昔々、山奥に住まう一家がいた。
 今は亡き一家の主、竈門炭十郎。その妻、葵枝。
 二人には六人の子供がいた。
 末っ子の六太、三男の茂、次女の花子、次男の竹雄、長女の禰豆子、そして長男の――

 越前リョーマである。

1 / 1
テニプリも鬼滅もにわかなので、どなたかこんな感じの話を書いてくださいお願いします。


Prince of Demon slay

 昔々、山奥に住まう一家がいた。

 今は亡き一家の主、竈門炭十郎。その妻、葵枝。

 二人には六人の子供がいた。

 末っ子の六太、三男の茂、次女の花子、次男の竹雄、長女の禰豆子、そして長男の――

 

 越前リョーマである。

 

 

◇

 

 

「リョーマ。雪が降ってるから行かなくてもいいんだよ?」

 

 屈んだ葵枝はリョーマの頬についた汚れを拭う。

 

「別に平気だけど。正月くらいうまい物食いたいし」

「なら、もう少し量を減らしていけば」

「……それじゃ全員分稼げないじゃん」

「え、なに?」

「なんでもない。行ってくる」

 

 リョーマはジャージのファスナーを首元まで閉め、テニスキャップを被りなおす。

 地面に置かれていた籠を背負い、最後に葵枝から手作りのラケットバッグを受け取れば、出発の準備は万端だ。

 出発しようと一歩踏み出すリョーマ。すると、家の中から二人の子供が飛び出してきた。

 弟の茂と、妹の花子だ。

 

「兄ちゃん。今日も町にいくの?」

「私も行く!」

 

 リョーマを呼び止めた茂と花子は、自分達も町に連れていくようねだる。

 困り顔の葵枝はリョーマと二人の間に割って入った。

 

「ダメよ。二人はリョーマみたいに早く歩けないでしょ」

「兄ちゃん、いいでしょ?」

「私もお手伝いする!」

 

 茂と花子はすがるような目でリョーマを見た。

 対するリョーマはすまし顔のままキャップを深く被った後、籠の中のテニスボールを二つ手に取った。

 リョーマはそれらをおもむろに葵枝の頭上へと放り投げる。

 

「わっ」

「きゃっ」

 

 葵枝の頭上を越えたテニスボールは綺麗な弧を描き、茂と花子の額にコンとぶつかった。

 

「まだまだだね」

 

 そう言って、リョーマは山道へ向かって歩き出した。

 ザクザクとテニスシューズで雪を踏みしめながら歩く。

 すると、対面に人影が見えてきた。

 六太を背負った禰豆子だ。

 

「何してんの。こんなとこで」

「六太を寝かしつけるついでに、テニスコートの整備をしてたんだ」

「ふーん」

「それじゃ、私は戻るから。いってらっしゃい」

 

 リョーマは禰豆子と別れ、町へと向かった。

 

 

◇

 

 

「リョーマちゃん。こんな日に町まで来たのかい? 働き者だねえ。風邪ひくよ」

「っす」

「おーいリョーマ。ボールを売ってくれ。この間、ガットの張り方教えてくれてありがとな」

「こっちもボール頂戴」

 

 町に降りた途端、テニスボールは飛ぶように売れ、籠いっぱいだったテニスボールも既に半分まで減っていた。

 残りもさっさと売ってしまおうと町中を歩き回るリョーマ。

 すると、遠くからテニスボールを打つ音が聞こえてきた。

 気になったリョーマは音のする方へ向かって細道を進む。

 そして、ついにたどり着いた。角を曲がった先に、道端でテニスをしている親子の姿を見つけた。

 

「あ、リョーマ! ちょうどよかった!」

 

 リョーマの姿を見た半泣きの少年はラケットを片手にダッシュでリョーマに近寄った。

 

「お袋がサーブであのコーンを倒さないと飯抜きって言うんだ。あんなの無理だって言ってくれよリョーマ!」

 

 少年の指さした先にはカラーコーンが一つ立っている。少年の母親がいる場所には一本の線が引かれており、そこから約二十五メートル先にあるカラーコーンを狙う練習のようだ。

 リョーマは籠とラケットバッグを下ろし、少年からラケットを受け取った。

 トントンとボールを二回バウンドさせたリョーマは、綺麗なトスを上げた。

 

「ふっ」

 

