雄英剣風帖   作:剣鋭

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勢いで書きました。


序章
第一幕 現代剣客、その名は


 事の始まりは中国の軽慶市。「発光する赤児」の報道以来、各地で超常現象が報告され、世界総人口の約8割が超常能力“個性”を持つに至った超人社会である。

 その超人社会においていま、誰もが憧れたある職業が脚光を浴びていた。

 

 ──それは、“ヒーロー”。

 

 ”個性”を悪事に利用する者を“(ヴィラン)”と呼び、それらに対し“個性”を発揮して取り締まるのが、“英雄(ヒーロー)”。

 超常黎明期以降、“個性”を使った巧みな悪事に対抗し得る存在──“ヒーロー”になることが、“個性”を持つ大半の者たちにとっては当然のごとく抱く夢となっていた。

 

 


 

 

「俺の“個性”は、一体どうなってるんだよ……」

 

 少年の“個性”には、何も無かった。あるのはその“個性”の“名”のみである。

 世に言うような超常能力は一切備えておらず、はっきりと言ってしまえば“無個性”と変わりのない“個性”であった。

 

「俺の“個性”は御舟(みふね)の家に代々伝わる“個性”……そうなんだよな、御祖父(おじじ)!」

「……黎明期より受け継がれるその“個性”は、生半可な覚悟で習得できるモノではない。逆上せ上がるでないわ」

「学校じゃあ、俺が本当は“無個性”なんじゃないかってみんな噂してる……! なあ言ってくれ! 俺は、本当は“無個性”なんじゃないのか!? そうすればいくらか諦めが付く──」

 

 訴えるように呻く少年に静かに対するのは、一人の老人であった。

 雪のような白髪に、その下にある皮膚は革のように黒光りしている老人…にもかかわらず、その気配、佇まいには一寸の隙も見当たらず、姿形に全く反した、充溢した精気を宿していた。

 老人は、煙管を蒸かすと、溜息とともに煙を吐いた。

 

「────」

 

 その次の瞬間には少年は勢い良く吹き飛ばされていた。

 

「がっ!」

 

 道場の壁面に背中から叩きつけられ、ずるずると崩れ落ちる。

 

「い、いつまで続ければいい…こんな修練(こと)を、いつまで……」

「それを知るのは、時期尚早というものじゃい」

「じゃあ……それじゃあ、御舟の道場はどうなるんだよ…。人は減るばかりじゃないか! 俺が、俺がヒーローになって有名になれば、きっと人が集まる…。そのためには、“個性”を把握してできることをしなければならない!」

「…」

 

 御舟家の運営する『鋭心舘(えいしんかん)』は主に現代剣道、次点で実戦に有用な剣術、抜刀術を教えている、約五百年続く剣術道場である。

 しかし、超常黎明期以降は“個性”の出現により門下生が激減。館長である先の老人──御舟陣七(みふねじんしち)とその孫である少年──御舟高志朗(みふねこうしろう)を除き、数人の門下生を残すのみとなっていた。

 

「…一年」

「え…」

「あと一年、お前がいまの小学校を卒業するまでに、死に物狂いで研鑽せい。その後わしから一本でももぎ取ってみい。お前の“個性”の真の意味を教えてやるわい」

 

 少年は、その言葉にハッと顔を上げた。

 

「御祖父……!」

「言っておくが、予定が早まったわけではない。……脅しではないが高志朗、わしらの“異能”……否“個性”の真相を知れば、お前の父、清一郎がヒーローにならず、道場をも投げ出して出て行ったことの意味を…思い知ることになるぞ」

「……なんだと? そこでどうして親父殿が?」

「話はここまで……そら、千本素振りで今日の稽古は終いじゃ。一本一本考えて振れぃ!」

 

 この1年後、少年は己が“個性”の秘密、そして業を背負いつつも、道場に活気を取り戻すためにヒーローになることを今一度決意したのだった。

 これは、異質な“個性”を持った少年が、異端な英雄になるまでの物語である。

 

 


 

 

「この袋にレジの金ありったけ詰めろ、すぐだ!」

 

 “個性”を持って産まれることが当たり前になった世の中は、“ヒーロー飽和社会”とも言われるが、同時に(ヴィラン)による犯罪が頻発する“(ヴィラン)飽和社会”とも、影では言われている。

 

