それが、俺の親父の名だ。
父親とも思いたくない男だが、仔ってのは父親を選べねえ。
万年
事件解決数では他のどのプロヒーローよりもその数を上回り、
だが、親父は極めて上昇志向の強い男だった。
現状では満足せず、
だから、オールマイトは奴にとって巨大で分厚い壁であり、そして超えられない壁でもあったんだ。
そこまでなら、俺みたいなのも産まれなかったし、母さんもあんな目に遭わずに……済んだかもしれない。
『焦凍! お前は最高傑作だ!
自分ではオールマイトを超えられねえと判断した親父は、個性婚という強行手段に出た。
強い“個性”を持つ異性と結婚し、その仔に両方の“個性”を引き継がせようとする前時代的発想。
もちろんそんなもんは運に左右される。産まれてくる子供にどんな“個性”が宿っているかなんて、分かるはずもねえ。
『立て焦凍! こんな事では
おかげで友達は一人もできなかった。毎日毎日、家に帰ると訓練場で修練の日々。
親父の行動には母も当然辟易していたから、母だけは、俺の味方をしてくれていた。
『焦凍はまだ五つです!』
『もう五つだ、邪魔するな!』
母に暴力を振るう親父が、許せなかった。
しかしある日を境に、母の俺を見る目が変わっていった。
親父のようになるのは真っ平だったが、ヒーローにはなりたかった。だから親父のしごきにも耐えてきたし、途中までは
──それが、駄目だったのかもしれない。
『ダメ、母さん私、ヘンなの。子供たちが…日に日にあの人に似てくる…。焦凍の左側が────時折とても醜く思えてしまうの』
この時は夜中だった。
突然出てきた俺に、母はほぼ反射的に煮え湯を浴びせてきた。
『ああっ! ごめんね焦凍、ごめんねぇ…!』
嗚咽と共に俺を抱きしめて謝る母に、熱さよりも、母にされたという哀しみが俺を支配した。
その時のことが原因で、俺は癒えない傷を負った。
────母をして
俺に危害を加えたとして、親父が母を病院に入れた。だけど、俺は確信していた。
──母があんなになったのは、この男の所為だということを。
それからは、左は絶対に使わないと心に決めた。使わずに一番になることで、奴を完全否定するために。
そんなときだ、親父が俺と同い年の奴を連れてきたのは。
雄英への推薦が取れる事が確定した、ちょうどいまから一年前のことだ。
なんでもそいつは、“個性”無使用という条件のもと、全国に点在するプロヒーロー事務所の合同訓練に特別に参加させてもらっているようだった。
『お父さん、その子は?』
『冬美か。……この子、いやこの男は、全国のプロヒーロー事務所を修練目的で渡り歩いている。だが、少々問題が発生してな』
『問題?』
突然余所の子供を連れてきた親父に質問したのは、姉の冬美姉さんだった。
『この男が参加した事務所が、幾つか畳まれているらしい。と言うのも、その事務所の
『え──!?』
『まぁ、元から実力のあやしい事務所ばかりだったからなのか、納得してプロ稼業を手放したようだが』
いまになってみれば、そいつの学校はかなり異色だったと思う。
“無個性”や自身の“個性”に自信の持てねえ奴を集めて、プロヒーロー事務所に依頼して訓練に混ざらせる。
元々がそういう集まりなのに、そんなカリキュラムを積極的に利用する奴なんているはずが無ぇ。
『そしたら俺の事務所にも来たので、
『お父さんの事務所にも!?』
……親父の事務所はよく知らねえ。けれど、これでも
それぞれが、その辺のヒーロー事務所のトップと同等か、それ以上のレベルの
親父が、獰猛に笑った。
『──耐えてきた』
この親父の笑みで、この先何を考えているのか…どうしてそいつを連れてきたのかを理解しちまった。
『もともと道場破りのようなことをさせている学校だ。時代が時代なら殺されても文句は言えん。
しかしそういうわけには当然いかん。
そこで、事務所内の動ける
個人の意志を尊重してるのか、ただ放任主義なのか分からねえ学校だ。