 全身のバネを使って打ち出された鋭い打球は、カラーコーンを見事打ち抜いた。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」

 

 少年の悲痛な声が響く。

 

「まだまだだね」

 

 リョーマは薄っすら笑った。

 

 

◇

 

 

「ちょっと遅くなったかな」

 

 リョーマは一人、薄暗くなった道を歩いていた。

 籠が空になるまで町に居たら、すっかり日が傾いてしまったのだ。

 山奥にある家までもう少し距離がある。リョーマの足では日が沈む前に家へ戻ることはできないだろう。

 腹減った。腹をさすりながらリョーマが雪道を歩いていた、その時だった。

 近くにある家から顔見知りのオヤジ、三郎が顔を出した。

 

「リョーマ、おめえ山に帰るつもりか。あぶねえからやめろ」

 

 三郎はリョーマを引き留めた。

 

「なに、急に」

「今日はウチに止めてやる。早く来い」

「いや、別にこれくらいなら――」

「いいから来い」

 

 リョーマの言葉を遮った三郎は強い口調でこう言った。

 

「鬼が出るぞ」

 

 三郎は鬼気迫る表情だが、リョーマはその言葉を信じておらず「何言ってんの?」と内心呆れていた。

 

「そんなのいるわけないじゃん」

「いいから来い!」

 

 結局、力づくで家に連れ込まれたリョーマは、三郎の家で一晩を明かし、朝一で家に向かった。

 幸い夜中に雪は降らなかったようで、雪の険しさは前日とほとんど変わらない。

 しばらく歩いていると、遠くに見慣れた家が見えてきた。

 思わず口元が緩むリョーマ。

 だが、様子がおかしい。家の前に見覚えのある格好の誰かが倒れている。

 そして、その周囲には赤い斑点が……。

 

「なんだ?」

 

 異変を察知したリョーマは駆け足で近づき、間近でその惨状を目撃した。

 そこに倒れていたのは、ズタボロの禰豆子だった。彼女の両腕には同じくズタボロの六太が抱えられている。二人の手にはテニスラケットが握られていた。

 

「…………!」

 

 家の中へ目を向けると、そこにはズタボロにされた家族の姿があった。

 周囲にはテニスボールが転がっている。そして、皆一様にラケットを片手に死に絶えていた。

 リョーマは違和感を覚えた。

 売り物のテニスボールが散らばっているならまだしも、普段は家の押し入れの中に保管してあるラケットまでが落ちているのは、明らかにおかしい。

 テニスは危険なスポーツだからと、葵枝がテニスコート以外でのプレイを禁止していたのだから。

 

「これって」

 

 おかしな部分は他にもあった。

 葵枝お手製のテニスボールの中に、明らかに質のいいボールが混ざっているのだ。

 リョーマは質のいいボールを手に取った。

 手の中でコロコロとボールを転がすと、ボールの表面に漢字が書かれているのを見つける。

 一瞬ロゴかと思ったが、すぐに否定する。漢字ロゴの入ったテニスボールなど存在しないはずだ。

 

「む、ざん?」

 

 『無惨』と書かれたテニスボール。それはあちこちに散らばっていた。

 このテニスボールは一体……いや、今はそんな事より家族の安否だ。

 リョーマは全員に声をかけるが、当然返事は返ってこない。体を揺すっても、当然動かない。

 

「っ!」

 

 しかし、そんな中で禰豆子にだけぬくもりが残っていた。

 リョーマは禰豆子を背負い山を下り始めた。

 医者に見せれば助かるかもしれない。一縷の望みをかけて、リョーマは足を動かした。

 普段からトレーニングを続けていたおかげで体力には自信があったリョーマだが、それでも雪の降り積もる山道は過酷。しかも、人一人を背負った状態での疾走は彼の体力を急激に奪った。

 それでも足を止めるわけにはいかない。少しでも希望が残っている限り、諦めるわけにはいかない。リョーマは足を動かし続けた。

 その時だった。

 

「グオオオオオオオ!」

 

 背負われていた禰豆子が、突然暴れ出した。

 そのせいでリョーマは足を滑らし、禰豆子と共に崖下へと真っ逆さまに落ちてしまったが、下も雪が降り積もっていたおかげで無傷で済んだ。

 リョーマは禰豆子を探すために周囲を見渡す。

 

「あ」

 

