碇さんがもう、エヴァに乗らんでええように   作:足洗

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ニアサードインパクトから第三村に至るまで村の住人達がどうやって生き延びてきたのか、小説でも漫画でもどんな媒体でもいいから見たい。見たい(迫真)





 

 

 急ぎ艦橋を目指す者二人。

 葛城艦長、そして赤木副長。

 作戦指揮と分析担当官不在で艦隊運用、まして戦闘行動など出来ない。

 鉄路を踏む足取りも、我知らず噛むように鋭く強い。

 

「鈴原少尉に救われたわね」

「……何の話」

「彼女が動かなければ、碇シンジは奪取されていた」

「そうさせない為に、彼に首輪(あれ)を取り付けたんでしょう」

「貴女に使えた? あの時、あの場で。迷わずに」

「…………」

 

 右腰のホルスターに納められたグリップ型コントローラ。遠隔操作によってDSSチョーカーの作動と停止を司る。ほんの数十グラム、トリガーにかけた指を引くだけでコンマゼロ秒の誤差もなく起爆できる。装着者を即時、殺傷し得る。

 彼の、少年の、碇シンジの命。葛城ミサトが今、握り締めているもの。

 

「…………わかってる」

「本来、彼のようなリスクは排除が妥当よ。先の襲撃で碇シンジが未だトリガーとしての価値を有していることは明白になった」

「わかってる」

「私達の保険。危険因子に鈴を付ける意味、今一度理解しなさい。鳴らない鈴に意味はないわ」

「わかってるッ!!」

 

 激昂と共に、壁に拳を叩き込む。それは壁面の表層を僅かに歪ませた。

 

「その時が来たら、私が……私が蹴りをつける。私の手で……せめて」

「……」

 

 赤木リツコはこの上の意見具申を控えた。それは決して同情などではなかったが、その躊躇は、理解できる。不合理で、甘やかで、人らしい。

 冷酷冷徹を演じる葛城ミサトの滑稽を、“人間”を、赤木リツコは否定できなかった。

 

 

 

 

 

 冷えた空気を喉奥へ吸い込んだ。喉の肉が持つ人肌の熱を冷気の爪で掻き裂かれる心地。思わず、目を見開いた。

 白色の電灯を埋め込まれた金属室な天板。硬く、視界を圧迫する壁、やけに四角い空間。

 

「知らない……天井だ」

 

 いっそ、懐かしさすら覚えるほど。

 目が覚めて最初に目に入る光景は、いつだって記憶にない場所。自分の意思など反映されない。誰かの意思で眠り、覚醒させられる。

 受け身なばかりの人生だった。

 乗れと言われ、言われるまま戦い、耐えられずに逃げた。けれど、逃げることで得るものは何もなくて、むしろ失われるものの方が多かった。

 それが嫌で、結局はエヴァに乗った。

 その選択は、間違っていたのだろうか。僕はまた、間違えたのか。

 微睡みほど穏やかではない空ろな意識、そこへ不意に影が差す。

 自分を見下ろす人の顔。女の子。ベレー帽に、青いスカーフ。

 

「目、覚めましたか?」

「……鈴原……サクラ、さん?」

「はい、貴方の担当医官、鈴原サクラです」

 

 彼女は微笑んだ。どうしてか、喜びも深く。

 他人の表情からつぶさに感情を読み取れるような聡い機微なんて持ち合わせていない。そんなものがあれば、苦労はない。きっと、気の所為だろう。

 じっと、ずっと、彼女はこちらを見下ろしてくる。その穏やかな視線に耐えられなくて、室内を見回した。

 首をもたげようと身動ぎした時、気付く。

 体が動かない。

 

「な……これって」

「……」

 

 上半身に、まるで遊具の安全バーのように一本、武骨な鉄の棒が渡されている。それは両腕を巻き込んでがっちりと体をベッドに押さえ付けていた。身体との接触面にクッションを張るその親切心がなにやら滑稽でさえある。しかしその設計は、これが紛れもなく人間用の拘束具であることの証だった。

 両足首にも同様のものが渡されており、仰向けのまま自身は完全に固定されていた。

 