おい、あれって指名手配中の……

マジかよ、中入らなくて良かったわ

え、つかあれやばくね。なんであいつまだ食ってんの? 殺されたいのかよ……ヒーローでも無ぇだろうに余裕こきすぎだろう

 

 いま、都心のとある飲食店で、三名の(ヴィラン)が強盗行為に及んでいる。外には多くの野次馬がおり、警察とヒーローがその飲食店を包囲している。

 

「これだけ居れば奴らも迂闊に手出しできねぇだろう」

 

 (ヴィラン)たちは、店内に居た客を人質に、逃走を図ろうとしていた。

 

「ん? おい、店に居る人間全員集めろって言っただろうがよ、なんだあれ」

「あ、いや、あいつ……あのガキ、さっきも怒鳴りつけてやったんですが、全然従おうとしないんですよ」

 

 そう半笑いで報告した男が、大男に殴り飛ばされた。鼻血でその男の顔面が朱に染まる。

 

「てめえ、時間が無ぇこと分かってんだろ。そういうときは殴ってでも従わせろ!」

 

 すると、その大男の後ろから、また同じくらいの背丈の男がのっしのっしと歩いてきた。

 

「聞こえてねぇぞ。お前がそいつ殴ってどうすんだよ……あ~あ、もう使いもんにならねえじゃねぇか」

(あに)い……すまねえ」

「お前は人質見張っとけ。あのガキは俺が躾けてくるからよ」

 

 この辺りに住んでいる人間なら誰もが知っていた。大男の方は無名だが、『兄い』と呼ばれた方の男は(ヴィラン)名《僧帽ヘッドギア》で通った悪名高き強盗殺人犯であった。

 

「おいガキ、耳かっぽじってよく聞け。俺は《僧帽ヘッドギア》だ。死にたくなけりゃ、今すぐ食うのを止めて店の奥に行け」

「……」

 

 料理をもぐもぐと咀嚼しながら顔を上げ、じっとヘッドギアを見つめる少年。そして数秒すると、次の料理の載った皿を手に取り、また食べ始めた。

 

 あ、死んだ、とその場の誰もが思い、目をつぶった。

 

「死ね」

 

 真っ二つに破壊されるテーブル。しかし、これは威嚇。世の中を知らない一人の少年に(ヴィラン)の、いや、《僧帽ヘッドギア》の恐怖を植え付けるべく振るわれた剛腕の一撃。

 奥に集められた人質の数人が、ヒッと悲鳴を上げた。

 

 怯え切って土下座をし、許しを請う少年の姿を誰もが幻視した──

 

「おいおい、食べ終わってなかったらどうするんだよ」

「!?」

 

 いつの間にか隣のテーブル席の横に降り立っていた。最後に残っていたのであろう料理を口に搔き込み、やがてそれら全てを平らげた少年は、紙ナプキンを抜き取りつつ小さく笑う。

 

「……食いもん乗ったテーブルをおいそれと叩き割るもんじゃないぜ。あーあー滅茶苦茶だよ」

「あ、兄い……」

 

 テーブルを破壊した衝撃が、その床にまで影響している。そんな光景を前にしても怖気づいていない目の前の少年に、二人の(ヴィラン)は目を剥いた。同時に警戒心を強める。

 

「……お前は人質見張ってろっつったろうが。……おいお前、ヒーローか?」

「違うぞ、学生だ」

 

 着ている学生服を主張しようとする少年の返答に、ヘッドギアは「がははっ!」と被せ気味に嘲笑った。

 

「そうだろうよ! お前みたいなガキがヒーローな訳が無ぇ」

 

 すると、笑みを止め、心底不愉快そうにヘッドギアは唾を床に吐き捨てた。

 

「頭おかしくなっちまったか、それとも、ヒーローごっこがしてぇのかガキ? 生憎俺はそういう──」

 

 拳を軋ませ、振りかぶる。

 

「小便臭ぇガキが大嫌いなんだよ!」

 

 その巨体から放たれた拳を、少年はテーブルの下にすかさず潜ることで避け、そのまま弾き上げた。

 

「ちょこまかとっ……すばしっぶっ!」

 

 まるでパチンコ玉のように弾き上げられたテーブルは、ちょうどヘッドギアに直撃した。

 

「耐えるのかよ……結構勢い良く突き上げたはずだがなぁ」

「……いい度胸と機転だな。だが今のは“個性”じゃねぇよなぁ?」

 