 禰豆子はすぐに見つかった。リョーマから少し離れた所に、彼女は立っていた。その手にはリョーマのラケットとテニスボールを持っている。

 意識を取り戻した禰豆子を見てほっとするリョーマ。

 だが、リョーマは気づいていない。

 彼女は既に人ならざる者となってしまったことに。

 

「……元気そうじゃん」

 

 リョーマは禰豆子へ声をかけた。

 だが、禰豆子は答えない。その代わりに、彼女は左手に持っていたテニスボールを天高く放り投げた。

 リョーマはその体勢に見覚えがあった。

 サーブの構えだ。

 

「ガゥ!」

 

 人外の腕力から繰り出される高速サーブが、空気を切り裂きながらリョーマへ迫る。

 だが、狙いが甘かった。

 サーブはリョーマの左後方にある木に直撃した。思わず振り返ったリョーマは、信じられないと言わんばかりに目を見開いた。

 

「嘘でしょ」

 

 呟きながら禰豆子へと向き直ったリョーマ。だが、背後から聞こえてきたメキメキという音を聞き、彼は再び振り返った。

 リョーマは見た。テニスボールの直撃した木がメキメキと音を立てて折れてしまったのを。

 リョーマは恐る恐る禰豆子へ視線をむける。そこには既にセカンドサーブを放とうとする禰豆子の姿があった。

 しかも、ファーストサーブのミスを修正し、リョーマへしっかり狙いを定めている。

 

「それはヤバいでしょっ」

 

 リョーマは咄嗟に真横へ飛び跳ねる。

 直後、テニスボールはリョーマのいた所へと直撃し、積もっていた雪を吹き飛ばした。

 吹き飛んだ雪を頭から被ったリョーマは、雪を払いながら立ち上がった。

 

「ふぅ……」

 

 今回はなんとか躱せたが、次も躱せる保証はない。早く打開策を見つけ出さなければ。

 クレーターの中心からテニスボールを拾い上げた禰豆子を見て一歩後ずさるリョーマだったが、次の瞬間、彼は笑った。

 後ずさった足に当たった感触が、現状を打破する武器だと確信したからだ。

 

「そんなにテニスがしたいなら……」

 

 リョーマは雪に沈んでいたラケットバッグから予備のラケットを取り出し、ラケットヘッドを禰豆子へと向けた。

 

「相手になってやるよ」

 

 幸い、近くにはリョーマ達が練習で使うテニスコートがある。二人はコートに入り、ネットを挟んで向かい合う。

 

「寒いから1セットでいいよね」

「ヴヴゥ」

 

 禰豆子は頷いた。

 

「早く見せてよ。さっきのサーブ」

 

 禰豆子は再びサーブの体勢に入り、先ほどと同じように力強いサーブを放った。

 プロも真っ青の高速サーブ。だが、リョーマの動体視力を持ってすれば捕らえられないことはない。

 しっかりとボールを視認したリョーマは臆することなく、ラケットを振るった。

 

「ぐっ……!」

 

 しかし、あまりの球威にリョーマの握力が負けてしまい、ラケットを吹っ飛ばされてしまった。 幸いガットは切れておらず、試合は続行できそうだ。

 

「にゃろう」

 

 15-0。人間だった禰豆子には一度もサーブで点を取られたことのないリョーマは、内心負けん気で溢れていた。

 禰豆子がサーブの体勢に入り、再び高速サーブが繰り出される。

 ボールを視認したリョーマはラケットを構えた。片手でダメなら両手だ。リョーマは両手フォアハンドの体勢でボールを迎え撃つ。

 

「これなら……どうだ!」

 

 勢いよく振り抜かれたラケットは、禰豆子の超高速サーブを見事に打ち返した。コースも申し分ない。間違いなくポイントが入るだろう。

 相手が人間なら。

 

「ガア゛ァ!」

「なっ」

 

 禰豆子は文字通り人間離れした身体能力でラインギリギリのボールを拾った。

 リョーマも人間離れした動体視力でそれに反応したが、伸ばしたラケットはボールに届かない。

 無情にもボールは、リョーマのコート内に落ちた。

 

「ちぇっ」

 

 30-0。身体能力では太刀打ちできない。そう悟るリョーマだが、だからと言って勝負を投げだすほど、彼はヤワじゃない。

 身体能力でダメなら……。

 