『耐えてきたどころか、こちらがへばったそうだ。体力だけなら俺の事務所内
『突然押し掛けるようなことをしてすみません。ご紹介に預かりました、御舟高志朗と申します』
親父は何も言わずに訓練場に向かう。
付いてこいと言わんばかりの、嫌な背中だった。何も言わずに付いていくこいつ──御舟高志朗のことも、好きにはなれなかった。
そして、
──俺の氷は、悉く砕かれた。
『何故負けたか分かるか、焦凍』
いままで同い年の人間と戦ったことなんて無かった。
けれど、俺もこれまで
何よりそのときの俺はすでに、右の力だけで勝ち続ける誓いを己に立てていたから、誰にも負ける気はしなかった。
『
この敗北を糧にしろ』
そう言って親父は訓練場を出て行った。
入れ替わるようにして冬美姉さんが駆け寄ってくる。
『大丈夫、焦凍?』
『姉さん…あいつは?』
俺がそう聞くと、姉さんは片手を頬にやって困ったように言った。
『あいつ…御舟くんのこと? あの子なら、もう帰っちゃったわよ?
長居するのは悪いって…なんだか、気を遣わせちゃったみたいで』
『そうか…』
親父しか稽古相手のいなかった俺には、こんな感情は初めてだった。
でも、母さんは悪くない。
今回は俺が弱かったせいで負けたんだ。
次は…絶対に──
「なにっ!」
「言ったろ──あの時とは違う」
『ここで轟、ついに御舟を捕らえたー! 先頭争奪戦の
観客席から大歓声が沸いた。
『油断……じゃないな。御舟の奴、轟に気圧されたな』
『マジか、よく分かるな、さすがイレイザーヘッド! 俺はこっからじゃフツーに凍らされたしか分からん!』
警戒はしていたものの、左足を凍結させられた高志朗は、走り去る轟の背中を見送ることしかできなかった。
これは競走、レース。一瞬の読み違いが命取りになる。
「これは、やられたな」
背後を振り返ると、第一関門を突破してきた者たちが見えた。
凍らされたのが両足だったなら割と本気で何もできなかったであろう。
「踏ンっ!」
高志朗は、凍った左足を右足で踏み砕いた。
「おお、出れた出れた。加減間違えないで良かったなうん」
「待てやコラ、半分野郎っ! つか付いて来ンなクソデク! さっきからチョロチョロうぜんだよカス!」
「同じゴールなんだけどなぁっ」
纏わりつく残りの氷塊を掃っていると、後ろから凄まじい速度で爆豪、追走する形で必死ながらも苦笑いな緑谷が何故か、第一関門で見かけた仮想
それを見た高志朗もこうしちゃおれんと、急ぎ再出発の体勢を取りに行く。
高エネルギー体である【剣気】を足に纏い、初速で最速を得る助走要らずの怪物走法で二人を追尾していく。
そして、見えてくる断崖絶壁。
『さぁさぁ第二関門だ! 落ちればアウト!! それが嫌なら這いずりな! ザ・フォール!』
幾つもの断崖が聳え立ち、それを繋ぐのは一本のロープのみ。落ちれば奈落の底に真っ逆さま。
「──悪いが得意分野だぞ」
『!?』
そう言うと高志朗は、何の躊躇いもなくその一本のロープに乗り、変わらぬ速度で綱渡りを開始した。
爆豪、緑谷の順にその後を追う。
「けっ──真面目に渡ってんなチャンバラがぁ!」
綱渡りならぬ、綱走りを敢行する高志朗に、爆豪は後ろにかざした掌から発する【爆破】の推進力を利用して並走する。──並走である。
『おいおいおいどうなってんだ!? あのロープちょっと張り過ぎじゃないか? でも他のはちゃんとたわんでんな。あ、落ちた。
ちなみに落ちた奴がどうなるかは分からねえぜ!』
『……脅すなバカ。
第二関門で試されるのは体幹だ。あとは度胸。
まぁ、爆豪などの自身を浮かせられる術を持っている者であれば関係ないが…』
「クソっ!」
だが抜けない。あちらは地に足を付けなければ走ることもできないはず。
自身は浮遊のみならず、【爆破】で加速もしている。なのにどうして──
『なぁイレイザーよ、綱渡りって……もっとこう、慎重にさ……おーい、御舟! なんでそんな全速力で綱走っちゃってんの!?』