 テーブルを乱暴に退かすと、ははぁん、とヘッドギアは口角を上げた。

 そして、鼻から垂れた血を乱暴に拭い去ると、目の色が変わる。

 

「そりゃそうだよな、ヒーローの資格を持たない人間は、“個性”を使えない。使ってはならない。俺たち(ヴィラン)からの自衛の為ならその限りではないが、少しでも積極性を持った“個性”による攻撃は、たとえ相手が(ヴィラン)であろうと厳重注意は免れねぇ。最悪、大事な経歴に傷が付いて、一生ヒーローになれなくなっちまうもんなぁ。

 オールマイトが積み上げた平和は吐き気がするが、ヒーロー社会のこういうところは嫌いじゃない」

 

 自分たちが優位であることを理解している。

 この男はこういった狡猾さが強みであった。それに追随する形で、“個性”もそれなりに熟練しているため、並のヒーローでは歯が立たない。警察の監視の網を抜け、ヒーローの“個性”を退け、今に至る。

 実力の高い(ヴィラン)はとことんまで強敵なのである。

 しかし──

 

「関係無いな。要は“個性”を使わなければいいだけだ」

「はぁ? 何言ってんだ大ありだ間抜け。それに、“個性”使わずに“個性”に勝てるわけねぇだろうが」

「……まぁ口で言っても分からんわな──」

 

 呆れ勝ちに肩を竦めた少年が言うや否や、ヘッドギアに肉薄する。

 

「正面からか……度胸は買うが、やはり馬鹿だ!」

 

 しかし、ヘッドギアが捕まえようと振るった腕は盛大に空振りした。──視界から掻き消えた少年を必死に探すが見当たらない。子供にしては長身だったため動きを捉えることは容易のはず、そう思っていた矢先に、背後からざわめきを耳にする。

 

「なにぃっ……まさか!」

 

 このとき狙いが己ではないことを察知するが、もう遅い。少年はすでに行動を終了していた。

 

 人質を一箇所に集め、見張っていたもう一人の大男に対して、一撃を加えていたのだ。

 大男にしてみれば、予想外の標的変更であり、そして、

 

 

 強襲だった。

 

 

「がはっ……! てってめえ、俺の【ロックボディ】を、なんで……!」

「砕けるんだ、か? あーそれが“個性”か、頑丈だな。岩のくせに柔軟性もある。良い打ち込み稽古ができそうだ」

 

 言いながら、手に持ったそれ(・・)を突き付け、不敵に嗤う。

 

 “個性”から来る自信ゆえか、ノーガードだった大男の持つ、岩石(・・)の腹部に得物を突き入れていたのだ。そして少年はこれを頑丈と見ると、更に二撃、三撃目を間髪入れずに繰り出し畳み掛ける。まるでマシンガンのように、しかし的確に同じ場所を刺突、破壊していく。

 

「なんでだ、俺の……【ロックボディ】による岩石の肉体が、どう、して──」

 

 こんな一回りも二回りも年下の子供に打ち据えられ、ついには吐瀉物を床に吐き散らかし、その上に頭から倒れ伏す。

 やがて白目を剥いて動かなくなった。

 

「クソガキ……」

 

 少年の手に握られているのは木刀。少年は、二つの長物袋を携帯しており、内一本は鍔無しの木刀だった。

 そこでヘッドギアは考える。ただの木刀などで相方の【ロックボディ】を倒せるわけがない。つまりだ、

 

「“個性”を使ったな、バカが」

「先に仕掛けてきたのはそちらだよ。それに、お前さん勘違いしているぞ。“個性”は使っていない」

「……まあいい、見たところ増強型の“個性”だな。こいつを一撃で伸しちまうなんてな──まぁ、死ね」

「……聞いちゃいないが、それも当然か」

 

 肩から首にかけた筋肉を更に膨れ上がらせて迫ってくる。少年は、異常に発達したその大男の肉体を、素早く後退しつつ分析した。

 

「その膨張した僧帽筋がお前さんの自慢か?」

「そうよ、個性(こいつ)のおかげで何人も殴り潰してきた。お前も今、そうしてやる!」

 

(【ロックボディ】を気絶させるってこたあ、パワー系の“個性”か? まああいつは俺より弱い。さっさとこのガキぶっ殺して金目のモン盗ってとんずらよ。……いや、こいつを人質にすりゃもっと上手くやれる)

 

