喫茶店・ホースリンクへようこそ! 作:アヴァターラ
開店日、ああ楽しいな、仕事の日(マスター心の俳句)・・・クッソしょうもないことを言っているが今日は開店日である。ルナをなだめるのは大変だった。ウマ娘には特有のしぐさがあるのだがそれの一つに「前掻き」というものがある。どちらかの足を地面に擦り付けるように前から後ろに掻く、という仕草である。
どうもこれはウマ娘の本能的なしぐさの一つらしく年を経るごとに自制を覚え行わなくなっていく。公園とかで見る子供のウマ娘はよくやっているけどな。そんでそんでこの行動が意味するのは「私は不機嫌です」とか「こうしてほしい」とかの不満を現すボディランゲージなわけで・・・とどのつまりルナはお冠になってしまったのだ。それはもう耳を後ろにぺったーんと倒して不機嫌を現していた。
お分かりだろうか?あの、清廉潔白にして完全無比の生徒会長である皇帝シンボリルドルフが!子供っぽく前掻きをしたのだ。めっちゃ久しぶりに見たんだけどまさかルナがやるとは思わなくてちょっと笑ってしまった。そのあと正座させられてぷりぷりとお説教を食らったが。やれ「戻ってくるのが遅い」だの「兄さんは私よりタキオンがいいのか」だの「私だって兄さんと一緒にいたい」だの・・・後半ほとんど願望やん。兄離れしてください。
とまあそんな感じでルナのご機嫌を取るために東奔西走したわけで、具体的には一緒に映画館いったり、外食しようとしたら兄さんの料理がいいと言われて飯作ったり、プラネタリウム行ったり?まあいろいろあったわけですよ。割愛するけどな。そんでこんなに長々話している理由としては・・・・
「仕込みやってねえええええええ!!!!」
そう、仕込みである。飲食業において下準備とは最も時間がかかりなおかつ最も大事な作業といっても過言ではないのだ。今日のメニューはハンバーガー、自家製パティにたっぷりレタスと甘いトマト、ニンジンソースを挟んだオリジナルハンバーガーである。レタスとかは直前になっても何とかなるが問題はパティ、ひき肉である。まだ肉の塊なんだよねーこれが。これをひき肉にするところからやらないと・・・どうすっべ時間足りるかってか体力が持つか?
うーんうーんと俺が頭を抱えながら肉の塊を切り分けていると店のドアが開いた。そういえば今日は3人来る予定だったっけか。えーっと確か・・・
「おっはよーマスター!ターボが一番乗りだよ!」
「マスターさん、おはようございます~」
「はよーマスターさん、ネイチャさんは3番乗りですよってねー」
そうそう、チームカノープスより青い髪、オッドアイ、元気の良さは天下一品な個性大爆発ウマ娘のツインターボ、ゆるふわな性格、わざわざ帽子に耳用の穴をあけて斜めにかぶり長いリボンを携えたマチカネタンホイザ、もふもふしてそうな短いツインテにクリスマスカラーのイヤーカバーをつけたナイスネイチャの3人である。ちなみにもう一人イクノディクタスというウマ娘もいるのだが本日はレースにより留守とのことで。ん?待てよ・・・?よし来た!これだ!
「いいところに来た!特にネイチャ!手伝ってくれ?」
「はえ?」
「ふえ?」
「・・・もしかしてバッドタイミング?」
「いやいやまさかまさか・・・逃がさんからな」
そんな感じで普段はウマ娘たちを入れない厨房に3人を引きずり込んだ俺は仕込みを手伝ってもらうことにした。というわけでまずは
「えーダブルター「ツインターボ!」冗談だって食い気味に否定すんな。お前さんにはこのミートミンサーでひたすらにひき肉を製造してもらう。見ての通りの手動式だ。お前さんが頑張れば頑張るほどうまいハンバーグやパティができるので頑張るよーに」
「ハンバーグ!?やる!やるやる!ターボハンバーグ大好きだもん!」
「頼んだぞー」
青いツインテをフリフリと元気よく振ったツインターボが勢いよくミートミンサーのハンドルを回してひき肉を量産していく。ターボエンジン点火ってか?そいじゃ次々~
「ほい次、タンホイザはこれ、芋をピーラーで剥いてひたすらこの天突きを使って細か~く棒状に切っていってくれ。今日のポテトフライはクリスピーで行くからな」
「わかりました!いいですよね~カリカリしたフライドポテト~!」
「食いすぎると太るけどな」
「うぅ~カロリーオーバー・・・」
何か思い当たる節があるのか知らないがしょぼんとしつつも作業をしてくれるタンホイザ。割と経験あるのかピーラーの使い方によどみがない。さて次は俺の中で大本命、料理ができることがわかっているウマ娘ことナイスネイチャ。頑張ってもらおうかなっと。
「さてネイチャ。お前にはニンジンソースを作ってもらう。味の決め手だから頑張ってくれよ~」
「ちょっ!そういうのはあんたがやらないとダメじゃないの?私が作っても・・・」
「いいんです!ここはウマ娘とファンが交流する喫茶店!来るのはお前のファンなんだからお前が作った料理が喜ばれるのは必然!というわけでこれレシピな。チェックはするからやってみてくれ。成功したらほかの奴にも頼んでみるから」
「いいのかな~・・・そこはこう・・・テイオーとかマックイーンとかあるじゃん?最初が私じゃなくても・・・」
「あいつらは料理があんまり得意じゃないからダメ。お前以外でやるんだったらクリークとかタマとかに頼むけど今のメンツならお前がいい。そら始めろー。ターボ、ミンチはどうだ?」
