どこまでも遠へ走りたい子の話


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ウマ娘として生まれた私はサラブレッドではなかった

 

 

 生まれ変わったなどと言えば気が狂ったか厨二病かのどちらかと相場が決まっているが、私の主観で言わせてもらえば私はたしかに生まれ変わった。つまり、生まれながらの狂人となってしまった。

 

 まあ、ともあれ。

 この生まれ変わったこの世界は少し変わっていた。ウマ娘という存在がいたのである。

 

 普通のヒトの女性と変わらぬ四肢ながら圧倒的な身体能力を持ち、特に走力は広く生物界を見渡しても上位に君臨する存在。とある地方では「まこ」や「まっこ」などとも言い、古い文献では「まことのこ」と書かれたものもあるというその存在は、人類がこの惑星で覇権を握り発展するに至った重要な要素であり、人類が人類たる所以のひとつともいわれている。

 のだが、私から見るとウマヒトである。

 ヒトからウマの耳と尻尾が生えた、馬の特徴・強靭さを持つ女性。だからウマ娘。わかりやすい呼び方だなという思いと、なぜこの世界で最終的に「ウマ」という響きにたどり着いたのか世界の神秘に思いを馳せてしまう。

 

 身体能力的にも生物界の上位にあたる存在が同じ人類の一部であることを、この世界の人類はアイデンティティにしていた。少なくともそういう時期がありったし今もその文化は残っている。「人間は考える葦である」という言葉はこの世界には存在しない。

 

 現代におけるその文化の象徴はレース文化だろう。この世界の人々はウマ娘がその身体能力を遺憾なく発揮するさまを愛するし、他のどんなスポーツよりも彼女たちが走り競うレースに熱狂する。

 優秀なウマ娘のための半国営の中高一貫校があり、多くの資材が彼女たちの才能を開花させるために投入される。

 

 そんな世界に私は生まれた。ウマ娘として。

 そしてウマ娘として生まれた私はサラブレッドではなかった。

 

 

 私たちウマ娘には厳格な血統というものはない。それでも家系による得意不得意というのは明確に存在した。

 例えば北アメリカ大陸では400m程度の短距離を得意にする家系がとても多いらしい。彼女たちのトップスピードは90km近くに達するという。

 日本では1km~3kmほどの距離を走る競争が尊ばれ、それを50km~70kmで維持し走ることを得意にするサラ系の家系が多い。

 

 私の家系は日本には珍しくアラブ系と呼ばれる特徴を色濃く受け継いだ家系だった。その特徴は速力は劣るが頑丈であること。特にうちの家系で言えば何より遠くまで走ることを得意としていた。

 

 

 

 

 家から淀川の河川敷まで30分と少し。週末になるといつも電車に乗ってここまで来る。

 河川敷はいつも賑わっている。以前であっても都会の河川敷といえばかんたんな運動をするために多くの人が集まる場所だったけど、この世界ではその人口と熱心さが違うなとよく思う。なんというか、その辺のおじちゃんおばちゃんがさらっとやるストレッチの本格さが違う。

 これもウマ娘という存在の影響なのだろうか。

 

 毎週来ていれば顔なじみのような人も多くなり、私が幼いからかわりとよく声をかけられる。私はかわいい11歳なので愛想よく応える。

 いいこともある。たまたまとても人が多い日にアップのための場所を譲ってもらえたり。ポケットの中に飴ちゃんが増えたり。

 

 30分ほど使ってアップをして、だいたい9時にスタートすると決めている。

 ゆっくり加速してまずは1kmを2分40秒ペースで安定させる。時速にしてだいたい22km/h。シティサイクルよりも早く、初心者が乗るロードバイクやオリンピック長距離ランナーのペースに近く、そして私にとって一番気持ちがいいペースだ。

 

 ただ毎日を過ごすだけで端々にヒトでなくなってしまったのだなと感じる。それは例えば街の狭さだったり、喧騒だったり。それらにどうしようんもなく居心地の悪さを感じてしまう。……ヒトとしての感覚を知らなければ感じなくてよかったのだとうか。

 そんな居心地の悪さもこの広い河川敷を走れば氷解する。足を使って走る、耳が遠くの音を捉える、身体が風を切る、それだけで。

 もうすぐ5月だというのに寒の戻りで寒くなった4月の河川敷、今日は絶好のランニング日和だ。

 