「ガア゛ァ!」

「ふっ!」

 

 リョーマは両手フォアハンドでサーブを返した。しかし、先ほどとは違い球威が低く、打球はネットを超えてすぐに失速した。落ちるのはネット際だ。

 禰豆子はネット際へとすぐさま移動し、ボールを拾った。

 だが、それはリョーマの狙い通りの展開。

 既にネット際まで詰めていたリョーマは、浮き球を容赦なく相手コートへと叩き込んだ。

 何も相手の領分で真っ向から対抗する必要はない。試合の組み立てと技術でカバーできる。そう確信したリョーマは不敵に笑った。

 

「まだまだだね」

 

 しかし、次のゲームは禰豆子の身体能力に圧倒され、連続で得点を許してしまう。最初のゲームは禰豆子が制した。

 コートチェンジ。帽子を被りなおしたリョーマは、コートを移動すべく歩き出す。そして、禰豆子もまたコートを移動するべく歩き出す。リョーマは左から、禰豆子は右から移動しようとしたため、二人はすれ違う形となった。

 

「……あれ?」

 

 リョーマは違和感を覚えた。

 元々、リョーマの身長は禰豆子よりも高かった。その差は僅か二センチ程度だったが、確かにリョーマの方が高かった。だが、今の禰豆子はリョーマよりも明らかに大きく、いや、現在進行形で大きくなり続けている。

 テニスプレイヤーは試合中に分身したり、身長が大きくなったりするのはよくある事なので特に驚きはしないリョーマだったが、兄としての威厳を傷つけられ「それはズルじゃん」と気を落とした。

 

「じゃ、いくよ」

 

 気を取り直して、第二ゲーム。リョーマのサーブから始まる。

 トントンとボールを弾ませ、トスを上げる。綺麗に上がったボールが最高点に達した瞬間、全身のバネを使ったリョーマのサーブが、禰豆子の待つコートへと放たれる。

 

「ガア゛ァ!」

「なっ」

 

 疾い。第一ゲームよりも遥かに速いスピードでボールに追いついた禰豆子は勢い任せにラケットを振るった。

 禰豆子が想像以上の速さで動いたことに動揺したリョーマは僅かに出遅た。ラケットはボールに届かず、禰豆子のリターンエースが決まった。

 

「なんだよそれ……」

 

 リョーマがぼやいても禰豆子は答えず、彼女はすぐにサーブの体勢に入る。

 

「ガァウ!」

「ぐっ……!」

 

 サーブも第一ゲームより強化されている。リョーマの両手打ちでも腕が痺れる程の威力だ。リョーマはなんとか打ち返すことができたが、球威は低い。

 しかも、禰豆子はダイレクトで打ち返そうとネット際に詰めてきている。

 マズいと悟ったリョーマは禰豆子の挙動を観察し、次に来る打球コースを予測する。だが、その予測は必要なかった。

 リョーマの打球はネットに当たり、禰豆子側のコートに落ちた。

 15-15。偶然ではあるが、リョーマはポイントを得ることができた。

 サーブ権がリョーマに移る。

 

「はぁっ!」

 

 リョーマのサーブはサービスコートギリギリを狙ったものだった。禰豆子も判断に迷ったのだろう。これまでと違い明らかに動きが鈍かった。

 結局、禰豆子はインを確認してからボールを打ち返した。タイミングも合っていないせいか、球威は低い。

 そして、リョーマはその隙を逃さない。

 

「っし」

 

 30-15。勝機を見出したリョーマは再びサービスコートギリギリを狙う。

 だが、禰豆子も学習したのだろう。今度は躊躇いなくサーブに食らい付いた。

 球威に押されながらも絶妙なボールコントロールで翻弄するリョーマ。身体能力でごり押しする禰豆子。一進一退の攻防は40-40という結果を生み出した。

 

「ガァ!」

 

 デュース状態で始まった勝負は、禰豆子が身体能力で押し切りアドバンテージを獲得。リョーマは追い込まれる形となった。

 『本気』を出すか迷うリョーマ。正直な話、妹である禰豆子相手に本気を出すのは彼の兄としてのプライドが許さなかった。

 だが、そんな事を言っていられないほど、今の状況はひっ迫している。

 リョーマがどうするべきか迷っていると、彼が決断する前に禰豆子のサーブが放たれた。

 思考を一時中断したリョーマはすぐさま動いた。

 タイミングはかなりギリギリ。なんとかコースに回り込んだリョーマは無理な体勢でボールを返そうとした。

 だが、次の瞬間、ボールは打ち返された。リョーマではなく、謎の人影によって。

 