『……怖いもの知らずというか、無鉄砲というか』
剣術、および剣道は体幹も鍛えられる武道である。いやむしろ、体幹が強くなければできないものと云われている。
正しい姿勢を保たなければ、技の狙いは当然外れる。
鍔迫り合いにおいて体幹を崩されれば、相手に致命的な隙を与えかねない。
ゆえに鍛える、油断なく。
(しかしこいつ、調子上がって来たな。“個性”にタネがあるのか? 【爆破】にも反動があるだろうに、爆豪は良く耐えるな)
(こんなゆりぃロープの上爆走するなんざ普通じゃねえ体幹だ。ポニテの言ってた剣の達人ってのもあながち……)
「だがんなもん俺の方が強ぇし速ぇんだよ!」
「お、轟」
「聞けやぁぁぁっ!」
爆破の魔の手が迫るも、高志朗は回避。
『爆豪、御舟が二人で鎬を削っている内に、先頭の轟に到達! ついに──』
第二関門は、この時突破される。
『両雄──いや、三雄並び立つぅぅっ!! ここに来て先頭三人だ、第一種目から盛り上げてくれんなおい!
そして最終関門! 一面地雷原! 地雷の位置はよく見りゃわかる仕様になってんぞ!
死にゃあしないから安心してダイブしろ! 踊っても良いぜ!』
「俺には関係ねぇーっ!」
第二関門と同様、空中を爆走するこの男に地雷などあって無いようなものだ。
懸命に避けていく轟、高志朗の二人を置き去りにして一位に躍り出る。
「轟よ、地雷原凍らせてくれ」
「なに当然のように言ってんだ。するわけねえだろ」
「だがこれだと爆豪の一人勝ち……む?」
『爆豪一位の二位争いを轟と御舟か──ん?』
『あ、おっと…?』
──すぐ背後で、爆発が鳴り響く。それと共に空高く舞い上がる者がいた。
『あぁぁぁっ!? なんと緑谷、爆風で猛追! 轟、御舟を余裕で抜き、暫定首位の爆豪に手が届くぅっ!』
「デク……!」
数分前。
第二関門終了時点で爆豪、轟、高志朗の三人から離れて追走していたのは緑谷だった。
【ワン・フォー・オール】フルカウルの8%。爆豪のような精密な動きには不慣れとは言え、単純に平地を走るには十分超人的な速度。
しかし、そんな強大な“
第三の最終関門手前で立ち止まり、実況のプレゼント・マイクが放言した目の前に広がる地雷原を素早く分析した。
「踏みつけて信管が作動するタイプの地雷。爆発の程度を見るに、一個だと体が少し飛ぶくらい。
跳躍系の人たちも、リスクを警戒して慎重に進んでる」
緑谷が出た行動は──第一関門で拾った仮想
「妨害目的で使おうとしたらまたいつ暴発するか分からないから、先頭三人の中に混ざるのは愚策」
集めた地雷の上に、文字通り残骸を盾に──ダイブ。
「かっちゃんの技──大、爆速ターボ! 借りるぞっ」
爆風を一身に受けた盾は、そのまま緑谷を前方上空へと吹き飛ばした。
「俺が、一番になるんだよ……!」
一位を直走る爆豪は、上空から飛んで来る幼馴染を見て舌を打つ。
「お、やっと氷張る気になったか」
「否応ねえだろ──っ、だからって後ろを付いて来るんじゃねえよ……!」
「悪いが俺も否応無いのだよ」
緑谷に頭を飛び越えられた轟と高志朗。
後続へ貢献してしまうことを気に掛けるも、轟は【氷結】で進行方向の地雷を凍らせて走り抜ける。
それを追随するのが高志朗だ。
「デクぁっ! 俺の前を行くんじゃねえ!」
失速し、弧を描くように落下していく緑谷は考える。
このままでは接地の瞬間に地雷の餌食になってしまう。その場合、いま順位を競り合っている爆豪にはもちろん、地雷原を凍り付かせて一直線に駆けてくる轟、そして高志朗に抜かれるのは必至。
先を見てみれば、最終関門は終わりに近いため、ここで重力にされるがままに落下していくのは論外──ならば、
仮想
「小細工……してんじゃねぇ……デククソっ!」
至近距離にいた爆豪は一瞬失速──緑谷が、首位に躍り出る。
『緑谷、間髪入れず後続妨害! なんと地雷原即クリア!