 捕まえようとした腕が、少年が今度は跳躍したことで空振り、体勢を僅かに崩すヘッドギア。その膨らんだ僧帽筋を足場の要領で蹴り上げ、更に高く跳び上がった。

 この跳躍力、油断はできない。と同時に、これで増強型は確定だと、考えを巡らせ、口元が緩む。

 地を踏み締め、腕を交差しての徹底防御の体勢である。

 

「パワー比べ、してみるか?俺の“個性”でお前の“個性”、受けてやるよ。俺が耐えた瞬間、お前は終わりだぜ。ハッハハハハハ!」

「……“個性”かどうか教えてやる」

 

 ヘッドギアにとって、ここから先は何が起こったのか解らなかった。

 少年の跳躍から着地までの勢いと、木刀を握る手と腕に渾身の力を込めた袈裟斬りの一撃が、ずんっと肩口で炸裂していたのだ。聞こえてくるのは筋肉の悲鳴。みしみしと、そして間も無くべきべきと骨に達したであろう嫌な音にすり替わる。

 

「いぎぃっ! な、何でこいつこんなっ」

 

 襲ってきた衝撃にヘッドギアは苦悶に表情を歪ませた。少年は、そのまま右手を木刀の峰に添え、更にめり込ませた。

 

「ぐぁぁっ!」

「……お前さん、いま俺を見縊っただろ」

 

 先の岩男を一撃でやれたのは、偶然岩と岩の隙間に剣先を突き入れられたからだ。そう思い込んでいたヘッドギアは、未だに蹲って意識を朦朧とさせている岩男の腹部を見て絶句した。

 

「岩が、砕けて──嘘だろ……い、いくら増強系でも木が岩を砕けるはずがねえ! ……ま、まさか樹木関連の“個性”で木刀を強化──ってことは“複合型”か!?」

「不明な(もの)“個性”(りくつ)に嵌めようとするんじゃない。事実を見ろ」

 

(そんなバカな、一撃でこんな衝撃!どうしてだ膝に力が入らねえ!)

 

 文字通り凹まされた僧帽筋を押さえながらも、膝から崩れ落ちるヘッドギア。

 混乱する頭に過るのはやはり否定。こんなことは有り得ない。まるで、もうずっと前から“個性”を使い続けてきた人間のように、少年の打突力は常識を超えたものだった。

 

「は、早く逃げねぇと、ヒーローと……警察が──ぐむっ!?」

 

 すると突然、ヘッドギアの体に白い布のような物が勢い良く巻き付き、あっという間に捕縛してしまった。

 少年も目を見開き、その布の出所を目で追った。

 

「捕縛……完了だ」

 

 その先に居たのは、妙な格好をした長身の男性だった。目にはゴーグルをしており、また蓬髪であったためか、気怠そうな印象を受ける人物だった。

 

(たす)かりましたが……どちらさまでしょう?」

「……」

「ちょっと相澤くん、ちゃんと説明……は良いか、私がやれば」

 

 相澤と呼ばれた男性の後ろから、今度は裸と見紛うくらいの露出をした女性が、岩男の方を手に持っていた鞭で拘束しながらそう溜息を吐いた。

 少年は彼女のその、あられもない姿に目を見開いた。

 

「痴女……か!?」

「遅れちゃってごめんね。でも駄目じゃない、“個性”を使って戦っちゃ。学校で習ったでしょう? あと痴女ではないわ。18禁ヒーローよ、二度と間違えないで頂戴ねぼうや」

「すみません」

 

 額に青筋を立たせた“18禁ヒーロー”《ミッドナイト》。そして、

 

「こっちの彼は《イレイザー・ヘッド》。よろしくね、あなた、名前は?」

「…御舟です。御舟高志朗(みふねこうしろう)と言います、よろしくお願いします、ヒーロー」

 

 


 

 

「だから、その言い分は通用しないと先程から言っている!」

「俺は“個性”を使っていません」

「ぐ……はぁぁ……」

 

 あの後、イレイザーヘッドとミッドナイト、そして到着した警察官に連れられて高志朗は事情聴取を受けていた。

 聴取をする警察官は、始めは高志朗に対し優しく諭そうと努めていたが、何度聞いても変わらない彼の“個性”無使用主張に次第に苛立ちが募っていた。

 

「肉体を岩石に変貌させる“個性”の(ヴィラン)、そして、連続強盗殺人犯として指名手配もされていた《僧帽ヘッドギア》……これらを、持っていた木刀一本で撃退したなど、一体誰が信じる!」

 