「アガッ」

 

 返された打球は禰豆子の顔面に直撃し、禰豆子はそのまま大の字に倒れた。気絶したようだ。

 人影はリョーマの傍に着地した。

 黒い長髪。左右で柄の異なる羽織り。そして、右手にはシャフト部分に『悪鬼滅殺』の文字が刻まれたテニスラケットを持っている男。

 男の名は冨岡義勇。鬼を狩る者が集う組織『鬼殺隊』の上位戦力『柱』に名を連ねる戦士だ。

 

「無謀な真似はよせ」

「あんた、誰?」

「人は鬼に勝てない。あのままでは、お前は殺されていた」

「(無視かよ)最後までやんなきゃわかんないじゃん」

「無理だ。弱者には何の選択肢も権利もない」

「……ふーん。アンタが何言ってんのかわかんないけど、なめられてるって事だけはわかった」

「…………」

「あんたのせいでこっちは消化不良なんだよね」

 

 リョーマはラケットヘッドを義勇へと向けた。

 

「相手になってよ」

「…………」

「まさか、逃げないよね?」

「……いいだろう」

 

 義勇は禰豆子をコートから引っ張り出し、代わりに自分がコートへと入った。

 

「1ゲームだけ相手をしてやる。打ってこい」

「……絶対泣かす」

 

 リョーマは右手に持っていたラケットを左手に持ち替えた。

 

「お前、左利きか?」

「だったら何?」

 

本気(・・)のリョーマはトントンとボールを弾ませた後、トスを上げた。

 

「ふっ!」

 

 高い打点から繰り出されたサーブが義勇に襲い掛かる。

 義勇はすぐさま落下地点に回り込んだ。

 しかし。

 

「ッ!」

 

 地面に着いた瞬間、ボールは急激に軌道を変え、義勇の顔面スレスレを抜けていく。

 義勇の頬に掠り傷が付いた。

 

「……ツイストサーブか」

 

 義勇は素直に驚いていた。ツイストサーブの存在を知ってはいたが、これほどキレのあるツイストサーブを柱でもない、ましてや鬼殺隊でもない一般人が放つなど、これまで一度も見たことがなかった。

 

「15-0。どんどんいくよ」

 

 リョーマは続けてツイストサーブを放つ。だが、同じ技が二度通用するほど、鬼殺隊の柱は甘くない。

 

「はっ」

 

 ツイストサーブはあっさりと返された。

 だが、それはリョーマの想定の内。禰豆子の打球をあっさりと返した時点で、義勇が只者ではないことはわかっていた。

 返された打球はかなりの球威だが、禰豆子程ではない。リョーマは義勇の放った打球を両手バックハンドで打ち返す。

 ボールは義勇のいない逆サイドのスペースへと向かう。

 だが、義勇は禰豆子に匹敵する速度で難なく追いつき、ボールを返した。

 特殊な呼吸法によって強化された身体能力は、鬼のそれを遥かに凌ぐ。逆サイドに振られたボールに追いつくなど朝飯前だ。

 しかし、それもリョーマの想定の内。

 ネット際に詰めていたリョーマがすぐさま打ち返し、ボールは義勇のコートに落ちた。

 

「30-0」

 

 三回目のツイストサーブが義勇へ襲い掛かる。

 完全に見切った義勇はツイストサーブを難なく返す。リョーマもそれを打ち返し、しばらく打ち合いが続く。

 

「はっ」

 

 先に勝負を仕掛けたのは義勇だった。

 義勇は同じフォームで緩やかな打球から鋭い打球へ切り替えた。しかも、この打球には強烈なトップスピンがかかっているため、バウンドした瞬間に大きく跳ね上がる。

 チェンジオブペースによるかく乱。義勇はこれでリョーマのペースを乱す算段だった。

 だが、それは悪手だ。

 

「それは甘いんじゃない?」

 

 その程度の揺さぶりは、越前リョーマには通じない。むしろ、彼にとっては絶好のチャンスボールだ。

 ザザザと地面を滑るリョーマは、ボールがバウンドした瞬間に合わせてジャンプし、下からボールを擦り上げながら打ち返す。

 逆にペースを乱された義勇は咄嗟にラケットを伸ばすが、届かない。

 強烈なドライブボレーは義勇の頭上を越え、綺麗な弧を描いてコートに落ちた。

 