さあさあ、中盤の肉団子状態から彗星のごとく飛び出し、いままさにスタジアムに還って来たこの男!
勝負は最後まで分からねえ! 障害物競走を制したのは────A組、緑谷出久だぁぁぁっ!』
「ようやく終了ね。予選通過は上位43名! 結果をご覧なさい!」
『1位 緑谷出久
2位 轟焦凍
3位 御舟高志朗
4位 爆豪勝己
5位 塩崎茨
6位 骨抜柔造
7位 飯田天哉
8位 常闇踏陰
9位 瀬呂範太
10位 切島鋭児郎
11位 鉄哲徹鐵
12位 尾白猿夫
13位 泡瀬洋雪
14位 蛙吹梅雨
15位 障子目蔵
16位 砂藤力道
17位 麗日お茶子
18位 拳藤一佳
19位 八百万百
20位 峰田実
21位 芦戸三奈
22位 口田甲司
23位 耳郎響香
24位 回原旋
25位 円場硬成
26位 上鳴電気
27位 凡戸固次郎
28位 柳レイ子
29位 心操人使
30位 宍田獣郎太
31位 黒色支配
32位 小大唯
33位 鱗飛龍
34位 庄田二連撃
35位 小森希乃子
36位 鎌切尖
37位 物間寧人
38位 角取ポニー
39位 葉隠透
40位 取蔭切奈
41位 吹出漫我
42位 発目明
43位 青山優雅』
「一石二鳥! オイラ天才!」
「サイッテーですわ!」
第一関門で吹き飛ばされた峰田は、八百万の背中に“個性”【もぎもぎ】で貼り付いていた。
まんまと粘着された彼女は哀れ、この葡萄頭に癒着されてしまった。
「こんなはずではありませんでしたのに……うぅっ!」
「えっと……大丈夫? なにこいつ?」
終着点を通過したのにも拘わらず離れようとしない峰田を指差し、項垂れる彼女を心配する一言をかけたのは拳藤だった。
「あなたは……?」
「私B組の拳藤一佳。確か、八百万だったよな? とりあえずこいつ退かす?」
峰田を親指で指す拳藤に、しかし八百万は首を横に振った。
「駄目ですわ。峰田さんの“個性”は、ご本人でも外すことのできない超粘着質な玉なんですの」
「玉! いま玉って言ったのかヤオヨロぶげ──っ!?」
「A組も色々あるんだな」
拳藤の“個性”【大拳】の巨大鉄槌により意識を飛ばされた峰田は、靴をそのまま脱がされその辺にぼろ雑巾のように打ち捨てられた。
「ちょっと待ってろ、八百万」
「あの、拳藤さん……?」
【もぎもぎ】が付いた八百万の上着を脱がすと、戸惑う彼女にすかさず自分の上着を羽織らせた。
「それでは拳藤さんが……」
「大丈夫、次の競技までなら。それに、お前の方がスタイル良いし、隠した方がいいだろ?」