 交番の外にまで聞こえる警官の怒鳴り声を聞きながら、待機していたミッドナイトが困り顔をしていた。もちろん高志朗に対してだ。

 

「あの子、あそこまで強情になって青春しなくてもいいのにねぇ。ねえ相澤くん」

「学外ではヒーロー名でお願いします、ミッドナイトさん」

「こっちも相変わらず固いわね」

 

 そう苦笑するミッドナイト。内心は正直、あの少年──御舟高志朗の力量に感心していた。

 件の(ヴィラン)の内の一人であるヘッドギアは最近、巷を騒がせていた凶悪(ヴィラン)である。数多のヒーローたちが事件現場に駆け付けるも、すでにその場に居ないか、巧に抵抗されて逃げられているかどちらかであったからだ。

 

 この(ヴィラン)逮捕の報はメディアも話題にしたがるだろう。

 

(プロヒーローでも手を焼く(ヴィラン)を圧倒……“個性”を使ってもそう簡単にできることじゃないわね)

 

「相澤く──イレイザーヘッドはどう思う? あの子」

「……(ヴィラン)二人。そして複数の人質。だからこそ、遠くからでも無力化しやすい俺や、そしてあなたが呼ばれた。実は、俺はミッドナイトさんより一足早く現場に到着していたのですが……」

 

 首を傾げるミッドナイト。イレイザーヘッドが、交番で警官と言い争っている高志朗を見た(・・)

 

 髪が逆立つ(・・・)

 

「“僧帽”を倒してしまう前に、俺はあの子を()ました。“個性”で筋肉の増強なり持っている得物の強化、変化なりしていたなら、それは消えるはずでした」

「相澤くんそれって」

 

 そしてもう一つの可能性、とイレイザーヘッドは指を立てる。

 

「異形型なら納得できた。けどあの子はそんな風には見えない。……俺自身信じられませんが、少なくともあの時、あの場では“個性”は行使されていなかった」

「……なんであの警官にそれを言わないの?」

「俺あの警官少し苦手なんで。塚内さん待ちです」

「苦手って……」

「すまない、遅くなった」

「噂をすれば、ようやくですね」

 

 声がした方に視線を移すと、ハットを被ったスーツ姿の刑事が、交番前に到着していた。

 

「どうも、塚内さん」

「聞いたよイレイザーヘッド、あの子が例の?」

「ええ、お願いします」

 

 会釈をするイレイザーヘッドに、塚内という刑事が交番の中に入ろうとして、足を止める。

 

「お二人の仕事が済んだのなら上がってもらって構わないよ。長らく済まない、ここからは我々の仕事だ」

「……塚内さん。いまは教師でも、ヒーローだ。一度救けた人間は最後まで見ます。それに、」

「そうね、イレイザーヘッドの言うことが事実なら、場合によっては長い案件になりそうなんですよね?」

 

 ウインクしてみせるミッドナイトに、塚内は申し訳なさそうな顔をした。

 

「……すまない、ありがとう。とは言っても、そんな大事にはならないだろう」

「塚内さん、あの子の詳しい身元は────」

 

 イレイザーヘッドの問いに、塚内は口を噤む。

 

 御舟高志朗を調べた結果────個性届(こせいとどけ)、有り。

 

「……身分証と住民票は問題なく合致。診察も受けており“個性”因子も見受けられたそうだ。そして、“個性”登録もされている」

 

 


 

 

(ヴィラン)に襲われたのは今回だけではない?」

「行く先々で絡まれます。荷物が多いせいですかね。……ええ、十回程から先は数えていません」

「なんてことだ……」

 

 大きな荷物にも視線を移す高志朗に、塚内は指で眉間を押さえる。

 

「どうやら君は、最近何度も外出しているそうだね。それはどうして?」

「武者修行です」

「む、武者修行?」

 

 困惑する塚内に、高志朗は机に立て掛けてある自分の長物袋を指し示す。それは、先の(ヴィラン)を打ち倒した木刀が入っているものだった。

 

「日本中の名門校や、受け入れてくれるプロヒーロー事務所に赴き、稽古を付けて頂いていました」

「確かに、君の在学する中学────水戸練兵舘(みとれんぺいかん)中学校は国内に限り遠征を全面的に支援しているようだが……」

 

 水戸練兵舘中学校は、高志朗の通う水戸の市立中学校である。名だけ聴けば普通の学校である。

 

