喫茶店・ホースリンクへようこそ!   作:アヴァターラ

3 / 40
別タイトル「定休日大食いウマ娘戦線」


ビーフシチュー

 間違いなく今日は地獄だ。言い切れる。俺の体は今日をもってボロボロになるであろう。そんな予言じみたことを考えながら毎日のルーティンである仕込み作業を開始する。

 

 今日は定休日だ。定休日なはずなんだけど・・・俺は休みじゃない。自慢じゃないが俺の店は2年前まで安い、うまい、量が多い。ついでに近いという武器を活かしてトレセン学園に通うウマ娘たちが押し寄せる人気スポットだったのだ。それを理事長の思い付きという名の大改革によって予約制となり、ファンの交流の場に大変身した。

 

 これを受けて困ったのはトレセン学園にいるウマ娘たちだ。もちろん学園には豪華なカフェテリアや食堂が完備されているのでそういう意味では困らないが存外彼女たちにとって俺の店は居心地がいい場所だったらしく、生徒会長であるシンボリルドルフあたりに苦情が殺到したのだ。これを受けて困ったのは俺と理事長である。当時は若かったから若さに任せて頑張ってきたがもう一回やれと言われると億劫になる。残念人間ですまんな。

 

 しょうがないので定休日を一つ削ってウマ娘たちが来ていい日を作ることにした。たくさん来られても気のいい子が自分でできた料理をもっていったりしてくれるので何とか回っている現状、そうして今日を迎えたわけなのだが・・・・緊急事態、エマージェンシーである。昨日とあるウマ娘二人から連絡が来たのだ。

 

 一人目は日本総大将でおなじみスペシャルウィーク。賄いを作ると人の何倍も食べる食べっぷりがとても気持ちいい子だ。なんでも彼女はこの間のレースで優勝したから自分にご褒美をあげたいというかわいらしい理由で俺の店を選んでくれたの事。まあそのくらいならどんとこい。仕込みの量を3倍に増やせば何とかなるなる。

 

 そしてこちらのほうが本命、葦毛の怪物ことオグリキャップ、長い髪とぴょこんと飛び出たアホ毛、物静かかつ天然ぎみなウマ娘である。なぜこの子が本命なのか?こいつは曲者なのだ。なんせスぺよりもよく食べる。ご飯一升とおかずをマウンテンで出してもお代わりを要求してくる。こいつが来ると毎回毎回翌日の営業に支障が出るレベルで食いまくるので来る前に連絡しろと言い含めてあるのだが、その恐怖の電話が昨日来たのだ。食堂の従業員を毎日泡吹かせてるこいつが来るだけで俺の店は特別シフトが必要なくらいなんだがな。

 

 よく食べるスぺとさらに食べるオグリが合わさり、この店にいまだかつてない危機が訪れているのだ・・・・!!!

 

 「そんなこと毎回のことでしょうに。今更そんな大げさに熱弁するほどのことではありませんわ」

 

 「それとこれとは話は別だマックイーン。お前が今食っているモンブランとブラウニーとエクレア、ついでにかぼちゃプリンをダース単位で出しても奴らは3分も持たん。これは聖戦、ジハードなのだ・・・・!!!」

 

 「だから大げさですわ。お紅茶いただけますこと?」

 

 「へいへい。銘柄は?」

 

 「ダージリンでお願いしますわ」

 

 俺はティーポットに茶葉を入れてお湯を注ぎ、蒸らして紅茶をマックイーンに出す。というか営業前なのに何でここにいるんだこいつは。たぶんスイーツを食べまくってるところを誰にも見られたくないとかそんな感じだと思うけど。太るぞ。いくら俺の店のスイーツシリーズがウマ娘用に糖分やらなんやらが調整されてるとはいえ量を食えばそりゃ出るさ。マックイーンの耳が幸せそうにぴんと立っているので気分を濁したくない俺はお口をチャックするのである。

 

 「あ、そうだ。マックイーン、新作の試作でブラマンジェ作ったんだが食うか?」

 

 「ぜひ!!・・あっ・・その・・・いただきますわ・・・」

 

 「もう俺の前で取り繕ってもしょーがねーよ。お前どんだけ俺の店の菓子食ってると思ってるんだ」

 

 「う~~~~!!だってだって、貴方の作るお菓子がおいしいんですもの!新作となれば食べたくもなりますわ!」

 

 「メジロ家のご令嬢にご愛顧されて感謝してますよってな。ほれ、紅茶のブラマンジェだ。ソースはクランベリー、限界まで柔らかく作ってみた」

 