「なんで、こんな」

「碇さんが逃げようとするからですよ」

「逃げるって」

「敵性エヴァに身柄を明け渡そうとしましたやんか」

「ち、違っ、僕は逃げようとしたんじゃなくて、零号機が……そうだ! 綾波が僕を呼んでた!」

「……」

「どこですか!? あの後どうなったんですか!? 零号機が攻撃されて、あ、綾波は無事なんですか!?」

 

 矢継ぎ早に疑問が湧いては口をつく。

 冷静ではいられなかった。自分の知る今が、14年も昔に過ぎ去ったなんて。実感など持てない。それ以前の話だ。何もわからない。誰も応えてはくれない。返ってくるのは……無言の敵意と、重い疲労感だけ。

 縋る思いだった。目の前の、ようやくまともな会話に応じてくれる人に、感情のまま問いを投げ、ぶつけた。

 しかし、そんな彼女さえ沈黙する。先程までの柔らかさが、消えた。

 彼女の目に、険が宿る。

 

「あれは違います」

「違う……!? でも、確かに綾波の声が!」

「あれは、碇さんの知ってる綾波さんじゃないんです」

「?? それって、どういう、意味……?」

「ある人の遺伝子情報から人工的に造られた人間。綾波シリーズ、そう呼ばれるもの」

「………………は?」

「エヴァに乗るには適性がないとダメなんですよね? それを持った人間をクローンで増やす方が効率的……そういう意図もあったそうです」

「……ち、ちょっ、と、待ってよ」

「碇さんの言うとる“綾波レイ”さんは14年前、エヴァ初号機に取り込まれて消えました。回収された初号機からサルベージ出来たのは碇さんだけです。赤木副長が仰った通り、綾波レイさんは消えてなくなったんです」

「待ってよ!!」

 

 端的に、淡々と、彼女は言った。まるで書類の文面を読み上げるみたいに。確定した事実を口にするみたいに。

 事実を。

 

「嘘だ……だって、そうだ。プレーヤーが」

「……」

「綾波が持ってきてくれたんだ……あの時、わざわざ拾ってきてくれた……逃げ出した僕なんかの為にそれを、届けてくれたんだ。だから僕は、綾波を()()()()()ちゃ()いけないんだ!!」

 

 その為にエヴァに乗った。その為だけに。

 死んでも助けるって、誓った。自分自身も、世界すらどうだってよかった。

 変わりなんてない。綾波は綾波だ。それ以外にない。

 だのに。

 僕を見下ろすその目は、冷え切っていた。

 

「そですか。わかりましたわ」

 

 そう言って、彼女は手にしたタブレットを操作し始める。幾度かタップとフリックを繰り返した頃、突然眼前に矩形のウィンドウが現れた。空間に投影されたホログラムのディスプレイ。

 そこに映し出されたのは、何かの資料。作成年月日と情報管理部という電子判子の押印がされ、題字には。

 

「『ニアサードインパクト』……?」

「14年前の大災害を、私らはそう呼んどります。碇さん……あなたの引き起こした」

「!? 僕が?」

 

 冷え切った目、そして凍て付くような声音で彼女は言った。

 意味がわからなかった。

 

「わかってもらいます。知ってもらいます。全部、余さず。碇さんにはその義務があります。その権利が、ありますから」

 

 最後の一言だけは、どうしてかひどく優しげに囁いて。

 それは始まった。

 ────それは崩壊だった。煮崩れるような破滅で、滅ぼされていく命の懇切丁寧な説明であり解説であり絶叫。死。赤い死。人が溶けていく。人が消えていく。

 地割れが街を踊り喰らって、天上に開いた穴が地上を飲んでいく。火に晒された砂糖菓子より儚げな家々。山々。散華する大地。絶望の悲鳴と絶望の喘鳴と悲哀の涙は赤く紅く。人が死んでいく。