 書類をめくり、塚内はふむ、と頷く。

 

「なるほど。ちなみにこれは答えなくても構わないんだけど、遠征範囲はどれ程の?」

「今シーズンは大方巡り終わりました。東北から関東一帯を経て、ちょうど東京(ここ)から茨城に帰るつもりでした」

 

 つまり、出発が水戸市内だとすると、そこから北上して戻ってきたことになる。 一体何日、いや、何週間かかったのだろうか。

 口で言うのは簡単だが、改めて考えると中学生が一人で複数の県を跨る旅をするのは、常軌を逸しているとまではいかないが、稀有な例ではあった。

 

「ありがとう。しかしまあ、君は大昔の修行僧か何かかい? よくやるねぇ」

「見聞を深めるための……修行です」

 

 淡々と言い張る高志朗に息を呑む。

 知らずの内に、塚内は少年の発する謎の威に気圧されていた。

 咳払いをして立て直す。

 

「まだ若いのに凄いな、私が君位の歳の頃は遊び呆けてばかりだったから」

「刑事さんもまだまだお若いと思います」

「はは、ありがとう。しかしそうか……今回が初めてではない、か。今まで遭遇した(ヴィラン)たちについても詳しく聞かせてもらっていいかな?」

「はい、俺の覚えている限りだと────」

 

 


 

 

「水戸の練兵舘と来たか……」

「塚内警部、茨城県水戸市立水戸練兵舘中学校と連絡が取れました。これがまとめたものです」

「ありがとう」

 

 部下の刑事から手渡された書類を開いた。

 あの後、警視庁庁舎に戻ってきた塚内は件の少年について調べものをしていた。

 

「水戸練兵舘中学校……超常黎明期以降に創設された、自身の“個性”にコンプレックスがある者や“無個性”が在学する分校(・・)。人間的な成長と共に、肉体鍛錬を目的として、生徒一人一人に強化遠征を……“推奨”している? 授業の一環ではないのか……」

 

 塚内自身、この中学校について噂には聞いていた。“無個性”や、自分の“個性”に自信の持てない所謂、“没個性”と揶揄されてきた子供たちの通う中学校だ。

 有用な“個性”を持った者たちを必要以上に羨み、自身に卑屈になったりしないためにも、主に精神的な成長を促す教育機関。昨今の“個性”関連の子供のイジメや、“個性”によって将来の明暗を早くに思い込んでしまっている子供が多いなか、非常に革新的な考えではあった。

 

「だが、強化遠征を希望する生徒はほぼ居らず、一度も強化遠征(そと)に出ず、卒業していくことが多い、か。遠征先は学校側がピックアップした優秀な成績を収めている学校や、プロヒーローに依頼する。プロヒーローに関しては依頼料も発生しているのか……」

 

 良い案だが、また欠点もあった。

 皆が皆、前向きに強化遠征に臨めるわけではない。消極的な子供が多い中で、それは悪手だ。

 

「いまはもう、そういう子供たちを集める学校という面が強くなり、強化遠征というプログラムを組むこと自体が危ぶまれている。そこで出てきたのがあの子か」

 

 御舟高志朗は十中八九、その強化遠征プログラムを利用し各地を練り歩いているのだろう。

 

(それにしても、イレイザーヘッドが()てもその身体能力は変わらなかった。であれば“個性”を使っていなかった線が濃厚か)

 

 塚内は内心安堵していた。何せ、“個性”はヒーローの資格を持たなければ行使することを許されないものだ。

 (ヴィラン)であろうと“個性”で負傷させれば、高志朗にそれなりの対応をしなければならなかった。

 昔よりも正当防衛に限度が出てきているのだ。

 

「しかし大丈夫かな。事件現場周辺には見物している人間も多く居た。メディアにも迫られて、変なことを口走らなければ良いが…」

 

 


 

 

 三十分前、交番。

 

「待っててくれたんですか、どうもありがとうございます」

 

 長い事情聴取が終わって交番を出ると、外で待機していたイレイザーヘッドとミッドナイトが出迎えた。

 

(ヴィラン)は逮捕されたとは言え、気は抜けんからな……見ろ」

「見ろって、何が────」

 

 交番前では大きなカメラや、ボイスレコーダーらしき物を持った人間で溢れ返っていた。その後ろにも多くの通行人でごった返していたのだ。

 唖然としたのはそれだけではない。

 