 

 5kmを過ぎた辺りでペースを変える。22km/hから30km/hへ、1kmにして2分を切るペースへ。

 30km/hの壁、70km/mの壁という言葉がある。空気抵抗の壁だ。

 走るときにかかる抵抗力には地面に対する摩擦によって受ける抵抗力や坂道に対して受ける抵抗力などがあるが、それらのほとんどは速度がどんなに変わっても一定だ。そのなかで唯一速度によって大きくなるのが空気抵抗になる。空気抵抗は速度の2乗に比例する。

 

 30km/hはその存在を明確に意識し始める場所だ。25km/hを維持するのと、30km/hを維持するので明らかにしんどさが変わる。自転車の場合の話になるが、ロードバイクの場合20km/h時点では全抵抗力のうち60%だった空気抵抗が、30km/h時点になると全体の80%まで大きくなるという。

 だからウマ娘と言えどもとても長い距離を走るときには20~25km/hよりも早く走り続けると潰れてしまうと言われている。ただその「とても長い距離」を「走り続ける」というのがポイントで、ある程度であれば11歳の私にだって超えられてしまう壁だ。

 

 30km/hを超えて走ると明らかに世界が変わって感じられる。ヒトの長距離ランナーの頂点と同じ視点から、わずかにヒトには踏み入れられない場所へ。この速度で走ると前を走っているロードバイクも抜かして走ることになる。

 サッカーを楽しむ少年たちを、テニスを楽しむ大学生を、様々なものをどんどん後ろにおいていく感覚。遠くに見える橋が少しづつ近づいてきてくぐる。それを繰り返して川上へ川上へ。

 

 ただ走って遠くまで行くことが好きで走り始めたのに、いつからかラップを刻むようにまるでトレーニングのように走るようになっていた。それはやはりこの壁を超えた世界を少しでも長く見ていたいと思ったからだろうか。

 

 20分ほどそのペースを維持するとだいぶ負担が大きくなってくる。ちょうどそのあたりにある橋を目安にペース落として一息。

 ここでスタートからだいたい15km、ゆっくり走りながら水分補給をして自分の様子も確認する。ここまでが前半。

 行けそうだなと思ってそのまま後半に入る。後半は負荷をかける走りはせずに、それでも2分40秒ペースで刻むことは意識して。

 

 少し走っていくとこれまでの開けた河川敷から木々の間を走る道に、そこを抜けるとゴルフ場が広がる。

 このゴルフ場が縦に長いので後半はあまり景色に変化がない印象になる。ランナーやライダーとすれ違うこともぐっと少なくなくなって、淡々と川上を目指すような気持ちが強くなる。

 

 

 ゴルフ場が途切れればこの道のりも終わりが近く、残り3kmはぐんと河川敷が狭まって、最後は堤防に向かって道が登っていく。

 大阪の中心部にほど近い淀川大堰から、八幡は男山の麓まで 27.5km。最近は安定して1時間と10分ほどで安定して走りきれるようになってしまった。びっくりだ。すごい。そう毎週他人事のように思ってしまう。

 

 車の侵入を塞ぐポールに腰掛けて休みながら、ちょうど視線の先にたくさんの車が行き交う橋が見える。渡るとそこが淀だ。そこから3kmも行けばそこにこの身体能力を賛美するメッカのひとつ、京都レース場がある。

 一周が1800m、直線が320mほどあるコースは人型の体からするとあまりにも広い。

 バカげた身体能力を発揮するために、中でもその特徴的な脚力を遺憾なく発揮するためだけに作られた競技場。

 そのレース場では毎週のようにレースが開かれ、たくさんの人が詰めかける。

 特に今日は大きなレースがあるらしい。

 

 G1最長3200m。その距離でさえ私にとっては短すぎる。

 

 

 

 この折り返し地点のすぐ近くに駅があるのがこのランニングコースのいいところで、思わず体調が悪く帰りは走れそうにないときや、天候が悪化してきたときにはここから電車で帰ってしまうことができる。

 でも今日はそうする必要はなさそうだ。

 

 レース場のある方向に背を向け、川をどんどん下っていく。

 13時までには家に帰ってお母さんの作るおいしいお昼ごはんを食べるのだ。

 

 

 







河川敷の景色(ゴルフ場の横)
https://goo.gl/maps/fpLoSaxx3PmjMvMz6


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