 そうしてマックイーンの前に出したブラマンジェは口当たりの良さを限界まで追求し、形を保つ限界点を見極めて作ったものだ。振動するだけで崩れそうな柔らかさである。あれだ、いわゆるとろける杏仁豆腐とかと一緒の系譜だ。紅茶の香りと生クリームとミルクの調和、甘さは控えめだがソースで補う俺の自信作である。

 

 「わぁ、今にも崩れそうなのにスプーンを入れても崩れない・・・いただきますわ」

 

 「召し上がれ」

 

 はむっとマックイーンがブラマンジェの乗ったスプーンを口に運ぶ。口に入れた瞬間マックイーンの顔がパァっと輝いた。耳も尻尾もピコピコフリフリとご機嫌である。この反応なら店で出しても大丈夫そうだな。今度からメニューに追加っと。

 

 「お気に召したようで何より。じゃあ俺は仕込みに戻るからくつろいでてくれ。紅茶のお替りはポットの中な」

 

 そう言い残しておれは厨房にある無数の寸胴と巨大フライパン、オーブンを同時に操りながらなんとか対スぺ&オグリの仕込みを終えるのであった。

 

 

 

 営業中である。マックイーンは丁寧にご馳走様を言って帰っていった。気の毒そうな視線とともにだけど。やっぱり今日が地獄だってあいつも察してるんじゃん。そう思うなら協力してくれてもいいのにさあ。

 

 俺の店の定休日は2日。まず水曜日、これは完全に休みで店を開かない。そんでトレセン学園全体の休日である日曜日、今日である。ウマ娘専用の日でいつもよりだいぶごった返す。相席は当たり前のレベルで席が足りねえ、会計も追いつかないのでウマ娘の日は売れたもんを俺が勘定してトレセン学園に請求して一括にしてもらってる。分散するウマ娘たちが一極集中するのだから忙しさは加速していく。ちなみにトレセン学園は2000人在籍しているわけだがそのほとんどのウマ娘が俺の店を利用したことがあるのだそうだ。

 

 そして朝の地獄をさばき切り、来たウマ娘たちが各々自主練をするために店から退店してようやく一心地着ける。と思うとドアが開いた。そこからぴょこんと顔を出したのは桜色のポニーテールに鉢巻をつけたウマ娘、現ダートの女王であり脚質が合わないにも関わらず有マ記念を制した奇跡のウマ娘、ハルウララだった。彼女はカウンターでだれてる俺を見つけるとぴょこぴょことドアをくぐって俺の近くまで跳ねてくる。

 

 「あー!マスター!おはよう!今日ね!今日ね!トレーナーが朝練でトレーニングをお休みにしてくれたの!だからね!マスターのお店で美味しいもの食べることにしたんだぁ!」

 

 「おー、おはようウララ。いいぜー、うまいもん食わせてやる。飲み物は?」

 

 「えーっとえーっと・・・甘いやつ!もしかしてマスターお疲れ?また今度にしたほうがいい?」

 

 「なーに言ってんだ。せっかく来たんだから俺のことは気にせずにたくさん食ってけ」

 

 そう言って俺はぴょこぴょこ跳ねるウララの頭をかき混ぜるように撫でてやって厨房に入る。ウララは「うっらら~♪」といつもの調子で歌いながらかなりワクワクで待ってる様子。これは期待を裏切るわけにはいかない。というわけでまずご飯。2日前から仕込んだ特別品である。どうせオグリとスぺが食いつくすだろうから先に来たウララに少し分けてやろう。

 

 取り出すのは深いグラタン皿。そこに生クリームでクリーミーに仕立てたマッシュポテトをどっさりと入れ山状に。そしてその周りに並々と2日かけてソースから作ったニンジンと肉がゴロゴロ入ったビーフシチューを注ぐ。そしてその上にチーズをドバっとかけてからオーブンに突っ込みチーズがこんがりするまで焼いて完成。ついでにバケットをトースターに入れて焦げ目をつける。これでおっけー。

 

 そして次はドリンク。オーダーが曖昧なのでここはメニューには載せてない裏メニューから作ろう。ドンっとテーブルに置いた喫茶店らしくないジョッキグラスの中に細かくダイスカットし冷凍したイチゴを入れて平らにならし、その上にイチゴソースを乗せてまたならす。そしてマドラーを利用してその上からさらに牛乳を注ぐ。するとジョッキグラスの中が綺麗に淡いピンク、赤、白の三層に分かれる。ホースリンク裏メニュー、食べるイチゴミルクである。混ぜればハルウララの髪の色と同じになるだろう。そしてイチゴの旬はまさに春、彼女のためにあるようなドリンクだ。

 

 「ほいお待たせ、今日限定メニューのビーフシチューグラタン風と食べるイチゴミルクのセットだ。ドリンクは混ぜてのみな。熱いから気をつけろよ」

 