「目線お願いします!ミッドナイトー!」

「こっちに、こっちにお願いします!」

「“18禁ヒーロー”《ミッドナイト》! マジで極薄タイツだ、たまんねぇ!」

 

 ミッドナイトが、複数のカメラ相手にポーズを決めていた。

 

「凄いですね。これはすべてヒーロー(あなたたち)目当てで集まったんですか……」

「俺は違う、ミッドナイトさんは……まぁ成り行き上だが、少なくともあいつら(・・・・)の目的は他にある」

「え」

 

 イレイザーヘッドが指を差したその先には、ミッドナイトに夢中の一般人を通り抜けてきた一部の集団がいた。こちらに気付くと人混みを抉じ開けながら近付いて来る

 大きい機材を積んだカメラと、スーツの女性と男性。

 

 イレイザーヘッドは高志朗を自身の後ろに隠す。

 

「……マスコミだ」

「……少し苦手ですね。しかしなぜ?」

 

 すっ、と後ろ手にスマートフォン携帯を見せてきた。

 高志朗はそれを眺め、俄かに顔をしかめる。

 

「ちっ、これは……」

「さっきの(ヴィラン)とお前の戦いを録画していた人間がいたんだな。違ったアングルから撮られたであろう物が幾つも挙がっていることから、複数人から撮られていたと見ていいだろう」

 

 インターネットに挙げられている動画は、(ヴィラン)に絡まれたところから撮られた物や、高志朗が木刀を抜いたところから撮られている物など様々あった。

 

「……同じ場所に長く居付きすぎたということですか」

「まぁな。マスコミは鼻が利く……しかしどうする、俺たちならお前の壁になれるが……」

「いえ、結構です」

「……なに? おい」

 

 口元で笑いながらその有難い誘いを、高志朗は断った。

 彼は人混みをお構いなしに荷物を転がして歩き出す。そこに、女性記者がすかさず距離を詰めてきた。

 

「これって、君なのかな? だとしたら、どうやってこの(ヴィラン)を打ち倒したか教えてくれないかな?」

「……その動画を視て言っているなら、どうやって倒したか、などというのはおかしくありませんか?」

「けど、“個性”を使っていないという証言は苦しい言い訳だと思うんだけど…」

 

 苦笑いでそう物申してくる女性記者。その言い分に対し、困ったように首を鳴らすと、高志朗は口を開く。

 

「“個性”は強力です。しかし、よく見て動けば対処はそう難しくありません。それに、今回遭遇した二人の(ヴィラン)はどちらも増強型。しかもパワーに重きを置いた戦法が多かった。ヘッドギアは狡猾な男でしたが、相方はあまり人質の重要性を理解できていなかったようで、それが俺の利にも動いていましたよ」

「うっ…で、でも普通は萎縮…怖がるよね? あんな巨体二人と相対しておいて何の動揺も見せなかったなんて……」

 

 案の定の食い付きぶりに、高志朗は半笑いだ。しかし、その笑いが不敵に映ったのか、今度は男性記者が違う角度からマイクを突き出してきた。

 

「単刀直入に伺います。君は本当は“個性”を使っていたのでは? この動画を見ると、あまりにも不自然な場面が幾つもありました」

「と、言いますと?」

「君が最初の(ヴィラン)に対して、木刀による“突き”を繰り出す場面です。その直前の動き……ほら、動画では残像のように掠れてよく見えない」

「それが?」

「それがって……」

 

 数瞬だけ、男性記者は言葉に詰まった。

 

「こ、こんな……携帯端末とは言え、電子機器で撮られた動画でも正確に捉えられないのは有り得ない!」

「……はぁ」

「大体、そんな時はプロヒーローに任せるべき状況で──な、なんですか貴方は!」

「これ以上は止めてもらいましょうか。子供はもう、帰宅しなければならない時間ですよ……大人の事情に、この子を巻き込まないでください」

 

 イレイザーヘッドが、高志朗と報道陣の間に割って入った。その動きは迅速で、庇う様に高志朗を守ると、いつの間にかミッドナイトが彼の手を引いてその場を潜り抜けたのだ。

 

「あんなにマスコミを刺激して、有名人にでもなりたいのかしら? 君は」

「ご迷惑をおかけします。しかし、もう遅いかと」

 

 ……都心はやはり人が多い、というふと出た呟きに、ミッドナイトは苦笑いを零した。

 