インナー姿で胸を叩いて見せる拳藤は、得意げに八百万に笑って見せた。
「ありがとうございます! ああ…っなんとお礼を言って良いのか分かりません!」
「良いよ。ほら、とりあえず行こ」
「八百万、拳藤!」
「お、御舟だ。3位おめでとうな」
走り寄って来たのは高志朗だった。
彼は八百万、拳藤の二人と、恍惚とした表情のまま転がる峰田を見て、頭を乱暴に搔く。
「言ってる場合か──これ着ろ拳藤。あー汗臭いか? 確かあっちに予備の上着があったはず──」
観客席の方に行こうとする高志朗を、拳藤は手を掴んで止めた。
「だっ……大丈夫だから、貰っとくわ。サンキュ…」
「御舟さんはわざわざどうして……?」
高志朗は、インナー姿の拳藤に自分の上着を貸し与えた。
そして弱々しく話しかけてくる八百万に、少し離れた方向に顎で示した。
「近くで見てた麗日がな、知らせてくれたんだ。手段を選ばん男だよ峰田」
言うと、拳藤が目を細めて薄笑う。
「そういうお前も見てたぞー。最終関門で轟の氷にいの一番で
「む……それを言われると弱いな」
「あはは! 言い返せ、よっ。それくらい!」
頬を掻く高志朗の背中をバシッと叩く拳藤。
その二人の様子に、八百万が首を傾げた。
「……仲が大変よろしいようですわね、お二人とも」
「第一予選通過者は集まりなさい! 落ちちゃった人も安心なさい、まだ見せ場はあるから!
そして次から本選よ! 第二種目は~~~! コレ!」
第二種目──騎馬戦
「参加者は2~4人のチームを組んで騎馬を作ってもらうわ!
基本は普通の騎馬戦と同じルールだけど、一つ違うのが……先程の結果に従い、各自に
与えられる
43位が5
そして忘れて貰っちゃ困るのが──1位通過、緑谷出久くん! 持ち
「え…?」
「1位を落とせば、勝利確実ってことか……上等じゃねえか」
1位の
これは、障害物競走で首位を獲った者への、下剋上である。
「制限時間は15分。振り当てられた
終了までにハチマキを奪い合い、保持
取ったハチマキは首から上に巻くこと、取れば取るほど管理が大変になるわよ!
そして重要なのが、ハチマキをすべて取られても、また騎馬が崩れてもアウトにはならないってこと!」
「ということは…」
「43名からなる組み合わせの騎馬が全部、ずっとフィールドにいるわけか」
「それは中々……」
「シンド☆」
15分の間、多くの騎馬が延々とハチマキを奪い合う。
体力もそうだが、集中力も問われる。
「“個性”発動アリの残虐ファイト! でも、悪質な崩し目的での攻撃はレッドカード。即退場とします!