「ふっふっふ・・・どーだ!」
ちょっと自信なさげにソース作りに取り掛かったナイスネイチャ。ちょっと無理やりだった気はするけど料理の腕は信用してるからな・・・この前もらったケーキ美味しかったし大丈夫でしょ。ターボに向き直るとすでに大きなボウルいっぱいにミンチ肉を量産していてくれた。俺はそれに粗く刻んだ薄切り牛肉を混ぜ込んで特製スパイスと練り始める。量が多いとほんと大変なんだわ。特に今日のハンバーガーのパティはうっすいもんじゃなくて分厚いのを2枚使うボリューミーなものだ。必然的に量が必要になってくるわけで。
「うわ~たくさんありますねぇ。全部焼いたらどれくらいの量になるんでしょう」
「だいたいこれで40人前かね。今日来るのは30人だから他は予備かな?じゃ、成形していくぞー」
「ターボも!ターボもやる~!ほら!こんなおっきいのできた!」
「でかすぎだわパンに収まらん。やり直し!」
ウマ娘特有のパワーでタネを圧縮したターボが見せてきたのはあわや自分の顔ほどもありそうな肉の塊であった。欲張りなのは構わんがそれ焼くと絶対中身生焼けになるからな?肉汁補充のためにラードも入れてるし絶対くどくなるぞ。ターボはぶー垂れながら俺と同じ大きさで成形を始めた。ポテトフライ量産を終えたタンホイザも合流し和気あいあいとパティ作りに励む。一方ネイチャは
「これと、これ。あとこれを入れて・・・うん、いい感じ。マスターさん、味見してみてよ」
「おーわかった。手洗ってくるから待っててくれ」
「わざわざいいよ。ほら」
そう言って自分が使ってた小皿に取ったソースを口元まで差し出してくれるネイチャ。まだ作業途中だった俺はありがたくそれでソースの味見をさせてもらう。うん、いいな!俺が作ったときとほとんど同じ味だ。レシピありとはいえここまで再現するのはさすがネイチャといったところだろう。というか付加価値で言ったら俺の100倍くらいの値段が取れそうだ。やらないけどな。
「完璧だよさすがはネイチャ。引退したらここで働くか?」
「どっこも雇ってくれなかったら考えるわ~。ま、ネイチャさんにかかればこんなもんだってね~」
俺の称賛に機嫌をよくしたネイチャが小鍋の火を落としてこちらに合流する。ネイチャにしては珍しく鼻歌なんか歌ってる。ターボがだんだん飽きてきたようだしあとは俺一人でもなんとかできそうなので終了かな。
「うっし、手伝いありがとな!今日の賄いは期待しておけよ~。じゃあ手洗って着替えてきてくれ」
「は~い!ターボパティ3つがいい!3つだよ!」
「私もそれで。マスターさんの料理美味しいですし~」
「ネイチャさんはお任せしますよ」
「ほいよ。いってらっしゃい」
俺は成形したパティに網脂を纏わせながら3人が手を洗って厨房から出ていくのを見守るのだった。タンホイザが一瞬こけそうになったがターボが慌てて支えて事なきを得た。やめてくれよここで怪我したりするのは・・・ただでさえお前運がないんだからさ。鼻血でも出たらお客さんの前に出せないでしょ、もう。
そして営業開始、カノープスの面々は大人人気もあるが子供人気もある。予約も家族連れが多かったり。最初のお客さんもそうだ。
「こんにちはー。予約した斎藤ですけど、4人です」
「わあ!ツインターボだ!ナイスネイチャもいる~~!」
「マチカネタンホイザだよお父さん!この前のレースすごかった~!」
「そうだねぇ。いつも応援してます」
「いらっしゃいませ~。わぁ、応援ありがとうございます。僕もありがとうね~、握手する?」
「いいの!?するする!」
「ツインターボさんはこの前は惜しかったですね。見事な逆噴射でしたけど」
「うぐぐ・・・大丈夫!次はちゃんと大逃げするから!だからターボも応援してよ!」
「もちろんです!ナイスネイチャさんもこの前のセンター良かったですよ!ほらあの投げキッス!うちの夫ったらあれでメロメロになっちゃいましてね~」
「ちょ、それをここで言うなよ!」
「あはは・・・忘れてくれると嬉しいんだけどそれ・・・とりあえずお席にどうぞ。マスターさん3番席つかうね~」
「はいよ。いらっしゃいませ。本日のメニューはハンバーガーです。この3人が調理を手伝ってくれた本日限定メニューになっております。ドリンクがお決まりになりましたらお好きなウマ娘を呼んでご注文をどうぞ」
そう言いながら俺が示したのは日替わりメニューを書いてある黒板である。急ピッチで3人のデフォルメイラストを描いたがなかなか様になっているんじゃないか?と思いながらタンホイザがドリンクメニューをもっていくのを尻目に俺は厨房に引っ込むのだった。
「マチカネタンホイザのおねえちゃん、この前のレース1番だった!ね!お父さん!」
「そうだなぁ。あ、あとでサインもらってもいいですか?それとドリンクはこのオレンジトロピカル二つにアイスコーヒーとレモンコーラでお願いします」
「はい!勿論ですよ~マスターさんドリンク注文いただきました~!」
蹄鉄の音を鳴らしてこっちに来たタンホイザからドリンクのオーダーを受け取った俺はオレンジジュースとパイナップルジュースを基本としたカクテルジュースと水出しアイスコーヒー、コークにレモンシロップを入れて「ターボがやる!」といってきたツインターボに渡すのだった。さあ忙しくなるぞー!