「40-0。まだまだだね」

 

 あと一ポイントでリョーマの勝利。

 無表情の義勇に向かって、どうだ見たかと言わんばかりに不敵な笑みを見せるリョーマ。

 対する義勇はラケットを握る腕をだらりと垂らし、不動を貫いている。

 

「っ!!」 

 

 空気が変わった。

 風が強くなったわけでも、天気が悪くなったわけでもない。変わったのは、ネットの向かい側に立つ男。

 義勇は眉間にしわを寄せ、リョーマを睨む。

 

「お前のテニスでは、鬼は殺せない」

 

 リョーマは義勇の変化を肌で感じ取っていた。この圧力。先ほどの禰豆子の非ではない。

 

「……今更マジになっても遅いよ」

 

 リョーマのやることは変わらない。敵がいくら強くても、それに対して対等にぶつかるだけだ。

 リョーマは臆せずツイストサーブを放った。そして、そのまま義勇の動きを観察し、ボールの行き先を予測する。だが……。

 

「はぁっ!」

 

 気合の入った掛け声と共に義勇のラケットが振り抜かれ、リターンエースが決まった。

 

「えっ……」

 

 リョーマは一歩も動けなかった。

 人外の放つ高速サーブを視認できるリョーマが、義勇の打球を見逃したのだ。否、見逃したなどというレベルではない。完全に見えなかった。

 

「40-15」

 

 サーブ権が義勇に移る。

 気を引き締めたリョーマはいつでも動けるように身構えた。

 

「はっ!」

 

 義勇のサーブが放たれる。

 先ほど禰豆子が見せたサーブよりも数段早い、超高速サーブだ。

 最初から集中していたリョーマの目はボールの行き先をぼんやりと捕らえている。

 だが、届かない。リョーマは必死にラケットを伸ばすが、その時点で既にボールはリョーマの後方にあった。

 

「40-30」

 

 その後も展開は変わらなかった。

 リョーマは義勇のサーブになんとか反応するが間に合わない。二連続で義勇のサービスエースが決まり、リョーマはあっという間に逆転されてしまった。

 義勇のアドバンテージ。ここで義勇に得点を許せば、リョーマの敗北が決定する。

 

「…………」

 

 リョーマは構えることなく棒立ちのまま静かに義勇のサーブを待つ。

 その姿を見て、義勇は心の中でリョーマを鼓舞した。

 絶望するな。家族を殺され妹を鬼になり辛いだろう。しかし、時をまいて戻す術はない。

 怒れ。純粋な怒りは手足を動かすための揺るぎない原動力になる。

 脆弱な覚悟では家族の敵を討つことはできないぞ。

 義勇は容赦も躊躇いもなく、超高速サーブを棒立ちのリョーマがいるコートへと放った。

 

「っ!」

 

 サーブが放たれたその瞬間、リョーマは動いた。

 

「なにっ」

 

 義勇は侮っていた。越前リョーマという少年の底力を。

 リョーマは戦意喪失していたわけではない。ましてや負ける気など毛頭ない。

 彼は研ぎ澄ませていたのだ。自身の五感を。テニスに必要な感覚を、極限まで研ぎ澄ませていたのだ。義勇と対等に打ち合うために。

 

「はぁっ!」

 

 リョーマのラケットは義勇のサーブを完全に捕らえた。

 しかし、その球威は禰豆子以上。加えて、今のリョーマは片手でラケットを持っている。

 禰豆子のサーブを返せなかった片手打ちで、義勇のサーブを返すなど普通は無理だ。

 だが、その『普通』を超えてゆくのが越前リョーマだ。

 

「らあぁっ!!」

 

 気合の掛け声と共に振るわれたリョーマのラケットは、義勇のサーブを見事に打ち返した。

 

「まさか……!」

 