それじゃ、これより15分! チーム決めの交渉スタートよ!」
ミッドナイトの説明を最後に、生徒たちはそれぞれの騎馬を組むべく動き始めた。
「申し訳ありません、御舟さん。私、あなたとは組みません」
「…そうか、残念だ八百万。
お前さんならば、丸腰の俺に武装の術を与えてくれるから良いと思ったのだがな……」
有体に言えば、高志朗は八百万に騎馬を組もうと呼びかけるも、拒否されてしまった。
正直に言おう、これは高志朗としては痛恨であった。
八百万が遠慮がちに口を開く。
「私は、もうあなたに頼ることはしませんわ」
「……なに?」
決意の籠った瞳で、八百万は高志朗に言い放つ。
「私はあの時、あなたに半ば押し付ける形で伝令に走りました。あんな思いはもうしたくはありません」
「……」
あの時──
八百万が俯きがちに自分の二の腕をそっと掴む。
「伝令係が必要なことは承知の上でした。
けれど、もしあなたと私が逆の立場だったなら、私はきっと、持ち堪えることはできなかったでしょう」
すみません、と言って去っていく八百万。
すると彼女は、ある一団と肩を並べるように立っていた。
「お前さん……そうかもう既に決まっていたのか」
八百万が入って行ったのは、轟、飯田、上鳴の三人の中だ。
高志朗は内心で、轟の手回しの早さに驚愕する。
「君には戦闘訓練で苦渋を舐めさせられた……いや、良い勉強になったことは確かだが。挑戦するぞ、御舟くん」
「USJでお前にビビったけどよぉ……後から気付いて、負けてられねえと思ったもんよ俺も」
口を開けて唖然とする高志朗に、中心に居た轟が前に出る。
「全員、お前に思うところのある連中だ。
覚悟しろよ、御舟」
「いや待て轟。俺は1000万じゃないぞ、間違えるな」
「関係ねえ」
「……関係あるだろぉぉっ」
頭が痛かった。
完全に四面楚歌な高志朗も、さすがに泣きたくなっていた。
「こんなところで俺に対抗心燃やすなよな……どいつもこいつも、騎馬戦だぞこれ」
八百万百と挑戦者な仲間たちに見事な宣戦布告を叩きつけられた高志朗は、この時点で一人だった。
すでに上位に位置していた爆豪も、芦戸、瀬呂、切島と編成を終えている。
酷いのが、1000万の緑谷もすでに騎馬を決めていたことだった。
「待て、これ43名ってことは、全員が4名ずつ普通に組んだら一人余るってことではないか。あ、なんか──」
「どーんっ!」
嫌な予感がしてきた、と続ける前に、後ろから強めの体当たりを喰らった。
つんのめった後、誰かと思い振り返るとそこには……
「お前さん……取蔭切奈か?」
「アッハッハ、フルネームかよ! 取蔭で良いよぼっちくん?」
「誰がぼっちか、誰がぶ──っ」
「当たった。それ返すよ御舟──お前の上着だろ?」
顔に向かって雄英体操服の上着をぶん投げてきたのは、拳藤一佳だ。
先程借りた上着を返すのを忘れていたとばかりに、腰に手を当てて笑っていた。
そして、それがあくまで自然な流れのように、彼女は言った。
「御舟、組もう私らと」
「お前さん……」
「何々、感動で涙腺緩んだ? 捨てる神あれば拾う神ありってこういうこと言うんだねぇ」
顔を覗き込んでくる二人の女子に、高志朗は自分の体を抱くと、物凄い勢いで後退る。
「お前さんら……俺の得点目当てで近付いたな! ケ、ケダモノっ」
「なっ──に言ってんだ、そんなわけないだろ! ていうかこの状況でふざけてられるとか、お前正気か!?」
「アッハッハッハ! やっぱり面白いわ御舟! あー、まぁ正気は疑うけど」
正直に言えば、彼女たちの言葉が嬉しかったのは言うまでもないことである。
「冗談だ。ありがとうよ、俺はお前さんらに救われた」
「女神二人のご加護だからね、高くつくけど? 3位の御舟くん?」
特徴的なギザ歯を見せて笑う取蔭に、高志朗は鼻で笑う。
「やってやるさ。ただどうする、もう一人は──」
「なぁ、そこの三人ちょっと良いか?」
「何々? もしかして参入希望──」
「なんだ? あれ、お前確か普通科の──」
三人の会話に突如割って入って来た『言葉』に、返答しようとした拳藤と取蔭は、後に続く言葉も発せぬまま──完全に停止した。