「「「ありがとうございましたー!」」」
というわけでホースリンク、本日も盛況で終わることができましたっと。おーっほっほっほどっかのヘイロー高笑いを真似ている左右非対称で派手派手な勝負服のツインターボ、ふわっとした肩出しの民族衣装っぽい勝負服のマチカネタンホイザ、黒の落ち着いた色をベースにイヤーカバーと同じ色のアクセントがちりばめられた勝負服のナイスネイチャが最後のお客さんを笑顔で送り出したところで本日の営業終了である。
いやーなんて言っても今日はウマ娘が作ったといっても過言ではないメニューだったせいかお客さんの反応も最高だったなあ。途中ターボがライブやりだしたりして盛り上がった一日だったと賄いを作りながら考える。バーガー用のパンを2つに切り、ソースを塗って肉汁滴るパティを載せ、レタス、パティ、トマト、チーズ、パティ、生玉ねぎ、ピクルス、ソースをあふれんばかりに乗せて完成。カリカリに上げたポテトフライにレモンを絞ったコーラのセットだ。デザートはキャラメルバニラアイス。名付けてカノープスバーガーを3人の前に紙ナプキンと一緒にデン!と置いてやる!
「よし!今日も一日お疲れさんだ!お代わりあるから食べたいなら言えよー!」
「わぁい!ターボお代わり予約ー!」
「おいふぃいです~!カリカリポテトはいいですね~カリカリ♪カリカリ~♪」
「あーターボ!こぼれてるこぼれてる!もうしょうがないな~」
ソースを顔や手に付けながら豪快にかぶりつくターボとそれを世話してあげてる面倒見のいいナイスネイチャ、サクサクとポテトを食べてるタンホイザを置いて俺は表の看板を下ろしに行くのだった。
喫茶店・ホースリンク本日の営業は終了ですよっと・・・ん?
「イクノディクタスじゃないか。何だ、レースは終わったのか?みんないるから飯食ってけ」
「はい。こんばんはマスターさん。その、トレーナーからみんなここにいると聞いたもので・・・」
大きな丸眼鏡に長い三つ編みが特徴的なウマ娘、イクノディクタスが所在なさげに俺の店に向かってくるところだった。なるほどトレーナーからね・・・多分ブッキングしたのが申し訳なかったんだな。一人だけ仲間はずれにしたようなもんだし。よし、そういうことなら入れ入れ!
イクノディクタスを店の中に引き入れ厨房に引っ込む前に声をあげておく。すぐに気付いた3人が寄ってきたのを尻目に料理を再開する。
「お~い残り一人が来たぞお前ら!」
「あ~~!イクノディクタス!レースどうだった!?」
「ターボ。ええ、ハナ差でしたが優勝できました。おいしそうなもの食べてますね」
「さーすが。キラキラウマ娘はちがうね~。私も負けてらんないかも」
「ええ、何せカノープスの目標はチームスピカの打倒。まずは重賞からさらっていくべきです」
「うんうん!私もスピカには勝ちたいよ~!頑張ろう!えい、えい、むん!」
「「「おーーー!!!」」」
「ぶへっ!!!???」
「「「タンホイザーーー!?」」」
「ふぇ゛・・・う゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛ん!!!!」
あっちゃー・・・今日は大丈夫だと思ったのになあ・・・タンホイザが音頭をとったえいえいおーに倣った3人がこぶしを突き上げる・・・まではよかったのだが元気よくこぶしを振り上げたターボの手がタンホイザの顔面に命中し、痛みに数瞬フリーズしたタンホイザの瞳にみるみる涙がたまり、たらりと鼻血が出たのを境に決壊、火が付いたように泣き出してしまった。
慌てて謝るターボと慰めにかかる他二人と救急箱をひっつかんで戻ってくる俺という何ともしまらない構図で今日の営業は終了するのであった。もー、気を付けてくれよほんとに。