(ヴィラン)を倒し、マスコミにもあの対応……君、ただの中学生じゃないわよね、ん? お姉さんに話してみたら?」

「やましいことなど何も……あだっ」

「あ、相澤くん」

 

 高志朗に後ろから軽く手刀を加えてきたのは、イレイザーヘッドだった。マスコミ──報道陣を撒いてこちらに到着していた彼は、少し怒っていた。

 

「マスコミを煽る奴があるか。有ること無いこと書かれて、干されても知らんぞ」

「……すみません」

「分かってるならああいうことはやめておけ。…ヒーローになりたいならな」

 

 頭を搔きながらばつが悪そうにする高志朗。イレイザーヘッドも溜息を吐いた。

 

「……あれらもスクープを撮ることに躍起になってる。特に最近は目立った事件も無かったしな。まぁお前は未成年だし、今回の事件は可能な限り伏せられるだろう」

「相澤くん、この子結構面白いわよ」

 

 その言葉にジトっとミッドナイトを睨むように見るイレイザーヘッド。それをウインクで返す辺り、彼女の強かさが垣間見えた。

 

「お二人は相棒(サイドキック)ですか?」

 

 聴くと、ミッドナイトが頭を横に振る。

 

「私たち二人はヒーローだけれど、事務所は構えてないわ。高校で教師をしているの」

 

 高校教師。それを聞くと高志朗は反応した。

 

「高校の教員か…この近くだと」

「ううん、雄英高校よ。仕事でたまたま来てたから。もしかして君、志望校がウチだったりする?」

 

 艶やかな髪をたくし上げつつ顔を覗いてくるミッドナイトに、高志朗はいやぁ、と乾いた笑いを浮かべた。

 

「俺、勉強は大嫌いなんで難しいところですね」

「あら、今からでも死に物狂いで勉強すれば行けるかもよ?」

「『死に物狂い』か……」

 

 ミッドナイトの言葉で、小学校6年間の苦痛の修練を思い出した。

 

 床や壁に叩きつけられ、防具未装着で木刀を打ち合う。青痣のできなかった日は無かった。

 

 生きた心地がしなかった時もあった。真剣で切り結ぶ稽古である。

 最初はゆっくりと、そして徐々にその形を速めていく。お互いの心技体を完璧に合わせていなければ大怪我をする修練である。

 他にも話せば長くなるような訓練内容が高志朗をうんざりさせた。

 

 だがそれが無ければ、“個性”を使わざるを得ない状況に立たされていたのもまた事実。

 

しかし、やっぱり勉強と修練は嫌いだ

「トップヒーローになりたいなら、確かに雄英(うち)か、関西方面にある士傑高校が合理的だが……ただヒーローになりたいというならその辺の高校のヒーロー科でもいいだろう」

 

 目薬を差しながら話に入ってきたイレイザーヘッド。すると、ミッドナイトが不満そうに彼を肘で小突いた。

 

「ちょっと相澤くん。せっかく私が、将来有望なヒーローの卵を掴まえちゃおうとしてるのにっ」

「勧誘って、俺あまり好きじゃないんですよ。自分の意志で決めないと、いつかきっと後悔します。それに──」

 

 言いながら腕時計を見た。

 

「日暮れも近い。こっちの事情で引き留めちゃ、御舟も困るだろう」

「はぁ、分かったわ。ごめんね、御舟くん」

 

 それじゃあね、と手を振るミッドナイト。

 

「ええ、ありが──」

(ヴィラン)相手に大立ち回り、カッコ良かったわよ

 

 その時、柔らかい感触が一瞬だけ、高志朗の頬に伝った。離れたミッドナイトはウインクをして、言った。

 

「本当なら大手柄だった君へのご褒美よ」

 

 


 

 

「……ミッドナイトさん、ちょっと、いやすごくキツかったです」

「は? 何がよ」

「……なんでもありません」

 

 ミッドナイトの威圧感でイレイザーヘッドが口を噤んだ。

 

 

 多数の人質が取られたにも拘わらず、一人の犠牲者を出すことなく解決したこの事件。

 主犯である《僧帽ヘッドギア》含め、(ヴィラン)三名を逮捕。貢献者は“18禁ヒーロー”《ミッドナイト》と他一名のプロヒーロー。

 そして、一人の勇敢な男子中学生であった。

 

 この一件は、後に『東京都立て籠り事件』として世に出回ることとなる。




主人公は“個性”を持っています。現段階で使う機会が無いため、“個性名”も明らかにしていません。

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