 「わあああ!きれー!おいしそー!うららーって感じ!いただきまーす!」

 

 そうしてウララはハフハフしながらおいしそうにシチューを頬張って食べていく。時折「おいふぃ~♪」と口から漏れているのはご愛嬌だ。こんな無邪気で素直なのにレースでは強いんだよなあこの子、トレーナーもトレーナーでなんだかおかしな奴だし。何なんだろうなあの蹄鉄の被り物。飯食う時も脱がないし。

 

 もぐもぐと幸せそうにビーフシチューを頬張るハルウララに幸せを分けてもらっていると背筋を冷ややかな感触が駆け抜けた。思わずばっとドアのほうを見ると見知った人影が二つ・・・!ついに来たか今日のハリケーンが!しかも二人同時に!カランカランとドアベルが鳴ってドアが開く。果たしてそこにいたのは予想通りの二人だった。

 

 「マスターさーん!こんにちはー!ご飯食べに来ました!オグリキャップさんも一緒です!」

 

 「マスター、こんにちは。途中でスペシャルウィークと会ったんだ。・・・早速だけど、お腹が空いたから何か出してくれると嬉しい」

 

 「お、おう。二人とも、ちょっと待ってな。ウララはゆっくり食べてろよ」

 

 「?はーい!」

 

 冷や汗をかいて言葉が震えた俺の言葉に何もわかってないウララののんきな返事が重なる。とりあえず席に座った二人にお冷を出して厨房にすたこらサッサ、仕込んでたメニューを完成させる。というか二人同時とかまじか。ちょうど昼前くらいだけど下手したら夕方の分の食材なくなるぞこれ。そうなったら早めに店じまいだな。夕方に来るつもりの子はすまんとだけ言っておこう。

 

 とりあえずおっきな皿を二つ引っ張り出し、朝に焚いておいたバターライスを5升焚きの炊飯器から1升分ずつ盛り付けて卵を10個使って巨大な半熟オムレツを作ってバターライスの上に乗せてナイフで割る。とろりとした半熟卵がバターライスを覆う。さらにその上にこれでもかとさっきウララにも出したビーフシチューをたっぷりとかける。とりあえずこれで良し。今日の日替わりランチ(になるはずだった)ビーフオムライスの完成である。ズシリと重いそれを二人の前に地響きが起きそうな勢いでデン!と置いてやる。

 

 「うわあ!おいしそうです!いただきま~す!」

 

 「うん、おいしそうだ。いただきます」

 

 「わぁ!すごいおっきい!」

 

 「急がず味わって食べてくれよ・・・」

 

 

 ウララののんきな感想とともに食べ始めたスぺとオグリ、見る見るうちにオムライスの山が削れていく・・・!くっ足止めにもならんか!スぺは満面の笑顔で幸せそうに。オグリは無表情ながら雰囲気がかなり柔らかくなってる。とりあえず気に入らなかったわけじゃなくて良かった。あっやばい次弾を装填しないと!

 

 「おかわり」

 

 「私もお願いします!」

 

 くっ早い!だけど俺も間に合った!ヨシ!にんじんハンバーグをビーフシチューで煮込んだ煮込みハンバーグとバケットのセットだ!味わう間もなく吸い込むように食べやがって・・・!!!そのおいしそうな顔に免じて許してやる!作り甲斐がある食べっぷりしやがって畜生!いいよ好きなだけ食ってけよ!もともとこの店の目的はそれなんだからな!

 

 その後もビーフシチューのアレンジレシピは続き、ポットパイ、コテージパイ、ドリアと形を変え、ラグースパゲティで俺の店の残弾が尽きたため打ち止めとなった。スぺはコテージパイあたりで笑顔でご馳走様を言ったのだがその後もオグリは食べ続け、今朝までに仕込んだすべての料理を食べつくしあえなく聖戦は俺の店の惨敗に終わったのである。もう振ってもデザートとドリンクぐらいしか出てこない。いまもスぺはジョッキパフェ、オグリはバケツプリンアラモードを食べてる。こいつらの食欲どうなってんだ。ちなみにウララは二人のフードファイトに飽きたのかお腹いっぱいになったのか知らないが途中から夢の中である。

 

 「マスターさん!ご馳走様でした!おいしかったです!」

 

 「マスター、ごちそうさまでした。とても美味しかった。食堂でもこんなには食べられないのにマスターはたくさん食べさせてくれるんだな」

 

 「おう、お粗末さまだ。食堂はなー、さすがに全生徒2000人分となると結構ギリギリっぽくてな。食材はあっても器具が埋まってたりと人員が足りないんだと「もっとオグリキャップにたくさん食べさせてあげたいのに私たちが未熟なせいであの子にセーブさせてしまってる」って嘆いてたよ。まあお礼くらい伝えておいたらどうだ?」