 人が死に、絶えていく。

 コア化。生命は尽く赤い何かに融解した。大地は生命の存続を許さず、そのほぼ全域が禁足の領域へと染まり上がる。

 月。白い月に赤い文様。それは分化する卵子のように、何かの誕生と創造を(おぞ)ましやかに予感させる。

 首無しのエヴァ擬きが苦しみのた打つように溢れ出、赤い廃墟を徘徊する。

 地獄絵図。この世の終わり。終末の底。陳腐な言葉で幾らでも表現できる。

 ただ、生命を許さなかった。世界が命を嫌っていた。

 液化した人の骸が、中途半端に散逸する。資料から画像へ。画像から映像へ。時に外界の地獄を。時に実験室で。時に戦場の光景を。

 避難所に寄り集まったぼろぼろの人、人の群。怒号が飛び、啜り泣きが響く。四肢を失った人が多かった。

 また画像。ガラス容器に納まる小さな手が現れた。紅葉のように小さな、赤子の手だった。

 

「あ、ぁ」

「たくさん、たくさん死にました。世界が、人の生きられない場所になりました」

「は、はっ、ぁ、はぁは、はぁはぁはぁ、はぁはぁはぁはっ」

「あなたが、切欠です。碇さん」

 

 人類の大量絶滅。赤い大災害ニアサードインパクト。

 

「あなたが」

「ち、ち、ちち違う違うっ、違う僕は僕はただ、あ、あ、綾波を、助けようとしただけで、こんな、ここ、こんなこと望んでなんか」

「それでも、あなたがやったんです」

 

 また切り替わる。今度は映像だった。L結界密度測定実験時における研究員コア化事故事例。防護服の中で人が形を崩し、どろりと溶け出てくる。溶け残った眼球がマスクの内側に張り付きこちらを見ていた。

 また切り替わる。今度も映像だった。避難民居住区で大量コア化事例。試作型封印柱の除染効果不十分。赤い液体が延々と地面に満ち、そこかしこに、無数に浮いた衣服、靴、そして時折、肉片と骨。白い骨。半端な数の五体。手を繋ぎ合ったまま浮かぶ腕。小さな頭があった、子供の頭が赤い海に浮かんで────

 

「やめてよ」

「見てください」

「これを、止めてよ、お願いだから」

「ちゃんと、見てください」

「ひっ、ぎ、ぁ、やめてよぉぉおおおおおおおおおおッッ!!」

 

 身体は固定されていて動かない。

 顔を背けようとすると、彼女は頭を掴んで無理矢理に正面を向かせた。

 目を閉じようとすると、彼女は瞼を指で抉じ開けた。

 

「見て、聞いて、知ってください。思い知ってください。あなたがやったことを。全部、全部!」

「うぁ、あぁぁあぁあぁあ」

「これ全部、あなたがエヴァに乗ったから起きたことです。あなたがエヴァに乗ったら、また同じことが起きるかもしれんのです」

「は、ぁ、あ、くぁ」

 

 わからない。この感情の名前が。

 罪悪感? 恐怖? それとも、絶望?

 それら全てが混じり合い、汚濁を作って六腑が満ちる。肉体はその汚穢に耐えかねた。抱えることを放棄した。

 

「うぶっ、おげぇあっ、ぶぁ、げぇっ、ごぼっ」

 

 吐瀉物はなかった。胃も腸も空っぽだった。ただ苦く酸いばかりの胃液が、喉を焼きながら口から溢れてくる。

 それは口の端から頬へ顎へ鼻へ、だらだらと零れて落ちた。呼吸は止まり、鼻腔は臭気で満ちる。

 それでも彼女は手を離さない。その手が胃液に塗れて汚れても構わず、ただ一心、ただ専心、真っ直ぐに僕を見下ろす。

 冷え切った目……いや、その真逆の。

 燃え盛り、血の煮え滾るような、熱い眼差しが。

 

「碇さん、これが私の14年です。あなたが私にくれた14年です。受け止めてください」

「ひゅぅ……ひ、ぅ……っ、ごぽ……う゛ぁ……ぁ……」

「あなたに、捧げますから」

 

 消えゆく意識、視界の虚ろに垣間見る。

 うっとりと微笑む、鈴原サクラ。

 

 

 

 

 

 

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