 ボールが義勇のコートへと向かう。

 虚を突かれた義勇だが、彼は鬼殺隊最強の九人に名を連ねる男。

 すぐさまボールを追い、打ち返そうと相手コートへと視線を向けた。リョーマはまだ体勢が整っていない。

 義勇は確実に勝負を決めるべく動いた。このまま長引かせるとマズいと、彼のテニスプレイヤーとしての直感が訴えかけてきたからだ。

 狙うのはリョーマのラケット。ラケットがなければ、試合を続けることはできない。

 義勇はリョーマのラケットに狙いを定め、自身のラケットを振るった。

 しかし、次の瞬間。

 

「ッ!」

 

 リョーマの体がぐらりと揺れた。

 そう。リョーマは今の返球に全身全霊で挑んだせいで体力を使い果たし、気を失ってしまったのだ。

 そして運の悪い事に、体が倒れたのは左。奇しくも義勇が狙いを定めていたリョーマの利き手側だった。

 

「くっ」

 

 ギリギリのタイミングでなんとかラケットを止めようとする義勇だったが、間に合わない。

 無情にもボールはリョーマへ向かって一直線へ飛んで行った。

 スイングを止めようとしたおかげで多少威力は弱まったが、それでも禰豆子の放った サーブと同等の威力はある。

 禰豆子のサーブがどれだけ強力だったかは、既にご存じだろう。そんなものが生身の人間に直撃すればどうなるか、想像に難くない。

 義勇は駆け出した。柱の身体能力を持ってすれば、自分で打った打球を相手コートまで回り込んで打ち返すという『一人テニス』も可能だ。

 ネットを飛び越え、そのままの勢いでボールを弾こう。

 先の展開をイメージした義勇は、ネットを飛び越えようと両足に力を込めた。

 その時だった。コート外からの乱入者が、リョーマと打球の間に割って入った。

 

「グァウ!」

 

 コート外からの乱入者、禰豆子は自らの体を盾にすることで義勇の打球からリョーマを守った。

 そのまま空中でくるりと一回転した禰豆子は、リョーマを背に立つ。

 

「……」

 

 信じられないモノを見た。

 目を見開いた義勇は、その場に佇むことしかできなかった。

 鬼はテニスで人を殺す。

 リョーマが動けない以上、一方的な攻めでリョーマを殺めることだってできた。

 にもかかわらず、禰豆子はそうしない。

 襲うどころか、逆にリョーマを守ろうとしている。

 

「こいつらは何か違うのかもしれない」

 

 おもむろにラケットを握った禰豆子が、義勇へ向けてサーブを放つ。

 義勇はそれを、禰豆子の顔面に打ち返した。

 

 

◇

 

 

 ハッと目を覚ましたリョーマ。

 地面に倒れ伏す彼の目の前には、同じく倒れた禰豆子がいた。

 どうしてこんなことになったのか。

 ぼんやりとした頭でリョーマは思い返す。

 突然暴れだした禰豆子とテニスで勝負をしていたら、見知らぬ男が乱入してきて、禰豆子のかわりにそいつとテニスで勝負をして、まったく歯が立たなかった。

 

「起きたか」

「っ!?」

 

 その見知らぬ男、義勇はすぐ傍の木の陰にいた。

 驚くリョーマを無視して、義勇は一方的に話しかけた。

 

「狭霧山の麓に住んでいる鱗滝左近次という老人を訪ねろ。冨岡義勇に言われてきたと言え」

 

 それだけを告げて、リョーマ達に背を向け立ち去ろうとする義勇。

 だが、彼の歩みはすぐに止まった。リョーマから声を掛けられたからだ。

 

「その鱗なんとかって人に会えば、アンタより強くなれんの?」

 

 義勇は首だけで振り返りリョーマを見る。そして一言、こう告げた。

 

「それはお前次第だ」

 

 そう言い残し、義勇は姿を消した。

 リョーマは義勇のいた場所をじっと見つめていた。そして、思い返す。義勇との試合を。

 完敗だった。自分のテニスが全く歯が立たなかった。

 リョーマは俯く。

 だが、彼は落ち込んでいるわけではない。むしろ逆。彼は今、燃えていた。あいつに勝ちたい。あいつを超えたい。もっと強くなりたい。もっともっと強い奴とテニスをしたい!

 立ち上がったリョーマは、楽しそうに笑った。

 

「……上等じゃん」

 

 全てはここから始まった。

 鬼狩りと鬼。そしてテニス。

 越前リョーマの所属する鬼殺隊と、鬼舞辻無惨率いる鬼の一味による、テニスの日本一をかけた戦いが、今、幕を開ける。

 


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。