 

 「そうだったのか・・・!うん、明日にでもそうしよう。ありがとうマスター。それを聞いて幸せな気持ちになれたよ」

 

 「そうかい。じゃ、また腹が減ったら来い」

 

 「うん、あと・・・パフェおかわり」

 

 「・・・もうほんとになんもないからそれで最後な」

 

 幸せそうに眠るハルウララを背負ったスペシャルウィークとたっぷり出てたお腹がいつの間にか引っ込んだオグリキャップがそろって店を出ていき俺は店の前のかけ看板に「食材切れのため本日閉店」とホワイトボードに書いて吊るしておくのだった。そして今しがた入ろうとしたらしいウマ娘たちががっくりと肩を落として帰っていくのに胃を痛めました。ごめんなさい。

 

 そうしてとっぷりと日が暮れた夜。トレセン学園も消灯して誰もいなくなるであろう時間だ。俺ももう明日の営業のため全力で皿を洗って厨房を掃除し終えドアに鍵をかける前に一服しようとコーヒーを淹れた時、閉店と看板で知らせてあるにもかかわらずドアが開いた。ドアを開けたのは綺麗な鹿毛に三日月のような一部だけ白い前髪が特徴的なウマ娘、シンボリルドルフだ。またの名を「皇帝」シンボリルドルフ。トレセン学園生徒会会長にして元学園最強。今はレースを引退して生徒会業務や興行レースに引っ張りだこの大人気ウマ娘だ。

 

 「すまない、閉店してるとはわかっていたのだがドア越しに君の姿を見つけて、つい・・・」

 

 「おう、いらっしゃい生徒会長サマ。今日はどんなお叱りがあるんだい?」

 

 「そんなにいじめないでくれ。君にそんな他人行儀にされると私だって些か傷つく、こんばんは。()()()

 

 「悪かったって。さ、座れよ。その様子を見るに疲れてんだろ?コーヒーくらいは淹れてやるよ。お疲れ様、()()

 

 少しだけ目を伏せ、耳をへんにゃりと折り曲げていじけた態度を示すシンボリルドルフを俺は愛称で呼びかけて隣の席へ導く。正直彼女と俺はかなり親密な関係にある。なんせ俺はシンボリルドルフ(こいつ)が産まれたときから知っている。なんせ家が隣同士で両親の仲がとてもよかったからだ。つまり俺とルナは年の離れた幼馴染同士・・・いや最早兄妹に近い関係にある。俺が料理を始めたのだって、中央を目指すシンボリルドルフ(こいつ)のために身体づくりを栄養面からサポートするためだからな。トレーナーになってやれれば良かったんだけど俺には才能がなかった。

 

 「少しやせたか?きちんと飯は食ってるのか?」

 

 「・・・そうか?確かに最近は忙しいが食事はきちんととってるは・・・・あっ」

 

 少しだけ疲れたように見える彼女が心配になった俺は当たり障りのない質問をしてみるが彼女は少し考えてそれを否定しようとしたところで彼女の腹の虫が可愛らしい音を立てた。思わず頬を染めるルナに俺は少しだけ笑いを漏らしてしまう。ちょっとだけ膨れたルナは赤くなった顔で抗議してくる。学園の奴らには見せられん顔してんぞ。天下の皇帝様も女の子だねえ。

 

 「こ、これは違うんだ。たまたま今日は生徒会の業務が忙しくて・・・」

 

 「いーっていーって。腹が減るのは健康な証拠だ。飯持ってくるから待ってろ」

 

 「・・・ありがとう」

 

 俺は厨房に行って小鍋に分けてあったビーフシチューを温めてウララに出したようにオーブンに突っ込んでバケットも焼く。俺が店を始めたのは究極的にはすべてシンボリルドルフ(こいつ)のため。ちょっと無理しがちで他人のために頑張れるコイツのサポートを少しでもしてやりたいから。だからいつルナが来てもいいようにルナの分の料理は必ず取っておくことにしている。来ないときは別に俺が食えばいいしな。もう最近は来ない日のほうが多いから俺はお役御免なのかもしれんけど、コイツがやりたいようにやって最後は楽しく終われればそれでいいのだ。

 

 出したビーフシチューを冷ましながらおいしそうに食べるルナをみて、俺はコイツの目標が叶うように願うのだった。

 

 

 喫茶店・ホースリンク明日より通常営業を再開いたします。予約をされたお客様は時間をお忘れなきようお願いいたします。あなたにウマ娘との素敵な出会いがありますように。




書きたい子が多すぎて中途半端になるのがつらい・・・むり・・・ダレカタスケテ・・・

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。