「おい拳藤、取蔭?」
「そこのアンタもだ。御舟、だっけ?」
不自然なまでの返答の途切れ方をした二人を、高志朗は掛けられる言葉を無視して覗き込む。
「……瞳孔が開いてるな。おい拳藤──」
「こっちが聞いてんだけど? 無視かよ、おいアンタだよ御舟」
「黙れ、お前さんこいつらに何をした──」
────
『さぁ────シンキングタイム終了も間近! 騎馬も組んで準備オッケー! お前らお待ちかねの本戦開幕だ!!』
『これまた……面白い組み合わせになったな』
15分経過し、いよいよ第二種目──騎馬戦が始まる。
『いくぜ! 残虐バトルロイヤルカウントダウン!! 3!』
「狙いは一つだ」
『2!』
「手筈通りに行こう」
『1!』
「……」
『スタート!』
号令一下、ほとんどの騎馬が一斉に
チーム決めタイム終了間近。
「『動け』! おいなんで動かない──拳藤、取蔭……の二人は従う。でもなんでこいつだけ、クソ!」
悔しそうに歯を食いしばる少年──普通科・心操人使。
自身の“個性”に不具合でもあったのか、総髪の少年に呼びかけるも放心状態のまま動こうとしない。
「かかってるはずなんだ、俺の【洗脳】は。かかったら、俺に従うのが道理だろう……!」
普通科・心操人使“個性”【洗脳】呼びかけに応じた人間の意識を、自分の制御下に置くことができる。どんな命令も思うがままだ。
B組の女子二人──拳藤と取蔭は一番初めに【洗脳】にかかり、彼の思うがままに動いた。
問題がA組総髪──御舟高志朗は、意識を支配したは良いものの、心操の行動命令には一切反応を示さなかった。
(さっきから俺が『命令』しているのに、うんともすんとも言わねえし1ミリも動かない……こんなこと、いままで一度たりとも無かった)
────【洗脳】!? すげえ初めて聞いた!
────悪ィことし放題じゃんか!
慣れている。
俺に返答すれば、俺の意志次第で相手を自由自在に操れる。なのにどうして支配されない……!
「お前に、何が分かるって言うんだよ……」
瞳孔の開いた、ただその場に突っ立った一人の恵まれた男を睨みつける。
二週間前の記憶が、嫉妬とともに蘇る。
『ほとんど無傷で帰って来れたとはいえ、
「お前らは選ばれた人間だろう。だからヒーロー科に入れたし、
『将来トップヒーローになろうとしている奴が何を言う、と思うだろうが──言葉を選べ。宣戦布告もいいが、自分もヒーローであることを忘れるなよ?』
「──っ」
ヒーロー。
そういえば、この男はそんなことを言っていた。
自分もヒーローであることを忘れるな? 誰が? 俺が?
「惑わされるな、言葉の綾だ。こいつは普通科の俺なんかがヒーローに成れるなんて思っちゃいない」
『まぁやっぱり爆豪が悪いんだよな。それは本当にすまなかった』
苦笑いのような表情で、こいつは俺に頭を下げた。
そんな記憶は振り払う。捨て置け、心を鬼にして、すべてを利用してのし上がるって決めただろ!
「『騎馬をお前ら三人で組み、その上に俺を乗せろ』!」
──拳藤、取蔭の二人がゆっくりと配置に着くも、やはり御舟高志朗は心操の目の前で不動を保っている。
『そこ、15分経ったわよ! 4人騎馬を組めるのならさっさとなさい! もう始めるわよ!』
「くそ……!」
主審ミッドナイトの指摘で周りの注目を浴びた心操は、心の中で激しく地団太を踏む。
「わけわかんねえよ、お前……」
そう言うと心操は、半ば八つ当たりのように高志朗の肩を拳で殴りつけた。
剣客の瞳に──色が戻る。
気合いです。
原作ではこの個性は強すぎるので、破るとまでは行きませんが、精神力に比例して命令は通さないようにしました。
まぁそんなこと言っても、使ってきたのが敵だったら、このあと一撃必殺ぶち込まれて死ぬんですけどね。心操くんはそんなことは当然しません。
あーあ、B組女子可愛いなあ。原作はなんでもっと絡ませないんですか?(威圧)その上もう最終章って……あんまりだよ。
レディ〇ガ〇とか言う作者にぶっ刺さる女ヴィランも出て来たしさぁ。どうすんのこれ。
【追伸】
一言評価は参考になりますし、嬉しい言葉をかけてもくれるのでありがたいです。