰を欲してきた。

 反抗組織ヴィレの理念は人類、人類以外の生命種保護・保存、そして存続。それは大義だ。

 けれど、原動力は。人々の集結と団結を編み上げたものは間違いなく、憎悪だった。ネルフへの。ゼーレへの。狂った崇拝者と理想論者、そして一人の夢想家(エゴイスト)への。エヴァへの。

 エヴァに乗った、少年への。

 

「碇さんが憎い。今やってその気持ちは変わらへん。だから、死なせません。死なせてなんてあげません。そうや、碇さんが一番わかっとることや。死ぬのが一番楽なんやって」

「…………」

 

 少年の背中は動かない。そして私の言葉を否定もしなかった。

 彼はそっと、銃口に頷いた。

 私はそれに微笑んだ。じくりじくりと胸に痛みが広がっていく。熱い、あまりにも熱い痛みが。

 

「碇さんがエヴァに乗った所為でニアサーが起こりました。碇さんがエヴァに乗って戦ってくれたお蔭で、私らこうして生き残れました。お父ちゃん、碇さんに殺されました。私は碇さんに生かされました。碇さんが頑張ってくれたから、ここにおるんです。ここでこうしてまた、碇さんに会えたんです」

「っ……!」

 

 熱く満ちる。

 震える貴方が、罪の重みに心を軋ませる貴方が、こんなにも愛おしい。

 

「だから、生きてください。一生懸けて生きて償ってください。一回死んだくらいで許しません。絶対許しません。生き続けて、苦しみながら贖罪に命を費やしてください」

 

 ミドリちゃんが碇さんを見て、私を見た。驚いているような、戸惑っているような、怖がっているような目で。

 だから私はまた精一杯、優しい顔で笑い掛ける。安心して欲しくて。彼を、彼の贖罪を、わかって欲しくて。

 

「大丈夫やよ。私ずっと見とるから。碇さんが間違えへんように、()()持ってずっと傍で見とるから! せやから、ごめんミドリちゃん」

 

 ────碇さんの命、あげられへん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その映像は、艦内全ての通信端末、設備、出力装置にリンクされた。

 白い廊下、無垢な空間に、凶器を握った女が二人、銃口に跪く少年を互いに見下ろして。

 異様だ。異常だ。

 しかし、彼女らの語る言葉に何かを想わずおられる者など、ヴンダー内にはいなかった。一人一人が十人十色に赤の地獄を知っていた。血を滲ませ血で血を洗い血に流れ融け逝く──苦闘に、十四年を費やしてきた。誰もが。

 その映像、小さなホロウインドウに流れるこの光景こそ、彼ら彼女らの心象、その凝集だった。

 憎む者が在り、憎まれる者が在る。

 北上ミドリの絶叫は正しい。そのどこに瑕疵などあろうか。彼女は自分達の憎悪の代弁者に他ならない。

 …………だが。

 だが碇シンジの献身は、あまりにも、痛ましい。命乞いも赦しを乞う事さえもせず、どころかその幼い子供は目の前の復讐者に自ら命を差し出しているのだ。自己に対する報復殺人を、容認さえしているのだ。

 馬鹿げていた。

 少年の行動が、ではなく。この状況が。この暴虐が。

 子供の命一つで罪を、憎悪を、失った何もかもをさも贖えると信ずるその思考。

 彼ら彼女らは理解した筈だ。自分達の心中に発生した加虐心を、殺戮という手段で満ちようとする暗い悦びに。

 切な願いは変質し、罪に対する覿面の処罰ではなく、もはや罪人に対する破壊衝動の充足を求めている。

 憎悪に理屈は通じぬという。ならば、お前達は間違いなく人道に悖る生命の略奪者だ。人倫を踏み躙り欲望を満たさんと欲する鬼だ。

 お前達が憎悪するゼーレという名の狂信者共、ネルフという名の理想論者集団、そして────碇ゲンドウというエゴイストと、同じではないか。

 

「にゃどと思っちゃうんだなぁこれが」

「…………」

 

 MAGIシステムと自身の端末を自身のIDを用いて正当な手続きで繋ぎ、堂々と広域開放通信(オープンチャンネル)で艦内某所の映像を艦内全域に送信しながらにマリは笑った。

 耐爆隔離室にはその部屋の主が二人。マリはノート端末をデスクで操り、それをベッドに腰掛けてアスカが眺めている。

 

「偉そうなこと言うとさ、私は一歩引いたところに居る。心も立場も思惑も。だからニアサーの被害者には同情できないし、かといって持論振り翳して否定する気もない。憎いものは憎いからしょうがにゃい! と思ってたわけ。今までは」

「訳知り顔で剽軽気取ってた癖に、いきなり何」

「気が変わったんだ。ワンコくんを見て。私もね、まさかああいう精神構造に仕上がるなんて思ってなかった。罪の意識と自罰と自己嫌悪、でも同時に彼には他者への恐怖があった。触れ合う肌も探り解り合おうとする心の()()も、怖くて心を閉ざすのが彼の常だった……それが、順序が変わるだけでこうも……」

「……?」

「……姫と同じ。姫は加虐で、彼は被虐で、自分の心を表現しちゃう。ぶきっちょお姫とぶきっちょワンコくんだ」

 

 アスカには意味がわからなかった。

 そんなアスカにマリは苦笑した。

 

「傍観者面ついでに言ってやろうと思って。あんたらが虐め殺そうとしてる子供は、こういう子だよ……ってね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




映像を見た後のヴンダークルーの皆さん
A「鈴原少尉こっっわ」
B「第三の少年可哀想」
C「やべぇ女に目をつけられて」
ミドリちゃん「疫病神……ファイト」

サクラちゃん「あるぇー」
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